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えっ、私が勇者になるんですか!?  作者: 立川好哉
第2部・3年生編
201/254

198・見よ!私の輝き

 クロエの体育の成績改善トレーニングはエアレースの奴らがいなくても行われる。ルシャ、ルート、リリア、アイのいない今日、学校の体育館ではバスケ部の試合があるというので代わりに市民体育館を借りた。


 参加者はミーナ、リオン、ロディ、ラーク、クロエの5人。

「リオンって古巣の試合は見に行くの?」

「たまに見に行くよ。忙しくなけりゃ入りっぱなしでよかったんだけど、思いのほか忙しいし私がサッカーでプロになりたくなったからねぇ」

「リオンさんってプロ入りするんですか?」

「前から練習に参加してて、卒業したら正式加入ってことになってるよ。もう試験は受かった」

「ほぇー」

 クロエは既にダテ流の呆け方を習得していて、可愛らしいボケ声を出している。その度に先輩は『あぁ、いいなぁ』と心の温まるのを感じるのだ。


 さて、リオン先生がいるので問題は何もなく、今日も跳び箱の特訓を行う。クロエの膝は完全に近い状態で、もう急に曲げても痛くないという。

「痛い目見たのでもう膝をぶつけるような跳び方はしません。しっかり踏み込んで、ちゃんと手をついて、脚を跳ね上げる」

「よーし、見やすいところから手本を見て、掴めてきたら始めてくれ」

 クロエは斜めからリオンを観察してから挑戦した。これはリベンジだし、怪我中に支えてくれた人へのお礼でもある。今ここにいないルートも家に帰ったときにクロエが成功したと聞いたら喜ぶに違いない。

「行きます!」

 固唾を飲んで見守る中、クロエは思いきって踏み込んだ。しかし身体を動かす方向が違っていたために前ではなく上へ跳んでしまい、手をつきそびれてしまった。脚は開いていたが、箱を跳び越えていないので失敗だ。

「跳ぶ方向かぁ」

「越えようと思って上に向かうと前へ進まないんだよなぁ」

「前傾してはいたね。けど手が届かなかった」

 改善点が見えたのでそれを教えてみる。天面に手をつくために跳ぶと教えると、クロエは次の挑戦で手をついた。しかし脚が開ききっていなかったのと高さが足りなかったため、越えられないまま手に体重が乗った。手で勢いを殺したため強打は免れたが、今回も越えられずに終わった。

「やっぱり同時に複数を意識するのは難しいかぁ」

「でももう教えきった感じがするよ。あとは経験。やり方は合ってるけど迷いがある感じかな。どれかをちゃんとやろうとしてどれかが疎かになるから、もう何も意識しないで跳んでほしい」

 そう伝えるとクロエは手足の感覚だけで跳ぶと掲げて挑戦した。つまりイメージを再現するということで、クロエはリオンの真似を全力でした。すると掠りながら跳び箱を越えた。

「お!」

「やったぞ!」

 まだ改善点はあるものの、跳べたことは確かなので点数を貰える。理論派のクロエにも感覚的なものが生きているようで、今回ばかりは感覚で乗り越えた。

「よし、もっと練習してリオンさんみたいになるぞ!」

「その意気だ。じきに上手になる」

 周りの応援を受けて経験を積んだクロエからはいつしか苦手意識がなくなって積極的に挑戦するようになっていた。となればさらなる挑戦を促すことに移れるため、段を多くして挑戦させてみた。テストに使われる跳び箱は5段なので徐々に増やしてテストまでに5段を開脚跳びできるようにしたい。


     ☆


 昼になったので腹を空かせたミーナが近くのファミレスを提案した。乗り気の4人は彼女に続いて移動し、好き放題に注文した。今日はいつもと違って5人なので宴会場をとる必要がなく、テーブル席で間に合った。

