167・これがウチらの青春だ!
年に1度の大規模イベント開幕。
学内とか言いながら地域を巻き込んだこのフリーマーケットは『開催地が学内』ということを理由に学内を名乗っているだけなので、地域住民でも入ることができる。滅多に犯罪の起きないジュタだからこそできることだし、学校が警備員を雇ってあるので生徒も安心だ。
「朝早ぇ~」
ルシャは仕込みのために朝の6時に集合しろと言われて朝の5時に起床して準備している。同じクラスのアイもそうで、まだ暗いのに王都からジュタまで飛ばねばならないことを少し嫌がっている。
「弟子来ねぇかな…」
「流石に迎えに来させるのはかわいそうだよ」
「喜んで来てくれはしないか…」
ルートもおそらく今頃起きて支度をしているだろう。腹の調子の整う前に迎えに来いと言われたら難色を示すはずだ。少なくともルシャがルートの立場ならそうしたくない。
5時半になったので出発した。まだ暗い中では先を照らさないと高層建造物に当たって死ぬので前照灯を当てながら進む。アイが眠いというのでルシャの背中に括り付けてルシャの魔力で飛ぶのだが、アイのペースに合わせなくてよいためルシャは最高速度を出した。
常に爆音が耳を苛むのなら眠気も吹っ飛ぶというものだ。アイは着いた頃にはすっかり目覚めていて、時計を見て目を疑った。
「はや…」
門は6時に開く。先生より早く着いた2人の次に来たのは鍵の担当者かと思いきや、弟子だった。
「お前ら何時に起きた?」
「5時…お前もやる気に満ちてんなぁ」
「なんでアイは縛り付けられてんの?」
「眠かった」
「まあ眠いよな。普通こんな時間に起きないし」
ルートは今でも眠そうなので、ルシャが発光して無理矢理に目を覚ましてやった。
鍵の担当はプリムラ先生で、彼女も眠そうにしている。そればかりか、上着の下にパジャマを着ているのが裾でバレた。
「先生、着替え忘れてますよ」
「は!いけない…!いつもよりずっと早かったからうっかり…」
「めちゃめちゃ可愛い柄っすね」
「これ中学生の時から着てます」
「物持ちすげぇいい!」
10年くらい経ってもくたびれていないのは保存や洗濯がよかったのと解れを修繕しているからだ。それほど気に入っているものを3人には見られてしまった。
「はい、開けますよ…」
重厚な門扉が開いて中に入れるようになる頃には他の生徒もやってきた。仕込みのあるクラスはルシャのところだけなので多くても30人くらいだが、事情を知っているプリムラはダテクラスの人々のやる気を見た。
「休み時間に食べに行きますね」
「美味しすぎて死なないように注意してくださいよ?」
「期待大ですねぇ」
担任という役職のないこの学校では先生は警備や自由行動をする。そのため知り合いと一緒に店を巡る先生が多い。
ルシャたちはラーメン屋をやるということで家庭科室を借りている。調理器具や食器などを置いてある準備室で雑貨販売をするので、ラーメン担当のルシャは作ってきた雑貨を準備室に置いてからエプロンを着て厨房に立った。
「よーしやるぞぉ」
緩く気合を入れたダテはアイたちの文献調査やルートたちの他店分析を経て編み出した最強スープの材料を抽出し始めた。鶏ガラと煮干しから始まった最強スープの完成形には昆布やネギなどが入っていて、ごく微量だがミーナの仕入れた聞いたことのないような名前のキノコも入っている。このキノコが他とは決定的に違う。
「すっげぇいい匂い」
「だろぉ?お前ら味見しすぎるなよ?」
味見分もしっかり用意するが、依存症を起こすスープだとそれだけでは足りなくなるので依存症が起きないよう願っておく。もはや麺がなくても美味しいと言われる予想があるため、麺は相変わらず下手でも構わない。
数時間煮込んだものを寝かせている間に装飾をする。食品を扱うため混入を恐れて細かなものは避けているが、シンプルすぎるカーテンを金持ちのそれに替えておくだけでも雰囲気が急変する。カーテンはミーナが用意したが、電飾はパトリックを筆頭とする”電飾野郎”のメンバーが他の区まで行って買ってきてくれたものに取り替えた。
「高級料理店の装いになってきたね。あとはこの無機質な机に敷くだけだ」
「持ってきたよ~」
裁縫が得意なのはルシャだけではなく、家庭科部や趣味で裁縫や洋裁をしているクラスメートの力作を用いることでさらに高級感や彩りが増した。完璧なまでに雰囲気作りをしたところで看板などを掲げて準備完了だ。
開始10分前に全員を集合させて円陣を組んだところでルシャが士気高揚を図る。
「お前らこのために準備してきた頑張りを忘れるな。自信を持て。ここまでのことは楽しかっただろ?だったらこれからのことも楽しいに決まってる。常にそうだが、私たちが最強だ」
「その通りだ!」
「俺たち最強!」
徐々に高まってきた仲間たちをさらに奮起させるべくルシャは続ける。
