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銃剣突撃する怒れる低学歴と悩める高学歴のファンタジア  作者: K@e:Dё
6章『本当は赤く咲くはずだった黒い花』
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6章10話/サトー


 ――――貴女に対して否定的な意見も多いが、それについてはどう思いますか?


『世の中には否定的な意見なんてないわ。大人なのにそんなこともわからないの。あるのは賛成できる意見とできない意見だけよ。尤も、私に言わせれば、世の中にあるものの悉くは賛成できない意見だけれど。だってそうでしょ? どいつもこいつも、一切合切、アイツもコイツも、大人も子供もお姉さんですら、実のところ自分の意見がある人間なんて少ないじゃない。大抵の人間は自分の経験則に照らし合わせて正しく見える他人の意見を、さも自分のものであるかの如く取り扱っているだけだわ』


 ――――という、あなたの意見自体が誰かの意見の剽窃なのではないですか?


『ええ、もちろん。私が何時、私は特別だって言ったの? 勘違いしないでね。私は私も含めて、いまこうして生きている殆どの人間が馬鹿だって言ってるのよ』


 映像の中で彼女は『アッカンベー!』とした。インタビュワーは言葉を失った。彼女はまず勝ち誇り、それから火傷の痕に芥子を塗られたタヌキが悶え苦しむ様を見たときのように腹を抱えてゲラゲラと笑った。


 これはまた。己は怪しんだ。どうしてこの展示物だけ?


 あるデパート内の小さな美術館、営業時間をとっくに終えたその一角に己は佇んでいた。この美術館では、来月から、我が親会社の主導で『ブランク・スペース・オンラインの歴史~サトーが紡いだ三年間~』なる特設展が開かれる。そこでは通史――ブラスペの歴史を一から十まで解説する常設展と違って、サトーと、彼女の国家・午後の死についてをのみ専門的に扱う。だから展示内容は偏っている。どころか、当時のありのままの様子ではなく、後付された“偉大なるサトー“を見せることにばかり力が入っていた。その方が来館者にわかりやすくてウケが良いと判断されれば、本来、語られてしかるべきはずのエピソードが省かれていたりもする。(或いはサトーのでない名言が彼女のものだと恣意的に改変されたりもしていた)


「君!」


 後ろから誰かが呼んだ。振り向けば休憩用のロハ台に、悪の組織の科学者みたいに不健康そうな女性がグッタリと座っていた。その傍らに居た係員がいま持ってきますからと言い残して笑顔で走り去る。女性は己を手招きした。己は素直に従った。彼女はロハ台の上に何本かの缶ビールを並べていた。照明の絞られている室内ではその缶の銀色が目に痛かった。


「大分、あの映像に興味があるみたいだね。私たちに気が付かないぐらいには。サトーのファンなのかい? 美人だもんな、彼女」


 展示内容変更のために館内は乱雑としている。ロハ台の周辺にもダンボールだのパネルだのが無造作に積み重ねてあった。己は借りてきた脚立を椅子の代わりにした。女性はピンと人差し指を立てた。


「君に良いことを教えてあげよう」彼女の態度はさりげなかった。「アレは、って、ああ、いや、そのまえに名乗らなきゃかな? 私は七導館々々高校の教師だ。かなで先生って呼んでね。君の妹にはお世話になっているよ」


「それはまた」己は目を白黒させた。「いえ、こちらこそ妹がお世話になっていまして」


「いやいや、私がお世話されっぱなしなのさ」その割には感謝のかの字すら伺えない。


「よく自分がアレの兄だとわかりましたね」


「うん? ああ、いや、顔立ちが似てたしね」


「か。初めて言われました」


「だろうね。本当はテレビで見て知ってたからなんだ」


 己は眉間にシワを寄せてしまった。先生はグフフと笑った。それまで手で弄んでいた缶ビールを開栓する。館内飲食禁止の立て札に対して彼女はひとつ乾杯すると、


「有名税さ。有名人は誂われてナンボなもんだよ」


「そうでしょうか」己は狗飼の件を思い出した。


「そうさ。或いは誤解されてナンボかな。酷評されてナンボでもあるかもしれない。こうしてサトーのように偶像扱いまでされる者は少ない。大抵は称賛されると同時に痛く貶される。両極端だが、そもそもこの国に住まう人々は極端が大好きだしね。極端な評価を下すのも、極端から極端に意見を変えるのも、どちらも極端に好んでいる。まるで白痴だ。白痴の集団さ」


