199・ルシャ帯び運転
この日、ルシャは18歳になった。大人の仲間入りで、酒を飲むことができるようになった。それどころか、例の店の禁止区域にも入れるようになった。昨日の突然の知らせに惑いながらもダテならそうするだろうと納得したことで精神の安定を保っていられたルシャだが、朝起きたら母からのプレゼントが置かれていたので心が揺れた。
「お母さん…貰うね」
出発までに時間があるので開けてみると、大きな箱とカードが入っていた。
「これ、服かな」
箱を開ける前にカードを読んでみると、そこには去年もあった母からのメッセージが記されていた。
『ルシャへ
誕生日おめでとう。ついに18歳、大人の仲間入りですね。お酒を飲めるようになり、もしかしたら友達とバカ騒ぎをするためにたくさん飲む機会があるかもしれません。大いに楽しんでほしい反面、危険を避けてほしいとも強く思います。お酒に酔うと事件に巻き込まれやすくなります。我々からすると素人なあなたは気をつけて飲むことをお勧めします。未成年の友達には絶対に飲ませないように。
3年生になって新たな後輩ができて刺激を受けているでしょう。魔法であっても勉強であってもまだまだ成長途中なのですから、抜かりなく学んで成長していってください。日常のすべてが学びをくれます。見逃さないように。
家のことについてはとても助かっています。前より丁寧になったので嬉しいです。
箱には大人らしい服を私なりに選んだものが入っています。着こなせるようになれば立派な大人ってことですね。お友達に大人になった自分を見せつけるのもいいでしょう。
これからも健康でいてください。
フラン』
心のこもったメッセージにまたもや心を揺らされたルシャは箱を開けてドレスを見た。ワインレッドのエレガントなもので、胸元が大胆に空いていて大人らしい感じだ。これをすぐに着こなせるとは思わないルシャはこれの似合う大人を目指すという新たな目標を立ててドレスを飾った。
「お母さん、私がまともに家事しないときもあるのに助かってるだなんて…」
お手伝いさんを雇わずにルシャにやらせるということは彼女を信じているということで、ルシャが時折サボるのに一貫して現状維持なのは、娘がこの家で娘らしく過ごしていることへの喜びなのだろう。ありのままを認めてくれる母のことはやっぱり好きだ。
「教訓もあるけどな…」
お酒がトラブルの元になるということは肝に銘じておきたい。お酒は18歳が増えるにつれて徐々に飲むことになるだろうから、仲間と意識を共有してから買うことにする。
「大臣の飲みに参加できるってことか。それは楽しいだろうなぁ」
また3人が集まって飲む機会があればいいと思った。家の冷蔵庫には飲みかけのワインがあるが、いま飲んでしまうと飛行ができなくなりそうなので帰ってきてからにする。気持ちが18禁のものへと向かうが、平常心を保って朝食を作る。
8時半にお腹の調子が整ったのでお馴染みの服装でアイの家に行った。アイは鞄を背負っていて、中身を秘密にしながらルシャとともにジュタへ飛んだ。
☆
キルシュ邸に着いたのは9時過ぎで、既に仲間が集まっていた。
「おー揃ってるね」
「おはよー。そこ座って」
特等席を用意したわけではない。他のと同じ椅子に座っていつもの食事会と同じように献立を考えるところから始める。
「肉と野菜…この前ルートさんが作ってくれたサラダがすごく美味しかったので今日の献立に入れたいです」
「野菜を食べるには最適だったろ?俺がまた作ろうじゃないか」
「今回もデカい魚があるよ~」
「お!捌こう捌こう」
あとはお馴染みのビフテキだ。これで完璧な食事になる。今回は調理担当が女子に、買い出し担当が男子になった。すぐに決まるのがダテなので早々にメニューが決定してリストが作成された。
「じゃあはい、これで足りるでしょ」
「任せろ!すぐに戻ってくる」
ミーナが何の躊躇いもなく2万セリカ渡したのでそれを見たクロエは驚いたが、後でルシャ以外から回収するのだと思って冷静になった。
「みんな大食いですよね」
「うん。お腹空くんだよ成長期だから」
「私も成長期なんですが…」
「いっぱい食べな。おいしいから」
「はい」
クロエは小食だ。このことでルシャは魔法の素質に恵まれている人ほどよく食べるのだという説をさらに強く支持することになった。逆に考えてよく食べるようになれば魔法が得意になるのだろうかというと、今のところ検証されていない。
男子が買い物から戻ってくるとミーナが魚を捌いていて、解体ショーのようにルシャたちが群がっていた。3人は急いで買ったものを整頓して解体ショーの後半を見てから調理班に引き継ぎ、椅子に座ってくつろいだ。ルシャはゲストなので調理にも参加せず、3人といつも通りのラフな会話を始めた。
