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えっ、私が勇者になるんですか!?  作者: 立川好哉
第1部
20/254

20・蝉の鳴く季節

 決戦の時来たれり。


 期末試験という非常に大事な日であるというのに寝坊をしてしまったのは次のフリーマーケットへの準備を着々と進めていたからだ。勉強はそれなりにしたが、それ以上に裁縫に時間を費やした。良い成績が出なかったときは『それが自分の生き方だ』と開き直るつもりである。


 あまり自信がないことに加えて今日の猛烈な雨が心を陰鬱にさせる。ルリーから教わった雨弾きと飛行とを使って急ぐとチャイム前に教室に入れた。

「おそいぞルシャたそ!雨の中待っちゃったじゃないか!」

「靴が濡れちゃったよぷんぷん!」

 可愛く怒られたので可愛く謝って席につくと先生が来て先程までの喧騒とは天地の如き静寂に包まれた。シンとした教室の中で用紙が配られるといよいよ始まるのだという緊張感が襲い来て、ルシャは腹を締め付けられる思いがした。

「トイレは今のうちに行っておくように」

 その言葉は誰にとっても救いだ。ルシャは急いで用を済ませると、万全の状態で開始を待った。今回だけは外せない―順位が偉さを決めるこの風潮を廃れさせるために、彼女は3冠を達成せんという強い意思を持っている。今回も筆記試験、魔法実技、体育の3カテゴリーで、筆記は国語、数学、化学、生物、歴史、地理に分かれる。人には苦手なことのほうが多いことを言い訳とせずに抜かりなく勉強してきたので、あとは良い結果が彼女についてくるかどうかだ。


 問題と向き合った彼女にある気付きがあった。

(わかる…何もかもわかるぞ!)

 勉強の成果が出たのだ。ヤマを張っていたわけではなく満遍なく勉強していたので個々の記憶が薄れているかと思いきや、しっかりと単語や公式を憶えていた。それを組み合わせるだけで問題がスッキリ解けるので、不思議なくらい早く終わった。

(バカだって話もあったルシャが絵を描き始めた…ミーナは…寝てるな)

 ノーランはルシャの観察を始めた。湿度が高いせいか髪が乱れていることすら可愛く思えるくらい心が引き寄せられている理由を手帳に羅列すると、終了時間になっていた。これを誰かに見られてはならない。そっと上着の内ポケットに戻した。彼女を見るのなら次か次の次だろうということに気付くのに時間がかかってしまった。


 なにせ次は雨の中の魔法実技だからだ!


 屋内で魔法を使うとあらゆるものを破壊してしまうため屋外の特設会場でしか行えない。雨天でも決行するのがこの学校の決まりで、今日のように大雨警報の出る日でも変わらない。生徒からは不満が噴出したが、このような状況だからこそ燃えると言うと数人は納得した。

「もちろん雨のせいで集中が乱れるどころか視界を塞がれて思うように的に当たらない。だがそれは全員同じだ。全員に一律で加点措置を行うから安心しろ」

 濡れたら死んでしまう紙人間や炎の精霊がいれば話は別だが、入学の際の調査でそのようなことはなかった。

 生徒たちは合羽を着て防水してから会場に出て順番に試験を始めた。後のほうの出番となったルシャは屋根の下で見守る。

「蒸すぅ」

「なんかえっちだよぉ」

「そんな脳味噌で大丈夫?」

 この3人組はどんな状況でもこんな様子である。筆頭のルシャは脚を組んでリラックスしながら自分の番を待ち、前の人が戻ってくると合羽を着て出撃した。

「かっこいい…」

 雨で視界が歪んでいてもはっきりとわかる規模の大魔法で敵に見立てたウルシュを倒すと、余裕アピールなのかその場で合羽を脱いで雨弾きをして戻ってきた。

「濡れ透けを期待した諸君、残念だったな!」

 リオンがロディの背中を強めに叩いたので緊張していたロディは朝食を吐きそうになった。

「次あんたの番じゃん」

「行ってくるよ…」

 ルシャの次というのは避けたいところだが、彼女がトリにならなかったので誰かはやることになる。その誰かになってしまったロディは精一杯に魔法を使ってウルシュを倒し、保護者か先輩気取りのリオンに褒められた。次は彼女の番だ。

