8章3話(剣橋)/ア・フュー・グッドメン
昨日までの曇天が好転した晴天、澄み渡った青いそこを見ていると気分がよくなるが、なにしろ秋の空のこと、数時間後には酷い雨に変わるかもわからない。そして当然、秋の空のことがわからない俺に女心はわからない。わかろうという努力をしたこともないかもしれない。(そもそも天候については作戦部の受け持ちだ)
左右来宮は司令部への坂を登ってきている。高望を伴っていた。彼女の姿を、今日、山を出てから初めて見つけた各級指揮官が歓声を上げていた。奴らは丘の麓に頼りない横列を形成させるべく兵を督励している最中だった。
全く常識的に、今回の司令部もまた丘陵の上、これまでのそれに比べれば隆起のなだらかなものの上に置かれている。標高は一〇メートル程だった。本当であればもっと高いところが好適だ。せめて一五メートル、可能であればニ〇メートルぐらいの。でなければ戦場全体を見渡せない。そして戦闘とは常に重箱の隅を突くようにして行われる。シュラーバッハのとき、我が軍が、というよりも第ニ旅団が大戦果をあげたときからしてそうだったではないか。
しかし、今回はこれぐらい低いところに司令部を置かねばならない理由があった。あまり高いところに置きすぎると伝令が疲れるからな。奴らにはココと下とを何往復もしてもらわねばならない。
「剣橋さん」左右来宮はスーパーまで買い出しに行っていま戻ってきたところですみたいな雰囲気だった。ある意味で遠慮がない。
「ああ!」俺は諸手を挙げた。バカンスはさぞ楽しかったでしょうなと言ってやりたかった。お兄さんとはよろしくやれましたかとも。
だからそう言ってやった。「バカンスはさぞ楽しかったでしょうなぁ! お兄さんとはよろしくやれましたか? 兄妹仲は元通り? ちゃんとお互いにこれまでごめんなさいって言えましたか? 仲直りの握手はした? 愛のある抱擁は? 素晴らしい家族愛について語り合いましたか? 二人で食事をしたりしたんでしょう? 一〇年分の溝は埋めましたか? これからその兄貴と殺し合うに当たってやり残したことは何もありませんか?」
「……。……。……。」左右来宮はまず面食らった。それからニタニタし始めた。「剣橋さん、実に舌が滑らかですね」
スッキリとした。否、俺にだってわかっている。この局面で左右来宮に、まあ、なんだ、兄貴に関する話題なぞ持ち出すべきではないと。現に左右来宮のこの反応には強がりが含まれている。隠しても無駄だ。それだって、それぐらいなら、キチンと俺にだってわかる。
わかっていても限界だった。相手のことばかり考えて生きていては疲れる。それはクレバーに生きていくことは素晴らしい。誰にも迷惑を掛けずに。自分だけで抱え込んで。そういう人を立派だというのかもしれない。
だが言いたいことも言えない世の中を仕方ないさと受け止めて、もうどうしようもなくなったところで、吐き捨ててもいいような場面でだけ、友人や恋人や両親や誰かに思いの丈をぶちまける、――そんな生き方は切なくないかね? ご免だ。俺はご免だ。どんな事情があったとしても。
一から十まで余すところなく磨き上げられてスキのない現代社会、それを構成する歯車の、誰もが潤滑油にならねばならないと思っている。否、本人が望んでいなかろうが社会がそう強要するのだ。逃れることはできない。情報化の突出して進んだ昨今では二六時中、常に誰かが誰かを見張る。見張りが見張られない時代はもう終わったのだ。我々の我々でいられる時間がいま、どれだけある? その場所は? ブラウン管の前ですら、劇場の中ですら、今時、我々はその体験を誰かと共有しているではないか。
そして、なればこそ、自分の感情に素直でいることは忘れてはいけない。我々は忘れるのだから。何もかもを簡単に忘れるのだから。
「さて」俺は咳払いをした。罪悪感を捨てるためだった。気分を切り替える。「で、全般状況については?」
