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銃剣突撃する怒れる低学歴と悩める高学歴のファンタジア  作者: K@e:Dё
6章『本当は赤く咲くはずだった黒い花』
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6章14話/失われたときを求めて


 兄貴めが、なんで、こういうときに限ってオシャンティーな喫茶店など選ぶのだ。御心尽くしのホット・ケーキなど食べたくもない。だが、食べないことには話をしなければならない。話をするとボロが出る。何の? ドキドキが止まらないのだ。


 剣橋さんは。私はセルフで気を逸らそうとした。どうしているだろう。この時間を拵えるのにはかなり無理をして貰ったのだ。今日の深夜、私は計画のメンバーを集めて最後の会議を行う。そこでもし有効なアイデアがでなければクーデターはお仕舞いだ。ああ、もう、こんなことしてる場合かよ。


「おい」兄が言った。私の身体がビクンと跳ねた。「ヨコハマへ行ってくる」


「ごゆるりと」


 私は兄が帰ってくるまでに少しであっても構想を練るべきだと考えた。無理だった。兄と二人で外出している。しかも、必ず二人で片付けねばならない用事があるわけでもなく、あの墓詣りのときのように兄の気紛れというわけでもなく、合意の上、外出しているのだ。集中などできるはずもない。目が渦を巻く。視界が回る。どうしよう。どうしよう。どうしよう。とりあえず、あの野郎が帰ってくるのを待とう。そうしよう。


 私は待った。一分。二分。三分。三分! 


 三分が永久に感じられるだなんて。待つのは得意なはずなのに。気持ちを整理できない私は、無意識に、兄の注文したお菓子までムシャムシャと食べていた。


「お前」気が付かない間に帰ってきた兄は溜息を吐いた。「何をしてるんだ。そんなにハラペコなのか」


「マドレーヌの香りが幼少時代を」私は首筋を掻いた。無性に恥ずかしかった。


「変だぞ。お前、いつも変だが今日は特に変だ。お前は――」


 兄は苦笑した。「お前は変だなあ」


「ヘンダーランドですかね」私は口を拭きながら言った。実はナプキンで口元を隠さないとニタニタ笑いがバレるかであった。


「そういうところが変だ」


「ですかね。ところでその飲み物は美味しいですか」


「美味い」兄はタピオカ・ミルクティーなぞ持っていた。


「どれぐらい」


「お前がここで死んでも飲み終わるまでは気が付かないぐらい」


「一口ください」私は両手を差し出した。


「浅ましいぞ」兄は吐き捨てた。


「自分の、飲んじゃったんですよ」


「自らで買い足せ」


「兄じゃないですか」私はゴネた。


「だからなんだ」


「先に生まれたのに」


「数分だけな」


「昔はくれたのに」


「高校生にもなって妹に飲み物をくれてやる兄はいない」


「世界中の兄妹を分析したわけでもないのになんでそう断言できるんですか」


「悪魔の証明に付き合う気はない」


「ケチですね」


「好きなように言え」


「ケチケチケチケチケチケチケチケチケチ」


「己は好きなようにと言ったんで好きなだけとは言ってないんだ」


「ケッ」私は唇を尖らせた。


「脳味噌が馬鹿なのか」


「ええ、ミツコシですとも。それより兄さん、ピザって十回、言ってくださいよ」


「断る」


「言ってください」


「ピザ」


「私のいま食べたいものは」


「ピザ」


「パフェです」


「殺すぞ。大体、女の子みたいなこと言うな」


「殺してみてくださいよ」


「なんだと」


「殺してください。できないんですか」


「黙れ」


「できないんですか」


「黙れ」


「できないんですね」


「黙れ」


「やーい」


「黙れと言った。――おい、本当に黙り込むな」兄は肩を落とした。


「なんだかしらんが」兄は秀でた額を撫でるように抑えた。「ようやく喋るようになったな」


「なんだか」口がモニュモニュと縺れた。「緊張してたんですよぅ」


「“ですよぅ“じゃない。なにを緊張することがある。己たちは」


 兄はそこで言葉を区切った。野外に設置されたこのテラスは風通しが良い。彼は目を細めた。ズレてもいないメガネの位置を気にした。それは私と兄に共通する、何かを誤魔化したいときの癖だった。「兄妹だ」


「双子のね」私は混ぜ返した。「確かに。なにを緊張してたんだろう」


 どこか行きたいところはあるかと兄は尋ねた。私は兄がくれたタピオカを専用のストローで――兄妹の間接キスは法に抵触とかしないだろうな――タピった。


「えーと」私は今日までこのタピオカ・ミルクティーをキャッサバをサバしてタピタピする下等な飲み物だと侮蔑してきた。流行に踊らされた人々ばかりが好んで飲むだと。否、それはそれで、流行に乗っているというライブ感を、例えば友人などと楽しむのは格別の経験だろうが、だとしても私の好みではないと思っていた。そもそも、このストローでタピオカを吸い上げてる様子って、どこか掃除機の実演販売みたいじゃないですか。『変わらない唯一の吸引力!』


 私もまたズレてもいないメガネの位置を気にしながら言った。「本屋に行きたいんです」


「お前、あの部屋で魔法学園でも開く気なのか? あれ以上、本を増やしてどうする気だ」


 私はストローを咥えたまま笑った。兄は背凭れに寄り掛かって空を見上げた。青い空は晴れの証拠だ。当然か。


 タピオカ・ミルクティーか。私はろくでもないことを考えた。致死量の砂糖を使ってるとしか思えないのに、なんだ、美味しいじゃないか。



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