25・ヘンタイ先生
ミーナの家に訪問者があった。彼女は休日を寝て過ごしていたのだが、報せを聞いてすっかり目を覚ましていた。
「…ということで来てくれ」
ミーナはリオンの家に寄ってからルシャの家に来ていた。ダテトリオに召集というわけだ。向かう先はノーランの家。一体何事だというのか。
「おじゃましまーす…」
「せんせー大丈夫?」
家にあがった3人が菓子をテーブルに置いてすぐにノーランの部屋に入った。彼はベッドで寝ていて、聞き慣れた声に頭の氷嚢をどかして首を捻った。
「悪いな…」
「事情は聞きました。今日はゆっくり休んでください」
「そうなんだよ…今日中にやらなきゃいけない仕事があるのにこうなっちゃったもんだからルーシーに全部押しつけてしまった…」
ルーシーは仕事に集中するためノーランの世話ができないということで自分の次に仲の良いダテトリオに頼んだというわけだ。快諾した3人は氷嚢を取り替えたり食事を用意する以外は何をしてもよいということで早速本棚を漁った。
「エッチな本ないかな」
「そういうのはここに置かないっしょ」
今回ばかりはそのような探りも許す。ノーランは目を閉じてスヤスヤ眠り始めた。
「…かなり疲れが溜まってたんだろうね」
「仕事のことで気苦労があったのかも」
「何割かはうちらだと考えるとこの看病は当然だよな」
3人は時折先生の様子を気にしながら難しい本を読んでいた。しかしミーナ以外にはなかなか理解できなかったようで、ルシャとリオンのバカ2人はノーランの机のほうを探り始めた。
「こういうところに…」
小柄なルシャが机の下に入って天板の裏の引き出しに気付いた。すると複数の雑誌が入っていて、表紙を見ただけでルシャは真っ赤になった。
「ひえぇ!」
「どうした?」
リオンはあまり動じなかった。ミーナは動じた。
「なんてお前大丈夫なんだよ!」
「し、静かに…弟がたまに貰ってくるんだよ」
「誰から?」
「通学路にいるオッサン」
「大丈夫なの…?」
日本では見なくなってきたが、ここではまだ”エロ本通学路設置おじさん”がいて、その進化形の”エロ本配布おじさん”がリオン弟の通う学校の通学路には出没するらしい。性の目覚めを経た男子は先駆者を崇拝して受け取ってしまうとのことで、子供部屋の本棚の裏にあるのを見つけた保護者にも彼の存在が知られている。
「やべぇよコレ…」
「エッロ」
「やっぱ男性はこういうのが好きなんだね…」
見なかったことにするのは難しそうなので学問的見地から分析していると、隣の部屋に4人もいるのに自分の部屋には自分しかいないことを寂しがったルーシーが入ってきてしまった。
「おい、それはなんだ?」
硬直した3人。最初に答えたのは頭の良いミーナだった。この状況でノーランの評価を下げない答え。それは唯一。
「わ…私が持ち込みました」
「えー…?」
ルーシーの混乱は当然だ。そのような本を嫌いそうな思春期女子が自らそのような本を持ち込むとは思いがたい。ルシャとリオンならミーナのスケベ心を知っているが、先生は知らないので惑ってしまう。
「あまり余所でそういうのを読むのは感心しないな…」
「すみません。でも私だってムラムラするんです。だってノーラン先生の傍ですよ?いつもかっこいい姿を見てていいなぁって思ってるのに、近くでただなんともない本を読んでるだけなんて味のない…」
つらつらと言葉を並べたミーナが力尽きると、ルシャがそれっぽい説明を追加した。
「元気になったら訊きたいことがあったんです。前から私たちの振る舞いのせいでノーラン先生が機嫌を損ねたり苦労しているんじゃないかと思ってて、少しでも励みとか元気づけるようなことがしたくて…どういうことをすればいいのかなって」
倒れたミーナが親指を立てた。苦しい言い訳でもルーシーはその本の持ち主を見抜いたようで、今回のことを不問にすると言った。
「間違った行動だと断定することもできないし…お前らが以前から言ってたようにノーランの下心があるのかということは私が真っ先に確かめねばならない。それを避けた私にも責めがあるかもしれん。よし、いっそ存分に示して奴の本音を暴いてくれ」
