161・お土産を買うまでが旅行です
グルメ旅をすると言ったり原始生活を体験すると言ったりして様々なことを仲間と一緒に経験した8人は、旅で最も忘れてはならないことを今日やるということで一致した。
それは買い物であり、潤沢な資金を有するミーナを筆頭にファリーヨにて土産選びをすることになった。
昨日とは打って変わって非常に快適な宿を得た一行は、今日明日とそこにいられる絶対的な安心感を胸に思う存分買い物を楽しむことができる。女子は朝から元気で男子は大人のような慈しみの目をしてついて行く。
「過酷なことをやろうとして終始あいつらの笑顔を見られずに終わるのは嫌だったから、今のあいつらを見て心底よかったよ」
好きな女の子の笑顔に勝るものはない。必要なものを確かめたルートは両隣の野郎の同意を得て女子の入った店に入った。
「…俺ら場違いだ!」
どこまでこいつらは俺らのことを困らせるんだと言いたくなるような状況だ。困って嬉しいときもあるが、今は本当に困るときだ。まさか本当に自分たちのことを考えずに下着の店に入るとは思わなかったし、兆しを感じられなかった。
「冗談だって言ったじゃんねぇ。緊急に買わなきゃいけなくなったのかな?」
そんな状況に陥ることの少ない男子は女子にはいろいろあるのだろうということでこれを黙認し、向かいの店なら気付くだろうということで雑貨店に入った。下着専門店とは全く違う雰囲気なので心を揺らすことはないし、いろいろなものが並んでいるので飽きそうにない。お兄ちゃん2人は下の子に渡すのに相応しいものがないか探し始めた。
一方でルートはルシャに何を渡したら喜ばれるか考えた。何かを貰ったわけではないが、何かを渡す理由は好意だけでいい。
「あいつがいつも使ってる雑貨…」
ルートはルシャの1日のうち自分の見てきたものを顧みた。
朝、起きたら顔を洗う。洗顔料はこだわりを持っていそうなので貰っても使わない可能性が高いし、肌に合わなければ悪化させてしまう。
(顔を拭くタオルがいいかな)
次に髪を整えてお馴染みの2つ結びにする。ヘアゴムは自作のものなので、きっと他のにはしないだろう。
朝食を作るときに使う調理器具や食器はどうだろうか。もしかしたら運ぶときに破損してしまうかもしれないから、ジュタで買うほうがいい。
(特産品ってなら別だけど)
可愛いデザインのはいくつか見つかったが、それ故に壊れてしまうと残念だ。朝の一幕に渡せそうなものを見つけるのは難しかった。
朝ご飯を食べ終えたら着替えてトイレに行って準備完了なのだろう。ここで替えられるものは?
(着替え…ルシャの下着…)
想像が妄想に変わるともうオシマイなのでルートがニヤニヤし始めたときにラークとロディは彼を諦めた。
「まあでもみんなは下着の店にいるわけだし、片隅にあるはずの想像がどんどん主張を強めてきても致し方ないよね」
「俺は全く想像しなかったが…」
ラークだけが自分の目的を見失わずにいたが、ロディに提起されたことでミーナの下着姿を想像してしまい、靴紐を結び直した。
「僕は桃色がいいなぁ」
「リオンが?…似合うか」
思春期男子、しかもダテの強い刺激を受けてきた3人はすぐにえっちな方角へ向かってしまう。下の子にあげるお土産を選び終えた2人はルートのプレゼント選びを手伝ってキーホルダーを提案した。
「家の鍵、フランさんの家の鍵、ルヴァンジュダンジョンの鍵、ノーラン先生の研究所の鍵…いろんな鍵を管理しなきゃいけないから必要だろう」
「お前らに聞いてよかった。しかし俺が最もルシャのことに詳しいというのは譲らん」
「それは譲らなくていいよ」
ルートは小さな紙袋に入れてもらったキーホルダーを上着のポケットに入れて店を出た。
女子はまだまだ下着を選んでいるようで、出てくる気配がない。こちらに気付いたミーナがあと30分で出ると約束したので別の店で時間を潰す。次の店はタオルの専門店で、セルヴィエット(タオル)というシンプルな名前が自信の強さを窺わせる。
「洒落たのがあればそれも買ってやろう」
「それをルシャが体育の後に使うことを想像してみろ…」
「あぁ、素敵だぁ」
(俺のプレゼントしたタオルに体育を終えたルシャの汗が移る。彼女の匂いをたっぷり吸ったそれは着替えを入れた袋の芳香剤となり、留まらずに袋の口から漏れたのが鞄にまで浸透して、ふとした瞬間に俺の鼻にまで伝わるのだ」
