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えっ、私が勇者になるんですか!?  作者: 立川好哉
第2部・2年生編
173/254

170・揺さぶりをかけられた弟子

 上げて落とされるのは嫌だが落とされた後で思い切り引き上げられるのは悪くない。それを実感したルートであった。

「なんだ、結局この俺が必要になるんじゃないか」

「話聞いてた?あんたが闇属性だから呼んだんだよ」

「わかってるわかってる。いいね、王国最強の闇魔法使いか…」

 最強を目指す気持ちは昔のままだし、頂点に座す快感を思い出した。愛する師匠に呼び出されて頗る調子の良いルートはもう1人の師匠であるミロシュにアーゲンソン入りを許可されて滓宝に触れた。

「ん、確かにパラディムシュヴァルヴェより遥かに強い感じだ…」

「あ、すげぇ…」

 最も馴染む闇の魔力を制御したルートに異常を尋ねると、明快な声で『ない』と返ってきた。やはりミロシュは正しかった。

「私だったらまたドッカンってなったかもしれません。相性か…あれ?でもなんで闇を苦手とする私がルートに負けなかったんだ?」

「それは滓宝抜きのルートの闇魔法じゃルシャの光魔法に勝てないからでしょ」

「あ、そうか…ん?ってことは今のルートって…」

 ルシャはあることに気付いてしまった。

 

「ルシャより強いでしょうね」


「なにぃぃぃぃ!?」

 ついにルシャは弟子に免許皆伝を認めてしまうのか…?

「いや、それはズルいだろ。俺は素の力、お前と鍛えた力だけでお前に勝ちたいんだよ」

 ルートがいい奴で助かった。これでルシャがボコボコにされる不安はなくなった。

「ふぅ、とりあえず落ち着けそうでよかった…けどまだ欠片は集まってないからね」

「欠片を集め終わるまでここにいるんだろ?じゃあ俺もいるべきだな」

「あ、その滓宝に対処できたから帰っていいよ?これから欠片を集めるために刺しておくけど、返るときには持ち帰るからまた来て」

「扱いが雑!」

 結局ルートは気まずさを回避するため姉妹と同室の床で寝泊まりすることになった。

「扱いが雑!」


    ☆


 ヘルムソンのホテルに戻ってきた一行は、ルートによって制御された滓宝を見つめた。「うーん、こうしてみると禍々しい形の剣ですね」

 バラガンはそれ以上のことを探れずにルートに感覚を尋ねた。ルートはシャペシュの腕を借りたときより遥かに馴染むと言ってこの滓宝をお気に入りにした。

「けどその剣危ないね」

「剣だからね。杖と違って鞘が要る…普段は何か分厚い布みたいなのをグルグル巻きにしとくか」

「そうだね。それがいい」

「これで俺も滓宝持ちだ…まあ、家に飾るだけだけどな。さっき言った通り、俺は俺の力でお前を倒したい」

「上等だ。弟子としてこの上ない志…けどまあ、そろそろマジでお前に負けそうな気がしてきてるから、お手柔らかに頼むよ」

 ルシャが昔より遥かにマイルドな物言いをするようになったと感心したルートはこれからも畜生メニューのトレーニングに励むことだろう。

「…ところで」

 午後3時にお腹を空かせた6人は早めの夕飯をたくさん食べるか遅めの夕飯を少し食べるかの選択を強いられ、ルシャが迷わず昼食も食べると決めたのでホテル併設のレストランに入った。

「あぁ、寒いところにいたから温かいスープが沁みるなぁ」

「濃いめの味で美味しいねこれ」

 コンソメの効いたスープと歯ごたえのあるタマネギや人参がいい感じのスープで温まって腹も満たすと当然のように眠くなってきたので夕飯の時間まで寝ることにした。


 ちなみにルートは今回の計画に含まれていなかったので食事代も宿泊代も自腹だ。




 部屋に戻ってきた3人は眠るのだが、ルシャは殊勲とも言える活躍をしたルートを床で寝させるのが少し申し訳なくなってきた。

「そこ使う?」

「いや俺はここでもいいよ?」

「あ、そう?じゃあいいや…」

 そのままルシャが眠ってしまったので、ルートは言いつけに従っておかないと後で嫌な思いをすると予想して不貞腐れたようにうつ伏せで眠ってしまった。アイは滓宝を解放していないためあまり疲れておらず、立ちっぱなしの疲れの癒えた夕方に起きてしまったため、フランたちの部屋に行って話をしてきたようだ。


