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8章14話(公星)

 どちらが攻めてどちらがそれを迎え撃つのか? 男と女、女と女、男と男、その鬩ぎ合いと駆け引きにも似たものがそこにはある。イイよね。


 決戦場に布陣して相対してしまったからには戦闘を始めねばならない。ならないけれども、仕掛けた側は防御射撃をより多くの浴びてより多くの戦力を失う。かといって迎撃の選択をすると敵が前進してこないかもしれない。千日手になる。時間と物資と金銭だけが徒に浪費される。


 畢竟、そのときの戦況、政情、戦力、これらを綜合した上で、最終的には司令官の性格が物を言う。例として僕ならどうか。先手必勝、常に主導権を握ることは戦闘の原則にも合致するわけだし、慎重に行動せねばならないとき以外は先に仕掛ける。防御側の有利なんて攻撃の開始位置、目標、それに速度をさえ誤らなければ、要塞やガッチリ組まれた野戦陣地を突破するのでない限り、大したことはない。


「似てるってことになるのかねえ」


 僕は二年以上も付き合っているのにまだご機嫌の取り方を把握しきれない愛馬(オフィーリア)の鞍上で呟いた。轡を並べる菅原君と副官君がはてという表情を閃かせた。


 僕らは味方左翼戦列を右側面から見守る形になる戦術要点――緊要地形とも言う。シュラーバッハで僕の師団が守っていた高地のような、そこを取るだけで戦術展開が楽になる場所を指す。相手の行動を監視できるとか一方的に砲撃できるとかそこでは隊形変更が難しくなるとかね――、ブナ林の中に布陣していた。三列の横列を組んでいる。元来、騎兵は前後二列の横列を組むべきだとされているけれど、ここでそれをやると両脇が樹木線からはみ出ちゃうんでね。


「似ているとは?」菅原君が実年齢の最低でも二倍以上を思わせる声で尋ねた。


「司令官の性格がだよ」


 僕は味方左翼が奮闘している有様をしげしげと眺めていた。実戦慣れした将兵が多いので倍の敵相手にしぶとく持久戦を展開している。相手も相手で高学歴が多いからか攻撃目標の選定や機動には何の問題もない。ただし、戦列の維持や整頓に難がある。難がある割には崩れない。低学歴ごときに嘗められてたまるかということなのだろう。そうそう決着がつきそうにもない。


「敵前で申し合わせたように同じ陣形。申し合わせたように左翼待機右翼前進。そのタイミングまで申し合わせたようにほぼ同時。何の躊躇いもなく。夏川と左右来宮は似ている。――コレってさ、意外な発見だと思わない? 高学歴と低学歴って違う人種ってことになってるじゃん、世の中では。違う人種同士がここまで似るもんかなって」


「“他人事だと思うな(ダーター・ファブラ)”だそうですよ」菅原君は落ち着き払っている。


「……。……。……。ダーター、なに?」


「ダーター・ファブラですよ」菅原君は遠慮がちに笑った。「先程、左右来宮司令官についにお目通りが叶いましてね。そのときに教えて頂いた言葉です。ダーター・ファブラ。相身互いとか他人事だと思うなとか、そういう意味だそうです。私は低学歴ですよ、失礼ですが、公星さん。そして貴方は高学歴だ。貴方は私が低学歴だからといってこの数日、別に差別をしてもこなかったでしょう。それどころか同じ高学歴であるかのように扱って下さったではありませんか。貴方も貴方で左右来宮さんに似ている。内面的なものはさておきとして行動的な部分ではね」


「言われてみれば確かに」


 僕はなんとなく居心地の悪さを感じた。自分のことは他人のことほどよくわからない。


「この戦いに勝てれば今後、我が軍は高学歴と低学歴が共存する軍隊となるようですからね。低学歴だから高学歴だからではなく能力や人柄で査定が行われる軍隊です。そういう建前で始めたクーデターでもありましたから。他人事だと思ってはいけません」と、菅原君は夢見がちなことをあくまでも現実的な口調で言った。僕を諌めるようでもあった。僕はこれからも彼を珍重することに決めた。


