221・A(C)
クロエの誕生日に何をしようかと考えていたダテのところへ1年生がやってきた。彼の名はマクスウェル。サッカー激ウマ野郎だ。
クロエのことが気になっている彼のなんと勇敢なことか、本人から彼女の誕生日を聞き出すことに成功していて、当日にダテとともに祝いたいと言ってきたのだ。
「イケてる青年だこと。同じクラスに友人がいるのはとてもいいことだし、祝いたいというのも素晴らしい。お姉さんたちに協力してくれるってことだろ?ん?」
後輩に対して大人っぽさを見せたいのか、ミーナたちはそれっぽい振る舞いをしている。しかし背はマクスのほうが高いし、ダテトリオは揃って可愛い制服を着ているので、どう頑張ってもマクスのほうが大人っぽいのである。
「どちらかというと俺のすることに協力してほしいんです。ああ、もちろんこちらにできることはやるつもりですが」
「ほう。話してみろ」
「実はちょうどクロエの誕生日に試合があって、クロエに見に来てほしいんです」
サッカー選手を目指すリオンはすぐに了承してスケジュール管理をしているミーナに調整を頼んだ。クロエにプレゼントを渡すための時間を午後にとっているダテは、午前はキルシュ邸のプールで遊ぼうとしていた。それをサッカー観戦に変更するのには問題がない。
「けど試合の時間は?」
「10時半です」
「ああ、じゃあ大丈夫だね。クロエを貸せばいいの?それとも私たちも行くべきなの?」
リオンは後者を選んでほしい。マクスは予定にはないもののダテがいても問題ないということで、リオンたちも誘った。
「よし。じゃあお前は試合が終わったら片付けとかをやって、解散した後に合流しろ。家の場所が分かんないだろうから、近くの…あの、料理屋でメシを食って待ってるよ」
ジュタ・パークに併設されている練習場で試合があるというので、そこから見える居酒屋みたいな店でマクスを待つと約束した。
あっさり予定が決まったので、ルシャたちはマクスにもクロエへのプレゼントを買うように言った。すると彼はこう返した。
「ハットトリック決めます」
「おお、それはいい」
「有言実行を願うぞ。クロエをがっかりさせないようにな」
「大丈夫です。調子が良いので」
自信たっぷりのマクスは怪我をしないことだけ考えていればよい。もし本当に3点とったら最高のプレゼントになるだろうので、ダテはそのためにマクスを全力で応援する。
「なんか横断幕とか作ろうか」
「時間なくねぇ?」
「じゃあお手製のボードだな」
影響力のあるルシャとミーナが応援している選手とあれば、他のファンやスカウトも気にせずにはいられないだろう。もしかしたらFCジュタより先に別の名門クラブが彼を引き抜くかもしれない。内定を伝えられれば、将来を約束したようなものだ。
☆
当日、ダテは揃って練習場へ来た。クラブの下部組織なので運営費が必要で、トップチームとは違うスポンサーがついているし、ファンクラブもある。観客席も1000人分あるため、大会を開くこともできる。隣のスタジアムより遥かに小規模だが、大事なのはそこでサッカーの試合が開かれるかどうかだ。
ルシャたちは最も良い場所に陣取って他の客の入り具合を見た。
「たいていは保護者とかクラブ関係者だろうね」
「そうだろうね。レベルの高い試合を見たいなら隣に行くもんね」
未来のスターを下部時代から見たいというコアなファンが数人来ているようだが、観客席をすべて埋めるほどの人数は来ていない。
「そんなもんだよ。けどアピールの場であることは同じだ。ここで活躍できないようなら、選手としての未来はない」
リオンはクラブのコーチ陣にそう言われたという。将来を嘱望されるマクスをチームに加えたいと思う人がこの中にいるならば、彼は自分の力を余すことなく見せねばならない。
ウォーミングアップの様子を見る限りでは、マクスはやはり異彩を放つ良いプレーヤーだ。リラックスしながらもボールを扱う瞬間は集中している。
「気合入ってるなぁ」
「仲間も触発されるでしょうね」
ルシャは球技祭で彼と対戦しなくてよかったと言った。もし彼と決勝で当たっていたら、一方的な虐殺が起きていただろう。
「おそらく大会で見せたのは全力じゃない。ここで見られるのが全力だ」
100%の彼がどこまでやれるのか、試合開始が近づくにつれて高揚してきた。
練習着からユニフォームに着替えたマクスの左腕には黄色いアームバンドが巻かれている。ということは、クラブでもその実力を高く評価されているということだ。キャプテンを務めるほどだから、やはり昇格してトップチームデビューするのだろう。