 晩飯時になって2人の疲れも癒えただろうということで、昼とは違うレストランに入って一風変わったテイストの料理を堪能した。ヘルムソンはひとことで言えば”田舎町”だが、それなりに人がいて地産地消が盛んなので自分の畑で採れた野菜を親族の経営する料理店で出すようなことをしている人がけっこういる。小規模な料理店が乱立していて、需要も分散しているといった様子だ。

「家庭の味って感じだったね」

「だね。美味しかった」

 舌が庶民なので何を食べてもたいていは美味しい。都会の高級料亭でなくても満足できるルシャたちは長期滞在で体調を悪くすることがなさそうだ。明日も滓宝を解放して滞留している魔力を高め、他の滓宝や欠片を引きつける。『あと何日』という見込みはないが、ひと山越えたような感じはしている。

「勇者の魔力が濃く残ってるぶんにはお前が触れば問題ないんだよな」

「相性はいい。けど魔力量が恐ろしいくらい多かったら、また暴発すると思う」

「俺が巻き込まれたらヤバいぞ」

「そのときは逃げろ」

 師匠がそう言うのだから下手に守ろうとせずに逃げるべきなのだろう。ルートはゲストとして来たことを忘れずに、でしゃばらないことを掲げている。


     ☆


 翌日、朝食を終えた6人はアーゲンソンに入れない滓宝持ちがヘルムソンに留まって滓宝を探していないか確かめるため、アーゲンソンに行く前に情報収集を行った。すると北の宿屋に滓宝を持っている人が入ったという。

「行ってみよう。その人はきっと他の滓宝を目当てに来てる」

 まずは宿屋に事情を話す。経営者は夫婦で、夫が情報を集めに知り合いを頼っているそうだ。そこでルシャとミロシュとバラガンが滓宝持ちと、フランとアイとルートが夫と話すことになった。

「お邪魔しますよ」

 メイライト人というその客は手に欠片を持っていた。譲り受けたい気を留めて事情を尋ねたところ、不思議とこの場所に来なければならない気がしたというから驚きだ。

「やっぱり滓宝に導かれて集まってる…」

「これまでこんな田舎に来ることはないと思ってたんだ。なにせ俺はメイライト北の要衝ナルソンに住んでるんだから、わざわざ外に出る必要はない。けど息子がこの綺麗な石を持ち帰ってから、なにか衝動に駆られたんだ」

「息子さんがこの欠片を拾ったんですか。どこでとかって聞いてますか?」

「うちの近くにあるハイン川の河川敷って言ってた。石にしちゃ綺麗だよなぁ。完成品が欠けたんだろうけど」

「それは魔王と勇者との戦いで欠けたパラディムシュヴァルヴェという滓宝の一部です」

「なに?滓宝って…魔王復活で頻りに聞くようになったな。魔王と勇者の戦いで生まれたものだって」

「その通りです。メイライト政府は適切な管理のために滓宝の所在地把握を進めていて、見つけたら回収することも定めています。この滓宝と引き合っているから間違いなく滓宝です。回収させてもらいます」