「次席副官からおおよそ。ただ、兵站状況が両軍ともに芳しくないとは聞いていたのですが、どうも情報が古かったようですね」
左右来宮は相変わらずニタニタしている。彼女は背伸びをして反対斜面を覗き込んだ。そこには我が軍の砲列が並んでいた。尤も、砲列と言えば聴こえは良いが、それはたかだか二個中隊(一六門)に過ぎない。砲弾も足りてはいない。何ならそれを運用する兵員までも。
しかし、あの山を出発した時点からすれば考えられないほど贅沢な戦力だった。あのとき、我が軍は全体で七門の砲しか持っていなかったのである。
「兵站状況が改善された理由は?」左右来宮は懐から伸縮式の望遠鏡を取り出した。
「水軍です」俺は簡潔に言った。
「ああ」それだけで左右来宮は悟ったようだった。
この世界における艦隊戦の主力――戦列艦は、その一隻、しかもコストの比較的ながら安い三等戦列艦であっても、建造に莫大な労力と金と時間を食われる。具体的にどれぐらいか。一隻を建造するコストで旅団が新設出来るとされる。ヒノモト円に換算すると一〇〇億円以上だ。(されると言ったようにこれは一般論で、その時々の材木の値段、建造を任せた業者、政治情勢などによっても総額は変動する)
軍艦は建造すればそれで終わりというわけにはいかない。造った船は手入れをせねば。補修だ。修理だ。改修だ。
ここに船員の給料だのなんだのを上乗せしたとき、誰もが思う。到底、そんな予算と予定は組めないと。
だからこの世界における水軍の立場は基本的に弱い。保有戦力が少な過ぎるからだ。そもそも海軍でなくて水軍と呼ばれている時点でお察しだろう。陸主海従なんてレベルではない。彼らは――彼らの呼び方を使うならば――陸軍のオマケとして扱われており、その主な任務は河川を利用して各旅団へ補給を実施すること、沿岸警備、それに他国の貿易船舶を護衛することであった。
海戦など滅多に行われない。俺の知る限りゲーム開幕から今日に至るまでのすべての歴史を併せても五、六回ぐらいしか企図されていない。実施されたのはその半分ぐらいか。
そもそも水軍は水軍と呼ばれているものの、ほぼ全てのゲーム内国家において、彼らは独自の軍政と軍令の機構を持たない。つまり我々と同じく軍務省と参謀本部から人事や予算や作戦命令の支持を受けていた。要するに水軍の軍とはそれらしい名称に過ぎなかった。彼らは彼らのことを自分たちでは何も決められない存在なのであった。
今度の騒動は彼らのマインドにも影響を与えた。言うまでもなく、また想像に難くないことだろうが、彼らの大部分は、なんと提督と呼ばれる高官ですら低学歴が主だったのである。(そうであるからこそ、高学歴どもは彼らに大権を与えたがらない側面もあった)
というわけで、つい昨日、ロホーヒルヒ周辺に展開していた第ニ河川艦隊が唐突な連絡を寄越した。連絡の内容はこうだった。
『発:第ニ河川艦隊司令部
宛:第ニ旅団司令部
我々は現在、その原野の北を流れる一級河川(ゼットン川)のこのポイントに大量の物資を“投棄“しつつあり。回収を乞う。以上。
追伸。カナラズカテ』
それは政治的な文章だった。彼らはつまりこう言っている。『本来ならば第ニ旅団に届けるはずの文章が何故か“反乱軍“に届いてしまったらしい。どーしてだろー。わからないなー。俺たちは、ほら、この辺りって喫水の問題で、なんていうか、こう、船が転覆しやすいんですよね。特にここ数日は雨がキツくて。なので積んでいた荷をやむを得ず投棄したんです。せめて第ニ旅団に拾って活用してネって言うはずが、いやー、おかしなこともあるんだ。――積極的に反乱に加担した訳じゃないんだから、第ニ旅団が勝っても俺たちを処罰しないでね? いや、処罰ぐらいは受け止めるけど、水軍全体は関係ないよ。あくまでもこれは第ニ河川艦隊司令部の独断ですからね』
「弱者の理屈ですね」左右来宮は望遠鏡を伸ばしながらそう言った。