「雨を言い訳にしないでね?」

「へいへい。体育会系特有の目の良さを見せてやるよ」

 リオンは自身最高のパフォーマンスで会場を沸かせ、続くミーナは無難に終えた。

「やはりルシャだな」

「ルート。特訓どうだった?」

「大したことなかったな。あの程度なら何も問題ない」

 驚かずに頷いたルシャはより酷い試練を考えるのに時間を必要としていたため、彼女が新たな鬼畜特訓を閃くまでは自主練となった。

「魔法実技はたそとルートの2強って感じだねぇ。さて次はお待ちかね体育だ!」

 リオンだけがやる気だったので彼女はスベったみたいだと肩を落とした。


 体育と言えば体操服で、男子は気になるあの子の体操服姿にムラムラして良い成績を残せないのではないかという懸念が女子の間で起きていた。

「いやいや、むしろいいとこ見せようとしていつもより良くなるよ…ほら」

 ルシャはラークに指を向けた。彼はいつもより機敏に動き、いつもより高く跳んでいる。今回は前回より難しく、平均台、マット運動、縄跳び、バスケのレイアップシュート、フットサルの1対1と種目が多い。これを1人ずつ行う。

「これまで授業でやったことのあるものだから基礎は分かっているはずだ。ちなみに1対1の相手は殆ど動かないから突進しないでドリブルすればいけるぞ」

 説明を兼ねた手本をノーランが見せる。平均台を駆け抜け、マットは華麗なロンダート、レイアップは完璧なステップで、フットサルはオシャレにルーレットをしてしまった。ゴールを決めてドヤ顔をするのは採点対象ではない。

「そうそう、レイアップの距離は何でもいいぞ。あと1対1で技使うとちょっと加点されるからできそうなら考えておけ」

 運動神経抜群お兄さんのノーランはサッカーのスキルは何でもできる。先程のルーレットに反応があったのが嬉しかったのか、生徒が準備運動をしている間はずっと技を磨いていた。

「何だアレ」

 足首が柔らかいということしか分からないルシャとミーナは首を傾げた。

「足首が柔らかいんだよ…」

「それは分かるよ。なに?人じゃないの?」

 運動神経抜群お兄さんは足首グニャグニャお兄さんでもあった。そんな彼が1対1のディフェンスの位置に立つと、笛の音とともに1人目の挑戦が始まった。

「まあ先生ほどってのはねぇわな」

「そりゃそうよ」

 強者として仲間を見守ることのできないルシャがビクビクしながら無事に終わることを祈っていると、1つ前の挑戦者であるリオンが魅せた。平均台を走り抜け、マットの上で宙返りを披露して会場を沸かせると、1対1では股抜きでノーランを躱してゴールポストに当ててネットを揺らした。

「キーパーいないのに隅っこだもの」

「股抜きされた先生がメッチャ悔しそうなんだけど…」

 してやられた、という表情で舌を出したり引っ込めたりしている。殆ど動かないと言ったのにリオンのフェイントに見事に引っかかって足を出してしまった。

「さ、ルシャたそも頑張れ~」


 背中を押されて飛び出したルシャは平均台でよろけたのを堪えようと必死になっているうちに反対側に到達しており、気付かぬ間にマットの前に来ていた。困惑しながらも可愛らしい前転を繰り返して突破すると、飛んできたバスケットボールを顔面に受けて倒れた。すぐに起き上がったはよいが、レイアップはリングの下からネットを突き上げた。これはノーゴールだ。

「おもしろ」

「随所にミラクル挟んでくるよね、あの子」

「前転が可愛かった」

 最後の試練でフットサルボールが転がってきたときに顔のことを気にしていたルシャは対応が遅れて慌てて振り返ったが足がもつれてしまった。また倒れるのかと誰もが思い、ノーランがルシャの打撲を避けるために下敷きになろうと1歩踏み出したときだった。左側から転がったボールは足を交差させたルシャの右足に当たると上方に跳ね上げられ、ノーランの頭上を通過してゴールへと向かった。なんとか踏みとどまったルシャがそれを押し込むと、会場は静寂に包まれた。そして堰を切ったように歓声がおこった。