「右翼は大車輪だね」僕はわざとらしく話頭を転じた。反省してますよというアピールだった。


「ですな」菅原君は僕の気分を察した様子だった。「不良学生というものは結束が堅い」


「知ってるよ。僕にもそういう知り合いがいる」


「ホゥ。意外です」


「君は処世術ばっかりだね。意外だと思ってもいないことを意外だなんて言わなくていいよ。第一、君の方が年上なんだから」


「残念ながら」菅原君は無感動に言った。自分はそういう生き方をしてきたもので」


「あ、そう。――人より尖った外見だ性格だをしているせいで爪弾き、そればかりかいわれのない差別をうけて、それでも自分のやりたいようにやるを押し通した結果、当然の代償として与えられた孤独に耐えられない。不良学生はこうして群れる。他に行き場がないから結束が堅くなる。仲間意識が強くなる。いわゆる男と男の友情とか見栄とかいうものを尊重するようになる。合ってるでしょ?」


「完璧に」


「君、どうしてそんなことに詳しいの?」


「私も中学時代は仲間たち(ドルーギー)と暴れまわっておりましたので」


「へええええ。それこそ意外だね」


「お恥ずかしい限りです」と、言う割に菅原君の表情は遠い昔を懐かしくように朗らかで、それでいて儚かった。あの頃はよかったとか、あの頃に戻りたいとか、そうではなく、あの頃の、連絡先もわからなくなってしまった友人たちの安否を気遣うようでもあった。


 戦闘は時間が経つにつれて加熱していった。僕らの出番が近付いた。僕は改めて副官君に戦列や装備に不備がないかを点検させた。僕の率いている兵力は二個大隊に微かに満たない五六〇騎ほどだった。兵種(驃騎兵とか竜騎兵とか)はバラバラだ。本来、蹄から肩までが一・五メートルであるべきとされている馬の体格(馬体)も同様である。急場の混成部隊ならではの体たらく、でも仕方ない、現にこれが自分の部隊なのだから使い方を考えながら使うしかない。(唯一、我慢できないのは三年生の驃騎兵がいることだった。捜索と偵察と陽動を主とする驃騎兵は戦闘的な任務が多く、三年生まで生きているのは“生き恥を晒している”のに等しい。どうして今日までおめおめと生きてきた。ええい、彼らがモヒートのプレイヤーでなくて僕の部下なら華々しく散らせてやって大学の世話までしてやったのに)


 以前、一五〇〇〇人からの兵を指揮していた二年生の末路としてのコレってどうなんだろうね。まあいいや。どうだっていい。とりあえず与えられた仕事をこなそう。出世や功績よりも満足の行く仕事を優先するのが本当の男ってヤツだからね。


 さて、――我が司令官閣下が僕らに与えた仕事は簡明極まる。敵予備隊の拘束だ。


『予備隊?』と、僕は左右来宮からそれを聞かされたときに驚いた。司令部テントの片隅に設けられた指揮卓の上に座り込んだ彼女は超然としていた。生意気だった。


 戦場における騎兵の役割は敵戦列側面への突撃、それへの対抗突撃、崩れかけた戦列へのトドメ、戦果拡張、追撃、そういったものである。騎兵は強い。速い。しかし脆い。単独で機動した場合、なんといっても馬は生き物、割とあっさり葬られることもある。特に方陣を組んだ歩兵に対しては有効打を持たない。砲兵相手だと歯が立たない。


 敵の予備隊は三兵編成の独立大隊だと聞いている。それに対して混成騎兵部隊をぶつけるというのはどうなのか。というか、そもそも敵の予備は後方にとってあるから予備というのだ。それがどうして前へ出てくる前提なのか。


