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銃剣突撃する怒れる低学歴と悩める高学歴のファンタジア  作者: K@e:Dё
6章『本当は赤く咲くはずだった黒い花』
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6章7話/本当は赤く咲くはずだった黒い花



 一人目は「疫病神!」と罵った。二人目は「もう関わらないでくれ」と泣き始めた。三人目は「お前らと知り合いだと思われたくない」と足早に去った。四人目は「悪霊退散!」と我々に塩を撒き、化粧の濃い五人目はあのさあと溜息を吐いた。


「なに必死になっちゃってんの? 頑張ってる自分は凄いです系? 健気です系? キモいんですけど」


「――やっぱり無理だって」


 校内の生徒ラウンジのひとつで壱式さんがボヤいた。


「そんなことはありません」


 大八分咲さんが反論した。「来ると約束してくれた連中だっています、部長」


「何人?」壱式さんは無機質に尋ねた。「一人? 二人? 多くて五人でしょ?」


 大八分咲さんが目線を逸した。彼女はブツブツと呟いた。「一人でも二人でも帰ってきただけマシだろうにこの人は」とか言っているようだった。私は頂と吉永さんと顔を見合わせた。苦笑する。ラウンジに屯している生徒の一部が我々の様子を伺っていた。


 軍楽隊にプレイヤーを入れる。演奏できる音楽の幅が増えれば戦場での連絡がそれだけ多様になる。その試みは軍務省にも参謀本部にも、比重で言えば前者が重いものの、受け入れられた。 


 条件はつけられた。NPCは簡単な楽譜しか演奏できない。難しいものが演奏できるようになるには少なくとも八ヶ月の訓練が必要であった。コレは戦列歩兵を最低限、こなせるようになるために必要な月日の四倍である。使い物になるか定かでない実験支援部隊のために大枚の資金を出すのを軍務省が渋った。


 結局、軍楽隊にプレイヤーを入れるのではなく、最初から演奏の達者なプレイヤーだけで組んだ軍楽隊を用意しなければならなくなった。所要最低人数は五五人であるが、これを集めるのにはご覧のように苦労している。(往年、音楽科にはニ〇〇名からの生徒がいたらしいが、吹奏楽部の人数は一三人ポッキリだという)


「左右来宮さん」大八分咲さんが呼んだ。「自分と部長はこれからもうニ、三人、補習で来ている昔の仲間をあたってみます」


「砕けるだけでしょうけどね」壱式さんが面白くなさげに茶化した。


「お供しましょう」私は椅子から腰を上げかけた。


「それには及びません」


 大八分咲さんは絆創膏だらけの手で私を制した。「前からのお約束分にはもう付き合って貰いました。ただでさえ午前中から高望さんを貸して頂きましたし」


「いやまあ」私は曖昧に口をモニョらせた。


「いいではないですか」このところ暇を持て余している頂がそっと言った。「お言葉に甘えては。音楽科の方々に右京のネーム・バリューが通じないのはわかった訳ですし」


「まあ、いてもいなくても同じ気はしましたが」


「そうは申しませんが、そういえば、今日は確か剣橋さんが鳳凰院に呼ばれている日でしたね?」


 大八分咲さんは右手を拳にしていた。私は唇を舐めた。後ろめたいものを感じた。彼女の言う通りであるからこそ、私はわざわざこの日に被せるようにしてこんな予定を入れたのだった。


「お気になさらず」大八分咲さんは優しかった。「私にも人の心はわかります。それに、それはそれでこれはこれ、左右来宮さんが昔の仲間への声掛けを手伝ってくれたことに変わりはありません。――実際、ご心配でしょう。本来であればすっ飛んで行って剣橋さんの傍に居て差し上げたいのでは。いえ、まあ、鳳凰院に左右来宮さんが入れないのはわかっていますが、こう、気分的な問題と申しますか」


 大八分咲さんは靭やかな腕を組んだ。「せめて迎えに行って差し上げてください。いまから行けばまずまず良い塩梅な時間になるでしょう。コチラは大丈夫です。私には根性がありますので!」


「根性でどうにかなる問題でもないと思うけど」壱式さんが呆れた。


 私は大八分咲さんの――私は彼女の手を見る度に勇気付けられる――勧めに有り難く従った。私は頂と吉永さんと共に鳳凰院大学のある都心まで出掛けた。混雑している電車に乗るのは、なんだかんだ、僅かな恐怖を伴った。私の手を頂が握った。恥ずかしかった。


 着いた時点で、剣橋さんが解放されるにはまだ幾らかの時間がありそうだった。私たちはある喫茶店を見つけて入った。一歩、入ってみるとおよそトヲキョヲとは信じられないうらぶれた裏路地に位置していながら、そのレンガ造りを模した店構えが瀟洒であった。店内もシックな雰囲気で纏まっていた。我々はボックス席のひとつを占めた。