笛が吹かれてボールが蹴り出されると、ジュタがボールを支配した。仲間の位置を常に把握することでパスを確実に繋ぎ、相手の守備を掻い潜って前へ進む。選手の能力を頼るロングボール戦法ではなく、ボールを自分たちが動かすポゼッション戦法を採用しているジュタは、攻撃に時間をかけがちだ。
ルシャはもう少し挑戦してもよいと意見した。
「相手が苦戦してるのは確かだけど、ボールを保持できなくても守れてりゃいい。このまま終わってくれるなら、相手の良さを封じたと言える」
「それじゃつまんなくね?」
「そうだし、勝てない。どこかで決断しなきゃいけないよ」
その決断をしたのはマクスだった。
右サイドの後方で仲間の支援をしていた彼は、意を決して味方より前に出た。守備陣がゴール前に押し込まれて密集している状態を、このままでは解消できないと判断したのだ。彼がディフェンダーを引きつけて陣を動かすと、生じたスペースへ蹴り込んだ。仲間が蹴り損なったためゴールは生まれなかったが、相手に冷や汗をかかせることができた。
「ああやって変化をつけないとね」
「あれはマクスだからできたの?」
チームの攻勢をマクスが司っているかというと、そうではない。各々が行動したのを仲間が支援して一連の流れができる。今のは彼が起こした行動に仲間が反応したのだ。
「10分か…様子見は終わったかな」
相手の出方を見て対応を決めるチームは多い。相手が攻めてくるのか、ボールを保持するのか、守備に徹するのかを見極める時間が終わると、自分の戦法を実行する時間に入る。
前半15分、マクスが長いボールを対角に蹴って仲間を走らせた。相手はすぐに守備を固めるが、膠着は起きなかった。
「ヘイ!」
これまでサイドバックとしてフィールドの輪郭付近にいた彼だが、この攻撃では中へ走った。ゴールの正面で要求した彼は、転がってきたパスをトラップせずに放った。ウォーミングアップでルシャたちを唸らせた弾丸ミドルは惜しくも枠を叩いたが、また相手に冷や汗をかかせた。
「存在感あるね」
「いいアピールだ」
キャプテンとして仲間に声をかけているだけでなく、プレーでも鼓舞している。攻守ともに重要な局面に顔を出す彼は、ルシャたちの近くに座るスカウトからも高評価を受けている。
叩き続けた扉が破られるかと思っていたが、ジュタは思わぬ反撃に遭った。相手が守ることに飽きたのか、戦法を変えて速攻を仕掛けてきたのだ。帰陣するも間に合わずにキーパーと対峙されてしまった。
「マズい!」
相手の援護が猛烈に駆け上がってきて、2対1の状況ができそうだった。それを見た相手がボールを横へ転がした。キーパーの守備範囲を外れたから、あとは転がしてゴールへ入れるだけだ。
しかしゴールは入らなかった。相手の援護を猛追していたマクスがスライディングをしてボールをキーパーへ渡したのだ。バックパスをキーパーが勢いよく前へ送ったため、相手の攻撃が終わった。
「おおお…」
「マクスが走ってきてるのに気付かなかったのかな」
「自分で打ってもよかったけど、確実に入るほうを選んだんだろう。仲間が間に合うと思ったんだ」
「マクスが予想外に速かったのか」
「あんなスライディング、なかなかするもんじゃないよ。下手したらレッドだもん」
もし相手が先にボールに触れて、マクスの脚が相手に当たっていたら…前半のうちにキャプテンが退場していた。10人で残り時間を戦うとなると、得点は絶望的だ。
ずり下がったソックスを上げ直した彼はディフェンダーの3人に位置取りに注意するよう言った。オフサイドにすれば相手に裏をとられても大丈夫だが、掻い潜られたらまた追いつかねばならない。そう何度もできるプレーではないため、そうならないようにしたい。
「味方がちょっとイマイチだね」
「うーん…待ち構えてるのが多くて、相手に対応されてるね」
「もっと動くべき?」
「うん。隙間を作る動きをしないと」
パスコースもシュートコースもない状況を解決するのは選手の動きだ。守備陣の外で安全にボールを回しているだけでは脅威にはならないため、頻繁に出し入れして相手を釣り出さねばならない。それが効果的にできないまま前半が終わってしまった。
マクスは仲間に動きの改善を求めた。彼は前半だけでかなり動いたが、仲間はあまり動いていない。守備の時に走るだけにも見えた。
「相手は守備に重きを置いてるみたいだね」
「うん…それを突破しないといけないんだけど、味方が動かなきゃダメだよ」