「貴女に弱者の理屈がわかりますか?」
「ええ、参謀長。私も弱者ですからね」
「半分は本当でしょうがね。残りの半分は疑問ですな」
「ちなみに敵についてはどうです?」
「ココの県知事ですよ。野郎、俺たちを麾下に加えるつもりが失敗したんです。次席副官からそれも聞いたでしょう。で、俺たちに与えようと準備していたいろいろな物資を第ニ旅団に届けさせやがった。ただし、砲弾は足りていないはずです。不幸中の幸いですな。いや、必然かな。計画通りという奴で」
旧仮設第一師団が砲を掻き集めていたのは二通りのお題目を掲げてのことだった。ひとつは火力戦の実験であり、もうひとつは武装解除しない敵を安全に制圧するためだとされていた。嘘ではなかった。三つ目の狙いがあることを隠していただけだ。
左右来宮は最初からこうなるかもしれないことを読んでいた。そして、そのとき、自分たちの持つ火力が貧弱なものになることをも。だからこそダイキリ中から砲弾を集めて濫費した。濫費していなければどうなっていたか。敵はコチラの倍以上の砲を持っている。ラデンプールのときの残党軍の如く、我が軍は敵に肉薄することも叶わず殲滅されていたかもしれない。――否、まだ始まっていないからなんとも言えないが、何れにせよ、こうしてボーッと会話を楽しむ余裕はないはずだ。
余裕ね。余裕なのかな。怖いからこそ余裕ぶりたいのかもしれん。どうでもいいか。
左右来宮はその場に屈んだ高望の肩に望遠鏡の身を預けた。丘の対岸を観察する。俺も視線をそちらへ投げた。敵が展開しつつあった。
「速やかですね」左右来宮が漏らした。
「全くですなあ」俺は同意した。敵を褒めるのは奇妙な気分であった。
ブラスペでは戦場進入(敵が展開している地域への部隊行進)と展開(戦地における隊形変更)が重視されない。シュラーバッハとラデンプールのときもそうであったように、味方にとって妥協できない決戦の地、そこへ敵が到着するのが夜間であるから――というのが三分の一ぐらいの理由だ。
三分のニを説明するまでに、なぜ、決戦場に到着するのが夜間になるかについて改めて紐解かねばならない。別に昼でも朝でも良さそうなのに。行軍で疲れている兵を食わせて遊ばせて寝かせて休ませないと戦闘ができないから? マジでそれだけなのか。それが許されない状況だってあるだろう。
興行だからである。
例えばゲリラ・ライブを想定しよう。ある素晴らしい集団がある場所で演奏を行う。ただしその事前告知は一切、行わない。また演奏開始時間は(リアリティは無視して)夜中とする。そんなもの誰が見るんだ。終電を逃した酔っぱらいと駆け落ちするかどうか悩んでいるカップルぐらいなもんだろう。
ブラスペの戦争もそれだ。視聴者があっての戦争であるからこそ“明日のこれぐらいから始まりますよ!“と予告してやる必要がある。その予告から開始までの時間を勿体ないから有効活用する。してしまう。それだけのことに過ぎない。そして、“始まりますよ!“の二時間か三時間前、示し合わせたように両軍ともに起き出して、ノロノロと、顔を洗い、歯を磨き、食事をして、何もしてこない敵の前で横列を完成させる。
今回は話が違う。それが許されない状況、要するに一刻も早く我が軍を蹴散らさねばならない状況であるから、敵は迎撃準備をほぼほぼ終えた我が軍の前で隊形変更を始めた。
戦場進入や隊形変更にも様々な方式や種類がある。
戦列歩兵を戦場へ侵入、展開(開進)する場合、まず重視されるのは敵の配置と道路の都合である。早い話、敵が真正面に居るならば、その敵に対して横並びな道路に騎兵、歩兵、騎兵を並べて行進させる。このとき、歩兵は中隊横列を縦に並べた大隊を更に縦に並べた隊形を取っている。そして、この歩兵は、敵前に到達すると、先頭の大隊を基点に、その大隊の両脇を固めるように後続の大隊が展開する。いま、夏川の旅団が行っている展開もこれに当たった。
