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えっ、私が勇者になるんですか!?  作者: 立川好哉
第2部・2年生編
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138・その頃バカどもは…

 師匠が思い出したことで弟子は王都に連れて行かれた。

「やーっと連れて来られたよ」

「楽しみっす。2人の携わるエアレースですもん」

「そうだろ?あんたを誘うのも私らだからってことで運営が許してくれたよ。そんな2人の携わるエアレースだよ」

 ルシャは誇らしげだ。誇るだけの理由があるからだ。

「救護ってことだけど、運営は我々に異常な期待を寄せてるから、事故が起きそうなときには魔法を使って未然に防ぐ。そのためには常に見ておかないといけない」

「緊張感がないとダメってことですね。いいでしょう。最初だからどんなものかを終始見たいですし、私がちゃんとやってるってことを運営に知ってもらいます」

 人数が増えれば安心感も増すというのが普通の考えで、ルシャとルートはリリアが加わることで運営がさらに満足すると思っている。

「特強みたいなのがもう1人いるなんて驚くだろうなぁ」

「いやぁ私が特強だなんて。ルシャ先輩ほどじゃないっすよ」

「いや特強ってルシャほどじゃなくてもなれるから。全員魔王殺せたら怖いでしょ?」

 正式な特強であるルリーとドニエルが殺されはしなかったものの魔族との戦いで力尽きているのだから、誰もがルシャのように魔王に勝てるわけではない。リリアはルシャこそが特強だと思っているため、特強のことを高く見過ぎている。

「勇者候補を決めるのが特強を定める目的だったからもうないけど、フッカーズ・ヒルで戦ってるのを偉い人が見てたら特強認定されたと思うよ」

 ルシャとリリアの戦いは中央の人であるルリーが見ていた。あんなものを見せられたら認定するしかないと言われるだろう。そしてそのリリアより強いルートは間違いなく特強になる。

「ルシャに招待を出したのってすげぇ勇気あることだよなぁ」

「そうか?特強なことを除けば普通の高校生だぞ」

「特強は特強でもとんでもねぇ奴じゃん。それを国家級ならともかく始まったばかりの競技の運営が誘ったんだぜ?」

 芸能界の大御所を地方のローカル新番組のレギュラーメンバーにするようなものだろうか。それが通ってしまったのだから運営はラッキーだ。しかも芋づる式に2人加わった。


 王都に到着するとホテルが既に予約されていることをいいことに少し観光することにした。そろそろ夏が終わるので寒くなる前に秋向けの服を買っておきたいそうだ。ルートは女子向けの衣料品店に連れて行かれて満更でもない顔をしている。

「秋の服かぁ…どういうのがいいかな?」

 弟子に意見を求められたルートは去年のルシャを思い出した。しかし去年の秋は魔族の活動が激化していてあまり余裕がなかった。

「ってか大会近いじゃん」

「お、そうだな…」

 全国の勇者学校が集って魔法を競う大会は今年から勇者候補を発掘するためではなく、生徒の学びの機会のために開催される。去年選手になれずに悔しい思いをしたルートは今年は選ばれると予想されている。

「で、服は?」

「あぁそうだねぇ…こういうのがいいかな?」

 半袖が長袖になって薄手ではなくなるというシンプルな変え方でもいいが、重ねることで秋っぽさを出したいというのがルートの考えだ。まずは制服の上にニットのベストを着ることから始める。

「下は…まあ、覆えばいいんじゃね?」

「そうしよう。よかったな、タイツになればパンツ見やすくなるぞ」

「見せてくれないくせに」

「見たけりゃいくらでも見せてやりますよ!?見ます!?」

「こらこら、簡単に見せるもんじゃありません」

 余計なことを、と師匠を恨んだルートだが、そう簡単に見られてしまうと価値が下がるというのを思っての発言なら師匠に感謝すべきと思って口を閉じたままだ。

「とにかく、暖かそうなのがいいなぁ」

「じゃあ長袖をいくつか、あと上に着るのもいくつか」

 ルシャは思うがままに試着して好きなだけ買ったので両手が紙袋で埋まったどころかルートに持たせるほどになった。コートまで買うとは思っていなかったリリアは師匠の師匠の経済力を恐れた。

