8章6話(壱式)
敵の――と言ってしまうけど――右翼が前進を始めた。味方の司令部が置かれた丘の上で喇叭の音が鳴り響いた。私は、私達は、それを味方戦列(よね?)の後方で聴いていた。
何のことかと思ったけど、確か、コレは演奏開始の合図だったはずよね。なら動かなきゃ。役目を果たさなきゃ。私は溜息を吐いた。覚悟と諦めを同時に決め込む。それから私の楽団を改めて見渡した。彼らはこれから起きることについてナーバスになっているようだった。震えて、吐きそうになって、コンクールの本番前よりもずっと緊張しているらしくある。
かくいう私も胃が転覆したような気分の悪さを覚えている。クラクラした。瞬きとは別に目の前がチカチカする。それでも、
『どうだ!』桜子がドヤ顔で、二人きりのときの口調で言ったのが頷けてはいた。
『集めたぞ、五五人!』
まさかまた音楽科の面子で演奏ができるとは、私は思っていなかった。だから嬉しくはある。それは否定できない。
でも、集めたは集めたでもコレは寄せ集めじゃない。スーパーで売っている在庫処理のお菓子アソートみたいなものでしょう。ああ、あの娘がいる。あのお化粧の濃い娘ね。これをやれば単位が貰えるっていうから来たんだっけ。あの娘はどうしてサクスフォンなんか選んだんだろう。なんて、それを言ったら、私はなんで指揮なんて選んだのよ。格好いいから。自分が抱いているモヤモヤを表現できるのがたまたまソレだったから。馬鹿みたい。ああ、嫌なことばかり思い出す。どこへ行っても君には無理だのゴリ押しをね。『壱式君、残念だが、本当に残念なのだが、我が楽団では指揮者を男性か音楽学校に通う者のみと定めているのだ』
ねえ、ちょっと、せめて実力を確かめるとかそういうのはないの? 伝統的にそうなってるからそれしか認めないなんて最低よ。
私は指揮棒を振り上げた。クラクラはいよいよ増してきている。サッと楽器を構えた楽団員たちの顔色はおしなべて青かった。
演奏を始めさせる。楽器から離れて久しい楽団は演奏の勘所を忘れてしまっていた。これを演奏と呼ぶなら滝壺に落ちたニワトリの悲鳴だってアリアになってしまう。
『もうやめたら』と母に優しく叱られたのを思い出した。
『音楽じゃなくてもいいじゃない』





