179・色っぽいダテ
セレブというのはヴァンフィールドでは専ら大臣などの新聞に頻繁に載る人へ向けて使われる。フランやルリー、ドニエルといった面々がそういう人々で、それ以外にはいない。
《解説を入れておくと、これはインターネットがないからである。情報の距離的懸隔が非常に大きな意味を持つこの時代、辺境の地ジュタの民が王都で起きていることの情報を掴むには短くても1日かかる。ニュースを記事にして新聞が発行されてから消費者に読まれるまでの時間的懸隔もある。インターネットと端末さえあれば、記事になってから読まれるまで数分とかからない。通信技術がいかにその懸隔を埋めまくったかは実感を伴って理解できるはずだ。とくに、中年以降の大人には》
さて、先程セレブは大臣などごく少数を指すと述べたが、この女はごく少数に含まれているようだ。
ルシャ・ルヴァンジュ―フランの娘にして、元特強にして、魔王殺し―
ルシャの魔王殺しは当然新聞に載ったし、去年の全国大会のぶっちぎり優勝も記事になった。そのことからルシャはヴァンフィールド国内で極めて高い認知を得ていて、ジュタからハーバーズ・エンドまであらゆる地域の老若男女が彼女の名前と見た目を知っている。
それゆえルシャは人の多いところではすぐに囲まれてしまう。王都では囲い禁止条例ができたためファンに殺到されることはないが、注目は浴びる。
それなのに仲間を伴って買い物となれば、仲間の僅かな知名度も足されて注目が増すのである。お忍びで買い物というわけにはいかないダテの面々は、衆目を浴びることを覚悟し、気にしないようにして堂々と買い物をする。
春休みが折り返しを果たしたこの日、王都在住のアイが真っ先にフランの家に到着した。
「おはよ~」
「おはよう」
アイは最も似合うマリンスタイルのワンピースをルシャにあげたままなので、春っぽい薄桃色のワンピースを着て来た。パフスリーブといい下に仕込まれたブラウスの襟の刺繍といい、可憐さを強める要素の多いこの服で、しかもレースのついた白のソックスを履いてくるのだから、ルシャはキュン死しかけた。
「やるなぁ…春っぽさがすごいもん」
「そのつもりで選んだの。ルシャがこれ買うとき『春っぽい』って言ったんだよ」
「やっぱり似合うんだよなぁ春に…かわいいねぇデヘヘ」
「おじさん…」
アイの後ろに立ってお姉さん感を出している間に、ヴァンフィールドの生んだ超特急がやってきた。流星のように飛んで来た黒い物体は王都に入ったあたりで減速して漸く目視でルートだと判った。それなりに飛ばしてきたようだ。
「よぉ」
「速いねぇ野球より速かったよ」
「そんなことはねぇよ」
野球の投球の速度は100km/hを超える。ルートはまだその速度では飛べないため、野球より速いというのは嘘だ。しかし集合時間には余裕をもって来たので高評価をつけておいた。
「お前は…いつも通りだな」
「なにが?」
ルートはダーク系の闇属性コーデで来た。せめて中に白シャツでも仕込んでほしかったが、中も黒い。黒Tに黒ジャケットで、黒くないところと言えば肌とネックレスだけである。
「まあそのほうがいいわ」
「なにがよ?」
「服だよ。私の隣に立つと色の違いがハッキリするね」
アイはルシャのようにルートを弄ることがないのでルートはその優しさに時折惹かれる。彼女の服装はルートにとっても魅力的で、ちょっと見蕩れているのがルシャにバレた。「脚ばっか見てんじゃないよ」
「じゃあどこ見りゃいいんだよ」
「全体を…誘導か?小賢しくなったなお前」
「なんの?」
誘導をしてすっとぼけることでされた側を変態に仕立て上げる芸当を見せようとしたが、師匠にはすべてお見通しだ。
ルシャのゆったりワンピースもアイの清楚ワンピースも魅力的でルートが悶々としていると、彼の次に速く飛べるリリアがやってきた。
「うぃーす」
「お、お前も可愛いな。こっち来い」
「おっす。姉妹っすね」
リリアは少しオーバーサイズのグラフィックTシャツの下に見せブラを仕込んでいて、ダメージドのデニムショートパンツにオーバーニーソというラフなコーデだ。最大の特徴は歩き回るのには適さないブーツを履いていることで、これが何を意図してのことかをルシャはなんとなく察した。
「リリアってスカート穿くの?制服以外で」
「あんま穿かないっすね…穿いてほしい?」
「うん」
「じゃあこの買い物巡りで買おうね、師匠」
「俺?」
