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えっ、私が勇者になるんですか!?  作者: 立川好哉
第2部・2年生編
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156・ダガー堕天使ダガー

 ルシャとアイは今、フランの家にいる。冬休みが始まっていろいろやりたいということで、わざわざジュタにあるミーナの家に行って会議に参加するのだが、今日はルシャの気分が明るくなかった。

「だるいなぁ…」

「どうしたの…?」

 アイが不安になるほどの豹変ぶりを見せるルシャは、ソファにだらしなく寝そべって丸出しにした腹を掻いている。その腹は相変わらずたぷたぷで、ヘソが肉に埋もれている。

「ルシャ、リオンに運動しろって言われてるでしょ。今日は行かなくていいの?」

「休みだよ?休まなくて何するってんだ」

「えぇ…?」

 アイは困ってしまったが、朝の10時にはフランが家にいないので自分の力で解決するしかない。このままでは午後の会議に参加することも難しいのではないかと思う。

「はー、折角お母さんの家にいるんだからなんか豪華なもんとかないのかな…」

 起き上がるのにもアイの手を借りないと怠いそうなのでアイが手伝うのだが、ルシャのすることと言えば食料庫を漁って美味しそうなものを探すことだった。リオンは蛋白質多めで炭水化物少なめのメニューを考えてくれたが、ルシャはこの家で実践するときには余計なものを加えているためなかなか痩せない。どころか太っているようにも見える。


 ハンバーガーがなかったのでガッカリしたルシャは、食料庫の扉を閉じて踵を返した。

「昼まで寝るわ。会議に間に合うよう起こして…」

 ルシャがノソノソと部屋に戻ってしまったのでアイは呆れ果てた。ただ、会議に行く気ではあるので許した。リオンにたっぷり叱ってもらえば矯正されるだろうという期待を持って…

「はぁぁ、お姉ちゃんの面目丸つぶれだよ…」

 冬休みだからと言ってだらけると落ちるところまで落ちる。ルシャが誓いを破ってルート好みのぽっちゃりになってしまうのを避ける使命を感じているアイは頭を抱えた。自分が叱ってやらねばならないのかもしれないが、姉妹関係に亀裂を入れたくないのが最優先だ。気の弱いアイには甘やかすことしかできない。


 アイは悩んだ末に知識を得ることにした。王都にはたくさんの本があって、その中にはダイエットの本もあるだろう。これまでに数多くの人が挑戦しては成功したり失敗したりしてきたのだから、蓄積されたデータを見るだけでもルシャを矯正するためのヒントを得られそうだ。アイは昼前に戻ることを条件に財布を持って出発した。


      ☆


 ルシャがよくリオンに甘えているのを見るとルシャは甘えん坊だと分かるが、フランの家に来るときは家事をするよう言われている。これまでの数日はしっかりやっていたのに、今日になって急にあんな様子になってしまった。もしかしたら負荷が限界を越えて幼児退行のようなことをしてしまったのではないかとアイは分析した。

(だとしたら私が代わりにやるしかないか…)

 甘えることがルシャに必要なことならば、それを咎めてはならない。気の済むまでやらせてあげて、復活したら埋め合わせをさせればよい。普段のルシャの頑張りに対して報酬を与える気を起こしたアイは、これまでの厳格な対応を排してルシャに味方する態度を選んだ。ただ、ダイエットの本は買う。

「あれ、ルシャ妹」

「アイです。お姉ちゃんがだらしないので、本を買いに来ました」

「ん?まあゆっくり見てってよ」

「お姉ちゃんは痩せたいのに朝からだらしなくて、このままだと太っちゃいます。どうすればいいですか?」

 アイの悩みを聞いた店員は当たり前のことを言っても解決しないと返されたので、奇策を考えねばならなくなった。

「うーん…家でできる軽い運動を続けるとか、散歩に誘って歩くとか…強度の低いものなら嫌がらないんじゃない?」

「そうだと思うけど、今のお姉ちゃんはすご~く…太いんです」

「そうなの?そんなにデカい印象はなかったけどなぁ。じゃあ軽い運動じゃダメなのかな。食事制限は?」

「いっぱい食べるお姉ちゃんが食べちゃダメって言われたら狂うでしょう。魔法で街をめちゃくちゃにしちゃうかも」

「うへ、それはマズい…うーん、俺には思いつかないなぁ。もういっそ太ってることを認めて、それがルシャとして付き合ってくしかないんじゃね?」

「うん…どっかで痩せるために本腰を入れてくれると思いたいです」

「そうだね…好きな人が痩せてるほうが良いって言えば変わるかなァ」

「好きな人…分かりました。相談してみます」

 アイはいくつかの策を得たので会議に行くついでにノーランに会うことにした。彼がルシャに痩せろと言えば彼女は痩せようとするかもしれない。ただ、ノーランが面と向かって痩せろと言うだろうか…


