名前の話じゃ
ワシは猫じゃ。
名前は・・・・・無い訳ではない。
と言うのもワシは飼い猫じゃから人間の主がおる。その主がな。日頃、ワシを呼ぶ言葉がある。それがいわゆる「名前」と言う物なんじゃろう。
ともかく、その名前が「サンマ」と言う。
変てこりんな名前じゃろう?ワシもどうしてそんな名前になったのか皆目見当もつかん。
何せワシは猫じゃ、人間の言葉など理解できる訳もない。
ただ、そう呼ばれるようになった時、珍妙な鳴き声を聞いた事だけはよう憶えておる。確か、こんな声じゃった。
「ファー!ファー!(甲高い引き笑いの様な声)」
・・・珍妙な鳴き声じゃろう?これが一体誰の声じゃったのか未だに分からぬ。じゃが、こんな珍妙な鳴き声じゃ、余程珍妙な生き物だったのじゃろう。
まあ、それはさておき。ワシの名前はサンマじゃ。普段、主からはそう呼ばれておる。じゃが、これには少し問題があってな。
と言うのも、ついこの間の事じゃ。あの日は主が外出中でワシは部屋で独り、自分の寝床で昼寝をしておった。
実に静かで実に穏やかじゃった。昼寝をするには最高の環境じゃったよ。
じゃと言うのに、そんな時に主が帰ってきおった。そして、偉く上機嫌に言うんじゃ。
「サンマ♪サンマ♪」
「はあ、」とまあ、こんな風にワシはため息を吐くわけじゃ。折角の至福の時間じゃったのにうるさい主が邪魔をしおった。
じゃが、その時のワシは主の相手をするのは面倒じゃと思うて、その声をしばらく無視することにしたんじゃ。行ったところで精々弄ばれるのが関の山じゃと思うての。
じゃと言うのに、主は懲りずに「サンマ♪サンマ♪サ~ンマ♫サ~ンマ♫」と煩いもんじゃから、心の折れたワシは重い腰を上げて主の下へ向かったんじゃ。
するとな、主はわざわざ来てやったワシには見向きもせずに、皿に乗せられたなんや体の細い魚を見て「サンマ♪サンマ♪」と言うておったんじゃ。
ワシの名前は何じゃったかの?・・・そう、サンマじゃ。
おかしいと思うじゃろ?
サンマと言うのはワシの名前じゃと言うのに、主は魚に向かって「サンマ」と言うておる。
流石のワシもこれにはカチンと来ての、主に言うてやったんじゃ。
「そやつはワシじゃない。ワシはこっちじゃ。」
っての。
そしたら、主はワシに向かってなんや憎たらしい笑顔を見せると、ワシの頭を撫でて言うんじゃ。
「ああ、ごめんごめん。お前の事じゃないんだよ~」
この時、主が一体何を言うたんかワシには全くもって分からんかったが、主がワシを小馬鹿にしておる事だけはよう分かった。
何故じゃ?
ワシは本当に頭にきてそう言うたというのに、主は平気な顔して笑みを浮かべておる。
不愉快じゃ、誠に不愉快じゃ。
ワシは真剣な話をしておると言うのに、主は笑っておるのじゃからな。
まあ、後から知った事じゃが。どうやらあの魚も「サンマ」と言う名前らしいの。
じゃから、主のあの反応も、まあ・・・分からなくもない。
じゃが、じゃとしたらじゃとしたらで、何故ワシの名前を魚畜生と同じにしたんじゃ!
それはそれで腹が立つの!
・・・・・まあ、良いわ。
ともかく、そんな事があったんじゃ。誠に不愉快なことにの。
・・・本当に、何で魚と同じ名前にしたのじゃ。
全く、人間とは真によう分からん生き物じゃのう。
お主もそう思うじゃろう?