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えっ、私が勇者になるんですか!?  作者: 立川好哉
第2部・2年生編
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169・すごい滓宝

 明朝、4人はエスト・リンデンを離れてメイライトに入国した。ミロシュの案内に従ってヘルムソンにて担当者のバラガンと合流し、ここで翌朝まで休養する。

「私はまあ、見届け人というか政府に報告するためだけにいますので、あまり気にせずに…」

「アーゲンソンの様子はどうなってるんですか?」

 大規模計画に参加しているのはメイライト政府が先週時点で把握できている元特強だ。彼らは滓宝の魔力が溢れ出て予期せぬ事態を起こした場合に範囲魔法によって封じ込める役を買っている。ルシャの身体に多量の魔力が流れ込んで抑えきれなくなった場合、あるいはルシャが身を守るために敢えて魔力を放出した場合に仕事を果たすことになる。

「特強ですら包み込めないとんでもない魔力だったら諦めるしかないけど、そんなとんでもない魔力を眠らせておくのも危険だから、思い切っていい」

「調子に乗って滓宝を一気にたくさん解放しなけりゃいいんでしょ?ルートがパラディムシュヴァルヴェの魔力に耐えられてるんだから、私が滓宝の魔力に耐えられないはずがないよ」

「パラディムシュヴァルヴェがすごく特殊な滓宝っていうことは、他の滓宝はそれ以下ってことでしょ?だったらルートを連れてきてもよかったんじゃ…」

「私が傍にいると気が緩むし、自分のスゴさをひけらかしたがる。だから今に限ってはいないほうがいい。お母さんとミロシュ先生と同室ですっげぇ気まずい思いをさせるのも悪いし…」

 制御力については問題ないが、それは彼が最大の力を発揮できているときの話だ。精神と密接に関係している魔力や集中力だから、乱れるような状態にしたくない。

「奴が完璧にやってくれるなら1人多いから解放が早く終わる。けど、公的に滓宝を制御しきれると認められてるのが私だけなんだよ」

 今回の作戦で滓宝に触れるのはルシャだけだ。それはミロシュの試練を突破したのがルシャだけだからだ。彼女は力を伸ばして自分との差を縮めつつあるルートでもあの試練に勝つのは難しいと思っている。

「より感覚的に、思い描いたものをその通りに魔法で再現できるほど扱いに優れてないといけない。ルートはまだ意識して慎重に魔法を作ってるところがある。リリアもそう」

「ルリーさんは?師匠でしょ?」

「ルリーさんは得意な魔法を息をするように使えるのといっぱい魔法を使えるってことが特徴で、私とはちょっと違う。私の代わりができそうなのは今のところルリーさんだけだけど、たぶんルリーさんは断るよ」

「どうだろう…」

 可愛い弟子の頼みなら…と言って何でもしてくれそうな気がするが、ルリーはルシャがアイのためにやりたいというのを理解して敢えて辞退するだろう。

「大臣の仕事が忙しいんだよ。それに、私ほど鍛える時間がなくて鈍ってるかもしれないし…」

 ここでルシャは先程ルートについて言ったことを思い出した。ルリーがいることで自分は弟子としての甘えを出してしまったり精神を乱してしまったりすることがある。それを避けるためには、敢えて彼女を置いてこなければならなかった。

「私も似たようなもんだな…」

 弟子が師匠に似たのか、師匠が弟子に似たのか…似ていることを密かに嬉しく思ったルシャは当事者だからと連れてきたアイに気を乱されないようにしなければならない。




 半日の休養は2人の精神を万全にすることはできなかったが、身体の調子を整えることはできた。

「さあ、いよいよ滓宝を解放するけれど、あんたの様子を見てダメそうなら止めるわよ」

「大丈夫。まず1つ解放してみて、耐えられたら次に行く。そんなにバンバン解放できるわけじゃないけど、ちょっとずつでも解放していくよ」

 シャペシュの腕を手にして全く問題なかったのだから、他の滓宝が同格なら問題なく使えるはずだ。それどころか、彼女の魔力を増幅してさらに強くするだけだ。いくらでも解放できる。

「パラディムシュヴァルヴェが特殊だっていう説が正しくて、他にパラに匹敵する滓宝があるなら、そう簡単にはいかないだろうね」

「それを確かめることにも価値はある。勇者と魔王の魔力を色濃く受けたとされる滓宝がパラディムシュヴァルヴェだけとは限らない。伝承を元に引き抜いてルートに渡したけれど、もっと強い滓宝を渡していればルートが魔王を殺したかもしれない」