「これで秋はバッチリだ。ルート、いま買ったもの以外のも見せてやるから楽しみにしとけよ?」

「おう、是非とも見せてくれ」

 師匠が自分に対して見せたがりになったことは非常に喜ばしいことだ。しかしルートはえっちな妄想ばかりしていた。

「師匠!下着選ぶの手伝って!」

「マジかこいつ…」

 と言いながらしっかり付き合ってやるあたりが師匠だ。

「エロ師匠だな」

「なっ、俺は純粋な気持ちで弟子の買い物を支援しようとだな…」

「ってかリリアは私に相談しろ」

「だってルシャ先輩おっきくて参考にならないんだもん」

「ルートも参考にならないだろうが!」

 ルートはブラをしない。




 結局リリアは下着を買って嬉しそうに服の上から身体に当てた。そのアピールに心の領域を割かねばならないルートは落ち着かない様子でルシャに助けを求めた。

「知らんがな……リリア、そのへんにしときなさい」

「えー?折角師匠がいるのに師匠が私にメロメロになってくれないんだもん」

「私のいるときにメロメロにしようとすんな。2人きりになったときのためにとっとくんだよ」

「なるほど!さすが師匠の師匠!じゃあ師匠、後のお楽しみってことで!」

 後のお楽しみになったところでルートが振り回されることに変わりはない。この元気娘が加わるとこうもかき乱されるのだと知ったルシャは夕飯前に風呂に入ることにして湯を沸かした。

「師匠はルシャ先輩と一緒に入るんですか?」

「んなわけねぇだろ」

「ふーん、じゃあ私と?」

「そうじゃねぇよ。今日のお前すっげぇ揺さぶるじゃん」

「疲れちゃった?だったら私と一緒に入って背中流してもらったほうがいいっすよ。あ、前も流しましょうか!?」

「お前元気だねぇ……はぁ、ドキドキしっぱなしで疲れた」

 そこでルシャは弟子に一番風呂を譲ってやった。結局リリアがルートと一緒に入ることはなく、ルートは無事に疲れを取ることができた。

「本当は入りたかったくせに」

「素直になれないお年頃なんでしょ。ってかあんたはもうちょっと隠そうとしろ」

「だってマジで好きなんだもん。すべて晒してすべて知ってもらいたいんです。師匠がそうしないってことは、師匠はまだ私のこと好きじゃないってことだけど…」

 なるほど、師匠にアピールしまくればそのうちその気になるという考えで行動しているのだろう。過激になるのがルシャには不慣れなので咎めたくなったのだ。

「わかった。夜にうるさくならなければお咎めなしってことにしよう」

「うるさくなけりゃいいんですね!?」

「やる気なのかよ!」

 弟子の弟子の弾丸のような恋愛プランに驚いたルシャは自分の気持ちを確かめないといけないと思わされた。好きとは思っていないルートが急速に進展するリリアに取られたときにどんな気持ちになるか、嘘をつかずに考えねばならない。

「ふー…お前らどうするの?メシの前に入るの?」

「メシ食ってお湯入れ直すわ」

「先輩は私と一緒に入っていいですよね?入ります?」

「いいけど…」

「じゃあメシ行こうぜ。眠いからさっさと食って寝たい」

「え…」

「残念そうにしない!」

 冗談と本気との区別がつきにくいのでルシャもリリアに惑わされた。しかし連れて来なければよかったとは思わない。その夜、2人が騒ぐことはなかったし夜更かしすることもなかった。




 運営にユニフォームを貰ったリリアは師匠と同じ仕事に就いたことを喜んで着替えを済ませた。

「似合う?」

「うん、まあまあ」

「やっぱり私には可愛い服が似合うってことですね!」

「うん、そういうことにしよう。実際そうだし。で、こっから仕事だからおふざけナシで頼むよ」

 まだまだ序盤、ここで差をつけておきたい首位と差を縮めたい下位のどちらも強い意欲をもって臨む中、3人は前節と同じ場所に椅子を置いた。

「なんでお菓子あるんすか」

「半分客みたいなもんだからね。遠いところは別の人がやるわけだし、その間は食べてていいってことらしい」

「なるほど。じゃあいただきます」

 呑気なもんだと思っていても号砲が響くと急に表情を変えて目を凝らすのだ。前節で感覚を掴んだ選手はコーナリングで工夫をして有利に進めている。しかし2周目に入る頃には大きくないにしても差がついていて、下位の巻き返しに期待が寄せられるとともに事故のリスクが高まっていた。

「先頭の人速いっすね」

「あの人特強だよ」

「へー、それっていいの?」

 中央が特強に稼ぐ手段を用意したと思われることをリリアは懸念したが、観客はそのようなことを一切思わずに優れた選手の飛行に魅了されている。それは2位が圧倒的な差をつけられておらず競っているように思われているからかもしれない。

