232・スポーツクラブの女
ルシャにもできる運動をコンセプトに、彼女のために集まったダテの民は区民体育館でできる種目を厳選した。
「思い切り動いてもいいわけだけど、アツくなりすぎて熱中症になったら困るから、遊び感覚で楽しめるものに限ろう」
苦手克服とは違う、できることをさらに楽しく伸ばそうという企画だ。旅行を前に怪我をすることは避けたいから、怪我のリスクの少ないものを選ぶ。
「じゃあ、これ」
的当てだ。破壊しても怒られない三角コーンが倉庫にあるので、それを並べて的にする。前にもやったことだが、近いところから始めて当てられたら徐々に遠くしてゆく。しかし今回は4つの球種が指定されている。
「左脚に限ってプロ級のルシャさんにおかれましては、ストレート、カーブ、バックスピン、ループの4種類を自在に操れることでしょう」
「ほう」
「すぐ終わっちゃっても面白くないから、そのくらいの難しさを設定させてもらうよ」
「いいだろう」
左足に自信ネキはできると言った。ミーナたちも球技祭優勝メンバーとしてのプライドがそれを実現させるだろうとして、この競争に参加することにした。
ルシャは球技祭でのパフォーマンスがあの時限りでないことを証明した。カーブはインサイドではなく小指の近くを当てるアウトサイドキックでやるくらいで、まだまだ余裕だと言いたげだ。
「じゃあもうコート半分からやってもらおう」
「いいよ。できるから」
プロ選手のようなことを言うルシャがどこまでやれるのか確かめたくなったので、最終的に対角にまで伸ばすつもりで試練を与えてやった。
「これも当てるか…」
バウンドさせてはいけないとは言っていないので、ルシャはそれを利用して上手にコーンに当てた。40mもクリアしたので、50mに挑戦してもらう。プロでも厳しい距離だが、ルシャはストレート(縦回転はOK)を見事に当てて見せた。
「すげぇ…」
「そんだけ正確にやれるなら、パスでも合格できそうだね」
「運動量がね…」
3kmも走れないルシャがプロになれるとは誰も思わない。しかし、それさえ克服できればなれるような気がしている。
「あっ」
カーブでやっと外した。連続記録が途絶えたが、次はしっかりと修正して当てたから怖い。
「僕これで10回目だよ」
ロディは経験者なのに全く当たらないと嘆いている。ルシャがプロ級の精度を持っているのは、いろいろと恵まれた女だからとしか思えない。
「運命に愛されてる」
「そうかもな。お前らに会えたことで使い切ったと思ったんだが、二物を与えられたみたいだ」
「かっこいい…」
ルシャのたまに出るカッコつけた台詞に心揺れたリオンが感動を乗せたキックを繰り出すと、ボールは転がってコーンに当たった。
「お前もできるのかよ!」
「リオンは内定してるからアレだけど、ちゃっかり連続成功してるね」
驚きがないと言いたい。みんなの反応が薄くて悲しいリオンは、確実に驚くであろうチャレンジをやると言ってプランを話した。
「お前があそこから浮き球を私に蹴る。私はそれを落とさずにトラップしてあのコーンに当てるように蹴る。それができればスゴいだろ?」
「それはスゴい。動いてる球を蹴るのは難しいからね」
「よし、見せてやるよ」
ルシャから見事なパスが供給されると、リオンは足の内側でコントロールしてからボレーキックを蹴った。しかし惜しくもなんともなかったので、一同は『あぁ…』というなんとも言えない反応をしてしまった。
「チクショウ!」
リオンが改善を誓ったので、ルシャが同じチャレンジをやってみた。彼女が得意とする胸トラップでパスの勢いを吸い取ると、前傾して落としたボールを左足で打った。
「一旦止められるのズルいな」
「いくら胸が大きいからって、あれは簡単にできることじゃないよ」
ふくよかな胸が衝撃を吸収する緩衝剤か何かだと勘違いしているようなら、このチャレンジは達成できない。ルシャはトラップの極意を学んだから、身体を活かして上手にできるのだ。
ただ、当たりはしなかった。
他にもルシャが楽しくできる運動があると言うのは、運動得意民のラークだ。彼は最近勉強ばかりで運動が疎かになっているが、短い時間でできるものを見つけてやっているという。
「縄跳びだ」
倉庫にロープがあるので長さを調節した。手も足も動くしリズムが大切なので、運動に必要ないろいろな能力を鍛えられるらしい。それに、痩せる。
「脛当たると痛いから注意してね」
「そう言われてもなぁ」
「頑張ろう!」
男子がやけに元気なのは、ルシャが飛び跳ねるからだ。飛び跳ねていれば前跳びでも後ろ跳びでも構わない。
「いろいろ技があって、こういうのがある」
ラークは二重跳びやハヤブサをやって見せた。こうも縄を自分に当てずに自在に操れるとは、流石運動得意民だ。
「こんな交差させたら身体に当たるでしょ」
「交差してるところは回らないんだよ。輪っかのところが回ってるから」
