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えっ、私が勇者になるんですか!?  作者: 立川好哉
第1部
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1・現代の勇者

美少女がいろいろやる話です。

 歴史は繰り返す。

 世界征服を目論む魔界と多様な人々の暮らしを護る勇者との争いは定期的に行われる。魔王が封印から解かれると魔族の動きが活発化するほか、魔界と人間界とを繋ぐ転移ゲートが拡大するため、多くの魔族が人間界へと派遣されて人間が魔族による襲撃に苦しむ頻度が増える。毎回勇者が魔王を封印して勝利するのだが、長い時間を経て封印が解けると魔王が復活するため、そのたびに勇者を育てて倒さなければならない。


 世界各国に勇者学校というものがある。勇者はここで基礎を学んでから戦士となって最強を目指し、魔王を倒すべく魔界へと旅立つ。最初の勇者学校が始まったのは十八代目の勇者が魔王を封印した直後で、今から遡ること1200年前のことだ。そこに黎明を見て瞬く間に世界中に開かれた勇者学校には毎年多くの子供が入学し、輩出されて戦士となる。戦士と呼ばれる者はもれなく勇者学校を卒業しているから、実力を認められた強者ということだ。


 ここで注意したいのが、勇者というのが勇者学校の卒業生全員に与えられる称号だとか、魔王を倒しに行く者全員の呼称だとかは、誤りであるということだ。この世界では勇者というのはそれぞれの国家によって指定された1人のことである。しかし世界に国は1つだけではないから勇者は複数人存在する―簡単に捉えるなら、世界選抜チームのことだと思えばいい。国の命令で魔王を封印しに行くのが勇者だけだとしても、有志が挑んではいけないわけではない。ただ、これまでに有志が魔王を封印したことは1度もない。何故なら、有志には封印魔法を使うほどの魔力がないからだ。


 適齢を迎えた男女へは最寄りの勇者学校から招待状が送られる。これは入学試験を受けるための資格証でもあり、憧れの勇者となるために掲げる最初のチケットでもある。


 ルシャ・ルヴァンジュは招待状を受けた1人で、ヴァンフィールド王国の東部にあるジュタ区に住んでいる。彼女は勇者になる気は全くない。なぜなら、本や雑貨が好きで将来はそれらを売る店を開こうと夢見ているからだ。可愛い栞や髪飾りを作るのが趣味で、街の中心部で定期的に開かれるフリーマーケットでそれを出品するのを楽しみにしている。勇者学校に入ればその時間が減るし、趣味を優先すべく中退したら顰蹙を買い、卒業したら戦士として活躍することを期待される。ここでの判断が将来を決めると言っても過言ではない。ルシャの答えは当然ノーだ。そういう生き方をする人は多く、特に女性は過半数がこの誘いを断る。だから奇異な目で見られることはないし、王国に貢献していないという批判を浴びることもない。


 しかし彼女は最終的に勇者学校に入った。王国によって選定される『特定強化対象者』になってしまったからだ。




 なぜなったのか?


 彼女が勇者学校の誘いを断って4月を一般人として過ごしていたときのことだ。その日はフリーマーケットの日で、ルシャはたくさん作っておいた雑貨をかごにいれて簡易テントの店に置いていた。精巧な彼女の作品は若い女性を中心に人気があるため、多くの客が彼女の店を訪れた。昼前には売り切れる勢いだった。上機嫌な彼女は午後に他の店を見る予定を立てて昼食のために一旦家に帰ったのだが、食べている間に市場に襲撃があった。

 魔王が復活すると魔族が活発になって王国には多数の魔族が訪れる。今回はその被害に遭った。数ヶ月に1度の貴重なフリーマーケットを台無しにされたことが、かつてない憤りをルシャの心に宿した。逃げ惑う人々の波に逆らうルシャはお世辞にも綺麗とは言えないフォームの走りで道を抜けて広場に出た。戦士が応戦して勇ましく剣を振り回すも、戦況は明らかに敵に利があった。

 人々の傷つく姿を記憶に焼き付くほど見せられたルシャは渦巻く怒りと人の死によって喚起された悲しみとが混ざり合うのに我慢ならなくなり、半ば崩壊した自我を異形の軍勢にぶつけた。

