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8章1話(視点:剣橋)

 嫌味を言ってやろう。言わねば気が済まない。ではどんな嫌味を言ってやれば効果的か。もちろん兄貴のことだろう。弄り過ぎか? イジケやしないだろうか。しないだろう。万が一にもしたらどうする。知ったことか。すべての責任はアイツにある。偶にはこれぐらいやっても許されるはずだ。


 などと俺――剣橋京太郎は企んでいた。実際、そうするだけの権利を持っていると確信していた。なにせ左右来宮(妹)が音信不通になってからの約八〇時間、俺は一個旅団に相当する混成部隊を指揮するなどという、およそ半年前であれば想像もしていなかった拷問に不眠不休で耐えたのである。


 ……三日前、危ういところで夏川の手を逃れた俺たちは命からがらロホーヒルヒ郊外のある廃村に辿り着いた。そこには公星らの連隊(実際には大隊規模)が隠れ住んでいた。


『そんな慌ててどーしたの』と、悠長に食事などしていた公星に俺は担いできた左右来宮のアバターを見せた。公星は慌てなかった。そのまま食事を続けて、俺をやきもきさせて、コーヒー(そんな貴重品をどこで手に入れた)をおかわりして、それからようやく部隊に出撃準備を命じた。


 出撃準備は形式上のことだった。俺たちが駆け込んだ時点で、かつてのダイキリ軍で一、ニを争う英傑で構成されていた公星の連隊は装備点検、武器弾薬の移動用意、それに点呼を済ませていた。夜中だというのに通知を受け取った非番プレイヤー(ログ・アウトしていたプレイヤー)らは五分で揃った。


 俺たちはチャコラ山へ逃げ込んだ。実のところ間一髪であったのを知ったのは昨日のことだ。あの廃村は俺たちが出発してから僅かニ五分後、追撃してきた驃騎兵の群れに放火されて焼け落ちたのだった。


 俺たちは今後の方針を定めねばならなかった。クーデターは失敗した。ならばこの次はどうするのか。降伏か? 潜伏か? それとも仲間同士で殺し合うか。


『ボクはどうでもいいけどさ』


 山頂付近に設けた隠れ家――とは名ばかりの洞窟で公星は言った。本当にどうでもよさげな口振りだった。『要するに問題は右京子ちゃんが帰ってくるかでしょ』


『来る』俺はその点について断言した。『来る人だ。この人は。それだけは保証する』


『ふうん。じゃ、方針なんて決まってるんじゃない? 合意を得るまでもないでしょ。大体、合意を得る必要があるの。既に合意してると思うんだけど』


 確かにそうだった。一時は見ていられないほど意気消沈していた――ただし、忙し過ぎて慰めてやることもできなかった――〆嘉をはじめ、クーデターに参加した連中はいまさら掌を返すほど薄情ではなかった。俺たちは左右来宮が帰還したときに備えて可能な限りのことをしておくことを当座の目標に据えた。


 そして、夜が明けた。と、同時に俺は幾つかの信じられない報告を耳にする。それはチャコラ山のあちこちに配置しておいた歩哨(軽歩兵のマネをしている龍騎兵)らから 齎された。曰く、


『我が、ええと、えー、部隊への合流を望んでいる部隊指揮官殿がぜひ剣橋参謀長にお会いしたいとのことで。あ、いえ、正確にはこの場の指揮官に会いたいということだったのですが。――あ、ああ、もちろん、左右来宮師団長が不在であることは漏らしておりませんです』


 そんなことがあるか。罠に決まっている。いや待て。罠にしては手が込んでいないか。大体、歩哨を発見した上でわざわざ話しかけに行く意味などあるか? 


 結局、俺はそいつに会いに行くことにした。俺は山間のある川の傍を面会場に指定した。双方ともに護衛は一名ずつということにした。俺は最も腕が立つからという理由で須藤を連れた。相手はどうだったか。護衛を連れていなかった。肋骨服から彼の兵科は騎兵、装飾の派手さから言って格は大隊長だろうと俺は当たりをつけた。


『剣橋参謀長か?』相手は驚いたようだった。ロリを呼んだはずがゴリラが来たのではそうもなる。


『師団長は――いや、師団なんてもうどこにもないな。左右来宮さんはいま手が空いてない。それで、我が部隊に参加したいと?』


『そうだ。ああ、申し遅れたが、私はモヒート軍第九独立騎兵連隊長だ。名は菅原』彼は不満を口にするわけでもなく背中で手を組んだ。浅い割に流れの早い川の表面に目線を落とした。水深の関係上、それほど石や砂の積もっていない川だから、水の流れる音は静かで雅だった。対照的に彼の声は力強く、はっきり言ってしまえば野卑だった。


『私は低学歴だ。なんとか三年も掛けてここまで成り上がってきた。上に媚び諂って下を虐めて。それにもう疲れた。それが参加の理由だ。私の部下も多くが低学歴だ。それだけですべてを納得して貰えるのではなかろうか』


『理解は。納得はできない。第一、どこで今度のコトを?』


『おつかれのようだ』苦労してきた人間に特有の表情を菅原はちらつかせた。相手に不愉快な思いをさせないための笑いであった。彼は実年齢の三倍近く老けて見えた。(尤も、彼は素の表情からして泣いているようだった。目は糸のように細い)


『こんな大事だよ。クーデターなんて今までも幾らでもあったというのに、これまでにないほどの事件として報道されている。だからきっと私だけではない。ロホーヒルヒ近隣に展開している様々な部隊がココへ駆けつけるだろう』


『なるほどね』俺は得心した。それぐらいのことを思いつけなかったのは疲れだけが原因ではないだろうなとも思っていた。言ってしまえば低学歴どもにそれだけのガッツがあるとは思っていなかったのである。まあ、一部隊が参加を表明したぐらいで低学歴全体の評価としてしまうのはアレだろうが、とにかくそのときはそう感じた。


