153・ダテ弟
ルートは言った。
「俺はぽっちゃりとデブの間が好きなんだ」
と。
ルシャは言った。
「現状に甘んじてはいけない」
と。
つまりルートの好きにルシャは沿えないということだが、それはルシャにとってどうでもいいことだった。おそらく、明日のルシャを見たルートは血の涙を流すだろう。
男子が忙しいと言うのでダテ女子だけで、今日は珍しくレスティア家に集まっている。いつもはジオゴがイケメンなのに砂や土に汚れている友人を呼んでくるのだが、今日のジオゴはダテに拘束された。
彼は球技祭の準備期間にダテのバスケットボールのコーチをして優勝へ導いたことが評価され、今回ルシャのダイエット計画に関与できることになったのだった。おっぱい姉ちゃんを傍で見られることは彼にとって大きな幸せで、それをこのような言葉で表した。
「汗臭い野郎より遥かにいい。やると言ったからにはとことんやるからな」
「お手柔らかに頼むよ。体力がないもんで」
「お前、姉が見ていることを忘れるなよ?」
リオンの監視下ではルシャにいたずらできない。それだけが悔やまれるが、ジオゴは致命的なバカではないのでその頭を使った。真摯に取り組んでルシャの好感度を稼げれば、彼女のほうからいいことをしてくれるかもしれないと考えたのだ。
☆
ジオゴはルシャが遊びに来た日の夜、姉にこんな質問をしていた。
『ルシャ姉ちゃんってどんな人が好きって言ってた?』
『強くて優しい人だってよ。お前は運動できるけど強いわけじゃないし優しくもないな!』
『強いだろ?試すか?』
『女の子に暴力はルシャが嫌いだって言ってたぞ?』
『ちくしょう…保身のためにルシャ姉ちゃんを使いやがって』
☆
強くて優しい男を目指して頑張ってきた結果恋人を得たジオゴだが、心の数割はルシャへ向いているようだ。頻繁にリオンから彼女の近況を聞くほどのファンを自負する彼は、今回の作戦について全面協力を表明している。それなら協力以外のことをしないように見張っておくべきだとする姉が隣に座っているのは、弟のことを気にかけているからだろう。
「よーし、じゃあまずルシャ姉ちゃんの現状を教えてくれ。どれくらい体育ができて、何が得意で何が苦手で…それがどうなれば目的達成なのかも」
開始早々の言葉がエロ目的でなかったことは姉たちの高評価を得た。真面目に考えているアピールに成功したジオゴは負荷の少ないものから始めるよう頼まれたので、軽いランニングから始めることを提案した。
「女の人につく脂肪は落ちにくいと言われている。負荷の高いことを毎日やったら痩せるだろうけど、意欲が続かないと思う」
「その通り。なんなら負荷がそんなになくてもやる気がしないよ」
そう言われたジオゴは自分の管轄外になっても構わないという姿勢でやることにした。
ジオゴは管轄外の食事療法を考えた。ルシャには偏食の傾向があるというのをリオンから聞いていたからだ。
「いきなりドカッと落とすのは不健康だしイライラするだろうから、量を変えずに食べるものを変えよう。肉ばかり食べてない?蛋白質はいいとして、脂肪を摂り過ぎるのがよくない」
肉を制限されるだけで強いイライラを感じそうだという懸念がルシャにはある。その対策について問われたジオゴはしっかり考えていた。
「足りないのは野菜か?あるいは摂りすぎてるのは脂質じゃなくて炭水化物かもしれない。よく食べてるものは好きなもので、それが少なくなるのは嫌かもしれない。けど、あまり好きではないものを食べるときは友達と一緒に食べるといい。そんなに美味そうに思えなかったものでも美味しく食べられるもんだ。俺がそうだったように」
実体験を根拠にしていることには信頼を持てる。ルシャはジオゴのように友達と楽しく食事をしたいと言って彼のプランを受け入れた。
「よし、じゃあ夕飯のときに俺と姉ちゃんがそっちに行って一緒に食う。ルシャ姉ちゃんは好きな人を呼んでくれればいい。テーブルを囲えなくならない程度に」
面白い考えだと思ったミーナも参加を決めた。彼女はジオゴの意見を参考にして健康的な代替を確保する考えだ。
「完璧だ。食事療法を主に、気が向いたら走ろう。もちろんルシャ姉ちゃんに合わせる」
「おかげで楽しく痩せられそうだよ。これだけやってもらったならちゃんと結果を出さないとね」
その気になってきたルシャだが、腹が減ると肉が食べたいと言い出した。
「具体的な代替って何さ」
「野菜…と、赤身肉だな。魚の赤身でもいい。脂肪や炭水化物を少なく、蛋白質を多くしながらビタミンを摂る。そんで運動する。これが俺の知る完璧な健康維持法だ」
「あたしらが当たり前のようにやってることだね。私たちの元気の秘訣はこれなのさ」
習慣化することで当たり前のように健康になれるのなら早いうちにやっておきたいというルシャの意欲を汲んだリオンは、レスティア家のいつものメニューを紹介した。
