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えっ、私が勇者になるんですか!?  作者: 立川好哉
第2部・3年生編
215/254

212・ヴィタリ

 フランが大臣になって王都へ移住してから、ルートは頻繁にルシャのいるルヴァンジュ家に御用聞きに来ていた。

 それはルートが自宅にいるより大好きなルシャちゃんの傍にいたいからで、半分真心、半分下心である。

 ルシャはこれについて許容していて、買い物や料理、掃除を命じて大いに活用していた。彼女もアイも、仲の良い人は多いほうがいい。


 そんなルートは3年生の6月現在、キルシュ・グループ傘下の不動産会社の管理する新築アパートに後輩のクロエとともに住んでいる。短期契約は8月に満了するが、その前にジュタのルヴァンジュ邸の新築工事が完了する予定で、2人はそこにお邪魔することになっている。

 家具やら食器やら日用品やらを買って2人にプレゼントしたダテの面々は、2人からのお礼としていつでも遊びに来る権利を得た。




 新築工事の終わるまでは王都にあるルヴァンジュ邸からジュタの学校に通っているルシャは、権利を使って頻繁に2人の家を訪れては暮らしの様子を見守っている。

 愛弟子であり最近恋人に昇格したルートが自分以外に下心を晒していないかを監視するためでもあるが、主には安らげる場所に居たいだけである。


 今日もルシャは体育で疲れたからと理由をつけてこの一室を訪ねている。

「どーしてもマット運動だけはできない」

 ジュタ勇者学校の体育と言えば畜生メニューで知られていて、担当者の遊び心に生徒が翻弄されがちだ。それは『より多彩で自由な発想をもとにした運動』によって身体能力の向上や運動習慣の定着を図る国の方針を逸脱したものではないが、勇者学校だとしても生徒への要求が多いとの批判がある。

 ルシャは決して運動ができないわけではないが、上手と言えるのは左脚から繰り出されるシュートくらいで、他は奇跡を頼るほど不安定だ。だからサッカー以外も行う体育には苦手意識があり、今日も難しい課題ばかりで心身ともに疲れてしまった。

「腕の筋肉や体幹が強くないからな」

 身体を支える力が強いのは右脚だけで、身長に対して重めのルシャは身体を腕で支える倒立を苦手としている。故にそれを含む側転が大の苦手で、毎回テストに入っているそれが未だに克服できていない。


 改善を目指すルシャだが、特訓やダイエットを経ても、このマット運動を改善するには至っていない。相談を受けたルートが勧めるのは、他で点を多く獲ることだけだ。

「身体の芯…というか、それぞれの部位の軸を強くするのがいいけど、たぶん副産物的に筋肉がつく。脂肪が燃えても筋肉のせいでシルエットが太いままだし、凹凸が激しくて女の子っぽくない」

 これはルートの女の子論に過ぎないが、クロエもそれを支持している。

「ムキムキのアスリート女子は素敵ですけど、ルシャさんには合わなさそうです」

「そうだよねぇ。私だってマッチョになりたいわけじゃないんだよ」

「しかし体型のせいで上手にいかない。俺が思うに、その体型じゃ不利だ。痩せてミーナみたいな軽量級になればいけるのかもしれないけど、そのためには生活を激変させる必要がある」

 ルートはルシャのこととなると大真面目に考えるので、言葉が長くなりがちだ。それを快く思うときもあれば冗長だと辟易するときもあるルシャは、たいていは聞いているようで半分くらいしか聞いていない。

「だから私は先生に文句を言いたいわけだよ。こういう体型の奴のことを考えろってね」

「うーん…」

「頑張っているのが伝われば印象は良いですよね」

「実際先生にはそう言ってもらえてる。けど大事なのは点数じゃん?」

「まあ、そうですね…」

 クロエも運動能力が高くないので、点数の少なさに苦しんでいる。体育の成績が芳しくないのは、頑張っていても点がモノを言うからだ。

「どうするかなぁ…」

「俺から言えるのは、シャツをズボンに入れとけってことだけだ」

「忘れないようにしないと…普段出してるから」

 また捲れて晒すようなことはないようにしたい。もしかしたら、前回はそれを意識したから上手くできなかったのかもしれない。

「リオンのほうがいいこと言えるかもしれん」

「そうかもなぁ…ってかさぁ」

 ここでルシャが唐突に話を変えた。

「泊まってっていい?」

 突然の宿泊依頼にも惑わず肯定するルート。もちろんクロエのいるところでいかがわしいことをするつもりはなく、何事もない穏やかな夜を過ごすつもりでいる。クロエも許可を出したため、ルシャは先日の約束通りに夕飯を買いに行った。


