245・ルヴァンジョン
しばらく入っていなかったルヴァンジュダンジョンだが、あそこは学校の敷地内にあるので校長が鍵を使って入れる。ルシャたちの素晴らしいコレクションも彼ならば見ることができるのだが、プライバシーを考慮してあの部屋だけには入らないようにしているという。
「…それ以上にルシャが魔法をかけて守っているんじゃないかと思ってね。私なんかが入ろうとしたならバルグシュに叩き潰されてしまいかねない」
「維持しておけないのでそれはやってませんが、私たちの秘密を守ってくれてありがとうございます。でも部屋の中も管理しないといけないので、今日行きます」
「わかった。私はこれから部活を見て回るから、終わったら探して返してくれ」
こうして久しぶりに旧校舎に入ったダテ高校生は、相変わらずの不気味な1階に怯えた。
「クロエは初めてだっけ?」
「ええ、旧校舎のことは聞いてましたが、来てみると不気味ですね」
「昔は魔族の巣だったからね。この辺にもコウモリみてぇなのがいて、怖いからノーラン先生に近くにいてもらったっけ」
ミーナはわざとらしくラークに密着して地下へと下っていったが、ルシャはさっさと先頭を歩いていたのでルートは密着できなかった。
校長が定期的に入って管理してくれているので汚れていないし電気も通っている。秘密の部屋のドアを開けたルシャは、埃っぽくなっているのに辟易してもっと頻繁に来ればよかったと後悔した。
「んー、でも服は吊してあるからそんなに積もってないかな…」
「この部屋窓ないから掃除大変よ?」
「そう思うだろう?だからまずこの服たちをすべて廊下へ持って行くぞ」
そこで服に強風を当てて埃を吹き飛ばそうというわけだ。ルシャ、ルート、リリア、アイの魔法強者4人がウルシュに服を持たせてそこへ強風を当てた。するとあっという間に服の埃が去っていったので、ミーナたちは拍手をした。
「湿度が高いからカビや虫害も不安だったけど、それは大丈夫みたいだね」
「除湿剤も除虫剤も置いたからな」
そうしなかったら今頃埃とカビと虫の死骸まみれになっていただろう。大切な服を失わなかったことに安堵しつつ、部屋の中の埃を外へ出した。
「こんだけ人がいればあっちゅー間だな」
「飛べるから壁も高いところまで掃除できるし、物の移動も楽だし」
1時間ほどで部屋の掃除を完了させたルシャたちは、報酬を受け取るために試着室に入った。
「さあクロエ、掃除してるときに好きな服を見つけたかい?」
「なんか偏りがある気がするんですが」
「そりゃそうよ。私たちの興奮を誘う服ばかりだからね」
「興奮…」
クロエは胸を強調する服を見つめて呟いた。リオンのおかげで自分に合うサイズの服があるので、試着して素敵になれるか見たい。
「こういうのねぇ、自力で着るのしんどいんだよね。お嬢様はメイドさんに背中のチャックを上げてもらってるだろ?」
「社交パーティーのときね」
「ってわけでお手伝いしますよ」
ルシャとミーナが指をいやらしく曲げ伸ばししながらクロエの脱いだ服を丁寧にハンガーにかけた。
「あんた綺麗な肌だねぇ」
「化粧品に結構お金をかけているので、そのおかげかもしれません。あとは頻繁に保湿することですかね」
「脂出まくるんだよなぁ」
「それは拭き取りで肌に必要な脂まで取り除いてしまっているからでしょう」
「あー、めんどくさくてついゴシゴシ拭いちゃうんだよなぁ…それがダメなんだ。年齢のせいじゃない」
ゴチャゴチャ言いながら手伝う先輩はクロエのドレスのジッパーを上げて背中を軽く押した。その勢いでカーテンを開けたクロエは、渋い格好をしている品評会の3人の拍手を浴びた。
「上品」
「それが真っ先に出てくるよね。いいなぁ、最近の子にないお淑やかな感じがあって僕はかなり好きだな」
「最近の子にないの?」
「まあ服っていうか着る人の印象だとは思うんだけど、クロエは最近の子にない良さを持ってるよ」
どうやらロディはお淑やかさを求めているようで、それならどうしてリオンが好きなのか、という疑問が浮かんだ。
「リオン、そこにいるなら上品なドレスを着てくれ」
「ぜんぶ聞いてたよ~」
リオンは高そうな深紅のドレスを着て出てきた。ロディは立ち上がってすぐに座り、クロエのすぐ傍に立つよう言った。