       ☆


 帰ってきたアイは腹を丸出しにして寝ているルシャに布団を被せて溜息をついた。

「服が入らなくなることもあるってのに…」

 本当にだらしなくて何もできない自分が憎くなるくらいなのに、ルシャには改善の意思がないように見える。アイはその傍で本を読み始めて在り来たりな知識を得た。これほど誰もが運動や食事制限に言及するということは痩せるのに決定的な要素なのだろうが、難度が高いから痩せられない人がいるのだと思うと有効策とは言い難い。

「うーん……」

 アイは本を読んでいるうちに眠くなってしまったので少し早めに家を出ることにしてルシャを起こした。不機嫌なルシャはゆっくり立ち上がるとふらついてアイに抱きつき、そのおかげで少し機嫌を良くしてからジュタへと飛んだ。

「ルシャ、具合悪い?」

「んーいや、なんか動く気にならなくてね…冬だから布団に入ってたいってのもある」

「なるほど…確かに寒いから布団の中にいたいけど、だらしなくしてるとちゃんとしなきゃいけないときにできなくなりそうだよ」

「そうだねぇ…まあ最悪手術で脂肪を出せば痩せるからいいんだけどさ」

「ダメでしょ…ルシャ、おっぱいよりお腹が出っ張っちゃうよ?」

「いかんねぇ…頃合いを見て動こうとは思ってるよ。けどさ、たまには丸1日休みたいじゃん?」

「わかる……」

 この飛行で少しだけカロリーを消費したのは朗報だ。キルシュ邸に行く前に飲食店に入った2人は米抜きのビフテキセットを食べた。

「うめぇー」

「おかわりはしないからね?」

「んー」


     ☆


 満腹にならなかったせいで少し不満げなルシャを連れてミーナに会うと、ミーナは友人の怠慢に敏く気付いて指摘した。

「お、お前いいもの食ってんな?」

「なんで?」

「このリボンの長さが前回と違う。太ったってことだ」

「うぐ…よく気付くね」

「まあいいさ。リオンとジオゴに裏切りと見做されるのを覚悟しているのなら、好きなだけだらけるがいい」

厳しい言い方にカチンときたルシャだが、ミーナはそれこそが自分にできる愛だと言って理解を求めた。彼女は友人を堕落させないためにお節介を焼くと言う。

「私がその役目を負わなくなるのは、あんたが諦めたときだ。痩せたいのに痩せられない状態であるならば、私はまだいろいろやれる」

「ごめん……ぜんぶ私の甘えなのに」

「言い過ぎるのは良くないかもしれないから、私はさっき自分で言ったことにちょっと心を痛めたさ」

 厳しい言葉をかけたくなかったミーナの苦悩を察したルシャがもう1度詫びて痩せたいと言うと、ミーナは冬休みの予定が1つできたと喜んだ。

「泳ごう。うちの温水で」

「うん…!」

「…ちょっとお腹触らせてもらっていい?」

「そこは胸だぞ」

 ルシャが太ってもミーナは相変わらずなのだった。




 野郎が来たのでミーナは胸を触るのをやめたが、触られていなくてもルシャがさらに太ったことは気付かれてしまうのだった。ただ、男子は気を遣って言及しないでいる。

「冬こそ運動だ。たいていは軽めのもので、たまにちょっと激しいのをやるくらいだな」

「ちょっと激しいの…?」

「期待してるようなもんじゃないからな。運動強度のことだ」

「あぁ、うん、分かってたよ」

 水泳をやると聞いた男子は狂喜乱舞したが、ルシャを痩せさせるための本格的なトレーニングだと聞いて表情を変えた。

「真面目に泳ぐってことか」

「それでもいいけどな、俺は」

「だろう?楽しくなることがあるなら是非提案してくれよな。他には区の体育館借りるとか、他の地域にまで行くとか…恒例のも残らずやるぞ。なんてったって時間があるんだから。エアレースは?」

 エアレースは1年で1シーズンをやるので毎週やらなくてもよい。冬季は降雪の懸念から試合数が少なくなっているため、冬休み中は最終週の1度しかない。たいてい暇なのでいろいろなことをしても時間が余る。