『あなたにしか任せられません』左右来宮は使い古されたフレーズを持ち出した。『集成連隊は右翼に投入する第一連隊の指揮官――ええと』


『戸田君よ』左右来宮の傍らに立っていた主席副官が教えた。手元の資料に目を通さない辺り人事について暗記しているらしい。『あの、丸顔で髭の』


『ですか。そうでしたね。うん。そう、その戸田君以外はぶっちゃけあてになりません。この場にいる指揮官級の中でいちばん頼りになるのは貴方です』


『だからってさあ』僕は駄々を捏ねる演技をした。


『負担を減らす努力はします。敵の砲は戦列歩兵に向けさせます。あなた達がどう動いて予備隊の手持ち砲以外に狙われることはありません。で、予備隊に配備されている砲は貧相な騎兵砲ばかりです。砲牽引部隊も兵站的に動きが鈍いでしょう。一部の砲は人力牽引の可能性まであります』


『砲牽引部隊ね。モヒートは砲兵運用に関しては本当になんていうか。まあそれはいいんだけど、――具体的にはどうやって砲の向きを戦列歩兵に?』


『まず軍楽隊を敢えて敵砲の射程距離ギリギリに配置します。夏川さんなら必ずそっちを狙ってきます。これで何門か差っ引ける』


『それだけじゃアレでしょ』


『いえ、軍楽隊の支援を得た戦列歩兵が、まして下級士官と下士官をこれでもかというほど積み込んだ戦列歩兵がどれだけ脅威か、冬景色さんもいますし、夏川さんは直ぐに理解するでしょう。砲のほとんどをコチラの右翼の前進阻止に使う。残りを左翼の支援に。で、それが失敗したとき、或いは成功したときに備えて、夏川さんであれば、独立大隊よりも、より機動力と突撃衝力に長ける騎兵を手元に残したがるはずです』


『で、砲の少ない状況でウチの部隊があの林にいると邪魔だから、最初から予備隊を前に出してくるって? 事実上、予備隊を独立大隊から騎兵の方に切り替えることにした、と』


『話が速い。流石ですね。どうですか』


『うちの右翼の側面はどうするの? 君の読みが正しいとしても、第ニ戦列辺りは騎兵突撃を食らっちゃうけど。僕にはやっぱり僕らは戦列の後方で待機がいいと思えるんだけどなあ』


『安心していてください。第ニ戦列は敵の騎兵突撃に耐えて敵司令部への突破を果たしますよ。キチンとね。そういう意味でも貴方があの独立大隊の相手をしてくれないと困るんです。仮に貴方の部隊を騎兵にぶつけて第ニ戦列が無傷で丘にたどり着いたとしても、三兵編成の大隊相手だとかなり手間取って、下手をすると返り討ちに遭う』


『あー、ね。はいはい。わかったわかった。完璧に理解したよ。後のことは保証して貰うかんね』


『どのように?』


『そうだなあ。僕の部下がそれで死んだらその責任は取って貰う。どうせこの戦いに勝てば君は新しい国だかの超重鎮でしょ。それぐらいは軽いもんだろうし。後はもちろん僕の進退についても。ああ、後は菅原君は貰うよ。ここへの行軍中、かなり使えるってわかったから。その他、後から思い付いたことを最低でも三つぐらいはこれに付け加えていいなら引き受ける。どう?』


『意外に欲が少ないですね』


『君、僕の苦手なタイプなんだよね、実は』


『奇遇ですね。ええ、私も貴方が苦手ですよ』


 ったく、――――。寿々㐂家の後輩でなければ。っていうか、彼女の旅団がシュラーバッハのときにさ、僕の師団と戦えば良かったんだよね。全く。そうであれば。


「あの」戦列の巡回を終えて副官が戻ってきた。小柄で女の子のようにも見える一年生だった。正規の騎兵教育を受けた子ではない。馬に乗れて副官業務ができるからというだけで僕のところに配属されてきた、元は事務畑の人間だった。乗れるというだけで馬の扱いが下手だからともすると落馬しそうになる。たとえばいまとか。


「異常はなかった?」僕は彼について怖がらせても意味がないから優しく接してあげようと心がけていた。手綱捌きを手伝ってあげる。


「ありませんでした。それと、司令部から伝令がありました。読みます。貴部隊は午前九時三五分を以て行動を開始。原位置から北進、敵司令部の東に位置する――」


 副官君は慣れない手付きで懐から地図を取り出した。何度も落としそうになりながら広げる。「この林の中で待機中の敵大隊に攻撃。目的は原則として撃破ではなく拘束。ただし、現場指揮官の判断によっては撃破から敵司令部への攻撃を行ってもよい、と。なお、出撃にあたり、敵独立大隊から砲撃が加えられる公算大です。更に敵左翼戦列(主力)の一部はコチラを発見、警戒しているので、くれぐれもこれに突撃することは避けるようにと。スキがあったとしても罠だそうですから」


