162・ぶよぶよたそ
まあ、そうなるよね。
ルシャ:身長147cm、体重……
体重…
「55kg!」
「重い!」
アイもちょっとは太ったが、ルシャほどではなかった。というのは帰ってきた4日の夜の食事について、移動疲れで自炊ができずに外食したところ、ルシャがつい食べ過ぎてしまったからだ。
「これはいかんねぇ…」
52kgなら160cmくらいは欲しいところというのが保健省の意見だ。明らかな肥満と言わざるを得ないルシャは正月だけは増量を容認するつもりで、学校が再開したら徐々に痩せようという計画を立てていた。しかしこれでは生活に支障が出かねないため、脚の骨の負担減のために今日始める。
着替えようとしたが、スポブラから肉がハミ出る。下も穿き慣れているダルダルのしか入らない。灰色は汗が目立つので嫌だというのを聞き入れない状況なので、アイ以外に見せないことを条件にして穿く。
「すっげぇゆっくり走ってくる。そのほうがいいらしいから」
脂肪を減らすには有酸素運動が有効で、そのためには長距離走あるいは長時間走が好ましい。遅くてもよいのですぐに諦めない。
腹肉の揺れも感じながらゆっくり確実に走るが、体重をコントロールする筋力が足りなくて思い通りに動かない。これが極まるといよいよ動けなくなって医者に訪問してもらうことになるのだろう。
(恐ろしいや…)
恐ろしいのは自分の不自由だけではない。むちむち好きのあの弟子が盛って仕方なくなることもルシャの懸念の1つだ。去年以上の太り具合に大興奮のルートが勢い余って告白でもしてこないか、それには期待も半分ある。
(しかしこれは萎えられるだろう)
あまりにブヨブヨすぎてルートに人の肉体として見られなくなりそうなのはルシャの過度な不安のせいだが、もし本当にドン引きされたら誰にも支持されない体型ということで、強い悲しみに襲われるだろう。ルートが好いてくれているうちはまだ大丈夫なので、その範囲に戻しておきたい。
冬なので大汗をかくことはないが、バテるのはどの季節でもある。ランニングコースを利用するランナーの休憩のために設置されたベンチで少し休んでから近くにある商店で飲み物を買う。
汗だくランナーには慣れっこの店員だが、ルシャのような田舎の美少女高校生には慣れていないようで、少しどもりながら喋ってスポーツドリンクを売った。
「うぇ、脇汗がすげぇ」
品のない姿をしていたことを恥じても痩せるために必死に走ったことを否定したくないので一時の恥として片付ける。休憩と水分補給を済ませて再開すると、家まで3キロくらいあるところで脚が疲れてきた。よくこれまで痛まずに頑張ったという気よりここから家に帰るのが難しそうという不安が強く、勢いが衰えてしまった。そうなるといよいよ歩いているのと変わらないため、ルシャはランニングを終えてウォーキングを始めた。これでも効果はある。
(お腹空いたなぁ…今日の昼ご飯何にしよう)
メシについて考えることの多いルシャは今日の昼食にできるだけ健康的なものを思い浮かべた。運動したのだから蛋白質を摂るのがよい。ということでリオンとジオゴに教えてもらったレスティアメシに決まった。これなら太らない…余計なものを買わなければ。
☆
家に帰ってすぐに体重計に乗っても、正月で太った分が一気に減っているはずがない。アイは家で本を読んでいるだけなのにブクブクになっていなくて羨ましい。ただ、彼女に自分と同じ思いをしてほしいとは思わない。
「めっちゃ汗かいた…」
「お風呂入りな」
「そうする」
ルシャはシャワーを浴びてスッキリしたので買い物に行くべく外向きの服を着た。胸の下でシルエットを絞る帯のループが前に着たときより明らかに小さくなっている。これを元の長さに戻すことを目標にしよう。
冬は厚着でずんぐりむっくりしてしまうルシャはいっそ笑われて恥をかいて悔しさだけを動力に痩せようという気すら浮かべた。しかし『太った?』と思っても本人に言う人は親友を除いて誰もいないため、ルシャはいつも通りの注目を浴びながら買い物をしただけだった。
「…買う量多くない?そこから減らしていけばいいんじゃないかな」
アイの意見はルシャには通じなかった。食事を改善するというのはリオンたちの言うように内容を変えるということだけで、量を減らして満足も減らすのは不健康だという。
