191・ダテの限界バトル
週末、ルシャとルートはクロエを呼び出してフッカーズ・ヒルに連れて行った。今日は仲良くなるためのミーティングで、クロエに何を仕込むか、意識させるかを選択して明日を変える日だ。
「いい成績を出し続けることがご両親の望みってだけなら今のところ問題はない。けど体制を変えさせることが課題で、そのためにどうやって両親を説得すりゃいいのかってことでしょ?」
「はい。私は厳格な決まり事をすべて撤廃させたいです。そうすれば兄とも仲良くやっていけますし、自由に生きられます」
「両親のやり方が間違っていて、ダテ流が最適解ってことを証明すればいい。ってわけで俺ら仕込みの魔法を見せつけりゃいい」
「少なくともお兄さんは黙るぞ」
憧れのルシャ仕込みの魔法を見れば妹が優秀であることは確かだと理解する。その妹を優秀にしたのはルシャたちなのだから、両親の育成法よりダテの育成法のほうが優れていると主張してくれるはずだ。
「でも私に2人の魔法を使う素質は…」
「ないと思ってんだろ?得るまでやるんだよ」
魔力量が魔法を使えるか否かを決める絶対的な要素ではない。
ルシャとルートは学校で学んだことを後輩に伝えた。
「変換効率だ。こればっかりは魔力量は関係なくて、どれだけ無駄撃ちしないかってことだ。いま魔法を使って漏れ出た魔力を全部魔法のほうへ流し込めれば、これまで発動しなかった魔法も発動する」
「効率…私は悪いですか?」
「メチャメチャ悪い。私の魔法で漏れ出た魔力を分析したところ、9割近くが漏れ出ていた」
ここでルートはエッチなことを考えたが言葉にはしなかった。9割近くが無駄になっているということは、変換効率を高めれば凄まじい魔法を使えるようになるということだ。「魔力分析…そんなことまでできるんですか?」
「魔力に反応する粒子を撒いて君の漏らした魔力に当てる。メッチャ反応したぞ」
実はキャピシュにそれを纏わせていて、漏れ出た魔力に触れたキャピシュは少し光っていた。
「ってわけで君は魔力効率を高めれば我々のように空を飛ぶこともできるし、できなくて恥ずかしい思いをしたキャピシュ・ダウンも余裕なわけだ」
「それはすごい…私がそうなれるんですね?」
「ああ。けど修行は楽じゃないよ」
「なりたいです!そうなって、ダテの方法で劇的に伸びたって証明したいです!」
というわけで今から特訓だ。
変換効率を高めるということは集中力を高めて魔力を魔法を使うための回路に多く流すということなので、集中力を高めるために目を瞑ってもらう。
「放ちたい場所に意識を集中させる。指先に身体中の流れが集まってく感じで」
「………」
少し改善した。しかしまだまだ2割も出ていない。ルシャはこの少女の言っていたことを思い出した。
(本来は奔放…だとしても、リリアみてぇなのがいるからなぁ)
はっちゃけギャルですら稀代の魔法使いなのだから、変換効率を究極に高めることでクロエもダテに恥じない魔法使いになれる。潜在性を引き出すことができるとすれば、リミッターを解除するような状況に陥らせてそのとき使った魔法の感覚を繰り返させるしかない。
「よし…」
ルシャはひと芝居打つことを決めた。フッカーズ・ヒルだから巨大な触手も巨大像も出せる。ルシャは腕の4本生えた巨大像を召喚して芝居を始めた。
「うわぁぁ!なんだこれぇ!」
ルシャが尻餅をついて後ずさる。クロエがそれに呆然としてしまう。
「なんですかこれ…」
「ルシャが出した…え?出してないの?」
ルートはルシャの反応を見てすべてを理解し、彼女に同調する芝居を始めた。
「ヤバいよ!助けて!私そこで隠れてるから!」
ルシャがフォームの整わないダッシュで東屋に隠れた。これなら巨大像の視界に入らない。丸投げされたクロエはルートを頼ったが、ルートは敢えて惑ったままでいる。
「これはマズい…クロエ、俺はたぶん大丈夫だけど、ここを乗り切るかどうかはお前に懸かってる気がする」
東屋に隠れているルシャが巨大像の腕をルートへと下ろした。ルートは必死に芝居をして蹲るが、クロエは何もできなかった。
「ルートさん!」
「く…なんとかならんのか!」
「私がなんとかしなきゃ…!」
先輩2人のピンチとなれば自分程度が及ぶはずないのだが、ここは死ぬまで先輩を守りたい。できることのすべてを尽くして悔いのないように死ぬのだ。
