142・選ばれし民
以前話をしていた学内対抗戦の会場となりうる巨大な競技場について、キルシュ建設主導のビッグプロジェクトが立ち上がっていて、区との合意を経て建設計画が進行しているという。すべての人に対して学びの機会を与える場として教育の象徴となるならできるだけ早いほうがよいということで、資材の供給システムを急いで構築しているそうだ。
「当然ながら木材やら金属やら機械部品やらが大量に必要になるので国内外のあらゆるところから仕入れてるわけだけど、そんなに資源の多いわけではないヴァンフィールドの田舎にそんな大量の投入をするってことが王都とか他の田舎の人から『資源の無駄遣い』という意見を貰ってるんだよね」
「教育なら聞こえが良いって言ったじゃん」
「大規模なことをするなら王都に集まるっていう意識が強いんだよ」
「それだと人々の”何でも王都思想”が増長するだけじゃん」
「そうだよねぇ。だから地方を盛り上げて強みを持たせることで人の流れを向けようって動きになってるんだよなぁ」
政府の考えが国民に広く理解されていないことの証拠だ。ルシャはそんなバカ共が旧中央を作ったのだと衆愚に対して批判的な意見を持ちながらジュタ競技場計画を肯定した。「私の暴れる場所を作ってくれてるんだから反対するわけないよ。他の競技もできるわけだし」
「お前が使う度にメチャクチャになって修復することになりそうだけどな」
ルシャの魔法の規模を考えると、サッカーやラグビーに適した大きさではすぐに破壊されてその度に立て直しが必要になる。魔法とスポーツとの両立は難しいため、可動式か魔法とスポーツとを別の会場で行うことを考えるべきだ。
「学内で優勝するのにルリーさんと戦うときみたいなデカい魔法は要らないでしょ。それに先生が範囲を決めてくれるだろうから観客席を吹き飛ばすことはないよ」
「まあそうかもしれんけど…で、まだ建設は始まってないの?」
「計画の精査と資源を確保できそうかの確認が終わったら計画に従って始められる。たぶん完成は3年後とかだよ。卒業してから貴賓として招かれようや」
「じゃあそれまで学内対抗戦はないの?」
ルシャたちは今年の学内大会のために建てられることがベストだと思っていたが、よく考えると巨大競技場は完成するまでに数年かかる。
「特殊運動場でやるんじゃね?ってか全国の選考会ってことでやりゃ一石二鳥じゃん」
成績上位者を全国大会に出せばよいという意見があったので、11月の全国大会の前にそれを行うことを学校に提案するつもりだ。
「ちなみにこれまでのやり方で選ぶとして、選手は誰になってるんでしょうね」
「思い出ってことで3年が選ばれやすいけど、ルベン先輩やアイラ先輩みたいな突出したのがいないみたいなんで、去年と同じ人に我々2年を加える感じじゃないかね」
「んー、ダテで出れば勝てるんじゃね?」
「それは大いにありえる」
ダテはダテのくせに魔法の能力の極めて高い奴が3人いるのでチームとしても強い。少なくともその3人の出場は決定的だとして、他の5人には誰が選ばれるのか。
「たぶん俺らから決めて残り5枠を3年に充てるんだと思うけど、3年って去年パッとする奴いたっけ?」
ルシャ並みのインパクトを残した人はいなかったと記憶している。それなら誰でもよいのではないだろうか…というのがルートの意見だ。
「そのへんも校長に訊こう…」
今日は夏休み明け初の日曜日で全員に予定が入っていない。ならば食事会でもするかということでミーナの家に集まっている。昼食をみんなと一緒に摂ろうということなのに朝の9時に集合したので話をする時間があった。全員がやる気に満ちている。
そろそろメニューを決めて買い物に行こうかというところで、ダテに選択の時が訪れた。
「どうする?男子に買い物行かせて女子が料理するか、逆か」
「んー、うーん…料理を作って食わせたい気もあるし、作ってもらいたい気もある…」
「いっぱいいるんだから大量に作るでしょ?なら作る人が多いほうがいいんじゃない?」