ルーシーが一転して味方になったので3人はじっくりとノーランのお気に入りを読んだ。あまりに集中していたので昼食が遅れた。
「…ああよく寝た。お、お前らが作ってくれたのか」
「どうぞ召し上がれ」
「いただきます…ん?お前らなんか赤くないか?もしかして熱が移った…」
3人が一斉に首を横に振る。問い詰める余力のないノーランは素直に昼食を食べて少しだけ仕事をした。
夕方にはすっかり元通りになっていたのに仲良し3人組の顔色が変わらないのでノーランは心配になった。
「俺が移したとなれば洒落にならんぞ…なんて詫びを言えばいいか」
「気にせんでください。ところで先生、巨乳と貧乳、どっちが好きですか?」
「!?」
ノーランは椅子から落ちそうになった。ルシャが秘密にすると囁くと、女子高生3人の前で教師は恥ずかしそうに答えた。
「大きい…ほうがいいかな…って、答えなきゃダメか?」
「はい。これは正式な調査です。もはや教師と生徒との垣根を越えていろいろ活動しているわけですから、腹の中掻っ捌き合っていろいろ知りましょう。もちろん先生をしてるときに贔屓はダメですけど、休日なら全力贔屓でいいですよ」
「そうか…目立つところのない俺を知りたがってくれることを幸せに思うべきなのだろう。俺が多くを語らないことをルーシーに咎められたばかりだしな…」
「ほんと?」
狙ったようなタイミングでルーシーが入ってきて4対1になった。これでノーランは逃げられない。ルーシーは黙ってノーランのコレクションを開いて問い詰めた。
「もっと甘々なほうがいいの?」
「う、気付かれてた…」
「当たり前でしょ。あんたの研究室の机だってぜーんぶ調べたわよ」
ノーランの前でだけ口調が変わるルーシーがたまらなく可愛いのでダテトリオはハートマークを飛ばしまくった。
「甘々というか…もっと遠慮がなくてもいいかな」
「そう」
「あの…俺が隠してたことについては…」
「構わないわよ。誰だってそういうのを持ってるみたいだし、私たちが生徒の時もそういう話がたまにあったから」
ノーランがまた赤くなって倒れそうだったので詰問を切り上げたルーシーがお礼を言って3人を帰し、エッチな本にあるような振る舞いを試した。
「おぉ…」
「この前の体操服と言い、あんたはヘンタイね」
「だってお前、色気すごいんだもん…そこに惹かれたんだよ」
「手足も赤いわね。まだ寝足りないみたい…膝枕する?」
「する…」
ノーランの不調は心因性のものと判断されたので、ルーシーが彼の望みをすべて叶えることで解決した。その代償として仕事が終わらなかったが、正しい期限は明日だったので問題はなかった。
ヘンタイ先生がお礼をしたいというので研究室に招かれた。
「見ての通り敷地が余っている。まだまだ拡張できるわけだが、手始めにお前らの居心地がより良くなるような改造を施そうと思う」
「そういえばこの辺りでもう既にヘンタイだってわかってたね」
制服を着たトルソーは一般人の部屋にはない。このフェチを伸ばして遊びたいと思ったダテトリオはこんなことを言い出した。
「あの子1人じゃ寂しいですから、もう数人増やしましょう。先生の好きな服装を着せてさ」
「ほう?そんなんでいいのか?」
「そんなんて言わないの。このまま先生が服装研究家になっても面白いですし、先生の金で建てた研究所なんですから先生の居心地が最優先ですよ」
「お前ら…!」
「ってことで服買いに行きましょう」
もはやデートだ。女3人に男1人が女性服の店に入ると、少しざわつきが起きた。
「気にしない気にしない。先生の好みの服を教えてください」
ノーランは居心地の悪さのために落ち着かない様子で服選びを始めた。今回は3人がいるということで彼の心境はいつもと異なるようだ。
「これとか?」
「お、先生カワイイ系好きなんですね」
フリルのついたブラウスにサスつきのスカートはゆったりしたシルエットで穏やかなで上品な印象を与える。ブラウス好きのルシャが何度か頷いた。
「カワイイなぁ。ちょっとルシャたそ着てみてよ」
「え、私が着るの?」
ノーランがかつてないほど口角を上げてミーナに感謝を伝えたのでミーナは同じ顔で返した。