「よろしい。じゃあもういろいろやりまくってやろう。遊ぶことで良い感じに消費するかもしれないだろ」

「そういう痩せ方なら大歓迎だよ。でも太る催しもあるよね。餅つきとか」

「あはは…それは否めない。だからその前に痩せといて、食っても『痩せる前より太った』って状況にしないようにすりゃいい」

 現在のルシャの体重はおよそ50kg。相応しい身長は最低でも155cmくらい必要だが、ルシャはそれより約10cm低い。ぽっちゃりという言葉で片付けてしまうと健康に害が生じかねないため、真剣に考えて痩せねばならない。ただ、そのことに冬休みを費やすのが苦痛であってはならないため、楽しく痩せることを徹底する。

「各々家族と過ごす時間もあるだろうから密にはしないけど、去年よりは増えるから覚悟してくれよな。予定は早めに伝えて共有すること。まあ私たちだからすぐに集まれるでしょ。手紙を使ってもいいし」


 ざっくりした案が議決したところで最初に何をするかという話になり、まずは運動だということでプールが提案された。ミーナは頷いて明後日に開催することを推奨した。

「次の日から年末まで家族で旅行なんだ。年越しはダテでやる気だけどね」

「じゃあ明後日にしよう。明日でもいいけど」

「俺明日がいい。ミーナと同じ日に俺も旅行の予定があって、前日は準備とか買い物とかしたいんだ」

「そうかい。まあ明日でも、なんなら今日この後でも構わないよ。水着を新調したければ今日じゃなくて明日がいいかな。私は露出の少ない、つまらない水着を買いに行くよ」

「だったらみんなそうしたほうがいい。俺らがずっと水の中にいなくて済むようにな」

 えっちな水着を見せられると男子は座っているか水の中にいるかのどちらかに徹しなければならないため、スクール水着よりも芋臭い水着を所望した。しかし一人だけそれでも落ち着かなさそうな奴がいて、そいつは黙していろいろ考えていた。

「ルートくん?」

「さっきから黙ってるけど、予定合わないの?」

「いや違う。俺はたいてい暇だ…その、ルシャならどんな水着でもすごいんじゃないかって思っただけだ」

「まあねぇ」

 男子は同意して緩く頷いたが、女子はそうではない”すごい”ことを考えていた。

「お腹が…」

「あぁ、ハムみたいになるって言いたいのかい?なるね、たぶん」

「いや、その…」

「いいさ。もはや醜態を晒すことは避けられないんだ。恥をかいてそれを嫌うがために痩せる気を増幅させる。私にとっても最善の策だろう」

「…怒ってる?」

「いや、もはや誰も興奮しないで心配するほどの肉だからね。ドン引きされて私がもう2度とこんな気分になりたくないと思ったら成功だ」

「なるほど…まあその、あまり悪く思わないで。楽しくやりたいから」

「そうだね。ごめんね、なんか気分悪いみたいな感じになって…それともお前ら、興奮したいの?」

 なんだか収まりが悪いのでルートが積極的に良いオチをつけようと挙手した。

「俺はしたい!」

「よし、じゃあ嫌というほどさせてやる。お前は肉が好きだからなぁ…肉に挟まれて窒息するがいいさ」

「どこの肉!?」

 ルートがおちゃらけたおかげで場の雰囲気がなんとなくいつもの感じになったのでミーナは彼に心の中で感謝してから明日の開催を宣言して解散とした。




 帰ろうとしていたルシャはルートに呼び止められてこんなことを言われた。

「俺は今のお前のままでもいいと思ってるから、みんなと足並みが揃わないかもしれない。けど忘れるな、お前がもし自分のことを嫌うようになっても、俺はお前のこと好きだからな」

「私はね、みんなが真剣に考えてくれたのに真剣になって取り組めない自分に苛立ったんだよ。自己嫌悪ってやつだ。こうして反省したところで、明日には戻ってやしないだろうか…」

「その不安があるなら俺が毎日王都の家にまで行ってメシ作ってやろうか?お前がデブって言われる以上に健康のことを懸念した俺は料理の本をいくつか買ったんだ。なんなら作って効果を試しもした」

 恋人のためならそこまでするのが当然だと胸を張ったルートはまだ恋人ではないのだが、その態度に感激したルシャは弟子の背中を激しく叩いて感謝してから彼の期待に応える水着を着たいと強く思っい、家に帰ってすぐに選んだ。

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