 男性はもともと衝動の真相をしるために滓宝に従っていたため、真相を知れば手放しても問題ないと言って欠片をルシャに渡した。

「ありがとうございます。息子さんにはこれが滓宝だったと伝えてください」

「ああ。肩の荷の下りた気分だ。気持ちよく帰れそうだよ」




 男性を見送ったルシャたちは欠片を持ってホテルに戻った。するとアイたちが宿屋を見つけていて、事情を話して帰したと報告があった。

「アイ、運良く欠片が見つかった。試してみて」

 アイはルシャから欠片を受け取った。何が起きるか分からないからフランたちはすぐに魔法を使えるよう構えていたが、アイに流れてきたのは僅かな記憶だけだった。

「……前に旧校舎の地下の壁を見たことあるって言ったけど、あれは博士の研究室に似てるってだけだ」

「ってことは博士は旧校舎にはいなかったんだね。魔族との関係がないわけだ」

「そうだと思う…研究室の壁にもあれみたいに本がぎっしり詰まってて、すごく暗い場所だった。たぶんあそこは地下なんだと思う」

「人の目から逃れる必要があったのかしら。何の研究かは分からない?」

「わかんない…けど、流れてきた光景にはひたすら本があって、丸い部屋の真ん中に大きな机が置かれてて、そこにも本が積まれてる…」

 確かに旧校舎の地下と似ている。博士が旧校舎を訪れたのか、偶然似たのかは判明しなかった。

「博士の研究室にアイはずっといたのかな」

「研究に関与してるんだと思う」

「博士がアイを使って研究を…それって人体実験じゃないの?」

「それなら他に被検体がいるんじゃない?」

「そうか…そもそも博士とアイとの関係ってなんなんだろう?アイが孤児みたいな感じで、それを博士が引き取ったのかな」

「そこも気になるね…」

 まだまだ判明しないことの多いアイだが、欠片が増えたということは間違いなく前向きに捉えるべきだ。そして大きな収穫として、滓宝が他の滓宝と引き合うということが判った。この計画の手段が効果的なものと確かめられたことも朗報だ。

「この調子でどんどん集めよう」

「ルートも終わるまで付き合ってくれるの?」

「そのつもりだ。俺は暇だからな」

「でもお前は公休になってないから欠席扱いされてるよ?」

「バカな!」

 ミロシュの職権で欠席を公休に変更できると聞くまで嫌な汗が出っぱなしのルートだった。

  

    ☆


 ルシャはまたも惜しみない協力をしてくれたルートに対し、アイとともに何かお礼ができないか考えていた。すぐに思いつくのは贈り物をすることで、何を買ってやろうか相談したのだが、余計なものを与えたらむしろ困らせてしまうということで品ではないお礼をすることにした。

「…ってなるとメシ作ってやるくらいしかないな」

「それでいいんじゃない?あるいはいっそ本人に訊くとか」

「それもいいか」

「…俺、いるんだけど」

「いつからそこに!」

 外の空気を浴びたいということで軽いランニングに出ていたはずのルートだが、ルシャとアイが向かい合って話しているうちにそっと帰ってきていた。彼の正月太りはすっかり解消され、汗を拭くためにシャツを捲って晒した腹にははっきりと凹凸が浮かんでいる。

「俺が来たかったから来たのであって恩を売るためじゃないけど、してくれるならそうしてくれ。あと俺靴買おうと思ってるから選ぶの手伝ってよ」

「ほう、しんどい特訓に耐える運動靴か。感心だな」

「いや通学用……まあそっちも買っていいけど」

「じゃあ計画が終わったらね。この前のフリマでラーメンのスープを他の料理にも使えないかって考えてて、いくつかいい発想を貰ったから試してみたいんだよね」

「あの伝説のスープか。よくもまああそこまで調節したもんだと思うよ。殆どミーナとお前でやったんだろ?」

「うん。ミーナが見たことない食材を仕入れてきてビビったさ」

「スープよりそれが気になるなぁ」

 料理を振る舞うなら会場はミーナの家になるので、そちらも合わせて楽しんでもらいたい。貸し借りなんてなんとも思ってなかったような師匠がやけに恩返しをしようとするので、ルートはより積極的に絆を深めようとしているのだと思って嬉しくなった。

 ただ、愛で満ちたときの心の落ち着かせ方についてまだまだ知らないことが多いようで、今日も抑えるのに苦労しそうだ。

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