「この国に住まう人々ですか」己は苦笑した。


「うんうん」先生は早くも一本目のビールを空にした。「誤解が無いように明言しておくけど、君たちに対する悪口だよ、コレは」


 先生はニタリとした。ジョーク・センスの無い人に特有の笑い方であった。己は苦笑を深くした。これなら妹の顧問が勤まるはずだとも思った。


「さて。あ、これをあげよう」先生は空き缶を己にくれた。手近なところにゴミ箱がないので己はそれを手に持っていなければならなかった。彼女は二本目に手を着けた。


「あの映像ね、実は私が持ち込んだんだ。私は昔、午後の死の軍司令部にいたもんでね」


 であるならば生ける伝説だ。


「しまった、サイン色紙を持ってない」と己は言った。


「残念だったね」と先生は笑った。


「わざわざ閉館時間を過ぎてからやってくるなんて、君はそんなにサトーに興味があるんだね?」


「どうでしょうか。ただ、なんとなく、家に帰る気がしないんですよ。それで、まあ、ブラついてたらココに辿り着いた。無理を言って入れて貰いました。会長に、あ、彼は親会社の社長の末子でして、電話をまでして。ということはなにかしらの興味があって来たということになるんでしょうね。サトーというのはどういう人でしたか」


「愚かだった」


 ピシャリ、先生は言った。「何故だと思う?」


「有り体なことしか思いつきませんね。子供だったからとか」


「子供だったら愚かなのかい?」先生が浮かべ続けている笑みが人の悪いものへと変わった。「などという大人特有の嫌な逆質問をかますのはやめとこう。おー、やだやだ、私もつまらない大人になってしまった。――でね、サトーはねえ、それはもう、少なくともここで展示されてるような人間ではなかったことは確かなのさ。本当に愚かな女だった。休日にはね、中学時代のね、赤いジャージでズーッと過ごしてたしね。鍋で作ったラーメンをそのまま食べるとかもしてた。それをまた洗わないんだよ、アレは。だからまた使いたいときに『ああもう!』ってなる。男、出来てからは一日、その彼のところに居座ってちんちんかもかもしたりしてた。友人から借りたお金、ずっと返さなかったりもしたな。あのお金、返してよ、って言われても、無いわ、とか言ってね。『だって使っちゃったもの。でも、そのうち返すから覚えといて。投資だと思いなさい。そうね、十倍にして返してあげるわ。約束よ。損はさせないわ』ってな具合にね。最終的に、そんな約束したかしら、とか言い出すんだけどね」


 先生は喉を鳴らしてビールを飲んだ。「私はそんなサトーの真実を一縷でも伝えようと思ってあの映像をここへ持ち込んだ。イカすアイデアだろ」


 そのとき、壁に埋め込まれたスクリーンの中でサトーが『その通りね』と言った。先生は空いている手でピースを作った。液晶の中のサトーは続けて語る。『学閥の強さというのは各校の連帯意識に――』


「当然のことを言ってら」先生はピースをカニのようにチョキチョキ動かした。「発言なんていうのは何を言っているかでは評価されないんだな。誰が言ってるかの方が大事に思われる。そこら辺のオジサンがサトーの言葉を言っても『なんだコイツ?』扱いだが、サトーがそこら辺のオジサンの言葉を使えば『凄い!』と絶賛される。サトーを偉大だとするイメージはそういうものが積み重なって出来てしまったものなんだろうね。いや、もちろん、メディアによる飾り立てがあったのは間違いないが、それにしても虚実が入り混じり過ぎている」