そのような精神を持つに至ったクロエは震える手を巨大像に向けて魔法を放った。集中を欠いているせいで威力はかつてなく弱いが、この挑戦こそが特訓の肝である。心の乱れているときでも普段と同じ威力の魔法を使えるようになれば、両親や兄の見ているときでも本来の力を出せる。その本来の力を伸ばすのは、究極の状況に置かれたときに発揮する奇跡的な集中力だ。
(2回めいくよぉ)
ルシャは蹲りながら呑気に巨大像の腕を操作した。ルートの盾が砕かれて彼が倒れると、もう1回の攻撃をクロエが防がねばならなくなった。
「間に合え…!」
盾を出すことができないから、瞬間的に発動する魔弾で腕を弾きたかった。間に合わなければルートが死ぬという解釈をしたクロエの指から放たれたのは、彼女の顔より大きな魔弾だった。これは腕を弾くのに十分で、寸止めされた腕はルシャにも見えるほど大きく動いた。
「お」
瀕死のはずのルートが短い感嘆をした。死に物狂いで魔弾を放ったクロエはルートを1度救えたという成功体験が自信になり、この勢いで腕を落としてやろうという意欲を起こした。
「私にもできる…!」
クロエには体力がある。垂れたままの腕に魔弾を喰らわせると、それは徐々に大きくなっていった。ルシャは気付けていなかったことに漸く気付いた。
(経験効果……!)
クロエにはそもそも魔法を使った経験が少なかったのだ。身体が慣れていなければ集中できないのも効率が悪いのも当然で、経験に乏しくても正しく高威力の魔法を使えるのはルシャくらいで、それほどではないクロエには経験こそが必要だったのだ。
「クロエ…」
ルートが立ち上がって後輩の成長に驚いた。その反応もクロエの自信を生んだようで、彼女は遠い腕も狙い始めた。
「後輩に庇ってもらって何もしない俺じゃないぜ」
ルートは敢えて手抜きの魔法を使って腕を攻撃した。2人で力を合わせて腕を破壊すると、その勢いのままに巨大像を弱らせた。
(効率が見えるくらい顕著に上がってる…!)
経験を積むほど上手になるのは当然だが、このクロエはその傾向が著しい。他人と比べるのすら憚られるほどだ。凄まじい速度で効率化してゆくクロエの魔法は、ついに7割程度の変換を遂げた巨大なものになり、腕を大きく弾き飛ばした。
「すげぇ…」
クロエは必死すぎて驚いていない。自分の魔法を必死に放って腕を退けようとしている。
これほどの魔法の向上があれば家族を説得する道具としては十分だと思ったルシャは、躍り出てネタばらしをした。
「やるじゃん」
やけに余裕そうな様子のルシャは先程まで東屋で怯えているように見えた。しかし実際は怯えていたのではなく、東屋の屋根に邪魔されない高さまで目を低くして巨大像を操作していた。
「ルシャさん、わたし前よりずっとすごい魔法使えました!」
「そうでしょう。窮地を乗り越える力ってのは、実際に窮地に陥らなければ出せない。私は君をその状況に落として何度も魔法を使わせることで、その感覚を刻み込もうとしたのだよ…それ」
ルシャは動作なくして巨大像を召喚し、一瞬で消した。それだけ自在に操れることを見せつければ、先程のがすべて自分の芝居だったと認めてもらえる。
「これが特訓だったんですね…不測の事態だと思ってました。ルートさんがこんなに怯えるんですもん」
「俺は弟子だから、こいつが何をしようとしたかを一瞬で理解した。俺が巨大像に勝っちゃったらお前の特訓にならないだろ?」
「そういうことか…」
「で、感覚は掴めた?」
「少し…でも、いちばん大きいのは出ないかも」
「そうかい。それでも今日のところはいいだろう。長期的に考えれば、回路がちゃんと開いてきたってだけでかなり大きな進歩だ。魔弾はいい感じだな。この勢いで盾を出せるようになるのと、飛べるようになるのと、ゆくゆくは巨大像を召喚できるようになってもらう」
「え…」
多すぎる課題に萎縮したクロエに、ルートは彼女が将来有望であることを伝えた。
「できなくはないと思うよ?その前に10割がどの程度の魔力量なのか見たいけど」
「いずれは…」
「ああ。いちばん大きなので7割くらいは出たんじゃない?けど回路は使わないと縮小してくから、頻発して開きっぱなしにしないと。そうすりゃいつでもそれ出せるよ」
