22・気になるあの子のハナシ
ダテトリオのお泊まり会の日、ルシャはミーナのところへ行くときに贈り物を忘れたことを大反省して今回は忘れないようにとフランが買っていた菓子詰め合わせを持って行った。リオンの部屋のある木造の小さな建物は外装だけ新しくなっていて、いざ中に入ると驚くくらいボロかった。富豪の娘は嫌味っぽくならないように言葉を選び、反抗期の弟に高級な菓子を渡して騒がしくなることの許しを乞うた。
「2人ともお菓子くれたから入れてやる。けど隣の部屋には来ないでくれよ?」
「はーい」
弟は姉以外の女の子が来たことで少し緊張しているようだ。いつものように憎まれ口を叩こうとするもかなりマイルドだった。
「…言うても夕飯一緒に食べるんだけどな!」
「気が気でないのでは?」
ルシャが女の子3人と一緒にいる男1人の疎外感を案じたので優しさを褒めたリオンは1人だけ隣の部屋に行って相談を持ちかけた。子供部屋で待っていたルシャとミーナはリオンの驚く声を聞いて何が起きたのか想像した。
「弟くんが裸で寝てたとか?」
「寝るの速ぇな。あれかな、女の子が来て悶々としてしまったのかな」
壁が薄いので隣の部屋の声が聞こえる。リオンは夕飯を一緒に食べるかについて相談していた。弟は外食に行くと言ったが、姉は許可しなかった。相談とは何だろうか。
「…弟も一緒に食べるってさ。あ、あいつ料理できないから私が作るね」
「イエェイ」
「弟くん何してたの?」
「…それは内緒」
生意気な弟が嫌いなわけではないので、姉は弟が不当な評価を受けないように黙秘した。おそらくルシャとミーナの想像通りだ。
狭い部屋に勉強机は1つしかなく、片方が使っているときはもう片方は折り畳みのローテーブルを使う。
「同じ部屋にいて、ケンカしたときどうしてるの?」
逃げ場が少ないので外出するしかないだろう。しかし金がない。すぐに仲直りするのだろうか。
「あいつは走りに行くよ。家の壁殴ったら壊れるし、それ以外にできることないし」
「怒りを運動で昇華するなんて健康的だなぁ。戻ってきたら機嫌直ってるの?」
「たいていは。なんかどうでもよくなるみたい」
「いいじゃん。お姉ちゃんはどうするの?」
「私は謝らないよ。たいていは弟が悪いから」
「でもほら、仲直りって反動で仲良しにならない?」
ミーナは長男とケンカした後は互いに謝って抱き合って仲直りをするというからルシャは驚いた。
「赦せる程度のケンカしかしないもん」
「確かにね。たまに言い方が悪かったなと思うけど、あっちは気にしなくなってるし」
「ふーん…ケンカしたことないから分かんないなぁ。ケンカしたいなぁ」
「しないほうがいいよ…」
弟がいたとして、姉も弟もすごい魔法使いなのでジュタ区が焦土になって漸く喧嘩が終わる様子をリオンは想像した。
さて、このお泊まり会は昼食後に始めたのでそろそろおやつの時間だ。リビングに行くと弟が贈り物を食べていた。既にかなりの包装が開けられている。
「あ、お前ぇ!パパママのぶんとっとけよ!?」
「とーさんは甘いの食わないでしょ。5個だけ残しとくから」
「わかんねぇだろぉ!?」
「まあまあ、また買ってくるから」
「もしかして私たちのこと気になっちゃってる?」
ミーナが弟を揺さぶってみた。これは自分の印象を強めて次にここに来やすくするためだ。弟に気に入られたのなら2回目のお泊まり会がしやすくなる。
「いや別に…あ、お菓子はメッチャ美味しいぞ」
「そうだね、美味しいね」
「持って来てくれるならいつでも来ていいかな」
「やったぜ」
ミーナの印象づけは成功した。『高級なお菓子をくれる姉ちゃん』という認識を持たれたのだが、ルシャはどうだろうか。
「私は高いの持って行けないね…でもこっちも美味しいよ?」
「巨乳の姉ちゃんも同じだ。お菓子持って来てくれたら歓迎する」
「巨乳の姉ちゃんって!」
「おいコラどこ見てやがる」
「だっておっきいんだもん!」
マセガキの目を封じたリオンを和ませたルシャも弟に精神攻撃をしかけた。やはりダテトリオ、似ている。
「おっぱいで覚えられるのは良くないねぇ。できれば手芸の人って思われたいから、こんどはお菓子に添えて何か持ってくるよ。夏真っ盛りだから何がいいかね…」
「何でもいいけど姉ちゃんはおっぱいだぞ」
この頃の男の子はおっぱい以上に魅力的なものを見出せないようで、ルシャの印象づけは失敗した。ムラムラしている弟から友達を護るためにリオンは夕飯の買い出しに2人を誘った。
