13・闇の波動に目覚めた男と光の加護を受けた女
ルシャは今やこの学校のすべての生徒と先生が知るほどであり、その凄さ故に誰も彼女に挑もうとしない。向上心があるのならば敢えて彼女に挑んで刺激を得るというやり方を採用してもよさそうなものだが、敗北を嫌っているからかやる気がないのか、これまで2人しか勝負を挑んでいない。
1人はこの学校を代表する生徒とされている3年生のトップ、ルベンだ。総合力が高く、ルシャを除く他の生徒より多くの魔法を使うことができるため、彼を目標としている生徒がたくさんいる。
もう1人は1年生のルートだ。入学試験の成績がよかったため多くの期待を集めており、彼もそれを誇っている。同じクラスの男子は最初は彼を目標にしていた。
2人ともルシャに負けっきりでリベンジ戦をしていないが、授業参観のこの日についにルートがその申し出をしてきた。ルシャは親に態度を咎められないよう前回より言葉少なに返して対戦内容を問うた。2度も負けたくないルートの返答は驚くべきものだった。
「直接だ!」
「なっ…!」
これには普段クールに振る舞っているルシャも驚きの声をあげてしまった。直接というのは、魔法で相手を攻撃して戦闘不能にさせるということだ。死もあり得るほど危険であるため学校の授業ではまず行われないことで、すかさず先生が却下を宣言した。
「何を考えてるんだ?この学校で人を傷つけることを目的として魔法を使うことは許されていない。前回のようにタイムを競えばいいだろう」
しかしルートはこの対決に今後を賭けていて、スリルのある本気の戦いで力を示したいという。
「タイムを競うのではリアルタイム性がない。それに2人とも防御の魔法には長けている。魔力が尽きたときにはギブアップを宣言すれば攻撃を食らわずに済む。それでいいでしょう?」
「ダメだ。学校のルールに特例を作ることはできない。俺がウルシュを出すからそれを倒しきるタイムを競え」
ルートは不服そうにしながらも問題児として捉えられることを嫌って先生の指示を受け入れた。ルシャはその間どうしてルートが直接戦いたがったのかを考えていた。
「…殺すつもりなんでしょうね」
「そこまで憎んでるの!?」
「よほど悔しかったんだろうな。万全の状態になったから挑んだんだろう。ルシャ、気をつけたほうがいいよ」
直接対決にはならなかったのでルシャが危険な目に遭うことはなさそうだ。ルートが後攻を選んだため、余裕のあるルシャは先攻を認めてウルシュを消し飛ばした。ルートの自信を砕く超強力な魔法が256体にまで分裂するウルシュを容赦なく襲った。
「すごい…!」
ルシャの母が口に手を当てて驚きを露わにする。周りの親から娘のことを褒められて鼻高々になっていたのだが、その直後に感じたオーラに誰もが気を奪われた。
「ッ!?」
尋常ならざるドス黒いオーラの中心にいるルートは開始とともにオーラを無数の浮かぶ球体に分裂させ、その中にいるウルシュを分裂させることなく破壊した。
「ダメだ…どっちもタイムを計れない…しょうがない、お前ら、2回戦いけるか!?」
ノーランはストップウォッチマスターではないので1/10秒より短い時間を捉えられない。そのため正確な時間を計測することができなかった。2人が頷いたため、ノーランはこの場所を利用した1体1のアクションマジックを提案した。
「いいでしょう」
「私も構いませんよ」
双方とも余裕の表情だ。ルートがどんな状態になろうとも、学校最強の魔法使いの気分には影響がなかった。
「先攻はルシャでいいな?じゃあ、開始位置についてくれ」
ルシャが魔法で移動すると、生徒や保護者からヒソヒソと声が聞こえてきた。
「あれって5人でやることを想定しているのよね?」
「うん、でもあの2人は1人で5人分をやりかねない…はっきり言って異常者だ」
「とくに男の子のほう、明らかにおかしいわ…なんであの子の周りだけ空気が歪んでるの?」
「わかんない…」
ルシャは高いところにいるおかげで物陰に隠れていたスーツ姿の男性を見ることができた。
「あなたもそっちで見たらどうですか?うちのクラスメートの保護者さんでしょ?」
上からの声に気付いて咄嗟に身体の向きを変えた男性は無言で頷いて観衆に加わった。それを見届けたルシャは深呼吸をしてからノーランの合図とともに舞い上がった。1人では”あれ”が使える。