敵の横列に対して段違いというか、擦れ違いような道路が存在する場合、展開はより楽になる。やはり騎兵、歩兵、騎兵の順に並んだ兵を敵の正面にするりと滑り込ませて回れ右、これで片がつくからだ。
ただし、楽なのは何時だって理屈の上だけだ。行軍で疲れた兵はどうしてもミスを乱発する。ミスが増えれば事故になる。事故が起きれば展開などできない。
また、疲れた兵を重ねて疲れさせないように、どの部隊をどの道路からどれぐらいの速度でどれだけ歩かせて、どこに到着したらどういう手順で隊形を変更するか、また変更する場合、どの大隊が、中隊が、どのような経路でどのような機動をするか――などを、実施させる側、今回ならば第ニ旅団司令部がキッチリと計画してやらねばならない。これには極めて面倒な数学的計算を要する。
でもって、計算をしたところでどうしてもそのとおりにはいかないから、じゃあこういうケースにはこうしようああしようという対策を用意しておかねばならない。たかだか戦場進入と展開だと笑われるかもしれない。運動会の入場と変わらないではないかと。一組がここに移動して。その隣に二組で。
忘れてはならない。ここは戦場だ。攻撃してくるかもしれない敵の前では一分一秒の遅れが致命的な被害を齎す。進入と展開もまたひとつの作戦行動である以上、手抜かりはできない。
とはいえアレは手抜かりをしなさすぎているがね。俺はおよそ三キロ先で隊形を変更している敵に苦笑した。その速度は左右来宮が言うように尋常でなかった。通常、どれだけ早くても三〇分は掛かる旅団規模の隊形変更をニ〇分以下で終了させようとする勢いだった。いまからチョッカイを出しに行ったところでコチラが手を出す前に反撃が来る。(そもそも我が軍は敵がこれだけ早く来るとは思っていなかった。ので、横列展開が遅れている。奴らがこの時間に来るとわかっていれば隊形変更のスキをついて攻撃出来た。その場合、敵は騎馬砲兵を先行投入して隊形変更の時間を稼ごうとするかもしれないが、兵站状況からして数はそう多くない筈だ。今頃はもう決着が着いていたかもしれない。これは敵の情報を集めきれなかった俺のミスか。それとも隠しきった夏川の手管を称えるべきなのか)
「まあでも」望遠鏡を元の位置に戻した左右来宮が慰めるように言った。「ウチの軍隊も決してトロくはないですね。アレですかね。集合心性的な」
「さあ。そうなんじゃないですかね。俺にはわからんですよ」
「おや」左右来宮は目を丸くした。「やけに他人事ですね」
「ええ。他人事ですよ。俺は高学歴ですからね」
左右来宮は笑い出した。俺もブラック・ジョークをキメて上機嫌になった。敵の展開はまさにあっという間に終わった。ちゅーちゅーたこかいな、と、左右来宮は展開した敵の数を数えた。それは俺の期待よりも多かった。七〇〇〇ほどだった。砲などはニ四門は保っていた。展開の終わる寸前まで敵を至近距離の林から偵察していた軽歩兵によると、第ニ旅団司令部には暁顕や左右来宮(兄)が合流しており、更に会長が随行しているという話だった。戦いの気配が急激に濃くなった。
だが――何時も通りと言えば何時も通り――、我が軍は土壇場でしくじった。ある砲の車軸がいきなり折れた。砲はそのまま丘を滑り落ちて、途中、何人かの将兵を巻き込み、最終的には行き交っていた砲弾輸送馬車に衝突した。爆発するなどということにはならなかったがそれなりの事故、現場の動揺は大きかった。
敵はいまにも攻撃前進を開始しつつある。俺の心臓は高鳴らなかった。もうなるようになれと思っていた。どうしますかと左右来宮に尋ねた。
「参謀長、ここをお願いしていいですか?」
「またそれですか。あなたも芸がないですね」
「どうも。で、いいですか?」
「上官の言うことならききます」
「またそれですか? あなたも芸がありませんね、参謀長」
「ヒノモト人ですからなあ。無償奉仕の精神ですぜ」