近くに安いスーパーがあるのはラッキーだ。リオンは毎回ここで買い物をするという。恐ろしい価格設定だが品質が悪いわけではなく、ミーナもそれを認めた。
「まったくあの弟ったら…ごめんねルシャ、あいつおっぱい魔人なのよ」
「そういうもんなのかね。自分にはないからね」
ルシャはリオンに弟がいることを知っているので胸の目立たない服を着てきたつもりだった。それでも胸の大きさがわかってしまうらしい。
「うちのちっちゃい弟もそのうちそうなってしまうんだろうか…」
「もうなってるんじゃね?」
「そうだろうか」
「あんな憎たらしい態度とるくせにパイタッチして逃げたりお尻に抱きついたりするからね。怖いね」
姉でも女だということだろう。この意識がある限りケンカは不利益に繋がる行為だから、たとえ姉が悪くても自ら解決しようと思うのだとリオンは考えている。
「別にどうでもいいんだけどね…そのうち彼女ができて落ち着くだろうし」
「そんな早くにできるかね?」
「あいつ顔はいいからね…運動もできるし。わがままでバカなことくらいだよ、欠点」
背も高い。もはやバカが愛嬌になるほどであるから、中学生のうちにできるだろう。
「でも彼女できても家に連れて来られないね」
「あっちにお邪魔することになるだろうね…」
そんな話をしながら買い物を終えると、夕食の支度をする2人をよそにルシャは洗濯物を取り込んでいた弟を見た。
「なに?」
「うーん、確かに顔がいいねぇ」
「そ、そう?照れるな」
おっぱい姉ちゃんから褒められたので弟は嬉しくなって頬を染めた。しかし洗濯ばさみから外したのがリオンのブラだったので慌てて畳んだ。
「洗濯は弟くんがやってるんだね」
「ねーちゃんが料理してるからな。物干しなんて技術要らねぇし」
「偉いねぇ」
年上のロリっ子から褒められた弟は辛抱ならなくなったようで、洗濯物の畳み作業を放棄してどこかへ行ってしまった。
「おいルシャ、私の弟をあまり刺激しないでくれよ。火薬庫みたいなものだと思ってくれ」
「褒めただけだよ?」
「好きになっちゃうよ?」
「おぉ…」
代わりにリオンが残りの畳み作業をやって夕飯の支度を始めた。ルシャとミーナは椅子に座ってその様子を見守る。
「弟はどんな人がタイプとか言ってた?」
「自分より小さい人で、細身じゃなくて、頭が良いのがいいって言ってたかな」
これに該当する人はいない。ルシャとミーナを合体させれば完璧だ。
「あとは運動できるほうがいいってのもあったっけ」
2人が合体してもダメだった。リオンを足せば完璧だ。3人をゲームから除外してエクストラデッキから特殊召喚するしかない。
「合体云々は置いといて、弟はそこそこイケメンだから今でもモテてるんじゃない?」
「女の子と話すことはあるらしいけど、家に行くことはないっぽいね。お金ないからレストランとか行けないし」
「うーん…」
頭を抱えていると弟が帰ってきて息を切らして報告した。
「すげぇ!メッチャ綺麗なお姉さんいた!背が高くて、メッチャ綺麗!声かけたかったけどオーラがやべぇくて話しかけられなかった!」
「あれ?」
3人には心当たりがあった。長身で綺麗な女性。2人知っている。
「たぶんいつか会うことになるよ…」
「マジで!?」
「うるせぇな。汗臭いから洗ってこい」
それに従った弟がカーテンを閉めた。脱衣所がないので壁につけたフレームにリングを通してそこにカーテンを貼り付けた仮設更衣スペースだ。ごそごそと音がするので女2人が妄想を始めた。
「弟くんはショタボディなんですかねぇ」
「だんだんと大人に近づいて筋肉がついてくるのでは」
「ホゥ、殿方ですなぁ」
「聞こえてるよぉ!」
弟はまた辛抱ならなくなるところだった。
弟が出てきた頃には夕飯が完成していて、4人分がテーブルに並んだ。弟はすっかり姉の友人に興味津々で、逃げるどころか積極的に参加していた。
「気まずくなるかと思いきや、完全に馴染んだよ」
「雑談は苦手じゃないからな!」
「よしじゃあお姉ちゃんの秘密を暴露してもらおうか…」
弟しか知らないことがあると思ったミーナが悪戯すると、リオンがすかさず弟に口止めをした。
「同じ部屋で過ごしてんだ。分かってるよな?」
「う、うん…言わないよ」
「ハハハ、やっぱお姉ちゃんには逆らえないんだよ」
終始弟がからかわれたので弟は食後にもかかわらず走りに行った。この先彼の持久力は超人的なものになるだろう。
風呂からあがると狭い部屋に布団を2枚敷いて3人でそこに入った。お楽しみのピロートークだ。