「アーゲンソンに行きましょう。どんな滓宝だとしても私を上回ることはないはずです」 1つずつ解放することに同意を貰ったルシャはアイたちを連れて聖地に入った。


     ☆


 アーゲンソンには数百年もの間眠っている滓宝がたくさんあり、長い時間を経ても変わらずに刺さっている。過去が新しくなることを拒んでいるような空間に入り込んだルシャは、乱雑に並んで眠る滓宝の中から直感に訴えてくるものを選んで触れた。

「…どう?」

「なんとも…けど、滓宝が目覚めた」

 目覚めの証は白い輝きだ。目覚めたときにやけに緊張した様子のルシャを見た滓宝が笑うように光を放つ。数字ではなく感覚で魔力の増加を感じたルシャは、留めきれないほどの強い魔力の流れは一切感じなかった。

「これなら次もいけそう」

「ルシャの魔力に驚いてるんじゃない?」

「そうだろうそうだろう。なにせ滓宝抜きで魔王を殺した魔力なんだから」

 1つ解放したことで自信がついたのか、ルシャはこれまでの態度が嘘のように元気になって近くの滓宝に触れた。この勢いでは次々と滓宝に触れて回りそうなので、フランが調子に乗った娘を抑えて1つずつ様子を見ながら解放するよう促した。

「あんたが急に爆発でもしたら困るのよ」

「急がなくていい。長めに時間をとってあるんだから」

「そうだよね……」

 焦ったことを反省したルシャだが、まだまだ身体が耐えられるので次の滓宝も解放する。解放すればするほど欠片を引きつける力が強くなるため、早く終わらせるために今日のうちに大量に解放したい。


 ひと呼吸おいて次の滓宝を探したとき、彼女の目に最も強い色を見せたのは、古く錆びた剣に巻き付いていた鎖のような滓宝だった。はじめ剣を探したが宝珠が見当たらず、次に鎖を見たら小さな宝珠がついていたので、こちらが滓宝ということだ。滓宝の形状に定はないため、これが滓宝でも不思議ではない。

「これだ…!」

 ルシャが手を触れた直後、アイが何かを感じて大きく退き、少し遅れてフランとミロシュが盾を出しながら距離をとった。間に合ったのはその3人で、ルシャは魔力の衝撃に吹き飛ばされて後方にいるバラガンにぶつかった。

「ぐ…」

「バラガンさんすみません!盾が間に合わなくて…」

 正面から50キロの人間を受け止めたバラガンだが、単に突き飛ばされたときのような軽傷で済んでいる。この人も尋常ではないようだ。砂埃を払って笑顔を見せた。

「大丈夫です。咄嗟に出した盾でもこんなに衝撃を減らすとは恐れ入った…あなたが盾を少しでも出せなければ、2人とも灰になっていたでしょう」

 ルシャの体内で留めきれずに溢れ出た魔力は非常に大きく、並の魔法使いの魔法を遥かに上回る威力の魔法となってルシャたちに襲いかかった。

「ルシャ!バラガンさん!」

「こちらは大丈夫です。そちらは各々対処できたようですね…」

「ええ。距離があったから…」

「こうなったってことはルシャが魔法を抑えきれなかったってことだよね…?」

「そうだと思う…びっくりした。あの…水を飲み過ぎてゴックンできずに口からピュッて出ちゃったときみたい」

 最も近い喩えがそれだったので仕方なかったが、思わずフランとアイが笑ってしまった。ルシャの肉体への悪影響はなかったようだ。

「そんな滓宝があるとは知らなかった。フランさん、ルシャは滓宝を解放してきたからこいつの魔力を留めきれなかったんでしょうか」

 ドニエルの認識を大きく上回る魔力があったのか、それともこの滓宝で累積の魔力がルシャの耐久を超えてしまったのか。

「どっちもだと思います。この滓宝はこれまでのと比較して遥かに多い魔力を秘めているのでしょう」

 パラディムシュヴァルヴェ同様に非常に強力な滓宝ということだ。この程度の被害で済んだのは幸いだ。ルシャが他の滓宝を先に解放して消耗していたなら、盾を容易に破壊して術者を引き裂いていたかもしれない。