「うおおおおお!」

「すげぇ!」

 上級者でも上手くやるのが難しいスキルを偶然にも成功させたルシャは加点を得たのでレイアップでのミスが帳消しになった。

「何が起きたのやら…」

「あんたとんでもないスキルで先生を抜いてたのよ。ニャン、ちょっと転がして。たそはそこ立ってて」

 ニャンことミーナがボールを転がすとリオンが再現して見せた。意図してできるのは流石と言うほかないが、意図せず成功させたルシャのミラクルはもっとすごい。誰よりも本人が驚いている。

「確かに足に当たった感じはしたけどコケないことに必死で浮いたのに気付かなかった。いつの間にか先生の後ろにあったから押し込んだ」

 ルシャはミラクルプレーによって大量得点したが、ミーナはレイアップを成功させた代わりに1対1で懲罰交代モノのシュートミスをやらかして落ち込んだ。

「どこで蹴れば入るの?」

「キーパーいないんだからシュートじゃなくてドリブルでもいいんだよ…」

 強く蹴るばかりがフットサルではない。




 なんだかんだあったがルシャは転倒の際に膝を擦り剥いた程度のダメージで体育を終えることができたので、概ね満足のテストだったと振り返った。

「覇権には遠い気もするけどね」

「でも苦手な体育でそこそこの点…まあ1位は無理だろうけど」

 運動神経の壁を超えるのはすべての種目でミラクルを起こす以外に方法がないのでバスケのミスがある限り1位はない。

「結果発表は夏休み前、ちょうど来週だな」

「よっしゃ」

 前回より明るい態度で発表を待てそうだ。気分が良かったので放課後にケーキ屋に寄った。

「紅茶シフォンですってよお嬢様」

「まあ」

「3人で食べますことよ」

 独特のノリで紅茶シフォンケーキを分け合うとテストのことなどどうでもよくなったので仲良く手を繋いで帰った。


 その頃研究室では…

「うーん…」

 ノーランはグラビア雑誌を見ながらコーヒーを飲んでいた。唸っている理由をルーシーが問うと、彼は昼間のことだと説明を始めた。

「少女の体操服姿というのは教師をやっていて頻繁に見るのだが、やはりルシャの破壊力は段違いだ…」

「もしかしてそれで悶々としているのを紛らすためにそれを読んでいるの?」

「ご明察…ルーシー、俺はあいつのことが好きなのか?」

「私に訊かれても…気に入っているのは知ってるけど、今のあんたは性的に興奮してるわよ」

「いかんね…これから体育の時は目隠しをしようか」

「ええい鬱陶しい、私というものがありながら…!」

 ルーシーはノーランを席から引きずり下ろしてソファに座らせると、出入り口に鍵をかけてロッカーを開けた。何故かその中には体操服が入っていて、ルーシーは着替え始めた。

「おい何をしている」

「上書き療法よ…私の体操服姿をしっかり脳に刻め」

「お、おぉ…」

 徐々にルシャの姿が薄れてルーシーが濃くなってゆく。トドメは前転で服が捲れてハーフパンツに入りきっていない下着が露わになったことだ。セクシーな黒から白いタグが出ているのが萌えポイントだ。

「昔を思い出した。それにこの格好のほうが過ごしやすい」

「それで帰るのだけはやめろよ?」

「当たり前だ!」

 コスプレのパイオニアになるところだった。

 

 

 結果発表の日もルシャは寝坊した。やはり夜遅くまで裁縫をしていたからだ。しかし今回もチャイムに間に合った。蝉が頻りに鳴くような季節の熱気に包まれて汗が出たが、最近のデオドラントシートは素晴らしい。いい香りだと褒められた直後に遅刻を叱られた。