リリアはこの観光でもルートを振り回す気だ。買い物をしながら体力を鍛えられるなんて、なんて贅沢なんだ。
続いてきたのはロディで、飛行が苦手なのを理由にした。彼は脛毛がほぼないので7分丈のズボンを穿いてくるぶしソックスで足首を晒している。上もTシャツにパーカーと軽快な印象を与える。しかし軽快なのは服装だけでなく、前髪を上げることでも軽さを出してきた。
「お、ちょっと大人びた」
「髪が伸びてもっさりしてきたから上げちゃった。ヘンかな」
「いや?いいんじゃね?」
「いっそ横っちょも切っちゃえばいいよ。3年になるんだし荒々しい髪型でもいいんじゃねぇの」
男子からの意見も参考にしたロディはサイドを刈ってもらうことで先輩っぽい髪型になろうとした。彼は稀にサッカー部の助っ人に呼ばれるため、そのときの彼を見て真似ようとする後輩が数人いる。サッカー部らしい爽やかな髪型にするのがいいだろう。
次に来たのはラークだ。彼は妹の面倒を見ていたので遅れたというから責められないし、遅刻していないので全く問題ない。彼はルートにはない感覚があって、ジャケットの中を白Tにしてきた。そして下をスキニーにすることで脚を長く見せる。
「もはやあたしらの倍はあるんじゃない?」
「ちょっと隣並んでみてよ…あ、倍はないけど腰の位置全然違うね」
「いいなぁ細長くて」
「そうでもないぞ?妹がこれがいいって言うから着たけど、これすごく狭いんだよ」
「君は筋肉が太いからねぇ。しんどかったら新しいのを買って着ればいいんだよ」
「それってアレはどこに収納してるの?」
ルシャが素直に気になったことを尋ねた。男子のスキニーを見るといつもそう思うのだが、タイトなズボンのどこに”アレ”を落ち着かせているのだろうか。
「え?普通に…」
「だってくぼんでるところについてるわけじゃないでしょ?ってことは出っ張ってるわけで、それ専用の空間がないと押しつけられるじゃん」
「そのくらいの余裕はあるけど…」
「でももっと余裕あるほうがよくねぇ?」
「興味が強い!」
男子のスキニーについての明確な答えを得ることのできなかったルシャは『意外と大丈夫』ということで納得するしかなかった。ただ、早くもラークの股間が気になってしまった。
そして最後に来たのがミーナとリオンのコンビで、2人は歩いてきた。
「おは~」
「おう、どっか寄ってたの?」
その問いに、2人は衝撃の返しをした。
「列車乗ってきた」
「飛べよ!」
王都に来るまでに疲れたくないということで早起きして列車に乗ってきたのだという。「5時に起きたさ」
「じゃあ6時に起きて飛んでくるほうがよくねぇ?」
「いやいや、のんびり来たかったのさ」
ともあれ、全員が集合時間には間に合ったので無事に観光を始められる…のだが、その前に飛行で疲れた身体を休ませるために1時間ほどフランの家にいる。大抵の店の開店は10時なためでもある。
フランが偉い政治家から貰った紅茶をルシャが振る舞う。やれアイスティーにしろだのミルクや砂糖を入れろだの注文の多い奴らだが、彼女らを相手にお節介を焼くのは嫌いではない。ルシャは牛乳と角砂糖とで甘くしたミルクティーをルートに出してやった。
「あ、これすげぇ美味いぞ」
「なにぃ?この雑な割合の紅茶がか」
ルシャはルートの置いたカップから自分の淹れたミルクティーを飲んだ。確かに美味しい。
「牛乳に合う茶葉なのかな」
「そういう品種改良ってできるのかな…」
「普通に飲んでいちばん美味くなるようにしてるっしょ。普通に飲んでも美味いもん」
「これこんな大量に貰っちゃってよかったの?」
「お母さん飲む暇ないって言ってたからいいよ。何て言うか、形式的な贈与だし」
「大人の伝統ってわけかぁ」
「お前慣れてるだろ」
キルシュ・グループもお得意様とのやり取りがあるので、ミーナはピエールへ贈られた菓子詰め合わせなどをよく貰っていた。子供の頃から高級ブランド菓子を食べてきた彼女だが、このやり取りをする側になると面倒だと言う。
「失礼のないように品を選ぶじゃん?これがさぁ、安物だと気持ちがないって思われるし高すぎると見下してるって思われるから、適切な価格のを選ばんといけないわけよ。だからうちはうちが贈るとき専用の商品群を用意してるんだ」
取引相手から受け取ったものより少し高いものを贈るためにあらゆる価格の商品を作らせたそうだ。大人は大変だなぁと思ったルシャたちであった。
ここでルシャが立ち上がったので、ルートが早めの出発に少し惑った。