「ほー」
「まだいけるなら開きっぱなしにするのと、その回路を使って新しい魔法を出す特訓するけど」
「いけます!」
クロエには魔法を学ぶ意欲がある。それは家族を驚かせるためでもあり、自己実現のためでもある。既に芽生えている先輩たちへの憧れがそうさせる。ルシャとルートによるダテ流の特訓は1時間ほど続き、クロエの魔力回路が開き慣れたところで終わった。
「こんだけできりゃ大丈夫でしょう。明日それを見せつけてやりゃいいんだ。今日のうちに主張をまとめてね」
「はい。ありがとうございました!」
「じゃあ送ってくよ…弟子が」
ルシャはアイへのお礼を買うために王都に帰った。ルートもリリアへのお礼を買わなければならないのだが、家が近いということでクロエを送っていった。
道中。
「俺もお前と似たようなもんだ。俺みたいにダテると思えば、未来は明るいだろ?」
「似たようなもの?」
「俺も親に期待されてたんだよ。裏切ったけどな。でもそれでいいと思ってる。自分のことは自分で決めるもんだ…ってより、他人に操作されるな。それがダテだ」
「わかりました。私もすぐそっちに行きます」
「おう。来たら都…?最強の魔法使いの素性を知れるぞ」
「それだけでも来る価値がありますね」
「その通りだ。それ以上の特典は言わないけど…まあ、俺はダテだからお前の味方だ。そしてすべてのダテがお前の味方だ。忘れるな」
「はい!」
☆
翌日、ルートが心配になって様子を見に行くと、ルシャが出てきて報告をした。
「お前は来ると思ったぞ。だが大丈夫だろう。事は済んだ」
「どうなった?ボコボコにされてないだろうな」
「私が止めるよ…結果を言うと、クロエは家から出て行くことになった」
「え!?それは円満な別れ方なのか?」
ルートは家庭が分断されてしまったのではないかと心配した。が、ルシャは首を横に振った。
「親の方針を拒んで自由に生きるというのなら、自分で何もかもを決めろってことだった。ってことは居場所も振る舞いも自分で決めるってことで、クロエはどうにかしてお金を稼ぎながら1人で生きることを選んだ。それについてご両親はとやかく言わないで、早速クロエの決意を支持したみたいだったよ」
「そうか1人暮らしか…俺が賃貸に誘っちゃダメ?」
「クロエに訊けよ…私の家でもいいぞ」
「それじゃ間に合わないじゃん」
「おまえ前から私の家に住みたいって言ってたろ」
話題が逸れても2人は続ける。ルートはどうにかしてクロエを支えるべく住まいを用意したいが、ルシャと一緒に住みたいとも思っている。夏頃に新築が完成するのにいま賃貸を契約してしまうと3ヶ月ほどしか住まないので徒労感が大きい。ではこの3ヶ月、どうしようか。頼れる人がいる。
☆
金持ちは都合の良いことで知られている。相談を受けたミーナは空き部屋を貸してもよいと言いつつも、もっとよい方法を紹介した。
「短期契約の賃貸があるから、そこ契約すれば?」
「ほぉん?」
キルシュ傘下の不動産会社では、工事中の業者の休憩所に使う物件や仕事の都合上短期間のみ滞在する人のための物件を扱っている。そこを狙えと言うのだ。
「どーせ私の名前を使っときゃ黙って契約させてくれるさ。保証人にはならんけどな!」
保証会社を使えば楽だが未成年なので大人を立てねばならない。通常は契約者の親になるためルートの親ということになるが、ミーナは自分が主になればピエールの名前を使えるとして相談してくれるようだ。
「契約者がキルシュとなれば管理会社も事ある毎にすっ飛んでくるでしょう」
「それ立場濫用してね?」
「いいんだよ温情だよ」
「じゃあよろしく頼みます」
「おう。ダメだったら……ルシャたそで契約してフランさんか?保証人って家賃と賠償責任の保証で、早い話が金払っときゃいいんだよ。お前金あるだろ?何事もなく満了したときに返してもらえばいい」
「なるほど…検討しとく」
「じゃあ私は不動産会社に相談しておく。詳しい話を聞くためにな」
というわけでクロエの新しい生活が始まる。そしてルートの新しい生活も始まりそうだ。クロエに同居を拒否されなければ、だが…
散々っぱら世界最強だの歴代最強だの言ってた奴が巨大像くらいでビビるわけないんだよなぁ…ということをクロエは気付けなかったそうです。