「多くの幸せを感じられるようになった近年だけど、幸せって新しく得たら古いのを手放すもんじゃないでしょ?だから食事の幸せはこのままでいいの」
「そうだね。私もみんなと食べて幸せだから、食事は減らさないほうがいいね」
「だろ?」
アイに納得してもらえたのでレスティアメシを満足するまで食べた。今日は適度な運動と健康的な食事を果たしたので誰にも文句を言われないはずだし、明日は今日より少し軽いはずだ。
皿洗いを終えて昼寝に入ろうとしていると……
「よオ」
年明けは忙しくないルートが当然のようにジュタから飛んで来た。フランは元日も仕事で、年明けムードが落ち着いてきたら休暇を入れる予定だというのをルシャから聞いていた彼はフランが仕事をしている日は気まぐれにフランの家を訪ねることにしたのだった。
「ルート、昼飯食った?」
「まだ。昼まで寝てて、作るのダルかったから」
「惜しいね。もうちょっと早かったら残ってたのに」
「2人分しか作ってないんだろ?余っても食べるし」
「いま痩せようとしてるからお前に分けてもよかったよ」
「痩せるだって!?」
ルートは過剰な反応をした。では現在どれくらい太っているのか確かめるために腹を見せろと言うと、ルシャは拒否してルートの腹を掴んだ。
「おめぇも太ってんじゃねぇか」
「俺はもともと痩せ型だったから少し太ってもいいんだよ。運動習慣だってあるし、お前の鬼畜な特訓で身体が動いてるし」
「私の特訓が弟子の健康維持に一役買ってるわけだな。よし、じゃあ正月明けの特訓を課してやろう」
ルートはこれを墓穴を掘ったとは思っておらず、一緒に現実的なメニューを考えて正月太りを解消する覚悟を決めた。
「んで?俺は何をすればいい?」
「うーん…なんか掃除でもしててくれ。あたしらの寝てる部屋とお母さんの部屋以外」
「わかった。道具は勝手に使うぞ」
「うん。私たち寝るからうるさくするなよ」
いいように使われることも喜びなのでルートはルシャとアイがスヤスヤ眠るところを想像しながら掃除を始めた。
彼の仕事は丁寧で、ルシャたちが起きたときには家政婦を雇ったのかと思うくらい綺麗になっていた。
「もう遅いけどあたしパンツとか脱衣所に散らかしてないよね?」
「見なかったぞ」
「よかった。走り終えて疲れてたからそこらへんにほかったかと思ってたけど、ちゃんと洗濯機に入れてたんだ」
「走ったの?やる気の出ないお前がねぇ」
「さすがに太すぎだと思って…まあいいか、掃除してくれたお礼に腹くらいは見せてやろう」
そうしてルシャが腹を見せるとルートは目を大きく開けてブヨブヨ具合に驚いた。大好きなルシャちゃんでもお腹があまりにブヨブヨなので健康が心配になる。
「これは……」
「ひでぇだろ?これを減らしてスッキリルシャちゃんになるのがこの冬の目標だ」
「うん…まあ、元のお前に戻るなら応援しよう。明日は午前に来るから昼前に軽く走ろう」
「そうだな。気分が向けば…」
逃げ道を用意していることに気付いたルートはどうにかしてその道を塞ぐ手段を探った。そういうことは母に訊くのがよいということで、夕飯の献立を考えながら彼女の帰りを待った。作っておいてほしかったというのがフランの本音だが、ゲストに作らせるほど怠惰ではない。
ルシャとアイが風呂に入っている間にルートはフランにルシャの扱い方を尋ねた。
「あなたのほうが詳しいんじゃない?旅行で何か得たものはあるかしら」
「うーん…いつも通りで安心しただけでしたね。それが何よりなので」
「そうねぇ…ってことはルートはいつもルシャに振り回されているのがいいんじゃない?」
「んー…でもルシャが痩せたいなら俺がやる気を助けられないかと思いまして」
「気が向いてるときに一緒に走れるよう準備しておくのがいいと思うわよ。あの子他人に強制されたことは嫌がるから」
概ねいい子だったルシャの数少ないワガママと言えば、教育のために何かをしろと言われたときに拒否することだ。宿題を、皿洗いを、掃除をやれ…あらゆることに気乗りしないときには不機嫌になってしまう。こうして自分の行動を自分で決めるようになってからは、誰も強制しないようにしている。
「じゃあ乗り気になるのを待ちますか…ジュタから信号弾が見えないのが難点ですね。この辺りに宿を借りますかね」
「空き部屋使っていいわよ。こんなにあるんだから」
「では毎日掃除しますね」
