116・大学生より群れる奴ら
着替えを終えた4人は男子と合流してからこんな提案をした。
「レストラン行かねぇ?」
「そうだな。休みの打ち合わせはミーナの家でいいか?」
「いいよー。じゃあリリア呼ばないとね」
「私呼んでくるよ」
この学校の誰もがルシャを知っているため彼女の頼みとあれば聞かずにはいられない。しかし放課後にルシャがリリアの教室を訪ねるとお目当ての彼女がいたので下級生の世話になることはなかった。
「海行くぞ」
「ほいほい」
快諾したリリアを連れてファミレスへ。いつものところに行きたいところだが子供用の椅子を使っても7人までしか入らないので宴会用の座敷席のある料理店に入った。料理代とは別に席代もかかると言われたが、ミーナが全員分を負担することで問題なく座れた。
「大人になったら立派に働いてたっぷり返すからね」
「私は既に働いてるからね。ひとあし先に大人ってわけだ」
「私もルートもいちおう救護やってるけどね。そろそろ始まるよ」
「じゃあお前らにもたまに出してもらうことになるだろうね」
「毎度ごちそうさまです」
ダテの民はノブレス・オブリージュを標榜しているようだ。富める者が率先して周りを助けることが正義だ。しかしミーナは純粋に仲間を喜ばせたいという気持ちで金を出している。
「そろそろたかってるって思われそうだしね」
「最初のほうはそういう世論もあったね…ミーニャンが金でルシャに近づいているっていうあらぬ噂もね」
「そうなんすか?怖いなぁこの学校」
「私は誰にでも門戸を開いていたつもりだったんだけどね。むしろあっちが勝手に萎縮して、萎縮しなかったあんたらに嫉妬してるだけだよね」
「おうよ。奴らは早々に我々が突っぱねられると思ってたようだが、そうじゃないと分かって嫉妬すらしなくなったね。ダテという文化の形成もその頃に為された気がするよ」
ダテは役割分担をしているだけで、誰かを利用しようとしているわけではないと周りに理解してもらいたい。
最高級の小麦を使ったそうめんが出てきたので最高級のだしを使っためんつゆを絡めていただく。続いてひやむぎも出てきたのでこれも同じようにして食べる。どちらも冷たくて美味しい。
「小学生の頃の夏休みを思い出した」
「暑かったからよくパンツ一丁になって狂ったように食べてたなぁ」
「小学生の頃ってよく脱いでたよね」
「まだ弟も妹も産まれてなかったから…」
あの頃ほど自由にはなれない今でも違う楽しみ方ができるようになったので問題ない。家族とも一緒に麺をすするのだろう。
「つゆが美味いなぁ」
「ネギもいいよ」
「薬味も高級なのかね」
こんなクソガキが大人向けの料亭で高級な料理をいただいてしまってよいのか悩ましいところだ。大臣ズを連れてくれば正当性が増したかもしれない。
お腹がいっぱいになった8人は揃ってミーナの家で夏休みの会議を始めた。弟3人はこの大所帯に大層驚いたが、重要なお客さんに菓子と麦茶を出すのを忘れなかった。
「姉ちゃんな、この楽しい面々と一緒に春に行ったスパイキー・パームに行くんだ」
「また行くのー!?」
「何泊?」
「それはこれから決める。お前らは私が戻ってから行く旅行の打ち合わせしといてよ」
「おー」
姉が忙しいのだと察した3人はさっさと自室へと引っ込んだ。これで8人の会議を邪魔できるのはニャーさんだけとなった。その彼女はタオルケットの上で横になっている。
「前回はお前ら3人だったんだろ?どうだった?」
同行したかったと悔やんでもどうしようもないので今回は確実に参加できるようにリーダーの機嫌をとる。非常に充実した旅だったと言われてますます期待を高めたルートはミーナから観光パンフレットを受け取ってやりたいことを挙げさせた。
「まあいいや今回はお前が仕切れ。あたしらは紅茶でも飲ませてもらいながら横から意見を言おう。あとルリーさんが来るのを忘れるなよ」
前回のスパイキー・パームへの旅行では帰りに王都に寄ってルリーと話をした。そこで夏には彼女も参加するという話があったので、今回は計画に彼女を加えておく。
「そうだな」
決定すら男子に任せた女子はしかし、決定について同意するとは限らない。なので3人の野郎はできるだけ女子にも納得してもらえるプランを考えねばならない。