   ☆


 ここでクロエを同行させたのは、ルートがクロエに悪いことをしていないか聞き出すためだ。ルートには言いにくいこともルシャには言えそうだという理由があるが、クロエには悩みなど全くないのだった。

「本当によくしてもらってます。部屋の掃除もしてくれるし、夜は静かだし、私が少しだらしなくても許してくれますもん」

「だらしないの?」

「主に自室ですけどね。リビングでもテーブルの上に化粧道具が置きっぱなしでいいし、上着がソファに放りっぱなしでもいい」

「それはルートもだらしないからだよ。キチッとしてるの嫌いだよ、あいつ」

「気を引き締め続けるのって疲れますからね。家を出てルールから解放されたので、だいぶ楽になりましたよ」

 クロエの家はかなり厳しく、品格を保つためにだらしなさを禁じている。自室までもそのルールに従うため、服は常にハンガーにかかっていたし、鞄は決められた場所に置かれていた。そのようなものとは無縁になったことが良いことばかりとは言いがたいが、怒られないように気をつける必要がなくなったのは精神的に楽だという。

「まあじゃあ楽をさせてくれるあいつのために何かしようって気にはなるわな」

「はい。私に楽をさせるという矜恃を保ってもらうために、こちらからも何か働きかけねばなりませんから」

 自己中心的に見せかけた奉仕の精神を見たルシャは、とっておきの料理でルートを喜ばせたいと聞いて手伝いを申し出た。

「手の込んだものならば恩義を強く感じていると気付くだろう。そうだなぁ…」

 メニューを決めかねていたルシャは、母が以前言っていたことを思い出した。


”意中の相手を射止めたいなら、オムライスで胃袋を掴むのよ”


 ルシャはオムライスの作り方を知っているかクロエに尋ね、知ってはいるものの作り慣れていないと聞いて介入を決めた。材料を買ってついでにスナックと飲み物も買った後、向かいの本屋でレシピ集を買った。

「完璧だ。私はルートにキッチンを見られないように誘導しておくから、お前は玉子にでっかいハートでも描け」

「それは恋愛のやつでは…?」

 そうだった、とルシャは気付いた。


   ☆ 

 

 家に帰って下ごしらえを始めたクロエからルートの視線を逸らすべく、ルシャは今年度から始まった新制服について感想を尋ねた。

「以前より学校に行く気が起きるようになったし、朝の眠いときに可憐な装いを見て醒めようというのもある」

「私以外の女でか?」

「単に服装に関する興味で見ると、同じ服でも着方が少し違うとか、髪型や靴下、装飾品でもだいぶ印象を変えられるんだと気付いた」

 ルートはルシャの追求から逃げる策を常に用意していて、それっぽい理由を語った。同意したルシャは、これまでと同じ髪型でよいのか、違う髪型を試すべきなのか悩んでいることを明かした。

「前より包まれてる感がすごいし、着脱もまあまあめんどくさいんだけど、見栄えっていうか『私が可愛いものを着てます!』って感じはすごく強い。だから最も可愛く見える組み合わせを試したいんだ。夏だから涼しいのがいいなぁ」

 結ばないのも素敵だが、首回りをスッキリさせるために結びたいとルシャは言う。髪の伸びてきた彼女に対して切るのを避けるべきと言ったルートは、単に彼がセミロング好きだからだ。

「長ぇと暑いって言ったろ」

「じゃあ短くする?うーん…どう切ったものか…」

 どうにも想像がつかないのは、ルートが髪型を含めてルシャを気に入っているからだ。トレードマークの二つおさげからの変更はあまり受け入れたくない。

「うなじの辺りがゴワついてるのが嫌なら、もっと伸ばして前に持って来たら?」

「ほう?」

 おさげを後ろに垂らしているルシャだが、もっと伸びれば前へやることもできそうだ。結び目が今より前にくるため、うなじに髪が触れることはなさそうだ。

「試す価値がありそうだ。似合うかどうかはお前が見てくれ」

「いいだろう。楽しみだな」


 話が切れたところでルートがクロエの様子を確かめようとしたため、ルシャはまだ完成していないのに見られてはならないとして急造の策を弄した。

「あ、スカート捲れちゃってた」

「!?」

 ルートがルシャのほうへ向き直ったため、クロエのオムライスは見られずに済んだ。しかし急だったとは言え不要なことを言ったルシャは後悔し、興味津々のルートにそう言った理由を説明するのに苦心した。