この家に住んで良いということはもはや母親公認で、ルートはすっかり婿のつもりで部屋の整備を始めた。今日はここに泊まって明日になってルシャのやる気がなければ買い物に行く。
「そもそもこんな時間になってもいるんだから帰る気がないってことが分かるわ」
「すみません…」
「ダテほど仲の良い友達じゃなければ帰ってもらっていたところだけれど、弟子でもあるわけだし、悪いことはしないはずだし」
抑止力の多すぎるここで悪事を働くことはハイリスクだ。パンツを拝借することすら簡単ではないのでルートはモヤモヤしたまま夜を越すことになる…前に。
「あがったよ~」
「!!!!!」
ルートがかつてなく激しい動作で立ち上がった。その音で彼の存在に気付いたルシャは大声を出して発光し、ルートやフランの視界を奪った。
「帰ってなかったのかよ!」
「帰るなら風呂入る前にそう言って帰ってたよ…!眩しいな!」
「ルシャ、だらしない!ちゃんと着てから出てきなさい!」
ルートは記憶まで奪われなかったことに感謝し、何度も瞬きをして視界を戻してからアイと交代で脱衣所に入った。フランはいつ入るのだろうか…
翌日、だらしないルシャがいろいろする夢を見たルートは興奮冷めやらぬまま朝食を作っているルシャに挨拶した。
「泊まりやがった…そこまでして私に運動させたいか」
「いや、強制はしない。俺はお前の支援に徹する準備をしているだけだ」
「では今すぐ徹してもらおう。皿を用意してくれ」
「俺の分作ってある?」
「昨日のうちに帰ってないからいると思って作ってあるよ。あとで金払えよ」
「助かるー」
ルシャは休み明けに友人を喜ばせるべく今日も走ると宣言した。それならばルートは並走しながら応援するだけで、早速体操服に着替えてドリンクを用意した。
「お前のほうがやる気じゃん」
「運動すると気分が爽快になるからな!さあ走ろう!」
少しだけルートの元気に引っ張られたルシャは昨日より少し明るい気分で走ることができた。しかしペースを上げすぎたか、昨日より短い距離を走って終えた。
「まあ上出来だろう。頑張ったな」
「はぁ、弟子にダサいところを見せたくない一心で走った…お前のせいで疲れたから昼はお前が作…ってかお前は家に帰らなくていいの?」
「いてもいなくても親のすることは変わらん。俺がルシャのところに頻繁に行くことを知ってるから放っておいてくれてる」
「そうか。それがいいのか悪いのかはさておき、帰らなくていいなら昼飯作れ」
「いいだろう。俺は疲れてないからな」
「その体力よこせ…ってかアレだよな、あたしとお前の体重がほぼ変わんないってヤバいよな」
「そうだね…そう思うと深刻だね……」
ルートとルシャには10cm以上の身長差がある。それなのに体重が同じというのはルシャに危機感を抱かせる。彼女は午後にはウォーキングをすることに決めた。
「あたしは家に帰るがお前は昼食の材料を買ってから帰ってくれ。内容は任せる。太るのはやめろよ」
「わかった。任せろ」
果たしてルートはどのような料理を作るのだろうか。おそらくはこれまでにダテで開催した食事会が参考になるのだろうが、そうするとルシャは太る。彼に食事療法の知識があるかが重要だ。
10分後…
「おぉ!肉だ!」
ルートはルシャが肉好きというのを知っているので彼女を喜ばせるべく肉を大量に買ってきた。昼間に焼肉というのはダテにとって奇妙なことではない。太るものを避けるよう言われても何が太って何が太らないか分からなかった彼は肉とレタス以外一切買わなかった。どうやら正解を踏んだようだ。
「これ焼くの?」
「それが楽だろう」
ダテルールによってルシャとアイが料理を担当することになり、ルートはワクワクしながら肉の焼けるのを待っていた。奮発して買った高級肉はタレをつけなくても美味しくて、ルシャが食べ過ぎるのを防ぐためにルートが彼女より多く食べた。
「美味かったが故に物足りなさを感じるなぁ。もっとあればよかったのに」
「量は十分なはずだ。過度に食うから太る」
適量を食べていればそれ以上食べる必要はないというのをルシャに叩き込まねばならない。これがルシャに馴染んでくれば当然に痩せてくるという予想をしていたが、その3時間後……
ボリボリ…
「間食してるー!」
ルートの苦労は続く。
このルシャたそくらいでいいんです。そのくらいの人がいたら結婚してください。