「朝に出発しても着くのは夕方だな。それはしょうがないとして、移動に1日、往復で2日を使うことを考えないといけない」
「俺らそんなに長い間いられるわけじゃないから、観光に使えるのは長くて3日かな」
「そのくらいでいいと思う。ってことは5日?」
「ああ。で、それぞれの日に何をするかだが…」
「それは気まぐれで変わることもあるんじゃない?」
ざっくりと暫定することが最も楽だというので海、アミューズメント施設、買い物と3本立てで決めてみた。
「午前と午後で分けてもいいし、最新の催しを知らないからそれを知ってから決めてもいい」
「そーだね、パパ様も最新のは貰ってないって言ってたから最新の情報は分からんねぇ」
「お前らすっげぇ良い匂いさせてんじゃねぇよ」
「お前らも飲む?考えっぱなしじゃ疲れるだろ」
男子も紅茶を飲んで一息ついた。氷の入ったアイスティーが考えっぱなしで高まった熱を少し冷ましてくれている。
結局男子は4泊5日で到着したらまず催事情報を調べてそれに合わせた日程を組むということでまとまって女子に提案した。
「当日あたしらが我が儘いっても怒るなよ?」
「予想外に振り回すからな」
「別行動っていうのは?」
「それじゃ徒党を組んで行く意味がないだろ。お前ら海で私らがナンパされてたら守れよ?」
「ナンパって色黒のチャラい奴がやることでしょ?僕が勝てるかなぁ」
「お前はむしろ連れて行かれる側だろ」
「え!?」
「お前は上も着ろ。私のビキニ貸してやるから」
ロディが女の子と勘違いされることはあるだろうか。その実験のためにも是非とも彼にビキニの上を着させたい。それはさておき、魔法の人とラークがいればナンパを憂う必要はなさそうだ。また発光してやればいい。
「よーし、じゃあ予算を確保すること。足りなかったら利子つきで貸してやるがな」
「利率によるなぁ…で、用意すべきものは着替えと水着、大きな鞄くらい?」
「水着は現地で買ってもいいけど、持っておいたほうがいいかな。タオルとかはあるけど、お気に入りのじゃなきゃダメっていうなら持ってきな。前回と同じホテルを借りるけど、部屋は人数が違うから違うところだろうね。3部屋とるとなるとちょっと高くなるよ」
「株主優待とかないの?」
「パパ様を説得できれば…」
もしかしたらタダになるかもしれないというのでそれは期待だが、その部屋を予約できるかどうかは分からない。
「街で店に入るときも席が9席あるのは珍しいだろうから、ある店に行くかホテル併設のレストランの小宴会場を予約することになる。何にせよ高くなることを覚悟しておいてくれ」
「お金は心配しなくてよさそうだよ。貯金してきたし」
「私は借りようかな」
徒党の中でも貧富の差があるのは否めないが、貧富の差があっても付き合えるということの証明でもある。利子つきが嫌ならばルシャから借りることもできる。徒党全体で枯渇することは決してないと言ってよい。
計画が決まったので弟や妹のいる2人が帰宅した。幼い子供の面倒を見る良いお兄ちゃんを見送った6人は他の予定についても話し合った。9人でどこかへ行くのはスパイキー・パームだけだが、複数人でどこかへ行くことはある。
「8月になったらエアレースのリーグが始まって週末ごとに駆り出されるし、その前に打ち合わせがあるからそれに参加しなきゃいけない。そろそろ日程に関する手紙が来ると思うんだけど…」
「忙しくなるねぇ。じゃあ平日を中心に組んだほうがいいのか。ただうちのグループ、基本的に土日が休みだから会議に参加するときは平日なのよね。参加しなきゃいけないことがあるから、そのときばかりは予定を合わせられない」
「じゃあそこを避けるように調整しよう。決まったらすぐに教えてくれ」
夏休み中に完全に暇なのはアイだけのようだ。リリアは同級生との旅行も予定しているらしい。
「師匠、時間あるなら私とどっか行きません?」
リリアは師匠の気を引いて2人きりになり、さらに絆を深めようとしている。
「俺と?面白いか?」
「これまで行ったことないところなら新しい発見があるってだけで楽しいっしょ」
「2人きりって危険じゃね?」
「でもその2人は特強に匹敵する魔法使いなんだぜ?」
ルートが胸を張るがルシャたちの言いたいことはそうではない。男女だから不健全なことが起きるのではないかということを、リリアに気付かせたかったのだ。