 すると驚くべきことが起きた。誰にでも素質があるとされる魔法は勇者学校で使い方を学んだり力の源となる体力や精神力を鍛えたりすることで強力になるのだが、ルシャはその過程を経ずして戦士のそれを遥かに上回る魔法を放って見せたのだ。目が眩むほどの閃光のあとに爆発が起きると、真実が見えてきたときには敵が肉塊と化していた。たった一撃によって敵は全滅し、街への脅威は去ったのだ。

 ルシャは自分から飛び出たものの効果に呆然としていて、戦士たちも目を丸くしていた。戦況を見ていた区長が建物から飛び降りて戦士たちをかき分け、ルシャの前に躍り出て彼女にこう言った。


『キミを特定強化対象者に選んだ!』

 



 …というわけだ。ルシャは稀代の能力を持つ超注目の勇者候補として勇者学校に強制的に中途入学することになってしまったのだ。彼女は非常に、非常にナーバスだが、彼女の能力を見たい生徒に囲まれてあっという間に多くの友達ができた。勉強の内容は極めてどうでもいいし、先生の話を黙って聞くのは苦痛以外の何物でもないのだが、友人と一緒に過ごすことだけは楽しいと思った。明確な好き嫌いの選別ができたことで、彼女は初日にして学校生活の方針を決めるに至った。


 ―魔法実技だけで卒業しよう―


 彼女はインドア趣味の人で運動が苦手だ。だから体育があると聞いてまた憂鬱になっていた。勇者には強靱な肉体が不可欠で、持久力を鍛えるための長距離走がカリキュラムに入っている。これを歓迎する肉体派の生徒もいるが、ルシャはそれとは正反対な仲間とともに文句を言った。すべて魔法実技なら楽なのに…そう嘆いた。


 明日は魔法理論、魔法実技、体育、歴史の組み合わせだ。ルシャは魔法実技が終わったら腹痛を装ってサボってやろうと思っていた。家に帰って母親に愚痴を言うと、娘の魔法の才能を羨んだ彼女は怠惰を許さない姿勢を示して牽制をかけた。仕方がないのでやるだけやってみるという決意を見せると放課後に食べる弁当を豪華にしてやると言われたので少しだけ機嫌が戻った。




 ルシャは制服を気に入った。袖や裾の折り返しにあしらわれたチェック柄の布や女子の制服には必須とも言える大きな赤いリボン、伝統的なプリーツスカートは着ていて気分が上がる。だから体育のときに地味で薄い体操服を着なければならないのが嫌だ。とにかく体育が嫌なので朝からゲンナリしていたのだが、魔法実技の時間になると俄然元気になった。


 朝の10時を過ぎた頃。

「やったるぞぉ!」

 魔法実技の会場となる特殊運動場に出たルシャの後に続く仲間の顔には不安が強く出ていたが、1人だけは違った。ルート・ニクラムという少年だ。彼は入学試験をトップで通過した実力者で、学校ではルシャの次に期待されている。つまり彼女が入ってくるまでは最も期待されていた生徒だから、注目を一瞬でかっさらう程の目の上のたんこぶができたせいで気が立って彼女をライバル視している。表向きはその程度で、実は叩きのめして退学に追い込むつもりだという噂も早々に立っている。

「…気をつけてねルシャ」

「ルシャ・ルヴァンジュ!特定強化対象者のお前をケチョンケチョンに叩きのめして俺がトップだということを証明してやる!俺と勝負しろ!」

 勇んで勝負を仕掛けてきた元気な男子はルシャの好みではなく、彼女は不動の心と鋭い瞳とで彼を捉えた。まるで蛇に睨まれた蛙のように一瞬凍り付いたルートだったが、取り巻きに支えられて血を滾らせた。先生の指示で簡単な初級魔法を的に当てる練習が始まって生徒たちが必死に魔法を扱う傍ら、ルシャとルートだけは違うことを始めた。


 ルートは下手な魔法使いを蔑むような目をしてから、自分は違うのだと示すために位置についた。そんな彼は誰からも見向きされなくなったわけではない。第2位からも学ぶことはたくさんある。

「的に当てるなんて後ろを向いててもできる。俺は試験の時に指定された位置より10歩も離れたところから的の中心、あの赤い点に魔法を当てて見せた。それで魔法実技は満点を貰った。どうだ?お前にできるか?」

