8章8話(投木原)
原野と平野ってのは何が違うのかね。オレにはわからねェ。理解しようとする気にもなれねェ。フィーリングでいい。細かい定義や違いは放っておけばいい。男はそれでいい。そう思ってもいる。で、そう思っているからには学習をしねェ。何が違うのかねと考えるのは単なる暇潰し、そのことについて深く研究しようとか、そういうことを目論んでのことではねえわけだ。
なンで、大変に申し訳ねェことではあるが、ええ? こうこうこうですよ、と、懇切丁寧に説明してくれる野郎がいても、オレは『オゥ』以外の返事ができねえ訳だよ。悪いな。でもそういう人格なんだ。仕方ねえだろ。自分が嫌いだろうが好きだろうが、それを変えられない以上、好意的に受け止めるか諦めるかしかねえじゃあねえか。自己嫌悪だの何だのをしたところで意味もなく苦しむだけだ。――――
「投木原君!」
オレは指の股に挟んでいた葉巻を足元に捨てた。踏み躙って火を消す。
オレたちはある深い林の中にニ〇〇人の仲間たちを連れて待機していた。暗い。仲間たちは思い思いの姿勢や態度で寛いでいる。緊張した風でもない。
林から出て数十メートル先ではお仲間が慌ただしく戦列を組んでいた。あちこちで罵声、嬌声、悲鳴、それに鬨の声が上がっている。あと一時間するかしないかのウチに会戦が始まろうとしているってんだから、まあ、こう八釜しくなるのも当然だわな。いまとなっては嫌いじゃないぜ。
最初、オレはこの戦列ってやつがどうも苦手だった。群れるのが嫌いだとかそういう次元の話ではない。窮屈だった。肩と肩、肘と肘、なんなら心と心まで触れ合いかねない距離で密集して戦うって、え? なんじゃあそりゃあ。馬鹿かと。阿呆かと。オレにだってもっとマシな戦術が思い着けそうだぜ、オイ。
ところがどっこい、なんとかとかいう、あの駐屯地で実際に中隊を指揮してみたとき、意見が変わった。意見なんて変わってナンボだろ、実際。やってみる前と後では特に。楽しかった。この一体感が気に入った。敵も味方も平等で無慈悲に死んでいくのが素敵だった。戦争をして誰かの将来を奪い取るのがこんなに楽しくていいのかと思った。いいんだろうと思うことにした。そう思わねば自分の人格を疑うことになるからだった。人格を疑えば生きていくのが辛くなる。
「高望さん」オレはオレに呼びかけてきた女に頭を下げた。女だろうが男だろうが目上の相手に接するときにはそれ相応の礼儀がある。
育ちがいいのかね? 頭を下げ返した後で高望は手にしていた巻紙を広げた。簡素な布陣図だった。
「配置が決まったのでお伝えに来ました」高望は図の中の幾つかの箇所を指差した。「主に集成第一連隊の第ニと第三大隊と行動を共にして頂きます。より具体的な位置は現地で各大隊長の指示を仰ぐように。なお、合流までにニ〇〇人を四個小隊に再編成しておく旨、参謀長から言付かっています。これは貴方の部隊を固めて運用すると敵にその意図を察知されかねないので、ということでした。忘れずにお願いします。合流のための移動開始はニ五分後からでお願いします」
「右翼ですね?」オレは確認した。
「右翼です。いちばん最初に敵に突っ込みます。中には最前列を歩く人もいることでしょう。敵は榴弾を抱え込んでいるようですから、多分、それなりに被害が出ますよ」
「望むところです」オレは胸板を叩いた。「それぐらいはお茶ノ子祭々ですよ」
高望は苦笑した。それから敬礼を仕掛けて止めた。「あと三分だけお時間を貰っていいですか? プライベートな話です」
「オレは構いません」