「我々の雰囲気もラーメンも手芸品もすべてが完璧だ。あとはそれを我々が維持するだけだ。わかってるな?この流れを最後まで続けるぞ!」
「しゃあ!」
全員で足踏みをして一致を確かめるとそれぞれの持ち場につき、ルシャは調理用の衛生帽からコック帽に替えて厨房の表に立った。
「…試合か!」
リオンが笑いながらツッコミを入れた。
家庭科室のテーブルは15、席は60ある。そのうち厨房として使うのは食器棚などのある後方の3つで、客のための席は48席だ。客の殺到を考えると不足しているように思えるが、コンロは6つある。全力稼働させて茹でれば待ち時間をなくして回転を速くできるだろう。シミュレーションでは思い通りにいった。
厨房と客席との間にミーナが業者を呼んで設置させた仕切りがあって客が厨房には入れないようになっているが、厨房の様子を見られるように一部が切り取られている。ルシャ料理長も作っていることを客に示すことができるため、宣伝の信頼性が確実になる。
「開始1分前!」
「状況は!?」
「20人前完了!」
「よし!次!」
ラークが力ずくで運んだ冷蔵庫の中に大量の材料が入っていて、そこから補充することになっている。予想ではひっきりなしに客が来ることになっているため、交代をしながらノンストップで作り続ける。
周到な計画に従ったためバタつくことなく準備を終えたダテクラスは開催宣言を聞いて俄然緊張したが、客の中に知っている顔があったので俄然安らいだ。起伏の激しい日だ。「食堂のおばちゃん!」
「楽しいことをやっているじゃないの。ラーメンはあまり興味ないけれど、この店には興味あるわ」
「そしたら小さめのがあるからそれをお勧めします」
「いただこうかしらね」
子供向けのミニサイズはガッツリ派仕様ではないので軽い気持ちで食べたい人にオススメだ。食堂の健康的な料理に馴染みの深いおばちゃんは喜んで食べた。
「うん!おいしいわ」
「でしょう?けっこうな時間をかけて考え抜いたスープですよ」
「手間暇かかった感じがするわ…」
「ルシャとミーナがすっげぇ修行したんです。1日中研究したときもあったとか」
「すごいわねぇ。本気度が高い」
おばちゃんは大満足だが食堂の定番メニューになることはなさそうだ。ここでしか食べられないということを売り文句にしたことで客足が一気に伸び、知っている顔が次々とやってきた。商店のお兄さん、秘密の店の店長…このために朝食を抜いて腹を空かせてきたというので、ガッツリたらふく食べさせてやった。
「おぉ、これはなかなか上位に来るぞ」
「この麺が細かいのもいいね。長すぎてもどうせ噛み切るから」
「それ上手く切れなかっただけっすよ」
「時折平べったくなってるのもいい。歯ごたえのある太麺だよねやっぱ」
完璧と言っておきながら完璧でないこともあるダテラーメンのダテな部分がクセのある人たちに絶妙に刺さったようで、職人のラーメンよりむしろ良いという意見すらある。それは恐れ多いので謙遜しておいたが、良心的な値段とは異なる価値を置く人が殆どだった。
「非常に嬉しいね。時間をかけて研究した甲斐があったよ」
料理長は最強スープが多くの好評を得たことを嬉しく思っている。ご機嫌な様子が客席から見えるため、客のほうも良い気分だ。
手芸品のほうもルシャが作ったとあっていつも通りの客足で、金を入れる缶があっという間に満杯になった。
「これ金庫入れて~」
「すっげぇもう半分になってる」
「在庫数把握してる?」
そんなやり取りを聞いたルシャは午後の客数を予想して追加分を作るか検討した。彼女はこれから30分の休憩に入る。時間が余れば持ってきた材料でちょっとした手芸品を作れる。
ダテフォーで休憩時間を被らせたので揃って他の店に行くのだが、最初に行く場所は決まっている。
「料理長、リリアのところ行こうぜ~」
リリアは何をしているのかというと、校庭で大々的な出し物をしているのだった。1年生のくせに校庭という競争率の高い場所を獲得できたのは、アイディアが先生に気に入られたからだ。その名も…
「ショッピングカートチキンレースへようこそ!」
「なんだそれ?」
どこかから借りたのか分からないショッピングカートが大量に並んでいて、謎のコースが2つある。そこに行列ができていたので最後尾に並んで順番を待つ。先駆者の行動を見る限りではショッピングカートに乗って何かを測ってもらうようだ。
「あ、わかったぞ!」
リオンは正解を知った。このショッピングカートチキンレースというのは、加速区間でショッピングカートを押して加速し、移動区間に入る前に飛び乗って壁にぶつからずにどれだけ長く走行できるか競うというものだ。壁にぶつかれば記録なし、一定距離を超えたら景品をプレゼントするというものだ。ぶつからないように控えめにすると景品を貰えないし、景品を狙って力を込めすぎると壁にぶつかるというなかなかにシビアなもので、ショッピングカートをこうして使えるという背徳的なことも手伝って人気を呼んでいる。参加費は50セリカということなのでダテフォーも挑戦してみた。
