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えっ、私が勇者になるんですか!?  作者: 立川好哉
第2部・3年生編
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246・ホームスイートホーム

 ルシャはしばらくこの日を待っていた。


 この日、ルシャはいつもより遥かに多い荷物を身体に巻き付けて飛行していた。お手伝いとして呼んだ王都組のアイが並行しているが、ルシャのより荷物が軽いとは言え学校に持って行く鞄よりは重いので辛そうだ。

「アイ、前はこんな速く飛んでなかったよね」

「今日は新居が楽しみだからいつもより力が出てるだけだよ」

 新居?




 …そう、今日はルシャの新居の引き渡し日なのだ!今日からジュタの家に住めるということで、鍵を貰ってすぐに荷運びをする予定だ。このためにアイ以外にも夫(予定)のルートとその弟子のリリアとルートの同居人のクロエを召集してある。その3人の待つジュタには午前9時半に着く予定だが、楽しみが加速を促しているため、予定より10分早く着いた。さて、8時半に出発したルシャたちは時速何kmで飛んでいたでしょうか?


     ☆


 新ルヴァンジュ邸の玄関の前で傭兵のように立っていたルートは、ルシャが到着すると本物にこの後を引き継いだ。

「早かったじゃねぇか」

「お前らもう来てたのか。てっきり10時くらいにノンビリ来ると思ってたよ」

「そんなわけあるか。俺は誰よりも早くここに入り浸るつもりなんだ」

「…ロックピックしなかったことは褒めてやる」

 ルートくんは餌が置かれると待てができない犬なので、ロックピックもやらかすのではないかと思っていた。しかし犯罪とそれ以外の線引きができているため、30度の外気に包まれて待っていた。

「汗がすげぇんだよ。早く鍵を貰ってきてくれ」

「じゃあこれ預かってて」

「中見ないでね」

 下着が入っているためだ。ルシャは最終的な処理を終えて鍵を受け取り、分厚いファイルとともに持ってきた。

「お待たせ、もう住めるぞ」

「ああは言ったがお前が最初に入るべきだろう。俺らは盛り上げ役だ」

 というわけでルシャが鍵を開けてゆっくり扉を開いた。

「おおぉ~」

 懐かしくも馴染んだリビングダイニングが見えてルシャたちは感慨に耽った。工法の改善によって壁の厚さを削ったため、ほんの少しだけ広くなっている。

「新居の匂いだ!」

「お前らのアパートと同じだな」

「なんか感動しますね!おじゃまします」

「おう、お前らの新居でもあるんだからな」

「そうだ、今日から俺らはお前にお金を入れるんだな」

「忘れるなよ?」

 ルートはエアレースの収入やフリーマーケットの手伝いの報酬などでお金を得てルシャに渡す。クロエは今のところは家事をすることで支払いを免れることになった。

「あいつらのためにこの匂いをとっておいてやろう。パーティーだって全員揃ったらなんだ。俺らはもう解約手続きをしたけど、引き渡しはまだだ」

「まだ住めるわけだよね。そろそろお別れなんだし、楽しみ尽くせよ。満足したら荷物を移動させよう」

「ああ」

 この後は貸倉庫からルシャの家具などを移す作業に入る。今日用事があって来られなかったミーナたちが来たときに万全の状態にしておくのだ。




 ルートがトイレに行きたくなったので先にルシャに入るよう言った。

「いいよお前がいちばん先でも」

「ホントに?」

「あたしは2階のを貰う」

 そう、新ルヴァンジュ邸には2階にもトイレがあるのだ!これは複数人で住むならトイレのタイミングが被ることがあろうという予想をしたルシャが、自宅なのに我慢したくないという理由で頼んだものだ。2階のは1階のより狭いが、機能は同じだ。しばらくすると、トイレからルートの感動の声が聞こえてきた。