「それならそれでいいっすよ。師弟の修行の旅と銘打って厳しい山岳地帯を攻めるのもいいですし」
「それ、やろうか。北のほうに夏しか登れない高山地帯があるっていう話だし、その向こうに鉄道じゃなくて山越えで行くってのもいい」
「魔法使えば楽に登れますしね…よし、じゃあ8月のどっかの平日に入れよう。詳しいことは後で連絡します」
思えばダテ以外に友達の少ないルートのために夏休みを充実させるプランを考えてくれているのだ。ルートは弟子をもっと愛でるべきだ。
「アイも長く飛べるみたいだから遠くの街を見に行くのもいいかもね。一緒に住んでるから予定を決めるのに時間がかからないし」
「うん。どっか行きたい」
「滓宝が見つかるかもしれないしねぇ…あとたぶん大臣ズが遊びに来るからその予定も確認しないと。そろそろ休みの期間が決まったんじゃないかな」
大臣は長期休暇をとるのは難しくないと言っていた。その通りに休暇が認められればよいが、ダテとの旅は休暇にならない可能性が高いので注意が必要だ。疲れたくなければダテるしかない。
「…それならルリーさんは大丈夫だろ。あの人も半分くらいダテみたいなもんだろ」
「僕らよりダテなんじゃない?」
「王都行く前までしょっちゅう会ってたからね」
となると大臣の中にダテが混じっているということであり、ヴァンフィールドがダテということになる。ルリーの影響力がさらに大きくなって王族までダテらせたのならば、念願…かどうかは分からないが、ダテ王国の完成である。そこまでくる前にノーランあたりが『もういいわ!』とツッコミを入れてくれそうだ。
予定がなんとなく決まったのであとは日程調整をするだけとなり、ルリーとエアレース運営からの手紙が来て次の段階へ進むことになった。それまでは宿題を終わらせる期間として予定なしの行動となる。ルシャは今年は7月上旬ではなく下旬開催となったフリーマーケットに出品する商品をさらに増やす作業に取りかかるため忙しくなる。
何故下旬なのかというと、今回の参加希望者に生徒や学生が多かったからだ。学校で手芸部を作った人や社会人の手芸サークルで活動する人がジュタでは増えてきて、名物となっているこの催事に是非参加したいという強い意思がある。彼女らは7月の下旬までテスト期間を過ごすため、フリーマーケットはそれが終わって休みに入ってから行うということで商店街や運営が議決したのだった。ルシャは図らずして同じようなステータスの人たちに助けられた。
「ただまあ市場での競争相手ということになるんですけどね」
ルシャが熟練した経験豊かな職人ということを知らずに子供でも簡単にものを売れると勘違いした若者が希望をもって応募したため、『若者の作った手芸品』というルシャの作品に顕著だった特徴がルシャ以外のものにも付与されることになる。その特徴に価値を見出す客が複数の店へ分散すると予想しているため、さらに質を高めてブランド力を保たないといけないばかりか、マーケティングにも力を入れねばならなさそうだ。経営をあまり知らないルシャは考えることで効果的な方法を思いつくことを信じた。
「みんなが全部買ってってくれればいいんだけどね。他の店見たら満足してうちに来ないってなると売り上げ下がって困るんだよなぁ」
ここにも自由競争の原理があるためライバルがいればルシャの儲けが落ちる可能性がある。他店の商品で満足している人をより満足させられたり、他店とはまったく違う魅力を持ったりする商品を並べる必要がある。これは難しい課題だ。
「そうなると、もはや趣味の域を脱してくるなぁ」
「ルシャ、もういっぱい作ったね」
「そうなんだよねぇ。これから新しいものを作る気にはならないから、これで勝負するしかないなぁ…まあ、趣味だから。マジで稼ぎたいわけじゃないんだ。エアレースの報酬もあるし、賞金もまだまだ残ってるし、いざって時はお母さんから貰えるし」
金の話をしたいのではない。これまでに得てきたものを金に拘泥するせいで得られなくなるのなら参加する価値がない。何を売るかも定まったのでひたすら作る。アイはずっと本を読んでいることに飽きて買い物に出て行った。
大学生も高校生もなんなら中学生も群れてる気がします。女子に関しては群れててもいいです。