「おいしいねぇ」

「お腹空いてたからその分も美味しい」

「頻繁にみんなで食事するんですね」

「そうよ。楽しいもん」

「ええ。楽しいです。これまでずっと淡々と食事していたので…」

 抑圧からの解放がいかにクロエを充実させているかは誰も正しく想像できない。なので彼女が現状に満足していることに安堵する。


     ☆


食事を終えると場所を公園に移してサッカーの練習を始めた。

 この学校で最も盛り上がるイベントとして知られる球技祭が近いうちに開催されるため、詳細に話してどの競技に出るか今のうちに決めるよう勧めた。

「サッカーを選んだら、抽選によってはみなさんと対戦するわけですよね?」

「そうだね」

「それは避けたいなぁ…負けちゃうから」

「そうだね。でも強敵と戦うほうがやり切った感があると思うよ?しかも相手我々なら気を楽にしていられるし」

 ボコボコに負けてやり切った感を味わえるかは定かでない。どちらかというと、均衡している方が感覚は強そうだ。

「胸を借りるつもりで挑むのもいいですかね」

「今年こそは誰よりもやる気のあるルシャ様が出るぞ」

 ルシャは去年サッカーをやりたがっていたが、色々あってバスケをやることになった。かなり楽しかったが、随所でサッカーみたいなプレーを披露しており、如何にサッカーがしたかったのかを人々に思い知らせた。


 クロエがサッカーをやるとはまだ決まっていないが、やることで何かの役に立つかもしれない。

「当たったときのことを考えて我々と特訓しておこう。そうすりゃ多少は対策ができて、良い感じの試合になるはずだ」

 ぬるい試合をしたいわけではないリオンは、ド素人のクロエに基礎を徹底させてくだらないミスで試合が台無しになるのを避けようとした。




 練習が始まってすぐ、リオンはクロエの現状を見定めた。弱い転がしのパスなら問題なく止められるが、速いボールと浮き球の処理は難しくてクロエには上手くできない。触れようとすると弾いてボールがどこかへ飛んでしまう。


 苦悩するクロエの表情を見たラークは、上手い人でも通る道があると言った。

「誰だってそんなもんから始めるんだ。いま考えるべきなのは『止める』だけ。思考を変えて、単純に実行する。それだけでも違いが出る」

 迎えに行くように脚を振るのではなく、止めたいところに足を置いておく。それだけでもボールがぴったり止まるようになった。トラップ上手の称号を手にしたクロエは脚が疲れてきたので近くの喫茶店のテラス席でゆったり身体を休めたいと言った。


     ☆


 練習を終えて感覚を身体に染み込ませたクロエは、有意義な時間を過ごして満足している先輩にこう言った。

「今日だけでもだいぶ良くなったと思います。できなかったことができるようになったから嬉しいです」

「頑張ったからね。大事なのは維持することだから、毎日じゃなくなっても時間のあるときに特訓するよ。大会期間中はとにかく続けることだ」

「じゃあ明日もやりますか?」

「すげぇやる気!」

「あ、でも明日は…」

 ここでミーナが思い出したように重要なことを言った。


「ルシャたそ誕生日だ!」


 誰もが忘れていたのはダテの末代までの恥だ。気付いたなら今すぐ準備しなければならない。幸いにも今いる面々で明日に予定を入れてしまった人はいなかったため、残りのメンバーに伝えに行くだけが急務だ。