「それって無形文化財とかにされてもよさそうですよね。――じゃ、任せます。私はあちらに挨拶に行ってきます。その間に立て直しておいてください」
「挨拶」俺は肩を落とした。
「挨拶です」左右来宮は平然としていた。「戦闘前のちょっとしたね。安心してください。ここまで準備をしてしまったなら、ショーですからね、この戦争も。私が囚われたり殺されることはない。きっと帰ってきます。会長にどうもとだけ述べてね。今日はよろしくお願いします。お互い正々堂々殺し合いましょうってな具合に」
よくもまあそんなことを思いつく。俺は呆れ返った。同時に尊敬もした。凄いですね貴女はと本心から褒めた。軽口だと思われないように目を見据えて。左右来宮はビクともしなかった。そうですかねと頬を掻いたばかりだ。それで俺はようやくのことで彼女の本性を理解した。
この人は本気で自分をそう思っているのだ。凄くないのだと。優秀でないと。ともすれば無価値だと。
無価値だと思い込んでいるから努力する。どこまでも。なにかを成し遂げようと。
ある意味で哀れな人だ。多分、この人は誰に褒められても満足しない。それをただの社交辞令、流行りのお世辞と解釈して、むしろ自分はそんな器ではない――と、自分自身の価値をひたすらに下方修正していく。
恐らくは。俺は溜息を吐いた。彼女は誰にも好かれない。好かれてもこなかったろう。褒めてやったのに喜ばないから。彼女に善意を向けていた人間たちはその善意が強ければ強かったほど彼女を悪い方へ誤解する。『他人を褒め続けるのも大変なんだ。人の気も知らないで』
更に始末に負えないことに、彼女はまた、それを理解している。自分を好いてくれる誰かも何時かは自分を嫌うことを。自動的に。そしてそれを当たり前なのだと受け止めている。変えようとしたところで誰かを傷付けるだけなのだと言い訳しながら。
人間は自分の経験や体験に基づいて常識を――『お前んちって目玉焼きにソースかけんの?』――作るということなのだ。人は何時だって身の回りにあることだけを世界の全てだと思う。他人にも他人の人生があり、事情があり、秘密があり、悲しみがあり、苦しみがあり、喜びがあり、特殊性があることなど理解しない。或いは理解したとしてもそれを受け入れたがらない。
どっちもどっちだ。左右来宮も。彼女を嫌う人々も。どちらも均等にエゴイストだ。
これだから嫌なのだ。これだから俺はこの人が嫌いなのだ。これだから俺はこの人を好きなのだ。はあ。全く。全くだな。
「左右来宮さん」俺は呼んだ。
「はい?」彼女は珍しい呼び方をした俺を珍獣でも見るかのように見詰めた。
「お気をつけて」
左右来宮は俺の態度から何を感じたろうか。知らない。俺もエゴイストなのだ。俺は決めてしまった。俺はこの人をこれからも支えてやろうと。見捨ててはおけないと。
なあ暁顕よ。俺はせっせと歩き出した左右来宮の背を見送りながら考えた。お前がなんであんなことをしたのかなんて俺には興味もない。お前がいまなにを考えているかもだ。俺はお前をぶん殴ってでも家に連れ戻すつもりだからな。だってそうだろう? お前も覚えてるはずだ。一万五〇〇〇円の家賃に相応しいボロ・アパートで、でも、俺たちがどれだけ団欒してきたかを。ちょっと体重を掛けるだけで抜ける床を歩くコツについて三人で研究したよな。水の出が悪いことだって嫌じゃなくて笑えたろう。押し入れから生えてきたキノコを興味本位で食ったら病院に運ばれたりもしたよな。夜中、〆嘉の、だから、元のアレが来て二人で戦ったときのことはどうだ。
ああいうことを思い出せる限りお前と俺とは親友なんだ。誰がなんと言っても俺がそう決めたんだ。一度、ふざけたことをしたぐらいでいままでの全部を台無しにすることができるもんか。俺たちの絆は、ふん、安っぽい言葉だが安くないんだ。
そうだ。思い出せる限り。思い出そうとしている限り。忘れない限り。