 フランとミロシュは今日の解放をここで終了することにしてルシャに伝えた。

「それがいいと思う。油断ならないことがわかった」

「そうね。私たちはもっと構えておくべきだった」

「…にしてもアイが真っ先に気付いてたとはね。何か感じた?」

「背中の欠片は滓宝に反応するから、引き合う強さで相手の魔力がなんとなくわかる。びくってしたから反射的に退いた」

 こればかりは魔力量の多さや素質で決まることではない。アイは滓宝を所持しているどころか身体の一部として癒着しているため、肌で感じるように滓宝から情報を得ることができる。それが誰よりも速く察知した理由だ。


    ☆


 ヘルムソンまで戻ったルシャは身体の変化が遅れて現れないか警戒していたが、それは杞憂だった。魔力の滞留を抑えて消耗した身体は休めば回復するし、精神は隣に横たわる滓宝を見れば安らぐ。この先に悪いことは起きなさそうで、大掛かりな計画だということを忘れそうになる。

「…みんな緊張しながら周りで待機してくれてると思うけど、そんなに大きな魔力が暴発することはなさそう」

「ほどよく休みながらやれば大丈夫かな」

「けど、今回が偶然に上手くいっただけかもしれないから警戒は続けてもらう。その鎖以上の滓宝がないとも限らない」

「そっか…みんなの苦労を思うと申し訳ないなぁ」

「なにを言う。みんなアイの記憶が戻ることを祈って協力してるわけだ。中にはアイのことを知らないで祈ってる人もいるだろうけど、それでもいいだろう?」

 メイライト人でもルシャが魔王を殺したことを知っている。しかしアイという少女がパラディムシュヴァルヴェの欠片に記憶を奪われていて、取り戻すために欠片を集めていることを知ったのは最近という人が多い。顔を見たことすらない少女のために危険を承知で退屈な任務を請けるのには、各々理由があるのだろう。

「面白半分みたいな人もいそうだね。特強の余裕かな」

「メイライトやエスト・リンデンにもルリーさんみたいな人がいるのかもね。あの人の余裕が他の人にあるとは思いがたいけど…」

「広い世界だからね」

 特強は唯一無二というわけではなく、共通する点が複数あるとのことだ。ヴァンフィールドの特強に共通することは何か?

「まあ…変な奴ってことだな…」

「そう、変な奴…だから一般人に向けるような気遣いをする必要がない。君たちは君たちのことだけ考えていればいいってみんな口を揃えて言うはずだ」

 優れた魔法使いであるミロシュは特強にならなかったことについて、変な奴ではなく変な奴のフリをしている奴に過ぎないからだと冗談を言ったが、間違いではないのかもしれない。




 自分たちのことだけ考えるということで、ルシャは今日も滓宝の解放に挑む。決してすぐには終わらなかった解放の日々を、ダイジェスト動画のようにお楽しみいただこう。


 1日目…

「うん、まあ大したことないな」

「順調に力が増えてるね。これだけでも欠片が集まりそうだよね」

「世界の記録について何かわかった?」

「ううん、何も…ただ魔力が流れ込んでくるだけ」


 2日目…

「そろそろベッドが滓宝で埋まりそうだよ」

「順調だね。欠片が集まってきてるって話はまだ聞かないけど」


 3日目…

「ぐ、こいつはけっこう曲者だ…」

「でも手に負えないほどじゃない。そろそろ欠片の話も来そうだ」

「滓宝は世界の記録を持ってないのか…?」


 4日目…

「はぁ、こいつマジで強い…!」

「明日は休む?」

「たぶん寝れば大丈夫」


 そして5日目……

 ルシャとアイの中に、欠片に関する情報が未だに来ないことへの不満が生まれていた。

「滓宝が滓宝に引き寄せられるってのが嘘なのかな?」

「じゃあなんでアイはわざわざこの選ばれし滓宝持ちである私のところに来たのさ。引き合わないなら他の知らない奴のところでいいじゃん」

「確かに…選ぶようにルシャのところに行った。私には殆ど意識がなかったけど、ルシャのところに行くようになってたんだと思う」

「この滓宝が教えてくれるか…?」

 ルシャは派手な装飾が格の高さを窺わせる剣を引き抜いた。しかしここで、これまでになかった異常事態が発生した。

「うぉぁ!」

 盾を出したルシャを盾ごと吹き飛ばしたと思えば後方で備えていたフランたちすら大きく飛ばす凄まじい威力の風が吹いた。飛ばされたルシャはまたバラガンに受け止められて怪我を免れた。