 急いでコーヒーを飲み干した5人は分担して伝えに行こうとしたが、エアレース組がまだ帰ってきていないという懸念がある。

「やっべぇよ、明日集まれないってなるとルシャたそ悲しむよぉ…」

「大丈夫だよ、ダテの面々はみんな日曜暇だし、ルシャの誕生日となれば無理矢理にでも空けてくれるよ」

 ダテには忠誠心がある。それは他の何にも勝る強さで、言い換えれば強烈な同調圧力でもある。リーダー、あるいは”ヘッド”の誕生日を祝いに来ない奴は出世できない。

「そうだよな。信じよう…で、何をするか決まってねぇな」

「去年は料理を作って食べたよね。豪華なやつ」

「うん。大臣から手紙が来て驚いたね。今年も料理作る?」

 去年と同じ事をしても満足できるはずだし、今年も大臣から手紙が来るだろう。考えられることを尽くせば、暇な時間などないはずだ。

「それがルシャたそにとっては最適だろう。けど運動もしたいかな。パパ様いるからクロエの用事も果たせるし、プールを借りることもできる」

「よーし、じゃあ午前から昼まで料理、午後はちょっと休んだらプールで遊ぼう。決まりだな!」

「あとは贈り物だね。まだ買ってない人は買いに行くか家にあるものを贈ろう。クロエは私とこれから選びに行くかい?」

「はい。明日なんですね」

「ごめんね言ってなくて」


 誰よりもルシャに詳しい女を自負するミーナにはルシャに渡したいものが複数あるようで、その1つをクロエに告げた。そうすれば何を買うかで悩む時間がなくなる。

「調理器具ですか」

「うん。お母さんと一緒にいるときもジュタに戻ってきたあとも役に立つし、それでルシャたその料理への意欲が高まればいいと思ってる。この前フライパン壊れたって言ってたし、ちょうどいいんじゃね?」

「そうですか。じゃあ買いに行きましょう。リオン、すまんが家に行ってあいつが戻ってきてるか調べてくれない?」

「いいだろう。いたら他の奴も戻ってるってことだよな」

「ああ。頼んだぞ」

 王都組への伝令はルートに任せる。帰ってきてもらって早々に悪いとは思うが、高速で王都まで飛べる人はルートとリリアくらいしかいないのだ。


     ☆


 リオンに大役を任せたミーナはクロエと一緒に閉店までにプレゼントを買う。


 場所を移した二人はブランド調理器具メーカーの販売店に入り、珍しい素材で加工された最新の高性能フライパンを手にした。軽量なのに頑丈、焦げ付きにくいとプロ料理人の間でも人気のブランドで、ミーナの母が仕事場で使っているものだ。お値段1万セリカ。大親友でない人に対するプレゼントとしては高すぎるが、ルシャへのプレゼントには相応しいと思う。

「ルシャさんには魔法を教えてもらいましたし、入学式で助けてもらいましたし、喜んでもらえるなら…」

「そうだろう。それに私は奴に料理を作ってもらいたい」

「私もルシャさんの料理、食べてみたいです」

「そうでしょう。そのうち食べられるぞ。そして午後には水着を見られるぞ、喜べ」

「あ、私水着って中学校のしか持ってない…」

「買うかい?」

 ミーナがネットリし始めたのに警戒しないのはクロエが初めてだ。彼女はミーナに言われてビキニを買うことになり、フライパンの入った紙袋を持ったまま水着の店へ移った。




 大胆なビキニを激推しするミーナに対して上下の繋がっているワンピースタイプ、しかもフリルで際どい部分を隠している水着を気に入ったクロエは、他のには目もくれずそれを買った。ミーナとしては物足りないといった感じだが、クロエがあまりにも明日のプールを楽しみにしているので止めなかった。

「明日、何時に行けばいいですか?」

「あ、それもみんなに言ってなかったね…9時だな。そのくらいにみんな来るはずだ。過度にやる気のある奴は8時半に来るかもしれないが、主役は王都から飛んでくるから、早すぎるのはよくない」

「じゃあ9時過ぎに行きます。楽しみにしてますね」

 そう言って別れたミーナはリオンが任務を完了していることを願いながら家に入った。


 そのリオンはというと…

「ふー、私も焦ったわぁ…」

 ルートが戻っていたので王都の2人に伝えるよう頼んだところあっさり快諾されたので、彼女はリリアへの連絡を受け持った。リリアも明日の予定は空いていたがルシャの誕生日のことは忘れていたため、2人でプレゼントを買うために夕方の市場を巡り、各々よさそうなものを買って帰った。


 そしてルートがルシャとアイに連絡したため、全員が無事に参加できるということになったが、ルートが力尽きてルヴァンジュ邸に泊まることにしたので完了報告は果たされなかった。

ルシャは頭がでかいのでヘッドです。

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