高望はスルリと言った。「右京からあなたについて聞きました。嘘が下手ですね」
「ああ」オレは高望から視線を外したい欲求を堪えた。「そうですか。――お恥ずかしい」
「恥ずかしいのは私の方です。まさか貴方だったとは」
「まあね」オレは鼻の下を人指し指で掻いた。「ガキだったからでは済まされないことだったと、いまでは、なんですか、思ってますよ。他人に暴力を奮ってね、人の大切なもんを勝手に取り上げてね、それで王様気取りで。よくなかった。本当に。後悔も反省もしている」
「後悔も反省もですか。後悔と反省ね」
「後悔と反省ですよ。ウチは母親が居なくてね。それで母親の居る輩が羨ましかったんですな。可愛がられてる奴を甘ちゃんだと決め付けて、殴るとね、なんだ、やっぱり甘ちゃんじゃねえかって。俺の方がツエエじゃねえかって。そのうち逆らう者はみんな殴りつけるようになって。気が付けば一人で。ようやくマトモになる決意を固めところでもう遅くてね。だから、ま、ここに居るわけで。道連れになってくれる仲間たちには感謝してますよ」
なあとオレは振り向いた。案の定、話を盗み聞きしていやがった仲間たちはDQNそのものの下卑た笑みを浮かべると口々にオレを囃した。「よ、ガキ大将!」
「貴方の気持ちはよくわかります」高望は表情を崩した。俺に母親が居たとしたらこんな風に笑うのだろう。
「私にもたくさんの後悔があります。あのとき、貴方に手も足も出なかったことからしてまずそうです。男と女の力の差なんて関係がなかった。ただ自分の弱さに酷く苛立ったのを覚えています。だからあんな嘘を吐いたのでしょう。――って、ああ、いけない、私ったら、何の話かわかりませんね」
オレはニッと笑った。高望は小さく頷いた。それから丘の方へ駆けていった。オレは叉銃に組んであった銃から自分のものを取り上げた。担ぐ。仲間たちを整列させる。適当なところで四つに区切る。最後に連中の一人一人の顔を眺めてから激励した。
「死ぬときは死ぬ。オレも。お前らも。お前らの隣を歩く奴らも。だが、現実で死ぬわけでもねェ。痛いかもしれねェ。切ねえかもしれねェ。寂しいかもしれねェ。それでもグッと堪えろ。怒り狂ってもいい。暴れてもいいさ。ただ、醜態だけは晒すンじゃねェ。必ず勝つと思ってそれぐらいの気持ちで戦え。何があっても戦い続けろ。よしんば死ぬときも潔く死ね。命乞いなんかするな。助けてくれるっていう奴にはツバを吐きかけてやれ。それでいて、敵が命乞いしてきたら、いいか、絶対にトドメは刺すな。戦闘力は奪え。でも殺すな。いいな? 颯爽と見逃してやるんだ。オレみたく、女のカチューシャ取り上げるような情けねえ姿なんかテレビに映されてみろ。一生の恥だぞ。一生の恥が出来ちまえばどうなるかわかるか。一生、恥じて生きてかねェとならねェんだ。お前らの思ってるよりそれは辛いぞ。来る日も来る日もなんであんなことやったんだって胸が詰まるからな。男らしく行こうや」
仲間たちはオレをコケにするようにヘラヘラと笑った。それでいい。
「さあ、じゃあ、行くぞ、馬鹿ども。どうせオレらは元より進学なんて夢を見ちゃいねェんだ。馬鹿みてえに戦って馬鹿みてえに死のう。実際、馬鹿なんだから。昔の罪を償いたい馬鹿とそれに従う馬鹿どもなんだから。殺されても文句は言えねえ低学歴の分際でオレたちに殺される筋合いのない高学歴を殺して回ろう。それから正当に殺される理由があって殺されよう。理由もなく殺されるよりかはずっとスッキリするはずだ。いいな。殺される前には必ず二人は殺せよ。ハッ、――楽しもうぜ、なあ、オイ」