巨大な魔法球にキャピシュと的が消し飛ばされ、隠されていた宝石が足場に当たってカタカタ音を出した。
「えーっと?キャピシュが100と20点的が5個だから…1100点か」
「いきなりだもん…」
「大丈夫?みんな衝撃で怪我しなかった?」
怪我をしかねないほど激しい戦いをルシャは継続して行うことができる。的が復活するまでに宝石を拾い集めると、再び空に舞い上がって終幕の光を浴びせた。
「これ、本物もフィールドの広さを変えたほうがいいんじゃない?」
「だよねぇ。これやられたら他の4人役目なしだもん」
そんな声が聞こえる中で計測が終わり、ノーランが点数を発表した。
「2880点!」
「おおお~!」
怪物クラスのスコアだし、これまで大会で1人の選手が獲得した点数を大幅に上回っている。これに勝つことはいくら闇の力を得たルートでも無理だろうという声があがると、彼は一瞥して開始位置に立った。
「雰囲気的にはあの子のほうがヤバそうだけど…」
「そうだよね。闘志が尋常じゃないわ」
「ルート、勝算があってルシャに挑んだのだろうが…」
ノーランが警戒しながら開始宣言をすると、悪い予想が的中した。ルートは身体を動かすことなく魔法をフィールドに広げてすべての標的を撃ち抜くと、あろうことか観衆へと黒い魔法を放った。それを見切ったノーランが魔法の盾で防ごうとしたが、下位魔法を容易に砕く上位魔法は生徒の足元にまで到達し、数人は転倒したり友達にぶつかったりした。ルートの魔法はまるで魔法自身が獲物を欲しているかのように暴走してルシャへと向かう。対をなす光を消そうとしているのかもしれない。ルシャは上位の魔法を展開して防ごうとしたが、そのどこかに油断があった。盾を貫通した闇がルシャの肩を掠め、後方の地面を抉った。
「ぐ…」
体操服が破けて血が滲む。ルシャは初めて魔法による傷を負った。修復の魔法ですぐに組織を元通りにしてルートを睨んでも、彼は微動だにせず、ただ流れる魔法の根源となっている。
「止まれ!」
ノーランがルートを止めようとするが、魔法の弾幕に行く手を阻まれた。これほどの魔法を放ちながら倒れないルートに対して教頭が救出を試みた。彼はノーランより魔法に長けている。強固な防御結界を纏いながら近づくと、彼に触れる直前まで至った。しかし触れた瞬間、教頭は強い拒絶の力によって弾き飛ばされ、壁に叩き付けられた。
「教頭先生!」
「誘発魔法も同時に使っているだと…あれは我々の魔法ではない!」
教頭はノーランの手を借りて立ち上がり、ルートを指して叫んだ。
「悪魔の魔法だ!」
ざわつく観衆に避難を促していたルシャは自分がやるしかないと思ってルートに攻撃を試みた。鋭い光の魔法が彼へ到達すると、教頭と同じように触れた瞬間に弾かれた。
「どうすればいい!?」
「魔力が尽きるまで耐えるしかない!設備をできうる限り守ってくれ!」
校舎へ向かう魔法を阻むのに必死になっていると、防御が疎かになっていた自身へ魔法が飛来した。すかさずルシャが盾を出して防いだが、巨大魔法を3回も使っていたルシャの魔力が少なくなってきた。明らかに疲労している彼女を撤退させようとノーランが指示を出すと、そのすぐ傍を黒い弾丸が横切った。
「ッ!」
「先生!」
「俺の心配は要らん!」
ノーランがこれほどに焦っているのは見たことがない。ルシャは校舎を守っていたが、ここであることを閃いた。
「盾出させたほうが魔力削れるんじゃない!?」
「魔力が残ってなかったらあいつは死ぬだろ!?」
「そっか!」
それでも構わないと思うのがルシャなのだが、ノーランはルートを死なせたくないのとルシャを人殺しにしたくないのとを理由に却下した。彼の魔力が尽きかけたとき、加勢が現れた。
「ノーラン下がって!後は任せるんだ!」
朦朧とするまで戦った彼氏をルーシーが運んでゆく。ルシャもかなり消耗していて上位魔法を合成するのに時間をかけるようになっていた。杖の力を借りてもルートの魔力を上回れないことに憤りを感じた彼女が意地になっていると、ひときわ太い闇の弾丸が彼女を貫かんとした。咄嗟に盾を出すも貫通し、腹を捉える直前、その魔法が消えた。
「え…」
放たれた魔法は独立しているため術者の魔力が尽きても残るので、ルートの魔力が尽きたということではない。ではどういうことなのだろうか。