「きめぇ…」
「お前が想像しろって言ったんだろうが!」
途中から発声していたのでラークとロディはドン引きした。ルートはその妄想のままに柔らかで肌触りの良い最高品質のタオルを選んだ。
「おぅ、これ俺の知るものと値段が桁違いだ」
一般的な量産タオルは1枚100セリカ前後だが、このタオルは1枚1500セリカとお高い。日本人が買いに行くには3100円が必要だ。
「それを迷わず買うんだね」
「俺は使わないけどルシャが使うならそのくらいが相応しいだろう」
「まあ…そう…かなぁ」
一般的な高校生として見ている2人は同意しなかったが、プレゼントならそのくらいの値段が妥当だとルートは思っているので問題ない。
「まあ汗はさておき喜んでもらえるなら金は惜しまない。勲章の副賞で潤沢だからな」
勲章持ちのルートは副賞の大半をダテの活動資金としている。そのため自分の旅費を出せるし、大好きなルシャにプレゼントをする余裕がある。
「よーし。でけぇのも買おう」
バスタオルを使うルシャを想像するとまたニヤニヤしてしまうのでそこそこにして3800セリカのバスタオルも買った。ルートの師匠愛の爆風を受けたラークとロディもそれぞれミーナとリオンにタオルを買うことにしたのでルートの鞄がタオルだらけになった。そんなに頻繁に顔を拭かねばならないくらい汚れるのかという疑問から彼の行為について様々な議論が始まりそうだが、釈明1つですべて解決する話だとしたルートは気にしない。
鞄の中をタオルだらけにしたルートに対して弟子は鞄の中を下着だらけにしていた。大満足といった表情をしている女子と合流してから昼食の場所を探す。軒先の看板やガラス越しに見える店内の雰囲気で選んでもよいが、観光に来たのだから誰もが高く評価する名店に行きたい。
ファリーヨはヴァンフィールド北部で最も人気の観光地であるため、案内所が充実している。付き添いのガイドを雇うには金がかかるが、情報を得るだけなら無料だ。ルシャの顔を見た職員は高校生の経済力に合わせた店ではなく、最もお勧めの店を紹介した。
ファリーヨの中央にある料理店はドレスコードを必要としない店の中で最も優れているとの評価を受けたレストランで、野菜も肉も魚も、ありとあらゆる料理を作ってくれるというので迷わず行ってみた。有名人が仲間を連れてゾロゾロと歩いているのはこの観光都市ではあまり珍しくないようで、人々が集まってサインを強請ることはなかった。
テーブル席は6人までということで、席代を払って奥の宴会場に入った。掘りごたつの机を囲んだ8人はこの席を買った人のみが注文できる宴会コースというメニューを見つけて瞳を輝かせた。
「すっげぇ豪華じゃん。メシが次から次へと出てくるんだよ?」
食べることに躊躇のない三が日のルシャがこの充実のラインナップをすべて食べる気を起こしたため、彼女が腹を満たしたときの笑顔を見たい仲間たちも同じものを頼んで食べきれなかった分を彼女にあげることにした。
最初におつまみサイズの漬物が来た。量の少なさはこれから大量に来るという予感をさせるためのもので、じっくり丁寧に味わう。漬け汁にこだわりアリということなので、知っている漬物との味の細かな違いを感じながらいただく。
「しょっぱすぎないし苦味がなくていいね」
「スッキリした味付けだね」
「俺が好きなやつだ」
概ね好評で、次の料理にも大きな期待がかかる。次に来たのはメインの鍋で、火の通り具合を客に委ねるためスープと具を別に届けた。
「こんなにくれるの!?」
「ええ、これで1人前です。これと、これで」
「ほぇー」
女子高生にキラキラした目を向けられた店員は赤面したのを隠すように次の皿を取りにいった。それを見逃さなかったミーナはルシャの影響力の大きさに対する評価が過小だったのではないかという何度目か分からない反省をした。
「行く先々で店員とかをちょっとフワッとさせるんだよね」
「そりゃ魔王を倒してもらったわけだし」
「いや単に可愛いからだろ。もし魔王を倒してなかったとしても『あっ、ちょっと気になるな』ってくらいには思うんじゃね?」
「一理ある」
ルシャに対する『可愛い』には諸説あって、顔がいいという意味で使われないときもある。ミーナの言う可愛いというのは振る舞いのことで、顔がいいとはこれまでたった数回しか言っていない。しかしルートは顔がいいという意味で使っている。