「さぁ、隠さず教えろよ?気になっている野郎はいるのかい?」
「お前から言え」
言いたくない2人がリオンに反撃すると、彼は簡単に言った。
「おらん」
いないが故の余裕だ。しかしトークとしてはつまらないので、話を広げられる人が挙手した。
「強いて言うならノーラン先生」
「先生かよ!生徒じゃねぇのかよ!」
「いいじゃん生徒に強い子いないんだから」
「お前と比較するとねぇ…まあ近いとこだとロディとラークしかいないわけだが」
「嫌いじゃないけど好きってわけでもないし、ロディに関しては半分女の子だし」
「どゆこと?」
確かに振る舞いや見た目が中性的かもしれないが、彼は立派な男性である。男らしい場面を見せてくれることに期待が集まる。
「ラークはデカすぎるんだよね。170くらいだったらもっと怖がらずにいけると思うんだけどさ」
「優しいお兄ちゃんだってのが分かっても近くに立たれるとでかさが際立つのよね」
「そうなんだよ。萎縮してしまうのよ」
「ムキムキだし精悍な顔つきしてるしなぁ。パワーの権化みたいな感じだしなぁ」
小型ラークの登場が望まれる。
というわけで3人とも好きな生徒はいないということで、話は好きから外れてクラスの男子へ移った。
「ぶっちゃけ印象薄すぎて分かんない」
「魅せてくれる人がいないからねー」
実力社会では他者を驚かせるようなことをしなければ注目されない。魔法実技ではルシャがすべて持って行ってしまうし、筆記ではミーナだし、運動ではリオンとラークだ。他の男子はなかなかアピールできない。
「運が悪いよ。そこそこの実力があっても隠れちゃうんだもん」
「人柄で目立つしかないかな。でも派手なことすると嫌われることもあるからねぇ」
「ってか目立つことしても実力がないとダメだよ」
他の男子と言われて話ができるのはたった1人、あの問題児だけだ。
「ルートか…」
「弟子にしたんでしょ?特訓はどうなってるの?」
「抜かりなくやってくれていることを願うよ。私が見てやらんでも自分だけで頑張ってくれるタイプだと思うから、基本放任で」
「もうそこまで憎んではないの?」
「憎むってか冷たくして更生を促してただけなんだけど…正しい方向に頑張ってくれるってことらしいからある程度は認めるよ」
「師匠…」
ルシャの乱暴な特訓メニューを達成したのなら、彼女を納得させられる技量を得ているに違いない。新たな魔法の発明も彼を強くするはずだ。
「好きになっちゃわない?」
「ならない」
「断言かぁ」
「あんたらはどうなのさ」
弟子についてどう思っているか2人に尋ねると、どちらも首を横に振った。
「ああいうのじゃない」
「性格悪いのはいかんね…」
プライドを捨てて愚直に頑張るだけの男になれば少しは見直されるかもしれない。しかし前提とする見た目が好みではないらしい。
「あいつ別にイケメンじゃなくね?」
「そ…うだねぇ。不細工ではないけどね」
「ドキドキしないんだよな」
なんだか可哀想になってきたのでこれ以上の悪口は言わないようにしようと決めたルシャは良いところを探した。
「まあでも魔法に関しては私に次ぐ2位なわけだし、大会には出られるんじゃない?」
上級生を凌ぐ魔力を持っていることを認めた。このまま彼が特訓を続けるのなら、出場者選考の際に介入することも考えるという。
「贔屓するつもりはないけど、中立の立場で考えてあいつは出られると思う」
「ルベン先輩、アイラ先輩、キミ、ルート、あと誰?ってか何人?」
「8人だった気がする。あと私は辞退する」
「じゃあ知らない人が出るか。3年かな」
「そこらへん知らないから先生に訊こ」
大会が近づくにつれて生徒たちはストイックに競争する。ルシャに手合わせを申し込む人も現れる可能性が高いので、彼女は忙しくなるだろう。
「全国からイケメン魔法使いが集まって楽園みたいになったらいいなぁ」
「見に行くの?」
「楽しそうじゃん」
「まあ私も見に行きたいけど。どうせノーラン先生が連れてってくれるっしょ」
「連れてってほしいなぁ。みんなで強請ろう!」
やっぱり好きなのはノーランということでまとまったし、弟が隣の部屋で安眠できないと申し訳がないので眠気に逆らわずに目を閉じた。
弟はというと…
「ルシャさんヤベェな…もっといい格好しとけばよかったな…」
リオンの弟が登場しました。姉の友人とかいうちょっとドキドキする女の子が2人も来たのだから興奮は想像を絶するでしょう。彼は今後も登場します。どう変わっているかお楽しみに!




