6章13話/夏の終わりの近くの君の……
『さ』吃った。
『左京君、右京ちゃんと出掛けるなら覚えておかなきゃいけないことがあるよ。いいかい、それはね、手を貸してあげることだ。女の子は大変なんだからね。重いものを持たせちゃ悪いし、ハイヒールだったりしたら、脱ぐとき、履くとき、手だよ。コレは真面目な話なんだ。誰かと仲直りしたり仲良くなりたいときはね、普段、出来ないようなことを、僕がやるよ、って、言い出すのがいちばんいいんだよ』
優しさと生意気さは背中合わせに存在している。有り難さと鬱陶しさも。
家を出るとき、己は親友の寸鉄に従って妹に手を貸してやろうとした。舌打ちした。妹の利き手がどうしても思い出せなかったからだ。どっちだ。どっちの手を差し出してやればいい。
そう迷っている間に妹は一人で靴を履き終えてしまった。まさかと思ったが本当にハイヒールと来た。その、歩く度に鳴るコツコツという音が己の情緒を侵す。こいつも女だったな、と、考える度に自分のどうしようもなさを再確認しなければならない。
そう、小さかろうと妹は女であった。コイツめ、まあ、メディアに出るときに専属のメイクがいるからかもしれないが、色気づいて化粧をしていたし、割合、開けた服の胸元から覗かれるタワワはタワワであった。コレに誰かがセクハラしたわけだ。数ヶ月以内に。どこかのパーティ会場で。どこのどいつだ。
「どうしました」
靴脱でチンタラしている己に妹は怪訝な目線を向けた。「私の顔にアレでもアレですか」
「お前、利き手はどっちだ」
「は?」妹はなぜみんなそれをとボヤいた。
「はあ、コンパーテッドです。人をぶん殴るなら左です。文字を書くなら右ですか。意識しないと左が出るんです。母さんが直せ直せと言うので無理に直した結果ですかね。ところで兄さん、今日は大層エグいコーデですね。そんな服を持ってましたか?」
己はそれほどファッションに気を遣わない。だから妹と出かけるための服など持っていなかった。否、そもそも服を買いに行くための服を持っていなかった。
このナウでイケてる服は古を煩わせて購入したものだ。礼と謝罪を述べた己にアイツは『まあこれも女の仕事ですからね』と口癖を使った。いつも思うがなんなんだそれは、と、そう尋ねるとアイツは言った。
『いえ別に。私はただ、女に生まれたことを、貧乏籤を引かされたと考えたくないだけです』
それ以上の回答を彼女はしようとしなかった。
「己はいい。だがお前のそれはなんだ。オタク・サークルの姫か何かか。ロリコン童貞を心臓発作で殺しでもするつもりなのか。美人局か。なんでそんな服をお前は持っているんだ。ランプの魔人にでも見繕ってもらったのか? 金の無駄だな」
己はぶっきらぼうに言った。「とっとと行くぞ」
都市情報雑誌を買ってきた妹は花火大会に狙いを定めた。『どこか行くなら殺風景なところは嫌だ。花のあるようなところがいい。華ではなくて花だ。色彩の豊かなところにしろ』と、確かにそう命じたが、まさか空に咲く花とはおみそれした。やはり国語能力は奴の方に軍配が上がるらしい。
開会まで九時間以上ある。己は暇をどう潰すかについて妹に尋ねた。ノープランであるらしい。ならば討議をと思ったらば「兄さんが決めてください」と言った。
このように妹、移動中も上の空、話しかけても腰の据わらない感がある。ロマンティック・アイロニーか何かか。どんなネタを振ったところで「はあ」と「そうですね」ぐらいしか返事をしない。
電車で都心に出た。適当な店を選んだ。もうどこだっていい。座りたかった。夏は暑い。