「酒飲みたい?」
「そうでもない。けど帰ったらちょっと試させてもらおうと思ってる」
「ミーナ持ってんじゃね?ここで飲んでけばいいよ」
「そんなに強い執着ないんだよなぁ。弱いのがあればいいけど。家にワインしかなかったから。ワインって強いんでしょ?」
「20%くらいだっけ?ちょっとだけ飲むのがいいよ」
ロディの両親はワイン好きで家にコレクションを持っている。ラベルを見ても何のこっちゃ分からないが、度数は高いというのを知っている。浴びるように飲むのは危険だと警告しておいた。
「ルシャは酔いやすいの?」
「わかんない。遺伝なら大丈夫だと思うけど」
「酔ったルシャ見たいなぁ」
「酔わせようとするなよ?未成年ども」
「ミーナ、お酒ない?」
魚をグリルで焼いているミーナが冷蔵庫を開けて瓶を取り出した。
「なんかあったよ」
「お」
ルートが瓶を受け取ってルシャに見せた。ラベルには『ロードゥヴィ』と書かれていて、命の水とはどういう酒なのか気になった。
「これ酒なんだよな?」
「酒だね。書いてあるもん」
穀物などを原料にした酒で、ウォッカのようなものだ。ヴァンフィールドではロードゥヴィと言われている。飲みやすく割ってあるものではなく原液なので40度だ。
「そのまま飲むとやべぇから割るって言ってたよ。たぶんこのへんが美味しい」
ミーナに酒の知識があるため割り材として適したものを提供できる。ルシャは炭酸水とオレンジジュースを出されたのでオレンジジュースで割ってみたが、割合がおかしいのだった。
「こんなもんだろ」
初めての酒に緊張気味のルシャを後押しすべくルートが倒れたときの救護を保証したところで、ルシャが少し飲んだ。
「酒だ!ジュースの味じゃない」
「濃いんじゃねぇの?」
「そうかも。もうちょっと飲もうかな」
「もっと割れば…?」
ロディが不安そうに見守る。ルシャは1:1で割ったものをコップ1杯飲んだ。ゴクゴクとまではいかなかったものの、温くなる前に飲みきったのでまあまあなペースだった。「あ、なんかボーッとしてきたかも」
「大丈夫か?」
ルシャの表情が緩んできたので酔いが回ったのだと思った男子が注視する。ルシャはすぐに倒れなかったが、だらしなく背もたれに身体を預けて脱力した。
「ふー…」
「あ、酔っちゃった」
「なんか気持ちよくなってきたよぉ」
度数が高かったのですぐに酔ってしまったルシャは倒れそうになってルートに助けられた。バランスを保っていられなくなったのでルートが椅子を近づけて支えてやった。
「おなかすいた~」
「もうすぐできるから待ってて」
「じゃあもう1杯飲む~」
これ以上飲むと正気を失うと思ったルートは酒を入れずに割り材100%のオレンジジュースをルシャに飲ませた。ルシャは酔っているので酒かどうか判定できず、オレンジジュースをグビグビ飲んだ。
「おいし~」
「すっかり酔っ払っちゃって…こんな緩んだルシャになるんだね」
「ルリーさんもこんな感じになってたっけ」
「ちょっとね。こんなにベロベロじゃない」
「飲み過ぎちゃったか?濃すぎたのか」
ルートは凭れっきりの師匠に萌えていろいろ世話をしたくなっているのでルシャが何かを言わないかと期待している。しかし口を開いたと思えば食欲を訴えるだけなので厨房を急がせることしかできない。
「そんなに酒って人を酔わせるのか。俺らもちょっと飲んでみる?」
「ダメだよぉ」
ルシャが瓶を奪い取って未成年の悪行を防いだ。しかしその次に何をしたかというと、その瓶に口をつけて飲み始めたのだ。
「おいこら!」
すぐにルートが瓶を奪い返したはいいが、ルシャはさらに微量のウォッカを追加してしまった。折角ジュースで薄めたのが無駄になった。
「うぇ、なんかゾクッてしたよぉ」
「強い酒なんだから気をつけないと…」
「なんか食べたーい…」
「クロエ!なんかできてねぇか」
「これくらいです!」
調理に集中していてルシャの状態を把握していないクロエがやけに急かす先輩に1品出してやった。解凍した枝豆だ。ルートがルシャの前に皿を置くと、ルシャはこう言った。
「剥いてー」
「しょうがねぇなぁ」
だらしないルシャが甘えてくるので辛抱たまらんルートは枝豆を莢から出してルシャの口に放り込んでやった。
「おいしー」
舌っ足らずになるルシャにはラークもロディもキュンときてしまったようで、3人して酔っ払いを観察している。ルシャはまだ大丈夫みたいだが、瓶はもう戻した。
「口つけちゃったけど」
「じゃあお前送ってくときに冷蔵庫に入れとけよ。ワインあるんなら帰ってからのことはどうしようもないし、飲んじゃいそうならお前が監視しといてやれ」
「わかった。すまんな俺らの発想のせいで」