「インターネット時代ですしね。ここにはないが悪評もあることにはある。見たことがあります」


「それについて君はどう思った?」先生の口吻はあくまでも気安い。


「人は書かれていないことや不確かなことばかり推測で批判する、と。書かれていることや事実については無視して。或いは、書かれていることを自分に都合の良いように捻じ曲げて解釈する。どいつもこいつも勝手に傷つく。どいつもこいつも勝手に裏切られたと感じる。ああ、だからここへ来たかったのかもしれません。なんでもいいからひとつ疑いようがないほどに本当のことを知りたかったのかも」


「君ら兄妹は似てるね」先生は二缶目も己に押し付けた。「でも、君の方が悲観的かな」


「そうでしょうか」両手の塞がった己は背を丸めていた。両手の熱が缶に吸い取られていくのを感じる。


「そうだとも。右京ちゃんは割と物事を多角的に見る、最低でも見るように努力している娘だ。一方、君はなんでもかんでも悪い方しか目につかないタイプだろ?」


「わかりますか」


「わかるさ。大人だもんね。ふふーふ。大人だからついでに教えてあげよう。右京ちゃんは前に言っていた。『私は物事を過度に楽観視する人が嫌いです。同様に過度に悲観視する人も嫌いです。更に言えば、彼らを小馬鹿にして喜んでいる連中も嫌いです』とね」


「それを己に教えてくれて、それで、なんです?」


「どうかな。眞に、頭の良い人が幸せになるのは難しいなってことを伝えたいだけさ。ま、いまのはただの気紛れだよ。それよりも私は君を気に入った。君に、私が知っている、サトーに纏わるスゴい秘密を教えてあげよう。知りたいだろ」


 己は頷いた。君と私だけの秘密だよ。己はまた頷いた。約束は守れるだろうね。己はまたまた頷いた。


「サトーは最後、信じられないほどみっともない、見窄らしい、見るも無残な負け方をしただろ。あれね、八百長だったんだよ」


「や――」危うく大声を出すところだった。


「あるとはききます」


「あるさ」察するに三〇代だろう先生のこのときの瞳は老け込んでいた。「サトーはわざとベラボウな采配をして負けた。お金のためだった。つまらないよねえ? 彼女、知っての通りまずまずの大学からオファーが来ててね。もう、負けようがどうなろうが進学が決まってた。君たちとは違ってね。今は、アレだろ、どれだけ日頃の評判が良くても、何か大きな失敗をやらかしたらそれまで積み上げてたものは無かった扱いだろ。ひとつ悪いことをやらかした奴は全てが悪いのだ、っていう。『良い人だと思ってたのに!』とか『能力があると思ってたのに!』とか言っちゃってさ。サトーの功罪のだよな、コレも。彼女があんなガチガチに参謀本部だの何だの作るからいけなかったんだ」


 己は缶と缶を打ち合わせた。上手い返事を考えつかなかった。先生は一〇〇〇ミリ望遠の目をした。


「彼女、母親と弟だけが家族でね。だからこそゲームを始めたわけなんだけど、そこで稼いだお金貯めてね、いつか弟の学資にしようと思ってた。年の離れた弟さ。いま、ちょうど君よりひとつ上だ。そのお金が少しだけ足りなかった。彼女、あまりお金にならない職を希望してたんで、うまく就職しても貯金が増えそうにない。だから八百長を飲んだ。引退する前にド派手に負けて話題作りをしろ、っていうね。笑っちゃうだろ」


 それは間接的な要請であった。己は苦笑した。先生は満足げだった。


「あ、溢れ話をしよう。彼女、国産戦記物とメリケン文学に傾倒してたんだ。これが面白くて、外国文学、メジャー作家とドマイナーな作家と、二人、好きな作家がいたんだが、後者はね、あんまりメジャーな作家が好きだと言うとナメられるから、ってんで読み始めたら止まらなくなっちゃったの。もう好きで好きでたまらなくなってね。一度だけ、貯金に手をつけて、なんとその作家に会いにメリケンまで行っちゃった。作家は会いに行きたい、っていう手紙には丁寧な返事をくれたが、行って、いざ会ってみるとこう言った。『エイジアの若い女が私の本を読むわけがない』だ。つたない言葉でどれだけ相手の本が好きかを語ったら、相手、『だとしてもお前ごときにわかるはずがない』と答えた。彼女、イラついて散財したんだ。その旅行と散財がなければ八百長なんてしなくてよかった。後悔したところで後の祭りだった訳だが」