「こんなすごい家に住めるなんて感動的です。入学したときには予想していなかったことです」

「入学式でルシャに会ったことからすべてが始まったんだね」

「はい。あの時私が具合を悪くしていなければ今頃…」

「違う未来を歩んでいただろうね。でもこれよりいい未来なんてある?」

「ありません」

 クロエは断言した。王国どころか世界を代表する強者とその弟子にして意外と優しいルートとなら、気を遣うことでストレスが溜まることも緩みすぎて戻れなくなることもない。この経験は確実に将来に活きる。


     ☆


 倉庫から荷物を出す前に昼食に行った。電気と水道は通っているがガスが通っていないので今日の午後4時に業者に開通作業をしてもらわねばならない。夜は調理ができるが、今はできないので近くのレストランに入る。


 上機嫌のルシャの奢りでたらふく食べた後、荷運びが始まった。ルシャが大金を払って倉庫に押し込めた家具は多いが、巨大像を自在に操るのが4人もいるのですぐに終わるのだった。

「お前のそれ怖いな」

「腕同士がぶつかって弾け飛ばないようにするのが大変だよ」

 8本の腕が生えた巨大像がそれぞれの手にソファやら箪笥やらを持っている。魔法がなければ2人がかりでやっと1つのそれを運ぶと思うと、魔法は偉大だ。

「凱旋だな」

「まあ、みんなにはまたこれからよろしくってことで」

「盛り上がるねぇ」

 巨大像を繊細にコントロールすることで振動を抑えられるので、近所に迷惑をかけることはない。1時間とせずに倉庫が空になった。

「いやぁやっぱりこの巨大像っていう発想はよかったよ」

「めちゃめちゃ便利だな」

「あの、皆さん当たり前のように動かしてますけど、そもそも出すだけでも常人離れしてないとできないんですよ…」

 クロエはリリア先輩の出した巨大像の空いた手の上に乗せてもらったのだが、高さ20mほどを小さく上下しながら移動するのはなかなかに怖かった。


    ☆


 家に戻ってきてからは家具の配置をルシャの指示通りにやった。2階の2部屋のうち片方はルシャの部屋で、もう片方はルートとクロエの部屋だが、真ん中に仕切りを設けることで分断できるようになっている。

「すまんね、3帖になっちゃうけど」

 6帖を半分にすると3帖なので非常に狭い。これは設定ミスではなくて将来を見据えたデザインなのだが、ルートとクロエが同居している今はちょっと不便だ。

 ルートとクロエが家から家具を持って来れば明らかにスペースが足りないので最低限を置くようにして残りをミーナの家に置かせてもらうのだが、ベッドを置くと半分が埋まる。机を置くスペースがないので、ルートがこんな提案をした。

「勉強はお前らとリビングですりゃいいし、なんならミーナの家でさせてもらえばいい。だから俺はベッドだけあればいい。それでさ、ルシャの部屋にスペースがあるなら寝るときだけクロエがルシャの部屋で寝ればいいんじゃね?」

「それだとルシャさんが好きなタイミングで寝られません」

「あー大丈夫。たぶん私のが先に寝るから。うるさくしなきゃ何も問題ないよ。うるさくしないでしょ?」

 クロエが先に寝る場合はルシャは自室で作業をしづらいが、ルシャが先に寝るならクロエは隣の部屋にいるので問題ない。というわけでルシャが先に寝ることを前提に話を進めた。

「…まあなんだ、この齢だから1人になりたいときもあるだろう。そのときのために2階の倉庫をちょっと広めに取ったんだ」

 1階の脱衣所と風呂の面積を2階では倉庫に使う。ウォークインクローゼットのような広さなので、この中で作業をすることができなくない。

「なんだ、落ち込んだときにはここに籠もってればいいのか?」

「お節介が嫌なときはね。どっちにいても誰かしらと会ってしまうだろ?」

「確かに」

 話しかけてほしくないときは倉庫に籠もるのがルールになった。布団を運び込んでそこで寝ても良いので、だったらルートがクロエに部屋を譲ってここで暮らしてもよいと言った。