「…とんでもないね」
母だ。娘が窮地にあるときに黙って見ているだけの母がどこにいるのだろうか―そのような思いで魔法を消して見せたのだ。
「お母さん!?」
「危ないクラスメートがいるのね…これほどの魔力、魔族に心身を売らない限り得ることはないわ…おっと」
母へも魔法が向かう。しかし彼女は片手で盾を出してそれを防ぐ。上位魔法を防ぐということは、この盾は上位魔法だ。母も凄腕の魔法使いだということだ。
「…娘がすごいってことは母もすごいと考えるべきだったかもな」
「遺伝だな。母譲りだったか」
母…フラン・ルヴァンジュは今こそパートタイマーだが、稀代の魔法使いルシャを産んだ人でもある。それだけで只者ではないと判定される。
ルートはまだ魔力切れを起こしていないが、ここでスーツの男性が彼を止めた。
「ルート、落ち着くんだ」
「うぐ…うぅ」
「このままでは魔法に蝕まれて身体が痛む」
「あぁ…俺は…」
スーツの男性がルートに触れると彼の闇が消えた。男性が力なくへたり込んだルートを抱えてその場を去ると、ルシャや教頭はそれを追わずに混乱を鎮めることに尽力した。ルシャをよく知るミーナとリオンが保護者たちを落ち着かせてくれていたので元に戻るまでには長い時間を要さなかった。
今日の授業を担当するノーランが保健室から戻るまでは教頭が代わりを務めることになったし何よりも母が見ているので、ルシャは疲労していても眠れなかった。そのせいで放課後になると弁当も食べずに帰路についた。母はこれから保護者会に参加するため学校に残る。研究はノーランが保護者会でルシャのクラスを担当するため今日はなしだ。
復活したノーランが保護者たちの前でこう切り出す。
「はい、では保護者会を始めます。えーまあ、魔法実技ではトラブルがありましたが、我々の手に負えないことではなかったのでご安心を。もう終わったことです。ご存じの通りこの学校では魔法実技に重点を置いていますので、多くの生徒がそれを上達させようと日々特訓しているわけです…」
そこから具体的な内容へと移って一通りの説明を果たすと、保護者からの意見や質問を募った。やはり格差問題について多くの意見があった。
「各々のレベルに合わせたクラス編成をすることもできますが、実力主義な風潮があるので上のクラスが下のクラスを馬鹿にするだとか下のクラスの生徒が常に劣等感に苛まれるだとか、そのような問題が発生すると考えられます。下剋上を促して成長させる方法も全く採用されていないわけではないようですが、本校としては同じクラス、身近に優秀な生徒のいるほうがよいと思っております」
このような質問への答えならノーランの予想のうちだが、まさか保護者のいる前で1人についての話をするとは思っていなかった。配慮をしてそのような質問を避けるというのが常識だというのはノーランの思い込みだったかもしれないし、それほどにルシャという個人が強烈な印象を与える存在なのだと納得するしかない。
「特定強化対象者というのはなにかと注目を集めますし、過度な期待を得やすい立場です。ルシャはこれまで我々や他の生徒の期待を上回る活躍をしてくれていますので私は全く不安視していませんし、本人からも心配は不要だということを聞いています。もし息子さん娘さんが彼女と自分を比較して落ち込んでいるようであれば、比較対象がおかしいと言ってください。彼女は特強、我々教師すら上回る能力者です。私も腕には自信があったのですが、その遥か上をいってます」
ルシャについてはいつもつるんでいる3人の保護者から良い評価があったのでノーランは過剰にものを言うことを避けられた。次にルートについての話があると、ノーランはより難しい説明を強いられた。
「彼は入学試験で非常に良い成績を収めているため多くの期待を集めています。ルシャが入学するまで彼が1年でトップと言われていましたから…こう、目の上のたんこぶができたような状態です。彼女がここに来た直後に勝負を挑んで以来強い対抗心を持っていて、今日もその気持ちが表れたということです…まあ、彼は魔法の研究もしているようなので、実技で暴発した魔法は彼が閃いたものだと思われます。膨大な魔力を持っていても扱いの難しい魔法なら暴発は起こり得ます。ああいうときのためにも教師がいます。我々は今回の件を受けてその魔法の調査を始めます」