「?」
「自分が輪っかの中に入るんだよ」
「???」
リオンが縄をゆっくり動かして解説した。腕を交差したときも、身体が通り抜けるスペースがあるのがわかる。ただ、ルシャが腕を身体の前で交差させると、胸が寄ってより大きく見えるのだった。
「縄跳びって…いいね」
「でも重さで付け根痛めないようにしないとね」
支える靱帯が切れないように負荷を軽くする必要がある。運動するからスポーツブラをしてきたが、もっと強くホールドしてくれるプロ仕様のほうがいい。
「意外と疲れるね」
「でしょ?」
アイやクロエも息を整えるために休憩をしている。怪我をしにくくて効果の高い運動として、これから定着しそうだ。
「いい時間を過ごさせてもらいました」
「ラーク、よくやった」
「どうも」
2時間ほどが過ぎたが、まだまだ動く余裕がある。休憩を挟んでから次の種目を始めるのだが、その種目とは…
「ルシャには辛いかもしれんが、今度は投げる競技だ」
ドッジボールだ。ボールを投げて相手に当て、内野にいる相手を0人にするというものだ。9人いるので多いほうにルシャを入れる。
「面白いところは、相手をどうやって倒すかチームで連携するってのと、ボールを捕るか躱すかって判断と、技術」
上手い人は前衛に出て仲間を護れるし、パス回しで相手を混乱させられるし、多様な球種で相手に当てることができる。素人の9人は、現状を確かめるために試合をしてみた。
ルシャはサッカーの人なので、ボールが飛んでくるとついうっかり足に当ててしまう。その癖が仇になって簡単に外野送りになるため、全く戦力になっていない。投げも小学生みたいで可愛い。
「私もルシャたそのことバカにできないんだよなぁ」
ミーナも肩が強くないので、小学生にも及ばない。ラークに簡単に見極められてしまうため、リオンが孤軍奮闘している。
「お前躱すだけかよ」
ルートは後衛で逃げ回っているだけで、ボールを捕ってやろうという気にならない。生き残ってはいるが、反撃ができない。
「ちょこまかと動くな!」
ルートを退場させたいラーク軍のロディが怒り任せに投げるが、ルートはやはり躱す。腹が立ったので外野のリリアがボールを蹴ったところ、あまりに速かったのでルートに命中した。彼は悲鳴とともに倒れたが、これはルール上アリなのか。ヴァンフィールドで広く認められているルールによると、”投げるのであって打つのではない”とあるため、ルートはセーフ扱いになった。
「勝負してくださいよ師匠」
「戦法なんだけどなぁ…」
「ダサいんすよ。逃げ惑うばかりで…いつものあんたじゃない」
「お」
その言葉に強く心を動かされたルートは低く笑ってから気合を入れ直した。
「確かにそうだ。逃げるってのは、俺らしくなかったよなぁ!」
俄然攻撃的なドッジボールへ移行したルートだが、前衛に出た途端にラークの豪速球を喰らって外野へ移動した。
「だっせ」
「鍛えてやるぞ」
ルシャにカッコいいと言われたいルートはドッジボールの鬼となれるか。結局ラークがリオンも撃墜したのでラーク軍の勝ちになったが、ラーク以外に深刻な問題が発覚した。
「投げる力弱くね?」
☆
強肩になることを目指すダテは、柔らかくて減速しやすいボールを遠くへ投げる特訓を始めた。バレーボールやサッカーボールのように素材がある程度重いボールは遠くへ飛んでくれるが、素材が薄くて軽いボールは強い力で投げにくい。それを遠くへ投げられるようになれば、かなりの強肩になっているはずだ。
「それっ!」
「あぁかわいい!」
「かわいいじゃねぇよ。全然飛んでないんだよ」
「うーん…ゴリマッチョになるしかないのかなぁ」
父のように筋肉を鍛えれば強肩になるのではないかと考えたミーナ。腕だけマッチョになるなら全体をマッチョにしてバランスをとろうというのには同意できる。
「ラークはマッチョだから飛ぶの?」
「それもあるし、慣れもある」
「ラークは普段そんなにボールを投げてるの?」
「強く投げることはしないけど、妹と遊ぶときにはボール遊びを選んでる」
「あー、『お兄ちゃんすごい!』ってなるね」
ラークのような兄を持つ妹は誇らしいだろう。強面でマッチョなのに優しくて遊んでくれる。妹が楽しめるだけではなく、ラークも少しずつ鍛えられていたようだ。
「妹も運動好きでね。まだボールが大きいけど、ドリブルを覚えさせてる」
「私たちの年齢になったらどうなってしまうのやら」
「女版ラーク…リオンに似てるのかな」
「私よりデカくなるんじゃね?170くらい」
「スゴいね。ラーク妹も楽しみだ」
彼女と一緒に遊べるようになったときに恥ずかしくないように、あらゆる運動をして体育の総合力を高めておきたい。ドッジボールで強くなるのは、思ったより重要な課題になる。
その後、男たちは『まだ間に合う、まだ間に合う…』と言いながら、たくさんご飯を食べるのだった。