肉と野菜が多めというのがルシャの持った第1印象だ。それゆえ非常に好感を持っている。これなら家でも嫌がらずに食べられる。
「早い話がソテーを作っておけばいいんだ。爽やかなのがよければ違う調理法をやる。でもソテーって夏でも食うだろ?」
野菜たっぷりのサラダには鶏ササミが解されて入っているだけでなく、カニカマも入っている。これだけでもそこそこの蛋白質を摂れる。それに加えて豚肉のソテーとマグロの刺身があるのだから最高だ。ちなみにマグロの刺身はジオゴが買って来てくれた。
「炭水化物は無駄に摂らない。うちは蛋白質至上主義だ」
「ってか蛋白質の豊富なものって美味いよね」
「そうだね。どうしてかは知らんが」
ミーナも同意したのは意外だった。金持ちは脂の乗った食べ物が好きという偏見があるからだ。
「脂って美味いか?赤身のがずっといいだろ」
「そうだよねぇ」
美味しくいただいたルシャはお腹が膨れて大満足で、今後の運動にも意欲を示して姉弟の支援を乞うた。
「もちろん。ルシャ姉ちゃんが理想の身体を手に入れるために手伝う」
「理想の身体……あは」
魅惑のボディを想像したルシャが失笑してしまう他方でリオンがウズウズしている。
「どしたの?」
「ルシャにご飯食べさせるのって…楽しい…!」
リオンが何かに目覚めたようだ。ルシャのみならずリオンがどうなってしまうのかにも注目だ。
☆
ルシャがサッカー好きというのを知ったジオゴは、それならコートを借りてフットサルをやろうと思い立ち、いつも友人との遊びの場にしている市のスポーツ施設に問い合わせた。
「借りたぞ」
「よくやった。後で褒めてやろう」
「いや今褒めろよ」
時間をおいて褒める必要があるらしいことに深い追求は不要で、ルシャたちは早速施設へと向かった。
体育館に似ている空間にはすぐに馴染んでウォーミングアップで調子の良さを見せたルシャの左足から繰り出されるシュートはやはり1級品だ。リオンは当てる箇所がいいのだと分析する。運動が不得意故に謎の傾きができて爪先で打つ余裕がない。足を倒してスイングするため、甲に当たるのだ。筋力の弱いルシャでもそれなりの威力のものが打てる。「鍛えて筋肉がつけばもっとすごいことになる。教えたかどうかは知らんけど姿勢はほぼ完璧に見えるから、あとは狙い通りに打てるとかそういうことだな」
「ほぉん…軸足もより強くなればより威力が伝わる道理だな。よし、弟子を破壊するくらいのを打ってやる」
目標は高く。ジオゴは破壊されてしまうルートを心配しながらも、それを実現したいというルシャに膝下の振りについて教えた。
「身体がしっかりしてないのに負荷をかけすぎると痛めるから気をつけて。思うにルシャ姉ちゃんはそんなに関節が柔らかいわけじゃない。そうだろ?」
「うん。風呂上がりに身体伸ばすけど、そんなにグニャグニャ動くわけじゃないね。あんたのお姉ちゃんには遠く及ばない」
「姉ちゃんはすごいぞ。折り畳める」
小学生の頃はよくそれで遊んでいたという。もちろんジオゴも柔らかくて前屈すると掌が床にぴったりつく。
「身体の柔らかさも強さだ。痩せやすくなるのに必須と言える」
「よーし」
今日は負荷の少ない軽めの試合を何本かやっただけで、次回から徐々に負荷を増してゆくつもりだ。家ではストレッチで身体を柔らかく、そしてみんなで食事をすることで痩せる。思ったより壮大な計画になったのでルシャは周囲の期待に応えるべく頑張ると誓った。
☆
家に戻ったルシャは体重を量ってみた。今日だけで痩せるものではないが、この数字が減ってゆくのが楽しみだ。彼女より遥かに軽いアイが数字を見つめて言う。
「細いルシャって想像つかないなぁ。おっぱいは大きいままだよね?」
「少しくらいなら小さくなってくれていいけどね…少しだぞ?小さくなりすぎたら別人じゃないか」
「そうだね…お腹はリオンみたいに引き締まるのかな」
「リオンと同じ生活をすりゃそうなるんじゃね?あんなにバキバキじゃなくていいけど」
「ミーナくらいが丁度良いかな…ミーナはお金持ちでいっぱい食べてるはずなのに痩せてるね」
確かにミーナは豪華な料理も食べるくせに運動をしないので太る道理がある。しかし彼女の腹はパンツに乗っていない。
「ズルいね。脂肪のつきにくい体質なのかね」
ルシャを見ればつきやすい体質だというのが分かる。それとは異なる遺伝子の持ち主ということだろうか。
「痩せたら持ってる服が軒並み緩くなってベルトが必要になるね。体操服も買わないと事ある毎にずり落ちちゃう」
それを見たファンが鼻血を噴いて歓喜するに違いない。今のうちに細い体操服を買いに行くことにしたルシャは、健康を意識していつもより早歩きで移動するうちに靴を買おうと思い立った。
畢竟、痩せるためにはいろんなことをしないといけないということだ。
仕事が往復ビンタをかましてくるので校正作業が思い通りに進みません。どうにか間に合わせます。