「ん?もう出るの?」
「うん。出る」
「よし、じゃあ早めに行くか!」
ルートが意を決して立ち上がった直後、ルシャからある単語が発せられた。彼女を目で追っていたならば察することができる。
「おしっこ」
「そっちかよ!」
「お前が出るのかって訊いたんだぞ」
「出発だよ…お前ん家なんだから便所は好きに行けよ」
(巧いなぁ……)
リリアが羨望の眼差しを向けていることに気付かないルシャは飲み過ぎたことを後悔したが、トイレの近さを知っているダテの民がいつでも行かせてくれるので不安を抱かずに買い物に繰り出せる。
「忘れ物…はあってもいいか。うちだし」
「戻ってくるからねぇ」
力持ち系男子を荷物持ちにすれば全員が鞄を持っていく必要がない。女子は手ぶらで、男子の背負う鞄の中に財布を入れておく。
「よし行くぞ!」
リーダーの発破で家を飛び出した8人はぞろぞろと連れだって中心部…商業街と呼ばれる区域に入った。ここには主に他の地域から買い物に来る人が多く、売れない店はすぐに潰れるため商品・サービスともに洗練された店が多い。ルシャとアイはこれまで何軒かを見たが、商品が短い期間で入れ替わるため飽きることはないだろう。
「さて、無計画なわけだがどうするー?」
何でも楽しめるという感じで尋ねたリオンの希望を優先すると言うと、彼女は来年度からは髪型を変えてみたいそうで、新たな髪型とその雰囲気に似合う服を欲した。
「ルシャたそみたいに2つ結びにするのもいいかと思ってさ。私は伸ばして前に垂らす」
ジェスチャーで教えると男子も理解して想像した。今よりお姉さん感が出るので大人っぽさのある服が似合うという意見を述べると、リオンは口角を上げてルシャの隣に立った。
「おそろいになるねぇ」
「相対的に私のお姉さん感が下がらない?」
「どっちかって言うと妹感のほうが強いから大丈夫」
「そうだったの!?」
やはり身長か、と思うと歯軋りしてしまうが、みんなの妹として見られる感覚を味わってみたくなったので今は認めておく。ではルシャも髪型を変えて妹感をさらに増そうということになり、彼女の新たな髪型が提案された。
「後ろの下のほうじゃなくて横っちょで結んでみたら?ピコピコしててかわいいよ」
「それアイがよくやるやつじゃん」
アイは髪を短くしてから頻繁に横で結ぶツインテールにする。小柄な彼女に最も似合う髪型と言えるそれに、彼女より少し大きなルシャが挑戦する。
「髪の長さとしては問題ないね。伸びてきたし」
「うん。じゃあリリアとミーニャンも変える?リオンのが…ミーニャンは短くて結べないかな」
「あたしゃ独自路線でいくよ。なにせ髪質が明らかに違うんだもの」
「唯一無二だね」
「お、いいこと言うねキミ」
オンリーワンのアイディアで未来を拓く経営者の卵はその言葉を気に入った。というわけでミーナはお馴染みのショートウェーブを継続し、リリアがポニーテールにする。
「どうっすか師匠、うなじっすよ」
もともとショートカットだったリリアは伸びてきた髪を手で結んでみた。見せつけるように揺らすと、彼女の芳香がルートのみならずルシャたちにも伝わってきて全員がメロメロになりかけた。
「お前すっげぇいい匂いするじゃん」
「なんか使ってる?」
「ん、これはママのを借りたんですよ。いい匂いだと思ったんで」
「香水も買いに行こうか!僕ら3年だし、大人っぽさ出していこう」
今年度のテーマは大人っぽさに決まった。新しい制服は可愛らしさ重視なので、香水をつければギャップで惑わせられる。この名案を褒めた女子はお姉さん感のある服を買うべくティーン向けのブティックに入った。王都にはあらゆる人が来るため、若者に特化した衣料品店が数え切れないくらいある。ありがたいことに年齢層を細かく区切ってより詳細まで要求に応えられるようにしているため、このメンバーの誰でも新たなお気に入りを見つけられる。
「よーしリオン、色気ムンムンのルリーさんみたいにしてやるからなぁ?」
「あ、邪悪……」
ミーナの蠢く音が聞こえるのでリオンは身震いした。野郎は色気ムンムンなリオンの前に色気ムンムンな店内の雰囲気にやられそうになるのを、声を掛け合いながら凌いで大親友の色気ムンムンな服を探し始めた。と言っても彼らに限っては願望を紹介するだけで、女子はアテにしていない。
男子の制服シャツインしたらふっくら目立つ問題とスキニーどこに格納問題は永遠の謎