「ミーニャンが言うなら…」
ルシャが自分に合うサイズを試着すると、ノーランは人生の楽園にいることに気付いた。
「これは…」
「マジでお人形さんじゃん!お持ち帰りしていい?」
「ダメです…あれ、先生が硬直していらっしゃる」
これは全神経を1点に集中させているためである。ルシャが着替えを済ませると、買い物かごに入れてノーランに持たせた。
「丈の長い服着てきてよかったですね、先生」
「ア?アア…ソウダネ…」
幸福の民が上ずった声で喋ったので買い物再開。
「こういうラフなほうがいいのかって思ってたけど、結構凝ったの好むんだね」
「ねー。着るの面倒だしボタンすぐ取れるんだよねぇ」
「洗濯も繊細にやらんといかんしなぁ」
「そうなのか。確かに雑に洗うと解れたり破れたりしそうだな」
「丈夫な素材ばかりじゃないですからね。気をつけないと」
ノーランはいろいろなことを学びながら女の子の服の知識を広げた。選ぶ服はどれも童貞が好きそうなものばかりだったので、ルシャたちはいま自分たちの試着している服はどうかと意見を求めた。
「動きやすそうで良いとは思うけど、女性だからこそ着られるやつがいい」
「確かにTシャツは男女とも着られるし、ハーフパンツもそうですね」
「スカートか…そうだ、制服風ってのは?」
制服風とは制服とは似て非なるものであり、フォーマルさを損なわずに随所に遊び心を散りばめた素敵アイテムだ。制服を定めていない学校の生徒には重宝されているとか。
「こういうプリーツスカートは制服っぽいけど追加でアクセをつけるとギャルっぽくなるし、このジャケットだってエンブレムが学校っぽいけど裏地がオシャレなのよ」
「ほうほう…これで登校されても気付かなさそうだ」
「オシャレなんよ~買います?」
「そうだな…ところでお前らの着たい服っていうのは?」
ノーランの目的は女の子にファッションを楽しんでもらうことにもある。トルソーに飾っておくだけなのが勿体ないのなら着てもらっても構わないということを聞いた3人は他人の金で自分の服を買えるということで俄然やる気になって服選びに勤しんだ。
「元気が1番だな…」
教師という立場にあると全体をしっかり見るマクロ的な観点に偏りがちで、個々にフォーカスしたミクロ的観点を持てないという。こうして殊に仲の良い生徒がいることはノーランにとって非常に大きな利であり、ここで学んだことを活かしてそれぞれに適した学校生活を提案できたら良いと思っている。
「せんせー!決まりました!」
「よし、全部買ってやる」
ノーランの財布が空になるほど買わされたが、これほどに満足感のある買い物は久しぶりだった。彼は早く3人の可愛い姿を見たいと思って競歩のような足取りで急いだ。
トルソーの代わりにハンガーにかけて飾ると前より華やかになった気がする。
「この前は助かったぞ。ルーシーが仕事に集中できたみたいだし、昼食は美味しかった」
「どういたしまして。ルーシー先生がかなり心配していたので行かないわけにはいかなかったですよ」
「ありがたい。ルーシーもクールだがああいうときは優しいんだ…さて、今後俺の金が貯まったら研究事業を拡大するわけだが、人手を増やすつもりはない。つまりお前らには積極的に参加してほしいってことだ。ここでの研究が捗れば旧校舎の探索が楽になるどころか、研究機関として国に認められて補助金を貰えるかもしれない。そうすれば経費としてお前らの服や雑貨を買うこともできる」
ノーランが悪人面をするとダテトリオも同調した。
「へへへ…バレゃしませんよ旦那…」
いざ認可が下りたらそんなことできるはずないのでノーランのポケットから出ることになる。それでも研究を捗らせることは重要なので、革新的な発想の降りやすい場所にしたい。
「私たち以外立ち入れないほどヤバい場所にしてやりましょうよ」
「そうだな。お前らには俺がヘンタイってことバレてるからもはや隠さんぞ」
これが後にヘンタイラボと呼ばれる研究室だ。
生徒が先生のことを好きになっちゃうという話はよく聞きますが服を買いに行くという話は聞いたことがありません。外国のことはよく分からないものです。