「いけぇぇぇ!」
大きなカートの勢いを殺さずに飛び乗ったルシャだが、体重が後方にかかったのでブレーキが利いてしまい範囲に入らなかった。
「難しいなこれ」
「まあ私に任せなさいよ」
ミーナは軽量級なのでブレーキが弱い。彼女なら範囲内に行くだろうと予想したルシャだが、体育でのひと幕を思い出して嫌な予想に変えた。
「わー」
盛大に壁に突っ込んだミーナはクッション材に埋もれたところを救護班に救い出されて戻ってきた。軽くても重くても加減の難しいこの競技、もしかしたらバランスの良いリオンが得意かもしれない。
「ちなみに記録って?」
「あぁ、私が手本で出した壁から12cmが最高っすよ」
「お前が上手いのかよ!」
越えるべき壁がリリアなのだとしたら師匠の師匠は必ず突破する。その意地が挑戦と散財を促した。その前に…
「行きます!」
サッカー好きで毎週末に地域のクラブの様子を見に行っていたサッカーキッズには知られているリオンは子供の声援を受けてベストを尽くした。彼女はこの競技のコツを見つけていて、途中の体重移動によってブレーキを制御した。
「そうか!」
ルシャとミーナに新たな気付きを与えたリオンだが、12cmという極めて近い距離に詰めることはできず、34cmと目標からは遠い記録を出した。
「ぐぬぅ」
「50cm以下なので賞品のチョコレート贈呈です。難しいでしょう。私は手本になると決まったときからずっと練習しましたよ。つまりこれを最も上手に乗りこなせるのは私です。さあ、勝てるかな?」
「く、これでも負けたくねぇ…!」
ダテの競争心は思ったより激しいもので、休憩時間いっぱい使ってしまった。それでも勝てなかったのは流石は”センスの女”と言うべきだ。
「おいミーナ、これ競技化して流行らせようぜ」
「おう。うちの宣伝力で必ず競技化してこいつを倒してやる」
意外と楽しかったのでよかった。ちなみにアイも1発目であっさり景品をゲットしてご満悦だ。この子が最初にリリアを倒すかもしれない。
☆
休憩を終えて午後の仕事に取りかかったとき、お馴染みはお馴染みでも最も馴染んだ、”もう1つのダテ”が来た。廊下が俄にざわついてきたので誰が来たか予想したダテフォーは集合しておいた。
「おぃーす」
「来たよ~」
「…っせい!」
硬派なラーメン屋を装って気合の入った独特の挨拶をしたダテフォーは偶然空いた厨房に最も近い席に4人…フラン、ルリー、ドニエル、リーシャを座らせた。
「弟どこ?」
「うちらが休憩から戻るときに外出たから校庭じゃないっすかね?リリアがいますよ」
「ほう?じゃあこの後行きますか」
「チラッと見たけどなんかすげぇことやってない?」
「すげぇっす。メッチャ楽しい」
「よーし」
大臣が揃ってショッピングカートでふざけるのは激レアな瞬間なのでこのラーメン屋より人が集まりそうだ。無事なのはリーシャだけだろう。
「ラーメンをどうぞ」
「お、美味しそう」
女子高生の作ったラーメンというだけで倍の価値はあると語るドニエルは1000セリカもする大盛りラーメンを注文し、大食いのルリーもそうした。一方でフランとリーシャは並盛りで、均一でない麺と最強スープを楽しんだ。
「よくここまでやったもんだ。感心した」
「忘れないように定期的に作ってもらおうかしら」
「設備あるから作れちゃうね…まあいいだろう。みんなで食べに来なよ」
「よっしゃ」
王都在住の4人の楽しみが増えた。大臣は忙しいのでリリアの出し物を見たら帰るというが、リーシャはウェルシュ邸で1泊してから帰るという。
「楽しんでね~」
「食べるの速!」
大臣も大満足のラーメンはさらに客を呼んでルシャ料理長は忙しくなった。手芸品のほうが終了1時間前に売り切れたため、早々に店を畳んで準備室に席を設置することでさらに回転を加速させた。こうして希望者が全員ダテラーメンを食べられるようにして売り上げも伸ばした。
列に並んだ人が全員食べ終えたところで店を畳んで集計に入ると、去年とは比較にならない額が貯まっていた。大盛況のうちに終わったダテ食堂はこのクラスの全員の記憶に残る素晴らしい思い出になった。
ちなみに…
「よぉぉぉぉし!」
「やったー!」
「コイツやりやがった!」
「どうだぁ!俺が師匠だぁ!」
「ぐぬぬ…!悔しいけどこの人は本物だ!おめでとう師匠…」
奇跡の力加減によって3cmというとんでもない記録を叩き出したルートにショッピングカートマスターの称号が与えられ、ルートはまたしても師匠の実力を示したのだった。
ショッピングカートチキンレースも水上尻相撲みたいにポルトガルで競技化しないっすかね