「すみません…」

「大丈夫ですか?暴発…って感じでしたけど」

「私が制御しきれなかったんだと思います。この滓宝…とんでもない魔力量です」

 ルシャに大量の魔力が流れ込んで一部が魔法として漏れ出た。ルシャは自身の魔法によって飛ばされたのだ。

「この程度で済んでよかった…けど、この滓宝は危険だよ」

「どの程度ルシャに与えてどの程度残ってるのか分からないわね…また触るのは止めたほうがよさそう」

「けど解放されたわけだよね。こんだけ強い魔力があれば欠片は引きつけられるんじゃない?」

 驚いたルシャは砂埃を払って滓宝を見つめた。まだ多量の魔力を残していそうで、触れるのが憚られる。

「これはちょっと運用できそうにないなぁ」

「そうね。今日のところは終わりにして、明日別のを解放しましょうか」

「そのほうがいいでしょう。この滓宝は…目覚めてしまったから、いろんな効果を生みそうです」

 滓宝は滓宝に引きつけられるとか、所持者を滓宝に近づけるように操作するという説がある。その通りだとすれば、この強力な滓宝にすべての滓宝が引きつけられる。そして滓宝を宿すアイがここに留まるよう操作されてしまう。

「私がここを離れられないってこと…?」

「その説が正しいかは分からない。だって今のところなんともないでしょ?」

「それはここにいるからかもしれないよ…?」

「もしアイがここにずっといなきゃいけないんだとしたら、私はこの滓宝を持ち帰るよ。たとえ強い魔法にやられそうになったとしても、どうにかして保つ」

「いけるのか?」

「さっきのでどんな感じかはわかった。私の準備ができてなかったから暴発したけど、こんどはきっと大丈夫。急速に流れてきた魔法を上手く身体に巡らせる感覚で…」

 バラガンが顔色を変えた。この少女のセンスに恐れ入ったのだろう。先程の強い衝撃を受けながら、それを生み出した滓宝を制御しようというのだ。ルシャに比肩するものを持たない彼には理解しがたい挑戦だ。

(この滓宝を味方にしたらルシャは…)

 世界を破滅させるほどの魔力というのがより現実味を帯びてくる。ルシャに魔が差したらと思うと震える。

「私はアイの真実を知るためにここに来て、これからも一緒に過ごすつもりでいる。真実を知れてもここでお別れなんてのは認めないよ」

「うん。私もルシャと一緒にいたい」

「当然。だからこのわがままな滓宝を黙らせる…けど今日は難しそう」

 ここでミロシュが気付いたことを伝えた。

「シャペシュの腕が白く光ってたからルシャは光の魔法に長けてるんだけど、さっき魔法が暴発したとき、滓宝の宝珠が黒く光ってたのを見た。だからあの滓宝はきっと魔王の魔力を多めに蓄えたものだと思う」

「ってことは闇…私には相性が悪いですね」

「そう。だから苦手な魔力が流れてきたことも暴発の理由だと思う。ルシャが闇の魔法を操れるなら滓宝に喰われることはないけど…僕は違う提案を考えた」

 ルシャを闇に慣れさせるより優れた選択とは、闇の魔法使いに滓宝を持たせることだ。


 闇の魔法使い…ルシャの心が俄にざわついた。

「知ってる人が1人いる。鍛え続けてもルシャには及ばないけれど、おそらく現時点で最もそれを扱えそうな人が」

「ルートですか」

「そう。彼は闇の魔法に特化している。魔力も完成状態のパラディムシュヴァルヴェを扱えている時点で並外れていた。私にも少し教わっていたし、ルシャの修行のおかげでかなり鍛えられている。特強の制度が残っていれば間違いなく推薦されているほどだと思う」

「ルートならこれを抑えられる…かもしれないんですね?」

「ええ。ルシャが強い意志を持ってこれを抑えてもいいけれど、安全にやるならルートに任せたほうがいいかもしれない…ほら、来たがっていたでしょ?フランさんの言った通り、特別な資格を持つ者でなければ滓宝に触れてはならない。けれど事情が変わった。王国で最も優れた闇魔法使いである彼の役目が生まれた」

 ルシャは少し表情を緩めた。同行したくて仕方ないといった様子の彼は今でも自分たちのことを案じて備えているはずだ。落ち着かない日々を送っている彼を助けてあげよう。

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