「あぁいいぞぉ」
「リオンは実は上品なの似合うんだよなぁ」
「そうみたいだね。あたしはフリッフリの服はあまり得意じゃないんだが、制服がそうなったから慣れてきたぞ」
「そう、そもそも制服姿がいい!」
「そうだよな。運動着の印象が強かったからこそ、制服姿が新鮮でいい感じなんだ」
品評会の人はこのイベントのおかげで女性ファッションに妙に詳しくなっているので、いろんなことを言える。リオンの制服姿はギャップ萌えによってかなり可愛く見える。
「なに、今日はみんな上品なドレスでいくの?」
「そう思いながら私を見るがいい」
そう言って出てきたルシャは露骨に胸を強調する服を着ている。男子は喜びのあまり立ち上がりそうになったが、すぐに座ることになるので立たなかった。
「やっぱルシャがもってくんだなぁ」
「マジでそれ刺さるよなぁ」
「胸ばっか見てんじゃねぇよ」
「じゃあ太腿見るわ」
サスがコルセットへ向かうにつれて幅広になってゆくのでルシャの胸が柔らかなアーチに支えられて少し持ち上げられている。重力に従って少し垂れるのがないので、横から見るとすごい。
「いいねぇぇぇ」
下に着ているブラウスのフリルやリボンも可愛さを助けているし、フリフリのスカートや白のニーハイ、ガーターベルトまでしちゃって可愛さ満点だ。
「優勝だな!」
「何の大会?」
「美少女コンテスト」
「やってねぇよ」
「けど優勝ってのは同意だわ。あたしはこれに勝てる気がしないよ」
「そんなこと言ってリオンも着たいんだろ?お前のもあるぞ」
3人がキャッキャしながら再びカーテンの向こうへ隠れるのと交代でリリアとアイが出てきた。ちなみにミーナはカメラを取りに行っている。
「おぉ~」
「…ちょっとイマイチっすね」
「んなことないよ。もっとよく見せて」
「んもー師匠ったら」
リリアは過剰にルートに近づいて屈んだので座っている彼から谷間がよく見える。
「んフ…」
「意外とあるでしょ」
「それは既に知ってるよ…けど服着てると印象が違うな」
「でしょ?もっと見ていいんだぞ!?」
グイグイ来るリリアはいろんなポーズで師匠を惑わせた。ちなみにメイド服みたいなコスはミニスカートなのでポーズによっては後ろに立っているアイにパンツが丸見えになる。
「アイはむしろパンツスタイルのが珍しいね」
アイのスカートは見慣れているので新鮮さはないが安心感がある。アイと言えばワンピース、ワンピースと言えばアイというくらい切っても切れぬ関係なので、アイは変化をつけるために色をダーク系にしてきた。
「黒とピンクか…なんかセクシーな配色だな」
「アイがちょっと年上に見えてきた」
「そう?」
「あっ、俺の中の何かがくすぐられてる…目覚めそう」
「何に?」
「そういう、子供がセクシーな格好するっていう背徳感…?」
ルートは新たな癖を開拓しそうになっている。小悪魔っぽい感じのアイにアクセサリーを盛った彼は、丁度良い感じになったところでソファに戻った。
「うん、あとはメイクだな。けっこうガッツリやれば調和がとれる」
「こだわるねぇ」
「やるならとことんやるぞ」
ルートは先程からずっとソワソワと落ち着かない様子だ。それについてラークが尋ねると、ルートは耳打ちで答えた。
「パンツも黒なのかと思って」
「あー…そのほうが合うもんな」
アイが普段どんなパンツを穿いているのか知らない3人は元々黒なのかとかまだお子様パンツだろうとか好き勝手に言ったが、小声なのでアイには聞こえなかった。
リオンがドレスから胸を強調するフリフリの服に着替えて出てきたタイミングでミーナがカメラを持って戻ってきたため、ミーナは早速撮影した。
「お前も着ろよ」
「おー、何を着せてくれるんだい?楽しみだなぁ」
ミーナは見せつけたいので何を着てもいいらしい。まだちょっと恥ずかしいと思っているリオンが選んだ服は、お姉さんという立場をブチ破る…
「幼稚園児だ!」
スモックだ。スモックは幼稚園を出たら着る機会がないため、専ら幼児の服として認識されている。それを高校生が着ると、凄まじいギャップが発生するのだ。しかしミーナは小柄で童顔なので、ビックリするくらい似合う。
「懐かしい日々を思い出したわ」