「後半で改善するかな?」
「どうだろう。相手が点を獲りに来たときが狙いどきかな…」
リオンの予想通り、ジュタは戦法を変えた。敢えて相手に攻撃をさせることで敵陣を空にし、ボールを奪ったら一気にそこへ走る。カウンターと呼ばれる戦法で、守備の整わないうちにゴールしてしまおうという狙いだ。ただ、疲れる守備をした直後に長距離を走ることになるため、とてもバテやすい。
しかし、監督は大きな変更でカウンターを成功させようとしていた。自陣のゴール前でボールを奪うとすぐに相手の裏へ長いパスを蹴ったのだが、それを拾ったのはマクスだった。
「あれ!?」
「右サイドバックだからこっから見て右奥にいるはずのマクスが最前線にいるよ」
「あいつ、本職を外れたのか…」
スピードがあってキック精度の高いマクスをFWにするという大胆な変更をしていたのだ。相手を誘い込むとき、彼はしれっと仲間と位置を入れ替えて反撃の準備をしていた。相手DFより速い俊足を活かして一気にキーパーの前までボールを運ぶと、お得意のフェイントで騙してから無人のゴールへ転がした。40mほどをドリブルした後で正確なフェイントができるのは、並の体力でない証だ。
ルシャたちは大きな拍手と声援を送った。するとマクスは反応してクロエに指を向けた。
「かっけぇ」
「余裕あるなぁ」
誕生日を祝うセレブレーションはケーキの蝋燭を吹き消す仕草だ。仲間の祝福を受けながら右サイドバックへと戻った彼は、ハットトリックを達成するためにまたゴールを狙う。
後半30分、そろそろ試合が終わるというのに2点目が遠いのは、1点目で相手がカウンターを警戒するようになったからだ。マクス封じを講じた相手はロングボールを蹴らせずに遅い攻撃を強いた。そのせいでマクスの快足が活きずにまた守備固めに苦しんだ。
苛立ちが彼の顔に表れるようになったことでルシャたちも不安を抱いたが、あの顔は彼の攻撃性が表に出たときの顔だった。
中央でボールを要求した彼は相手を抜き去ると、仲間に並走するよう言ってドリブルを始めた。囲まれる前に仲間へ出して仲間が囲まれたら要求する。無理の利く彼は下手なパスを受けても前を向くことができるため、また相手の守備の裏へ出た。守備が集まってきたとき、彼はそれを嫌って右脚を振り抜いた。
軽くカーブのかかったボールは相手キーパーを避けてゴールへ向かい、枠を掠めてネットを揺らした。意地の2点目と呼ぶべきゴールだ。
ここで彼はクロエに応じたかったが、約束のハットトリックを達成するためにボールを持ってすぐに戻った。負けているチームが早く再開させようとボールを持って帰るのはよくあることだが、勝っているチームがそうするのは滅多にない。それを得点への意欲と捉えた監督は、リスク上等の攻撃偏重戦法へと切り替えるべく選手を交代させた。マクスの右サイドバックは3バックになったことで潰れ、彼はFWの位置に移動した。
その意図を汲んだマクスは残り2分でスピードドリブルを始めた。しかしここで異変が起きた。彼の顔が歪んだと思えば一気にスピードダウンしてしまい、なんとか味方へ繋いだはいいが、フィールドに座り込んでしまった。
「攣ったか」
「どうだろう。脚押さえてるね」
チームドクターが確認をしたあと、腕で大きなバツを作って監督へ訴えた。どうやらすぐには治らない負傷のようだ。
「そんな…」
クロエは心配そうに両手を合わせる。担架に乗って外へ出たマクスは、どうやら肉離れをしてしまったようだ。
「あんだけ走ってりゃね…」
「頑張りすぎたかな。クロエにいいとこ見せようとして」
「もうちょっとだったのに…」
クロエはマクスの様子を近くで見ようと観客席の柵から乗り出してドクターに声をかけた。熱心な観客を訝しんだドクターが表情を曇らせると、クロエはその場に崩れるようにへたり込んでしまった。
「怪我は気の毒だけど、あいつがいなかったら負けてたよ」
「その頑張りを褒めよう」
「はい…」
「3点は取れなかったけど2点はとれたんだ。苺の乗ったケーキだよ」
「良いほうに考えるようにします。チームは勝てるわけだし」
マクスが負傷してやっと動きが良くなるのは遅いのだが、失点を防ぐことができたので及第点だ。試合は2-0で終わり、マクスが最優秀選手に選ばれた。
部外者はロッカールームや医務室に入れない。女子チームに内定しているリオンも、所属しているわけではないので入れない。というわけで彼が出てくるのを待つしかないのだが、近くの居酒屋で食べている間、気が気でないのだった。