『ちなみにロホーヒルヒはとんでもないことになっている』若白髪の多い菅原は苦笑した。『そちらの師団の熱心な下級指揮官らが暴動を起こしたからだ。それに、第ニ旅団、アレはまだロホーヒルヒに到着していない。君等を襲った夏川らは先発してロホーヒルヒに到着した騎兵の一団、それに過ぎないからだ。とりあえず後半日ぐらいはココに居座って仲間を募っても問題はないと、私は愚行する』


 俺は菅原を歓迎した。彼は優秀な指揮官だった。敵の何かしらの部隊に接触を保たれる――着けられているようなことはなかった。というよりも、駐屯地ごと寝返ってきたので、そもそも着けられる時間がなかったのかもしれない。


 間もなく事態は菅原の指摘通りに推移した。まず旧(と付けねばならないのは悲しい)仮設第一師団の諸部隊、これはやはり低学歴が部隊長を務めている戦列歩兵中隊が主だったが、彼らが続々と山へ到着した。彼らの中には、駐屯地の立地上、ロホーヒルヒ内で暴れるだけ暴れてからここまでやってきたというものが混ざっており、そういう連中は敵に対する貴重で緊急性の高い情報を携えていた。例えば? 


『ロホーヒルヒ内の物資貯蔵庫を幾つか爆破してから来ました』とか、


『町の主要道路を爆破してから来ました』とか、そういうものであった。


『映画の前にランチに行こうね』みたいな気安さだが、やっていることはえげつない。


 まさに低学歴! 暴力的で短絡的だが、事実として、それは敵を食い止めるのに効果的だった。俺は半日ではなく丸々一日を山の中で過ごした。過ごさねばならなかったとも言える。参陣してくれた各部隊はその名前こそ中隊であり大隊であるが、実際には定数を割っているとか、或いは装備の殆どを喪ったりしていた。こういう部隊はそのままでは使い物にならない。この部隊とあの部隊とを組み合わせてという作業――再編成が必要になる。


 しかも、それをやらねばならない地形が地形であった。チャコラ山の麓はビッシリとした森林である。


 再編成をするためには各部隊の位置を完璧に把握して“お前はあそこでこの部隊と合流、そのとき使う道はこれで、その道路はこういう状況で、ああ、この場所で別の部隊と交錯するから気を付けろ“などと指示を出さねばならない。


 山の中、森の中、火の中で水の中であの子の(とても言えない)中でどうすれば各部隊の位置を把握できるだろう? っていうか、そもそも使える道が少な過ぎる。かといって軽歩兵も有さない部隊に冒険はさせられない。


 軽歩兵か。軽歩兵どころか俺たちの、なんて言えばいいのか、ええい、暫定的に左右来宮軍としちまう俺たちの司令部には幕僚と呼べる幕僚がほぼほぼ居なかった。伝令将校もだ。


 俺たちは時によると自分たちで木々の間を駆け抜けて地図の作成、部隊移動状況の把握、その監督、更には督促などをこなさねばならなかった。つい先日までまで快適なオフィスで威張っていたことが偲ばれた。(〆嘉がいなければ死んでいた)


 左右来宮の不在を各部隊にバラすかどうかについても司令部内の意見が割れた。最終的には左右来宮に好意的であることが明らかである部隊、その部隊長が信頼できる人物であればそれとなく話すことで合意をみたが、人物鑑定眼に自信のある高校生は少ない。


 だから人事部長は腹の肉を揺らしながらあちこちを駆けずり回った。彼はこの三日だけで四キロは痩せたと豪語している。実際にはもっと痩せているだろうと俺は読んでいた。


 ちなみに、わざわざ“左右来宮に好意的であることが明らかである部隊“とか“その部隊長’としたのには理由がある。そう、我が軍に参加した部隊の中には高学歴の率いる部隊、あるいは部隊を捨てて単独でやってきた高学歴も少なくなかった。


 彼らは高学歴であっても低学歴と仲睦まじくしている者たちであり、若しくはそうしたいと望んでいた者たちであり、或いは高学歴社会に倦んだ者たちであり、はたまた出世競争に敗れて他の高学歴を憎んでいる者たちであった。


 明朝、我が司令部はようやくすべての部隊の再編成を終えた。また、どの部隊が何をどれぐらい持っていて、逆に何をどれぐらい持っていないかもほぼほぼ知ることができた。


 それによると我が軍に残された食料的な猶予は一週間程度であった。それ以上の行動はまずもって不可能だとされた。(と言っても、実のところこれは期待していた数字の倍に相似した。砲を重視するために兵站も重んじるモヒート軍ではあるものの、通常、兵には三日分の食料をのみ携帯させる。ここで一週間という数字が出たのは合流した各部隊の指揮官が気を利かせた結果であった)


 砲弾と銃弾の備蓄数に関しては惨憺たる有様と言う他になかった。『おやつ代は五円までです。バナナは含みません。ちなみにリンゴは含みます。先生の好物なので』


 これで戦争ができるか? やるしかないのだ。


 山へ立て籠もることは不可能だと判断した我が司令部はこの日、九月一四日の九時ニ〇分、全部隊に移動の開始を達した。周辺のあらゆる道路を使用して目指す先はロホーヒルヒから西へ三九キロの地点に広がるンジョール=ヌ原野であった。嫌気が差した。アメリア大陸のありとあらゆる地名はサトーが決めたものだが、いやはや、あの女はどんなメンタリティをしていたんだ? きっと病んでいたに違いない。シュラーバッハはまだいいとして、凡その事例において、アイツのネーミング・センスは狂っている。



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