ミーナは声を変えて歌い始めた。それがやたら可愛かったので、男子が上体を激しく揺らして悶絶した。
「なにこの生き物…尊い」
「お姉ちゃんがお世話してあげたい」
「えへへ~」
ミーナが幼女の真似を止めるまでルシャたちの大興奮は止まらなかった。
「お前も着るか?」
「サイズがないし顔がだいぶ大人だからダメだ」
「そうだな。こんなムキムキの幼稚園児がいてたまるか…じゃあクロエに着せよう」
「えっ、私ですか?」
「お前もたまには昔を思い出したいだろう」
「んー、そうですね、そういえば私たち、幼稚園児みたいに無邪気に遊んでますよね」
「ああ、大差ねぇな。じゃあスモック着ててもいいだろ。クロエのに合うの作らせておくね」
「フヘヘ、次回に期待しよう」
クロエのスモック姿はきっとミーナのそれより背徳感があって興奮するだろう。このときロディは彼の分まで作られるとは全く予想していなかった。
しばらくこのコレクションに身を包んでいたいので、今の姿のまま下層を見て回ることにした。魔族がいないので戦闘の可能性がなく、ルシャの魔法があればどこでも調べられる。魔王が生きていた頃のことを思い出しながら懐かしの場所を巡ろう。
「結局この遺跡みたいなのは何なのか判ってないんだよなぁ」
「魔族が作ったってのも頷きにくいしなぁ」
「もっと昔のものなんでしょうか」
「古代文明に魔族が住み着いたって説はあるんだけど、なんでその上に旧校舎が?って謎なのよ。偶然にしちゃ座標がピッタリで真上に建ってるし」
「うーん…昔の勇者は知ってたのかなぁ」
いろんな説について考えるとき、人が多いほどいろんな説が出てきて面白い。かつて下級魔族が寝泊まりしていた小部屋のある階層を調べ終わってさらに下層へ向かうときには螺旋階段を使う。
「懐かしいな、この階段」
「ルシャさんたちはここで戦ったんですか?」
「そういうこともあったよね」
「あの頃からルシャの魔法は完全に魔族を圧倒してた…ちなみに魔族がいるときは先生や特強で調べてたんだよ。それもかなり慎重に」
「30分おきにキャピシュを地上に送って無事を知らせるとかしてたんだよ」
「ほぇー、簡単じゃなかったんだ」
「最悪の場合最下層に魔王いるって想定があったからね」
ここでクロエが最下層がどこかに繋がっていないのかと尋ねた。そこでルシャはヴァイドとの出会いを思い出した。
「滓宝が眠ってる部屋があってその先の通路は王都にまで繋がってるらしい。魔族がいた頃はその通路を使ってここと王都とを行き来してたって説があるよ」
「そんなに長く…だって100kmもあるんですよ?」
「それは魔族だからできたことかもしれない。もっと多くを調べればよかったんだろうけど、魔王が死んだことで魔族は消えてしまった」
「そっか、封印されただけなら力が弱まるだけで消えはしないけど、魔王が死んだら人間界にいる魔族が消えてしまう…消えてしまうんですか?」
「ここの魔族が消えてしまってるからなぁ…魔界に帰ってから門が閉じたのかもしれないけど」
「いずれにせよもう魔族を調査することはできない。でも魔族に襲われる心配がなくなったんだからいいんだ」
「確かに…」
最下層までは遠くて行けなかったので、この先のことは先生たちの報告を聞いて状況を把握することにして引き返した。
見た限りでは地下遺跡は問題なく保たれていたので、埃を積もらせてしまったことだけ反省して管理の頻度を高めることで一致した。初めてダンジョンを訪れたクロエに感想を尋ねると、もっといろんな服を着たいし仲間が着ているのを見たいと言うので、気を良くしたミーナがコレクションを増やすと約束した。
「ああ、持ち出して普段着にしたいのがあればそうしていいからね」
「いいんですか?」
「もちろん。服は着られるためにあるんだし、クロエの可愛いところもっと見たいし」
「わかりました!今日の体験のおかげで服に強い興味が湧いたので、いろんな店に行こうと思います!」
「じゃあ一緒に行こう。ルシャ、あの店を紹介しても?」
「んー、いいんじゃね?」
「よし、じゃあ暇なときに声をかけてくれ」
果たしてどんな店に連れて行かれるのか?そして”あの男”はクロエを見て何と言うのか?楽しみは尽きない。
「…で、お前はスモックのままでいいの?」
「アッ」