アイが姉の決定を助けた。これにミーナが同意したので男子が財布を持って買い物に行くことになった。
男子がいなくなれば恥ずかしいことを好き放題に喋れるので女子は周りを気にしないトークを始めた。
「あいつら私たちの手料理ということの重要性にようやく気付いたみたいだな。機械の作るやつとは違って愛情みたいなのが籠もってるのを感じられるようになったか?」
愛情という言葉を躊躇なく使うようになったミーナの変化に気付いたルシャたちは何かキュンキュンするような事件があったのだと察したが、深い追求は無用だとした。
「私も愛情を込めてやろう。でもアレだな、軽い気持ちで使うと陳腐なものに思われるから重い気持ちで使おう」
「血とか入れるってこと?」
「重いってかそれ狂気だよ!」
好きな相手に血の入ったバレンタインチョコを贈るというのが数年前に話題になったのをルシャたちは思い出した。血は入れないものの、これまでに蓄積された確かな愛を込める。
「私はなんだかんだみんなのこと好きだわ。1年半もいればそれぞれのいいとこ分かってくるもんだね」
「なんだルシャたそ今日はやけに素直で」
「いいことあった?」
「いや、普段みんなに感謝を伝えられてないなぁって思ってね。私は魔法をバカみたいに撃ってるだけで、暮らしのことは周りに助けられてばかりだ」
勝手にしんみりし始めたルシャを訝しんだミーナたちだが、自分たちもそのようなことをしていなかったと思ったので似たようにしんみりしておいた。
「まあ、じゃあ各々への感謝を持ちながら心を込めて作ろうね」
今日は愛の日だ。この国の標語にもなっている”フラテルニテ”を最も強く感じている今なら血など入れなくても日頃の感謝を伝えられるはずだ。
男子が帰ってきたのでエプロンを着て調理を始めた。このエプロンというのも男子にとっては非常に重要で、そのことを理解している女子は時折その姿を誇示するようなポーズをとって男子を興奮させてやるとともに、自分の欲も満たすのだった。
「なんだろう、今日はなんか色が鮮やかというか、世界が美しく見えるよ」
「それは俺も思う」
「俺も…もしかして誘ってるのか?」
「誰が誰を?」
「うーん…」
男子の懊悩はたいてい女子には伝わらない。女子の気持ちも直線的でないと男子には理解できない。それゆえ人の気持ちを分かりかねる時間があるのだが、男を悩ませることができるのが女の強みと言う人もいる。悶々とする男子の前に並んだのはできたての手料理、嬉しさが爆発しそうな3人はエプロンを脱ぐところを見逃さなかった。
「たくさん召し上がれ」
「いただきます!」
猛獣のような勢いで好きな子の料理を食べる男たちは簡単に感謝の言葉を伝えるもので、好意とか複雑な思いとかの絡まない純粋な感謝に女子は心を動かされた。
「暇だってことで呼んだけど呼んで良かったわ」
「ホントね。すげぇいい休日の過ごし方してない?」
「そうだよな…ってかみんな料理上達してねぇ?」
「思った。明らかに美味しくなってる」
それは心が満たされているからとは気付かないダテだった。
翌日、ルシャたちは校長に全国大会のことを相談した。ダテで出場するというのが確約されることがないにしても、実力でトップ8になれば教師陣に選ばれるだろうとの回答を得られた。
「選考会という目的を兼ねて学内大会を開くというのはどうでしょう?」
「我々にとって1つの判断材料になるというのは確かだが、その時の状態ですべてを判断してしまうのはよくない。これまでの成績をすべて材料にして総合的に判断するということで先生と合意しているんだ。選考会にはしないけれど、大会を開くことには賛成する」
「それは確かにそのほうがいいですね。私も大会の日だけ調子を崩すなんてことを何度も考えますからね…」
「そういうことだ。総合的に判断することの正当性は君こそが担保しているのだよ」
「分かりました。学内大会をやるとして、開催日はいつになりそうですか?」
「1ヶ月後…10月中旬だろう。今は体育祭が終わったばかりだ。すぐに次の催事となると日々の勉強に集中する余裕がないだろうから、少し落ち着いたら公表しようと思う」
