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1章7話/おとこはつらいぜ

 

 ぶっちゃけスタグフレーションに陥っている我が国において煙草を吸い続けるのは難しい。目減りした税収を賄うべく、煙草税はDV夫のフリ上げる右腕の如く上昇しまくっているのだ。やめて、貴方! やめろと言われてやめる奴がいるか。怯えろ。竦め。何がお前の幸せで何をして喜ぶかもわからないまま死んでいけ。


 己は禁煙を決意した。成功した。家から学校までの間、一時間だけだが、たしかに吸わなかったんだから成功だろう。


「左京くん」書類仕事を持ち込んでいた宗近達人(むねちかたつじん)が言った。これは己の幼馴染だ。二メートルを超える巨漢だが心優しい。「どうかしたの?」


 己は強がった。「どうもしない」


 己の通う鳳凰院高校の第六ゲーム部室であった。半ば以上、己専用の執務室となっているこの八畳は大量の書類と書籍とで、しかし、整然と埋め尽くされている。壁の色と模様を確認できないほど並べられた本棚、その中に並ぶ革の表紙、それを彩る金色の文字などいっそウットリするほどである。


 この部屋で片付いていないのは己の気分ぐらいだ。机に向かいながら己はある紙に見入っていた。中間テストの結果である。


 左右来宮左京の名前は学年三位に見出だせる。我が校の生徒総数は三〇〇人に届かない。まず満足できる順位だろう。だが待て。妹と比較したときはどうだろう。妹の通っている七導館々々は低学歴校だ。我が校の教育水準と比べるべくもないが、で、あるからこそ妹の学年主席は疑いない。アイツはそれぐらいには優秀なはずだった。


 舌打ちをする。なんで己が妹を褒めてやらねばならないのか。煙草を、植木鉢を加工して自作した灰皿に押し付けて消した。


 一〇時ニ五分だった。好きなように履修表を組める我が校であるからして、次の授業は午後ニ限、それまでに様々な仕事をこなさねばならない。同じゲームをしていても妹と違ってエリートである己にはやることが多いのだ。寝ている間に仕事を代わってくれる小人さんたちもいないしな。


「う」


 応接セットに居座る達人が吃った。手元に向けていた目線を己へ向ける。「右京ちゃんのことだろ?」


「だからどうした」己はつれない態度を示した。


「今日は随分と手厳しいね」


「……。……。……。すまん」


「いいよ」達人は苦笑した。


「気が立っていたんだ」


「平気なの」


「ああ」


「相変わらず兄妹仲はよくないんだね」


「よくないんじゃない」己は溜息を吐いた。「悪いんだ」


 こんなものがあるからいけない。己は順位表を紙飛行機に折った。窓の外へ放ってしまう。しまってから悟った。あれが誰かに拾われたら恥である。『左右来宮左京ってのは惜しい奴なんだなあ!』とか言って笑われる。


 己は慌てて席を立った。窓の外へ身体を乗り出す。飛行機を掴んだ。いろいろな意味で危ないところだった。我が校の校舎は三五階建ての高層ビル、その上から一ニフロアで成り立っている。ひとつ間違えればお空の旅でアッパラパーとなるところだった。


 遥か何十メートルか下の地上ではブーブーがピーポーとか言って走り回っている。トヲキョヲの治安は今日も悪い。ビル風は五月の不快な面を練り込まれたようにジットリしていた。梅雨が近い。


 戒めのためにも窓を閉じると、背後、達人がクスクスと笑っていた。止めてくれ、興奮するだろ?


 部屋の扉が開かれた。一揖して入ってきたのはガラスの靴の似合いそうな少女だった。(いにしえ)である。ふざけた名前だが優秀な初年生であり、ここのところの激務で身体を壊した己の主席副官――高架下(こうかした)の代わりに重用している。


「先輩」彼女の囁くような声質は男子の倫理を危うくさせる。ティッシュはどこだ。


「会長がお呼びです」


「か。達人、ここは好きにしてくれていい」と、部屋を出ようとしたところで己の前に古が立ち塞がった。「なんだ」


「ネクタイが曲がっております」


 古は己の首筋へ手を伸ばした。その指は五本あって、どれも細い。


「悪いな。ところでお前、月額、幾らで嫁に来てくれる?」


「先輩の月収はお幾らぐらいでしたか」古は己の首筋に目線を据えたまま尋ね返した。古の指で首を締められたらさぞ愉快だろうなと思う。


「月ニ〇〇時間近く働いてもサーバー利用料だの何たら積立金だので八万程度だ」


「お断りする他にありませんね」


「八万ではカボチャの馬車も借りられなさそうだしな」


「先輩はどうしてそう不思議なことばかり言われるのですか」


「お前はどうしてそう気を使ってくれるんだ」


「これが女の仕事ですから」彼女が言い終えるのとほぼ同時にキレイなダブル・ノットが完成した。


「わからないな。まあいい。とにかく助かった。ありがとう。行ってくる」


 部屋を出る。会長室(競技ゲーム部の第一部室)へ歩き出したところで気が付いた。テスト結果を執務机の上に置いたままだった。駆け戻ると、古、件のブツを手に取ったところだった。


「それはラブレターなんだ。読まないでくれ」


「先輩、三位だったんですね」


 泣けるぜ。


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