「サトーは」己は敢えて話頭を転ずることにした。「低学歴差別はしましたか」


「最初はしなかった。でも最後にはするようになった」


 先生は三缶目以降、ビールを飲むペースが落ちてきていた。酔ったからではなさそうだった。「彼女はあるときこう言った。『作戦の説明をなんで低学歴にしなきゃいけないのかしら。アンタらは私の言うことに従っていれば勝てるのよ。というか、したところでアンタらごときにわかるはずがないでしょう』とね。皮肉なものさ。知っての通り、サトーは低学歴らのおかげで出世したのさ。それを忘れて、なんて、おこがましいんだろうね。だから報いを受けた。サトーが、たった一人が幸せになるために売られた彼女の仲間たちは――」


「かなでさん!」さっきの係員が戻ってきた。車椅子を押していた。「お待たせしました」


 己の息が詰った。そうなんだろうなと直感してはいた。先生はニル・アドミラリみたいな表情を示した。


「――七導館々々高校の屋上から突き落とした。アレは痛かった。本当に痛かった。身体よりも心に効いた」


 見ていられなかった。先生は係員に抱き抱えられるようにして車椅子に座らされた。係員は始終、彼女は障害者なんだから優しくしなければという義務的な態度を示していた。


 息を切らせて、ぐったり、ようやくのことで腰を落ち着けた先生の表情は自嘲的に変わっていた。先生は係員に丁重なお礼を述べた後、彼女を帰らせて、それから言った。


「イマドキは顔と名前を企業や大学へ覚えて貰うために本名を使ってゲームをするね。だが黎明期は違った。サトーの顔はそのままだが、名前はね、当時はハンドル・ネームを使うのが当たり前で、左党だからっていうのと、好きな戦記作家の名前にあやかってサトーにしたのさ。いまにしてみればタナカでも良かったな」


「……。……。……。申し訳ないですが、己には、貴女になんて言葉を掛けるべきなのか検討がつかない」


「それでいいよ。君はとても正直だね。それが本来の君なんだろう」


 そこで先生は手を滑らせた。彼女の足元に缶ビールの残骸が転がった。中身が殆ど残っていなかったから床は汚れなかった。先生はその缶をむしろ愛おしそうに見下ろした。躊躇したが、己はその、先生の手の届かない位置にある缶ビールをヒョイと拾い上げた。出来るだけ素早い動作で。


「ありがとう」ほんの僅かな注意を払えば彼女の顔立ちはいまでもアイドル級だろうなと己は思った。


「やっぱり君は正直で優しい子さ。なあ、左京君よ。私はどこかへ出掛けるとその度に報いを受ける。もしそれを受け取らなければ言われるのさ。せっかくの人の善意を、と。世の中には君みたいに素敵な人ばかりが居るわけではないからね。でも、過去は変えられないんだ。忘れられもしない。うまく折り合いをつけていくことしかできない」


 己は反射的に缶ビールのひとつを握りつぶした。わかっているよ、と、先生は落とした声で宥めるように言った。


「アドバイスとはとても残酷で一方的で無責任なものさ。言った本人は得意になれる。言われた方はたまらない。わかっていることを指摘されることほど嫌味なこともない。だが、私は言わねば気が済まない。すまないけど気が済まないんだ。事情を知っている一人の大失敗を経験した大人として。だから言う。君はまだ取り返しがつく。いまのうちに右京ちゃんとの仲を回復することだ。彼女は君のことをいまでも好いているよ。君だってそうなんだろう。少し話しただけでもよくわかった」


 彼女は車椅子のハンド・リムに手を伸ばした。介添えや補助を彼女は必要としたくないのだとわかっていた。己は彼女を見送った。己に背を向けたところで彼女はこう言った。


「家族は仲良くするものよ。それに早くしないと、彼女、私がイチから仕込んだんだから。痛い目に遭っても知らないわよ。――なんてね。それじゃ、またいつか会いたいもんだね。ばいちゃー!」


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