「独走ってのはあまり面白くないから、中間結果によっちゃ飛び入り許可するかもね」

「私は飛ぶほうが楽だからいいけど…飛び入った奴が圧勝しちゃうでしょ」

「特強を入れるな。私が適任っすよ…あ、でもルシャ先輩が出たほうがいいわ。手本になるから」

 もちろんこれは偽の理由である。ルシャはそれを察してリリアにポテチの袋を渡した。こうするとルートが目を空へ向けながら片手を伸ばすからだ。

「はい」

 リリアは右手をルートの左手の上に置いた。その頬は赤く染まり、とても嬉しそうな表情をしている。

「違ぇよ!お菓子くれって言ってんの!」

「言ってない言ってない」

「バカばっかかよ!」

「いいじゃんお菓子より嬉しいだろ?」

「心が満たされても腹は満ちねぇんだよ」

 ルートは隣からする美味しそうな匂いに惹かれたのだが、手に乗ったのはポテチではなかった。ただ前回とは違ってベタベタした手ではなかっただけマシか。

「手が汚れるから口を開ければ私が食べさせるのに」

「いいよ俺上向いてるから」

「むりやり捻じ込んでやる」

 リリアは集団がばらけたことを憎んで空を頻繁に見ながらルートの口の中にポテチを入れた。それをルートが食べるので餌付けの楽しさを知った。

「動物園とか行きたくなってきた。師匠、こんど行こうよ」

「集中しろ。あとで聞くから」

「リリア、あんたにも金が入るんだからね」

「よし」

 気合を入れ直した頃には1位がゴールしていたのでリリアはほぼ遊んでいた。事故なく終わったことが何よりの安心なので、3人はこの後の会議までにお菓子を食べ終えて建物へ移った。


 結果を受けた運営は下位の奮起と上位の余裕とに差があることを認めてこのままでは差が開くばかりという懸念を示した。意見を求められたルシャはスタート地点に差をつける案を示して下位にアドバンテージを付与して解決することを考えた。

「最初に飛び出た人がそのまま上位になっているのは明らかです。上位が飛び出ないようにしたときに順位が今日と同じになるか試したいです」

「なるほど…しかし上位は頑張ったから上位なわけで、頑張ったのに不利を受けるのには批判的な意見が出そうなものだけど」

「不利があるのにもかかわらず上位で終えられるなら、並んで始めるより自分の実力を示せるんじゃないっすかね」

「確かに、観客はそう思うだろうな。下位で終わったとしたなら次節は前で始められるんだから、総合的には公正なのか」

「あとは違う競技場を使うことでも順位を変えられそうな気がしますね。地形によって得意不得意ってあると思うんですよ」

「それは出資者次第だな…まあ予算は余るくらいあるから、展望を示せば来年度も出資してくれると思うけど」

 2部以下のリーグの競技場を利用する案も考えておきたいが設備にかける費用が違うので1部の選手は他の競技場を利用する場合『ショボい』という感想を抱くことになる。それは選手の意見を聞いてから決めるとして、ルシャの案をシミュレートしてみることになった。

「今日から来たキミはどう思う?」

「リリアです。経路の見直しというのはどうでしょうか。少し観客席から離れることになったとしても、直線が少なくなれば駆け引きが増えるし選手の行動計画が変わります。単純な速度で勝負しても叶わないなら、競技をより深く知っているほうが勝つような仕組みにすればいいと思います」

「確かに設備費の関係で直線が多くなっているし、計画段階で否決された意見をもう少し掘り下げることも必要かもしれない。実は複雑化っていうのは計画段階で費用の都合で却下されていたんだよ」

「お金のことは私は詳しくないですけど、予想外の収益があって設備を改善する余裕があるなら一考の余地はあると思います」

「その通りだ。すぐには果たされないとしても、来年度以降どうできるか予想を立てておこう。意見をありがとう。今日はこのへんにしておこう。また来週来てくれ」

 こうして運営の1人として認められたリリアは大きな満足感とともにホテルに戻って喜びを2人に伝えた。

「私、堂々と意見を言えましたよ!みんな頷いてくれて嬉しかった!」

「よく言ったと思うよ。ああいう大人ばっかりの場で子供が意見を言うってなかなかできることじゃない。あんたを連れてきてよかった。これから大会は改善すると思う」

「ルシャ先輩の意見もだいぶ受け入れられてましたけどね」

「現実的なものを述べたまでだよ。リリア、休日をうちらのために割いてくれてありがとう」

「いい過ごし方でしたよ。師匠は私と一緒にいられて嬉しい?」

「ん、まあ、そうだな」

「ごまかしたな?」

 実はリリアの誘惑にその気になることもあるというルートだがそれをルシャに知られてはならない。何故なら彼はリリアの言いなりになることを浮気と思っているからだ。

「お前のせいでだいぶ揺さぶられたよ…明日はゆっくり休みたい」

「寝るってことですか!?添い寝しましょうか!?」

「お前寝させる気ないだろ」

「もちろん!」

 弟子がグイグイくるし師匠が止めてくれないのでルートは今日だけでかなり疲れた。夏休みははっちゃけたいと思っているのに明日は休まないといけない。

「来週もこうなるんだから慣れておきなさいよ」

「マジで?リリア、もうちょっと緩やかなので頼むよ」

「緩やかだったらいいんですね?」

「全く触れないってのもアレだからね…」

「欲しがってんじゃねぇか」

 丁度良い距離をいまいち掴めていないルートはこれからも苦労することになりそうだ。

ダテの面々はけっこうキツい物言いをします。バカだから

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