 強気な態度にも一切動じなかったルシャは黙ったままルートの手本のような的当てを見た。その精度には生徒だけでなく先生までもが驚いている。

「あの距離で外さないどころかど真ん中に当てたぞ…!」

「ってかどうやってあんなに鋭くするんだよ!?」

「やっぱルートはすごい!」

 男女から称賛の声が飛ぶ。ルートはルシャに指定位置を譲って腕を組んだ。

「まあ、外しても恥じるべきではない。入学したての生徒ならできなくて当然だからな。そうだ、掠りでもしたなら俺の弟子にしてやってもいい」

「くだらない…」

 ルシャはクールな少女ではないが、あまりに酷い茶番に呆れて寡黙になっていた。彼女の味方をする男女が固唾を呑んで見守る中で位置についたルシャは的を視界の中央に据えて手を正面に伸ばした。呼吸を止めて身体の揺れを抑えると、一瞬だけ力を込めて魔法を放った。


 ヒュッ―


 魔法が的に当たった音が聞こえなかった。外したか―

「ハハハ、特定強化対象者ってのはその程度でもなれるのか?じゃあお前じゃなくて俺がなるべきだな!」

「…」

 ルシャはもう1度魔法を放って見せた。やはり音がしない。勝ち誇ったルートがルシャに近寄ると、取り巻きが彼女を貶し始めた。しかしルシャは不動を貫いていた。彼女と先生だけが真実を知っているからだ。

「ルート、あなたは確かに魔法の扱いが上手です。ですが…」

 先生は的に指先を向けた。その先にはルートの魔法で真ん中に穴のあいた的がある。

「目はそこまでよくないみたいですね」

「何を言っているのです?俺が当ててこいつが外したでしょう?」

「違いますよ」

「え?」

 ルートの顔から余裕が消えた。先生は彼を的の後ろに連れて行った。的の後ろにあるのは木だ。近づくにつれてルートの顔色が悪くなってゆく。それに伴ってルシャの口角が上がってゆく。


 サルスベリのように平らな樹皮を持つ木には小さな凹みが2つついている。先生がそれに魔法を当てると、その凹みだけが変色した。

「さっきやりましたね?魔法反応です。変色したここは魔法の影響を受けたってことです…どういうことかわかりますね?あなたの空けた穴を通ってここに当たったということです」

「嘘だろ…!?」

 ルートは振り返ってルシャを見た。その時のルシャの顔を彼が忘れることはないだろう。勝利の歓喜に歪んだ笑み。弱者を蔑む下寄りの黒目。僅かに見える白い歯。ハの字の眉。そのどれもがルートに屈辱を与えて止まない。

「弟子だって?こっちから願い下げだよ、自称エリートくん」

「なにかの間違いだろ!認められるはずがない!」

 ルートは敗北を否定するために我武者羅に魔法を連発してルシャを攻撃した。先生が介入して魔法防御壁を展開したが、ルシャが反撃のために用意した魔法はそれもろとも容易に粉砕した。

「な…!」

「先生の魔法を…」

 どよめきに包まれたルシャは仲間の隣に立って練習を再開するよう促した。まるで何事もなかったかのような振る舞いが、彼女にとってこの勝負が些事ということを示している。ルートは先生に連れられて運動場を去った―捨て台詞を吐きながら。直後に生徒が駆け寄ってきた。

「ルシャ、あなた何者なの!?」

「特定強化対象者っていうやつ?」

「これまでこんなに魔法を上手く使える人を見たことないよ!なんでこれまで見つからなかったのか不思議ね!」

「使う機会がなかったからね。勇者になるつもりなんてないし…」

 ルシャは自分を囲う仲間に助けを求められたのでコツを教えた。彼女は理論の学びに乏しい人だが、どのようなプロセスで魔法が放たれるかを感覚的に掴んでいたため、その精度を上げることだとアドバイスできた。すると数人が連続して的に当てられるようになったので、彼女が先生の代わりにこの時間を持った。


 その様子を遠くから見ている人がいた。

「あの子、初代の生まれ変わりかもしれん…」

今後どうなるの?と少しでも気になったかたは評価とコメントをお願いします!

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