「そうですか。ありがとうございます」
「ああ。重要な大会だから気になることはどんどん質問してくれ。君たちは学内で絶大な影響力を持つ。意見は多いほどいい」
意欲があると理解してもらえたなら幸いだ。学内大会だけでは決まらないということなので、メンバー発表の日まで必死に頑張って8人が学校のトップ8になるしかない。
場所変わって。
「…ってわけだから、団結することは重要なのだよ」
このダテトップ8計画の最高司令官には団結を最も深く理解していそうなリオンが選ばれた。チームスポーツで活躍する彼女なら統率を学んでいるだろうし臨機応変な対応ができるだろうという理由だ。集まりやすく散らばりにくいことに定評のあるダテはこの調子で誰も取り残すことなく高みを目指す。
「一緒にいたいという気持ちが強ければ劣っていると思っても腐ることはない。特訓にも耐えられるよね」
「おう。誰か欠けたら連携がとれずに優勝できないかもしれなくなる。選ばれなかったばっかりに迷惑をかけたという罪悪感は半端ないだろうな」
緊張感が漂う。この固い誓いを胸に壮行会まで成績向上を図る。
生徒たちは全国大会ではなく学内大会での優勝を目指して魔法実技に重きを置いて頑張っている。ルシャの与えた影響はダテに留まらず学校全体に及んでいて、彼女に比肩できないにしても自分の限界を高いところに見るようになって勢いが増した。魔力に密接に関係している体力や精神力を鍛える生徒もいて、多角的なアプローチで強くなろうとする姿勢には先生や保護者も感心の声をあげている。
「ママ様も私がこんなにできるようになるとは思ってなかったみたいで、私が学校の話を多くするようになったことを喜んでたよ」
「ミーナのママ…料理人なんだよね」
「そうだよ。私が頑張ってるって知って奮起したみたい。前より精力的にやってる」
「いい影響があったんだね。それなら私は嬉しいよ」
ルシャは魔王を殺して影響力を持つようになったことで振る舞いを改める必要に迫られると懸念していたが、これまで通りの自分本位の行動でも周りに良い効果を及ぼしていると聞いて安心した。これほどに素の自分でいられるのは周りと波長が合うからで、だからダテを好きになった。
「もっと強くなって激しい戦いをすることってワクワクするし、その感動だけのために頑張って特訓してる奴もいる。高みにいるお前が周りに向上心を生んだんだ」
「私はこれといって焚きつけるようなことを言ってないけどね」
「並びたくなるんだよなぁ。見た目のためか、なんかいけそうって思うんだよ。あと、そうしたいって強く思うんだよ」
「見た目?」
魔法の腕前で比肩するだけでなく、友として傍にいたいと思わせるのは魅力と言うほかない。ルートはすっかりそれに惹かれて傍にいることに成功している。
「お前の魅力に気付いてから、2人で大したことない雑談をしながら一緒に買い物をするようになったらいいと思っていたんだ。それが叶ったときの盛り上がりといったらもう言葉にできない」
ルートはルシャと一緒に買い物をしたときのことを思い出していた。その笑みが仲間に彼の感じる幸福を伝えている。
「…まあ誰もがルシャと一緒にいたいと思ってなくても、各々に好きな人がいてその人に褒められるために頑張ってるってのもある。ルシャを目指すことでその基準を上回れるかもしれない」
「学校に慣れてきたら恋愛したいって奴はいるからね。2年になって付き合ってる奴が目立つようになったし、クラスにもいっぱいいるし」
「だね。身近な奴がイチャつき始めてちょっと焦るわ」
ミーナとラークがその例である。恋愛の味を知ることも高校生のうちに経験しておくべきと思う若者はそろそろ勝負に出るときだと言うが意中の相手には言わない。
「じゃあまあ我々も好きな人にいいところ見せるために頑張ろう」
これから彼女らの関係はより深く、より近くなることだろう。
ダテのイチャイチャ回です。この先ダテはさらにイチャイチャしますが、18禁ではないのでどっかで留まります。