「本人の前で言うのアレだけど、なんかねぇ、クセ?っていうの?」
「ミーナみたいに直感で『可愛い!』ってはならないけど、見てるうちに魅力がじわじわ心に入り込んでくるって言うか…」
「独特の顔って言いたい?」
「ってかねぇ、なんだろう…垢抜けなさ?」
「野暮なんじゃねぇか!そうだよ田舎娘だよ!」
しかし腹立たしくはない。ルシャは自分なりに自分の顔について考えていて、確かにいまラークの言ったような直感的な可愛さこそないものの、刺さる人には刺さるクセのある芋っぽさがあると思っている。『芋』というワードが出てこないのは、きっと仲間が気を遣っているからだろう。今更遣う必要はないのだが。
「地味とは違うんだよね…けど、ミーナは直感的に可愛いってお前も分かるだろ?」
「わかる」
ミーナが落ち着かなくなって隣のリリアに隠れるように密着したのでリリアは先輩の胸が意外とあることを感触で知った。
「王都やらここやら都会の男性は都会の女性に慣れてるわけで、ルシャのようなちょっと芋っぽい顔立ちがクセになるんじゃない?と分析するよ」
「なるほどね…まあ、そういう深い?考えのもとに私を気にしているなら問題ないね。見た目ってよりは行動とかを見てほしいけどね」
ルシャの生涯の目標は好かれる作品を売ることだ。それさえ叶っているのなら容姿のことについて何も言われなくてよい。
「まあたぶんあの人もそういう理由でドキドキしたんだろうよ…なんかミーナがとばっちり喰らって赤くなってるけど大丈夫?」
「すいませんね、可愛いって言われ慣れてなくて」
「ウソつけ!」
「あたしだけで100万回くらい言ったぞ」
ミーナが可愛いというのは誰もが認めることで、ミーナは言われ慣れているはずだ。しかし男子にも言われることには慣れていなかった。
「お待たせっす」
先程の店員ではなくチャラ男みたいなのが来たのでルシャとアイは海でのことを思い出して警戒したが、このチャラ男は仕事中だ。
「おぁ、ルシャさんじゃないっすかぁ。かわゆー」
「あざっす。お兄さんチャラいっすね」
「軽快さを売りにしてるもんでねー。お友達もかわいいっすわぁ」
「えへへ」
男子がチャラ男を睨み付けているのにチャラ男は全く気にせずにルシャたちと軽快なトークをしている。しかし皿を置き終えたならすぐに次の皿を取りに行かねばならないため、長く居続けることはなかった。
「殺していい?」
「ダメです」
食事に集中するべきだ。
「うまいねぇ」
「冬に鍋は合うねぇ…スープおいしい」
だしと醤油の絶妙なバランス云々のおかげで具が美味しい。メインに据えられたものが美味しければたいてい満足なので残るメニューもデザートも何もかも美味しくて大満足だ。昨日とは全く異なる暮らしに思わずこんな感想が出た。
「昨日素直にファリーヨ戻っときゃよかったねぇ」
「まあ、アレもいい体験だろ。あそこが拠点化できることを知ったわけだし」
「探り探りな感じは否めなかったけど、風呂から寝るところはあそこじゃなかったら正当化できないだろ。いいんだよ、あれで」
「私は今日もそういうのがいいっすけどね!どうっすか師匠、一緒の部屋で」
「ちょっとは遠慮せい」
この人たちの前で堂々と2人で一緒に寝ると言えば何をするのか簡単に言い当てられてしまう。ルートはルシャを諦めないためにリリアの過剰な接触を避けようとしている。
食後、ホテルに戻った一行はホテルの風呂に入ることにした。もちろん男女別で、残念ながら昨日と同じように好きな子と一緒に入ることにはならなかった。しかしルートに限ってはいい思い出ができた。
「師匠、今日買ったやつさっそくお披露目っす」
「下着のこと?」
「へへっ、ちょっとこちらへ…」
最上階の廊下の途中にある休憩スペースの本棚の裏に師匠を連れ込んだリリアは寝間着のボタンを胸元まで開けて下着を見せてあげた。こうすることでルートは少し彼女に靡く。
「お…」
「師匠に真っ先に見てほしかったんですよ…」
「そうか…なんだ、いいね」
「幸せ?」
「うん…けどみんなにバレたらヤバいから戻ろう」
このときルートとリリアは知らなかった。夜な夜な2人で抜け出した仲間を監視する手段をルシャが既に発明してしまっていたことに…魔法って怖い。