「いいさ、どこでも売ってるやつだから」
ルートに新たな使命が追加されたのはさておき、ルシャがトイレに行きたいのにふらついているのでルートが忙しく助けてやった。正しくおしっこすることはできたのでよかった。
「すいません!遅くなりました」
調理班が調理を終えて皿を持ってきたので戻ってきたルシャは大喜びで飛び跳ねた。
「かわいい…」
「豪華な料理を前に全員が着席したところでミーナがルシャにお決まりの声を浴びせた。
「誕生日おめでと~!」
「ありがと~そういえば私誕生日で来てるんだった」
「もー、すっかり酔っ払っちゃって」
「大丈夫だよぉ醒めてきた」
「じゃあいっぱい食べてね。喉詰まらせないようにね」
「やったぁ」
べろべろルシャちゃんという新たなキャラクターを見たダテは和やかに食事をして耐えかねていた空腹を満たし、デザートも食べた。その頃にはルシャの酔いが少し醒めていて、彼女は呂律を取り戻した。
マトモになったところでミーナがプレゼントに”案内した”。『超重い』ということで持ち運ぶことができなかったため、外にあるという。
「?」
訝しみながら外に出た仲間たちが見たのは、これまでキルシュ邸になかったものだ。簡易テントとその隣にある…
「コンロだぁ!」
「はい、野外調理ができるようになったよ!」
「なんてこった!」
これがミーナから、というよりキルシュ家からのプレゼントだ。家の中に入るには許可が要るが、庭であればいつでも許可なく入れるようになったことが最大の違いで、好きなときにここでカレーを作れる。しかも食べる場所まである。
「ルシャたその所有ってことにしておくよ~」
「おー、じゃあ早速夜に作るかねぇ」
帰ってワインを飲む計画は崩壊した。それでも構わないくらいルシャの気分が上がっている。お腹いっぱいなのに次の食事のことを考えているあたり、さすがはダテの総長といったところか。
「ん、じゃあこいつは夜に回すとして、君たちも何か持ってきたんだろう?」
金持ちのプレゼントにはどんなプレゼントも劣ると思うのはその人の勝手な劣等感で、ダテに慣れた奴らはそんなことちっとも思わないのだった。
「よーし、じゃあこれをくれてやる」
リビングに戻ったダテたちはそれぞれルシャに贈り物を渡した。ルシャが受け取ったのはフライパン2つに鍋、食器、タオル、保冷容器と台所関連ばかりだった。誰もがルシャのことを大飯食いと思っていて、作ること食べることを最大に楽しんでもらいたいという願いを込めたのだ。これにルシャは大喜びで、毎回これを使うと宣言した。
「お前らいいものくれるもんなぁ…アレか?うちで美味しいもん食べたいってことか?作ってやるぞ?」
「そういうのもあるっちゃある。食事会はこことお前の新居だな」
「よーし今のうちからいろいろ作って慣れておいてやる。知り合いに料理人だっているんだ」
「そしたら入り浸ってやる」
「金は払えよ?」
ルシャはプレゼントのおかげでこの先料理をする機会を増やす気を起こした。贈り物を喜んでもらえたことに安堵した8人がプールへ向けて準備をしようとすると、ミーナが止めて”あの人たち”からの手紙を読み上げた。
『ルシャさんへ
お誕生日おめでとうございます。18歳ということでいろいろ解放されましたが、不用意に手をつけないほうがいいこともあります。それは先駆者に学んでからにしてください。
日常生活も学校の勉強も楽しくやっていることと思います。よくそちらに加わって思い切り楽しみたいと思うときがあります。大臣は忙しいですが、たまに休みをとるので一緒に遊んでくれると嬉しいです。
去年はいろいろ書いたと思いますが、我々の言いたいことは全部見抜かれていそうな気がするので今年は短めにします。言いたいことは1つですから。
楽しんで。
ヴァンフィールド第13代総理大臣 ルリー・ディアス
内務大臣 ドニエル・ティモア』
とんでもねぇ人から手紙を貰う特殊なルシャは総理からの手紙にも驚かない。ありがたいお言葉を受け取ると、夏休みに大臣ズを誘う計画を今のうちにミーナに出した。ミーナも夏休みはお世話になっている大臣を呼びたいと思っているようで、その計画を至極真面目に考えると約束した。
「また海に行くもよし、なんなら山に行くもよし、海外行っちゃうもよし…まあいろいろあるわけだが、君たちにある程度絞った厳選案を出せるように情報収集をするよ。さて、大臣からのお手紙も読んだところだし、そろそろ泳ぐかい?」
「そうだね。これも楽しみにしてたんだよ」
野郎が盛り上がってきたので願いを叶えるべく午後の部へ移行した。
「あ、ルシャさぁ、酔い醒めてると思うけど…溺れないでね?」
次回で一旦切ります。書きためはない。