「お前らの服に囲まれて過ごすのも悪くないだろう」

「お前の匂いがつくからダメだ」

「臭くないよ」

「お前が気付いてないだけだよ」

「臭いの!?」

 これは冗談で、ルシャはルートが体臭に気を配っているのを知っているため、やらしいことをしなければ籠もってもよいと許可を出した。寝るくらいはいいだろう。




 あとは夕方の業者を待つだけだが、それまで時間があるのでボードゲームをして遊んだ。

「アイはまだここにいて大丈夫?」

「そろそろ帰ったほうがいいかな。夕飯一緒できなくて残念だけど、こんどパーティーのときにいっぱい食べるね」

「うん。王都から通うのがアイだけになっちゃって寂しいだろうけど、私たち先にいるからね」

「大丈夫。飛んでるうちにルシャより速くなってるかもしれない」

「そりゃ楽しみだ」

 アイは父に夕飯を作るために帰った。彼女は100km離れたところから通うことになっても父と一緒にいることを優先したため、毎日飛んで来る。熟練度がルシャのを追い越せば、アイのほうが速く飛べるだろう。




 業者が来てガスが開通したのでルシャ以外の3人が買い物に行ってルシャ好みの食材を大量に買った。今日の料理長はクロエで、一緒に住むとこういう料理を食べられるよ、ということを示す。

「じゃあエプロン着てね」

 ルシャが作ったエプロンを着たクロエが新妻のようでルシャは感動した。ルートはエアレースの書類を確認しながら料理の完成を待ち、ルシャはフリマに出す商品を作りながら待った。どこでも作れるのだが、やはりここだと気合が入るというか、集中できる。

「ルシャさーん」

「はーい」

 これが日常になる。ルシャが1階に下りると、素晴らしい料理がテーブルに並んでいた。

「うぉぉ、これがクロエと同居するってことかぁ」

「お前俺らン家に何回も来てたろ」

「それとは違うんだよなぁ…ここはあたしが家主だからね」

 これまでは”おもてなし”だったが、これからはそうではない。家族同然に過ごすのだから、クロエは役割を果たしているだけだ。

「ん、美味い」

「よかった。綺麗なキッチンだと気合が入ります」

「おお、じゃあ清潔を保ってくれ」

 ルールを決めるつもりはないが、やるべきことは意識してほしいルシャ。クロエは厨房を任されているので、その善管を担う。




 風呂は別々に入ってよいのだが、2人同時に入っても窮屈しない大きさのバスタブを選んだので、今日はクロエとルシャが一緒に入る。

「部屋狭いから冬物の服は倉庫に置いてね」

「わかりました。けっこう持ってるんですけど大丈夫ですか?」

「大丈夫でしょ。ゴワつくから意外と入らないかな」

「コートとか厚手なんで…」

「まあ、入らなかったらミーナの家のあの部屋に置かせてもらおう。困ったらあいつが助けてくれるよ」

「あのお部屋、すっかり我々が好き放題に置いてますけど…」

「いいんじゃない?弟が大きくなって個室が必要になったら空ければいいってさ」

「クリスくんはそろそろ個室を欲しがると思いますが…」

「クリスはルカとレオの世話をするから同じ部屋でいいんだって」

「弟想いのお兄ちゃんですね」

「奔放なミーナを見て自分がしっかりするように育ったんだろう…と思いきや、ミーナって弟たちの前だとすっげぇしっかりしてんだよね」

 声色を変えて厳しく指導するときもあるし、優しく諭すこともある。弟がしっかりしているのはミーナを見習ったからだという考えのほうが強い。

「ってなわけで、あの部屋はしばらく使えるよ。あまり服を捨てたくないから、ありがたく使わせてもらってる」

 服や荷物の置き場所には困らない。クロエの高級でオシャレなコートが倉庫の隅に追いやられてへたれることはない。


「…ところでクロエ」

「はい?」

「クロエも…デカいね」

 ダテは風呂に入るとどうしてもダテってしまう。

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