ノーランは嘘で固めることを心苦しく思いながらも保護者の不安を起こさないために無難な説明を果たした。このことでも疲れたノーランは解散したあとすぐに保健室に戻ってルーシーからの癒やしを得た。
「疲れたよ…」
「おつかれさま。今日は全部私がやるからゆっくり休んでいいぞ」
そう、先週の土曜からノーランの家にはルーシーがいるのだ!つまり彼はヘトヘトで帰った来たときにルーシーの『おかえり』を聞けるし、自分が先に帰ったときにはルーシーに『おかえり』を言えるのだ!この幸せを知ったノーランはもはや無敵に等しい。ルーシーも頼りになる男性がいることに強い安心を覚えていて、ミスをしてもカバーされるので思い切った決断を下せる。
「帰ろっか」
「ああ」
こうして2人が仲良く手を繋いで帰っているとき、ルシャは既に夢の中にいた。
「えっちな魔法だぁ…」
昼過ぎからぐっすり寝たのでルシャは夕方に起きた。ちょうどフランが買い物から帰ってきたところで、ルシャは夕飯作りを手伝った。その途中、母は娘にルートのこと尋ねた。あの謎多き人物について警戒していて、娘の安全を確保するための行動が必要かを考えようとしたのだ。
「今日のはさすがにヤバいと思ったよ。あいつはあいつより上位の存在を知らない噛ませ野郎としか思ってなかったけど、誰かに仕込まれて格段に強くなったっぽい。誰が仕込んだのかは知らないけど、その人を叩かない限りあいつは闇の力に囚われたままだね」
「本来の力じゃないってこと?」
「うん。あいつの素はハッキリ言ってザコだもん。でも闇に呑まれたあいつは私の上位魔法すら防ぐ強者だよ。先生でも止められないなんてこと、これまでなかった」
「うーん…でも周りに危害を加えたってことはもう学校にはいられないんじゃない?」
「だよね。自分の意思に反して魔法が暴走したんだろうけど、居心地悪いだろうから来ないでしょうね。あるいは元凶のところに匿われてもっと強化されて戻ってくるかもしれないね。ノーラン先生曰くあの魔法は魔族の中でも上位の存在である悪魔のものってされてるから、おそらくそれに匹敵する術者になるよ」
ルシャは料理を皿に盛り付けてテーブルに運んだ。その動作に震えはない。
「そしてこれは私の予想なんだけど、あいつを操ってる奴は滓宝を持ってる。そうじゃないと人間の範囲を外れない人をあそこまで強化できないはず。何かこう…魔力を遠隔で分け与えるみたいなことをしてるんだと思う」
「そうか…いずれにせよ、あんたに危険が迫っているときには母さんが介入するわ。敵を倒せなくても、あんたを何回か守ることならできると思う」
「その必要がないように強くなるよ。なにせ特強で滓宝持ちだからね」
「頼もしいわ。お友達のお母さんがあんたのこと好く言ってたわよ。仲良くやれているようで安心した」
「あの子たちには本当に助けられてるよ。ミーナは頭いいし、リオンは運動できるし、ロディは底力あるし…あとラークっていう長身のイケメンもなかなかスゴいよ」
「あら、男の子とも仲良くしてるのね!」
母は娘の恋愛のこととなると俄然元気になるので、ルシャが男子を褒めたことで調子が上がった。しかし恋をするつもりはないと言われると肩を落とした。
「なぁんだ…」
「やっぱり生徒よりノーラン先生の方が魅力的に見えるよ。実力のある人が好きなんだから」
「そっか…じゃあもしかしたら学校の外の人と恋愛するかもね」
「それはあり得る。でも大会には出ないって言ったから、外に行く機会がないけどね」
「先生から聞いたわ。あんたに称賛が集まるのを見たかっただけだから、あんたにその気がないなら無理強いしないわ。来年と再来年にその気があれば出ればいい」
「知らない多くの人に見られるとお腹痛くなっちゃうんだよ。発表会のときとかそうだったでしょ」
「そうね。でも今日は大丈夫だったわね」
「あれでも我慢してたんだからね?」
「ごめん」
衆目の中でももっと堂々としていたいのだが、体質を変えるのは難しい。大会に出るのはローカルな規模で慣れてからになるだろう。もともと1人で黙々と作業をすることを習慣としている彼女だから、人並み以上に時間を要する。
ルシャ母に強者疑惑。そしてルートはどこへ行ってしまうのか…