「へいへい。やれやれだよ。極めて真面目に頗るやれやれだよ。モヒート軍は本当にお役所仕事だよね。そんなことまで言われなくてもわかってるっていうのに」


 実際、現場主義の気風が強く、参謀らにアレコレと口出しをされるのが嫌いなダイキリ軍であれば、これだけ詳細な命令書を届けられた連隊長や大隊長はキレ散らかして勝手働きをするだろう。『オレたちをチンパンジーだと思ってんのか!』


 でも、ここはダイキリ軍ではない。実はモヒート軍ですらない。それが上の方針なら仕方ない。従いましょう。


 僕は緩めていた軍服の襟を整えた。隊列を自分の目でも確認する。列に乱れはない。色に乱れはある。僕の軍服と同じで黒を主体に青を使った軍服がある。僕の軍服と違って白を主体に赤を使った軍服もある。これが新時代ってことなのかな。新しい時代は何時も複雑な色合いに満ちているものだ。本当に低学歴と高学歴が同じ土俵に立てる軍隊だの国家だのはできるのかね。なんて、そんなことまで僕の考えてあげることではない。


「それじゃあ行きますか」僕は第ニ大隊を預けることにした菅原君と副官君に頷いた。菅原君は頷き返すと非の打ち所がない敬礼をして自らの部署へ馬を駆けさせた。


 副官君は妙にモジモジしていた。なにやってんの。僕は彼の肩を叩いた。


「どしたの?」


「いえあの」彼は周囲を気にした。僕は数歩、密集している将兵から前に出ることで彼に話しやすい空気を作った(つもり)。


「ありがとうございます。実は敵の司令部に顔見知りがいて」


「それはまた」


「あの、左右来宮さんなんですけど。お兄さんの方の。僕、あの人に伝えたいことがあって」


「戦争中に伝えたいことねえ。どんなこと?」


「正確には僕の伝えたいことじゃないんです。ただ、あの、えっと、その、『いつかアイツに逢うことがあれば俺は気にしてないって伝えろ』って、僕の先輩が」


 僕は肩を竦めた。「なんだかよくわかんないけど、じゃあ、もし、機会があれば伝えてあげなよ。この戦いに勝ったら何とかなるんじゃないかな。他になにかある?」


「あの」副官君は喉を鳴らした。


「僕、もしかしたらこれで死んじゃうかもしれないので、思い切って訊きますね。教えてください。公星さんってなんで女の子の格好してるんですか」


「なんでって」僕は指で唇を撫でた。乾燥していた。最悪だ。そういえばリアルの方の体もここ数日は忙しくてメンテを怠っている。これまた最悪だ。でも、本当に最悪なのは、こういう質問に嘘で答えることなんだよね。僕、知ってます。


「大した理由なんてないよ。ソッチのほうが可愛く見えるでしょ? あ、それか、あれ? もしかして何事にも理由があるとか思ってる? ない、ない、ない。世の中には理由もなく酷いことする人もいれば善いことをする人もいるでしょ」


 僕は副官君の額をデコピンした。あう、と、彼はあざとい悲鳴をあげた。


「灯鷹君、全員に出撃を伝達。怯えなくていいよ。平気だよ。殺されても職を失うだけなんだし。行くとこまで行っても高校中退になるぐらいだよ。生きてるんだからなんとかなるって。僕の彼氏なんて素行が悪くて家族に勘当されたけど、それでもどっこい、生きてるしさ。僕自身も孤児(みなしご)の割には頑張って生きてきたつもりだよ。君もどういうアレでそんなこと僕に訊くのかわからないけど、好きなようにすればいいじゃん。好きなようにしなよ。どうせ死ぬまでは生きてるんだし。死ねば生きていられないんだから」


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