「起こしに行ってやろうか」

「メッチャ遠回りじゃん」

「むしろお前が起こしに来いよ。移動楽だろぉ?」

 いつものように雑談をしているとノーランが紙袋を持って来た。

「前回と同じように配るから取りに来い…」

 夜遅くまで採点をしたのに朝早くに仕分けをさせられて眠そうなノーランは解答用紙の返却を終えると教卓に項垂れた。

「だいぶお疲れっすね」

「おう…この後職員会議だよ…寝たい…」

 しかしチャイムが鳴ればシャキッとするのが仕事の流儀である。人の目を盗んで休み、人前では凜とせよ。仕事の流儀と言うと例のイントロが流れそうだ。



 最後くらいはしっかりしようと意気込んだノーランが生徒たちの顔を見てから口を開いた。

「良かった者も悪かった者もいるだろうが夏休みとは大いに休んで大いに楽しむためにあるものだ。公序良俗に従って有意義に過ごすこと。ではまた休み明けに会おう!」

 こうして解散すると開放的になったリオンが立ち上がってミーナに相談した。

「これからニャンの家で夏休みの計画立てねぇ?」

「いいけど弟いるよ」

「むしろ好都合。じゃあ今から行きます!」

 即決して学校を出たダテトリオは熱い日差しを1つの大きな傘で遮って歩き、豪邸へと辿り着いた。ミーナが台所へ向かったので先に彼女の部屋に入ろうとすると、小さな男の子が2階の廊下にいた。

「弟?」

「お邪魔します」

「ねーやんの友達ー?」

 小学校にも上がっていないほどの幼い男の子は末っ子だ。スカートを膝裏で挟んでしゃがむと、弟はじっとルシャを見つめた。

「どうしたの?」

「おかおがおっきぃ」

「うっ…」

 思わぬ指摘を受けたルシャが少し惑っているとミーナが階段を上って弟に声をかけた。

「レオ、おねーちゃんたちに挨拶した?」

「こんにちは」

「こんにちは。おねーちゃんの友達のリオンだよぉ」

「私はルシャだよぉ」

 弟持ちのリオンの真似をしておけば問題ないだろうとルシャが語尾を柔らかくした。レオは元気よく自己紹介をすると、動物のぬいぐるみを持ってどこかへ行ってしまった。

「かわいい」

「まだ4歳。発音はっきりしてないのは癖みたい」

「ねーやんって言ってた」

「うん。おねーちゃんって言えないの」

「カワイイ」

 ミーナが部屋のローテーブルにアイスティーを置くとルシャもリオンも飲み干した。

「で、長男と次男は?」

「家のどっかにはいると思うよ」

 広い家特有の『具体的な居場所は分からない』が狭小住宅の住民を惑わせた。本題は夏休みの予定を考えることなので、机を囲った3人はそのことについてブレインストーミングをした。

「夏セールに行くのは確定だとして、たそのフリマの手伝いでしょ?あとは?」

「食事会とかいくらあってもよくね?どうせ奢りっしょ?」

「あちら様の都合がいいかどうかね。それはたそが週末に合うから確認してもらって…」

「お泊まり会したい!」

「やろうやろう。この部屋で」

「敢えて私の家ってのは?」

 富豪に狭小住宅を知ってもらう良い機会だとリオンが誘うと2人とも乗っかったが弟のことが気がかりだ。

「その日だけ親の部屋に押し込むよ」

「許可とってからだな…あとは?」

「あとは…うーん、その時考えよう!」

 会議が終わったのでミーナはルシャとリオンに長男と次男を紹介し、6人で一緒に遊んで夕方まで過ごした。

「ふぃ~楽しかった」

「また来ていいっしょ?」

「うん。いつでもってわけじゃないけど、たいていの日は大丈夫」

 明日は休みにして、明後日またキルシュ邸に集合して遊ぶことになった。今年も友達と過ごせるのを喜んだルシャは開放的な気分で風に乗って帰った。

「おかーさん、私今年は肌出していくよ」

「開放的ってそういうことなの…?」

 男が云々は冗談で言っているだけなのでできれば連れてきてほしくない母であった。

この話で1学期が終わりました。ルシャはサッカー経験者じゃないのであの謎の技はマグレです。右脚が跳ね上げられていないとボールがノーランの高さを超えないので再現は難しいです。

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