「それを言わないでいてくれたら、俺はいまこうして心を惑わすことがなかった」

「ごめん、反省は言葉にするタイプで…」

「言われるまで気付かない俺の不出来かな」

「忘れてね。あと知らない人のいるところで私が気付いてなかったら、お前が真っ先に私に教えるんだぞ」

 貴重で薬に勝る疲労回復効果を持つルシャのパンチラを逃したルートは自分の知覚が未熟なことを恨んだ。かといって、血涙を流さなくてもよい気がするが…




 2人の汗が止まらないうちにオムライスが完成したため、話題がそちらへ移った。ルートのだけにハートが描かれていて、彼は訝しんだ。

「いつも優しいので感謝の印です」

「おお、嬉しいね。大したことはしてない気がするけど、そう感じてもらえたのなら頑張った甲斐があるってもんだ」

「短期借家だと物件の価値が殆ど下がらずに少しの傷でも指摘されるからね。徹底して綺麗にしてるのは感心だよ」

 この物件における1年以下の契約では壁紙や床、扉といったものの価値が時間とともに低下しないことが明記されていて、損耗した場合はその分の補修費用を全額借主が負担することになっている。そのため汚れなどを放置することは致命的で、ルートがリストを作って毎日確かめている。

「酔っ払いがボコボコにしたときにちゃんと償ってもらうためにそういう内容にしたんだってさ。他の物件にはそういう奴がけっこういたらしい」

「怖いね…そういうことなら、この建物には穏やかな人だけが来るだろう」

「そうだといいですね。なんなら同じ学校の生徒とか…」

「高校から親元を離れて過ごす人も少ないけどいるね。私と制服でこの学校の人気が上がったみたいだし、グランシャフトだったら実家からそう遠くないから親も心配せずに独り暮らしさせられるね」

 6月時点ではまだ他の生徒は入居していないが、短期契約なら割と軽い気持ちで入れる。長期休暇中だけとか1月から3月までとか、そのように自由に入ってくることが考えられる。

「自分の家の隣にルシャが頻繁に来るって聞いたら、お前見たさに多くの人が友達を呼ぶかもな」

「迷惑です」

「そうだよね…もしそんな噂が立ったら、ステルスで来るといいよ。窓からそっと入るんだ」

「そうさせてもらおう。お前らは驚くなよ?」

 ルートはステルスを看破する魔法を使えるが、クロエには使えない。彼が買い物に行っている間にルシャが来てしまうと、クロエが透明な侵入者に驚いて騒ぎになってしまう。

「ところでお口に合いましたか?」

「うん、もちろん。やっぱ作ってもらう方がいいわ」

「胃袋掴まれたな。やっぱクロエがいちばん上手いから、私の家に来たらクロエに作ってもらおうかねぇ」

「いや、お前にも作ってほしい」

「えー」

 いずれにせよルートは食べる役らしい。それほどにダテ女子の料理が美味しいのは、真心が籠もっているからで、もっとありがたがれと言っておいた。


    ☆

 

 腹がいっぱいになると眠くなってしまう本能のせいで、ルシャは湯が沸くまでにソファでうたた寝をしてしまった。明日の朝に風呂に入ってもよいのだが、朝早く起きねばならないし、シャンプーの香りでクラスメートが興奮してしまいかねないので、悪いと思いながらも起こしてクロエが一緒に入った。

「どうもこの時間は眠くてね…食後に裁縫をしようと思ってもすぐに眠くなっちゃって、結局休日に大量に作ることになるんだよ」

「昼間学校に行ってればそうなりますよ。体育がある日なんかは特に」

「そうだよねー…私が入りたての頃は今ほど難しくなかったんだよ?絶対ノーラン先生とアリレザ先生の悪巧みだよ」

「あの2人には遊び心がありそうですからね…成長を願ってもらえるのはいいんですが、アスリートみたいなことしてますもん」

「そろそろ咎めておきたいね…でも怪我したくないなぁ」

 どうにかして運動苦手民の苦悩を理解してもらいたい。が、話を聞く程度では分からないものだ。だから派手なことをするしかない。

「泣いてみようかな。そしたら弱ってくれるはず」

「それって先生が男子からメチャメチャに顰蹙買いません?そこまで下げなくても…」

「確かに。後先考えると、先生の名誉を穢すのはよくないね。どうしよう…呼び出して泣くか」

 それなら周りに見られない。ルシャは万策を尽くしてバランス調整をすると約束した。

「ただ君は私を上回る苦手民だから、リオン先生にじっくり教わろうねぇ」

「う、はい…リオンさんのもけっこうキツいんだよなぁ」

「がんばれ!」

 夏休み前の試験までに改善できるか。そのためにはリオンもここに呼ぶべきで、ここが伝説のたまり場になること間違いなしだ。

今見たら最新が257話だったんですが、『この頃はまだ家が完成してねぇのか』って懐かしくなりました。早く続き書けといった感じのパンチの効いたコメントお待ちしております。

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