 カウンター席で常連らしいオジサンが「ゴミ捨て場のホームレスはどこ行ったんだ」と店のオバサンに尋ねていた。「さあ、どうでしょうねえ」というのがオバサンの答えであった。それよりも最近、この辺りに不審者が出るんですってよ。なんでも夜中か早朝に黒いゴミ袋を持っているとかで、もしかしたらあのホームレスも……。


「お二人とも」私は気分を変えるべく言った。「何にします」


「あー、私はお茶だけでいいわ。高望さんは?」


「オムライスで」


「可愛いですね。私はこの、カツカレーうどん定食にでもしましょうか。興味あるんですよ。カレーうどんを食べつつカツでご飯を食べるのか、それともカツカレーうどんを食べて残りの――」


「右京」ことのほか低い声で頂が言った。


「いきなり物々しいですね」私と吉永さんは戸惑いの視線を交換した。「なんですか?」


「私には妹がいるのです」


「はあ」私は困惑した。指を折って数えた。「十年、一緒に居ますが、初耳です」


「初耳に決まっています。いままで話したことがないのですから」


「ですか。話してくれれば良かったのに」


「出来るものですか」


「なぜです?」


 頂は下唇を噛んだ。「あなたに姉妹の話など」


「ああ」私はニタニタした。「そういうことですか」


 空気を読んでというべきか、傍聴者に徹した吉永さんが注文を済ませてくれた。私はお冷の入っているグラスを目の高さに掲げた。それ越しに見る頂の姿は幻想的に歪んでいた。


「で、なぜその話をいま私に?」


「妹は貴方のお兄さんの次席副官をしています」


「……。……。……。へえ、それは素直に驚いた」


「我が家の姉妹仲はまずまずです。色々、話すこともあれば、話されることもあります。私自身は貴方のお兄様をよく存じません。逢ったことのあるのも二度だけです。昔、一度。この前の病院で一度。話したことのあるのは数分です。ですが、妹のお蔭で、貴女のお兄様のお人柄はわかっています」


「話の着地点が見えませんよ」


「右京」頂は決然と言った。


「貴方、お兄様と仲直りなさい」


「何故です」私は無意識に険しい声を出した。


「何故でもです」頂は反論を許さない風だった。


 私はどちらにするべきか迷った。怒るべきか。ヘラヘラとするべきか。気分的には愉快では決してなかった。怒ろうと強いて思えば怒れた。ということは後者を選ぶべきなのだなと思った。竹馬の友に対してマジギレするのは割と難しい。


「仲直りってね」私はお冷を飲むことで時間を稼いだ。「そもそも、私と兄は自然の成り行きで仲が悪いのであって、喧嘩をしているわけではないのです。大体、妹さんの話同様、なんでいきなり兄と仲良くするしないという話が出るんです?」


「お兄さんを頼れば今度のことは解決します」


 私は返事をしなかった。ズレてもいない眼鏡の位置を気にする素振りを見せた。頂は机に身を乗り出した。


「真剣に話せばお兄さんは何でもわかってくださいますよ。あなたがそれ以上、ボロボロになる必要もなくなるのです」


「簡単に言ってくれますね」私は我慢できずに突き放した。「というよりもね、実は、私もソレを考えました。考えてきました。これまで何度も。今回に限らず。今回に限っても、ええ。でも、いまから謝罪だの何だのが出来ると思うんですか?」


「しなさい。一時の我慢ですよ」


「人間がそう機械的で自動的に行きますか。思っていることがストレートにやれるならば苦労はない。それが出来るならね、頂、誰だって幸せになれますよ。それにリスクが大きい。兄が、はいそうですか、と言わなければ? 彼は会長派閥のナンバーツーですよ」


「それ以前に貴女のお兄さんでしょう」


「血の繋がりなんて大したことはありません」


「それでも――ッ」頂の髪の毛が逆だった。


「なんですか」私はお冷の中の氷を噛み砕いた。


 頂は憤懣やるかたないとばかりにソッポを向いた。私はよほどグラスの中身をこのわからず屋な親友にぶっかけてやろうかと考えた。グラスの中身が空でさえなければ。


 こういうとき、甘木さんでもいればな、と考えて私は苦笑した。なぜここで甘木さんが出てくるのか。私はどうも彼に対しては素直になってしまうきらいがある。だって、彼、優しいんですもの。私のクーデターに掛ける想いを聞いて泣いてくれるぐらいには。そうです。そうなんです。彼は私のために泣いてくれた。彼は私の求めていた――


「あのねえ」


 突然、話しかけられた。「相席、いいかしらあ」


 それは皺くちゃのお婆さんであった。他に空いている席はあるのに相席とはこれ如何に。だが、原則的に老人の好きな私は、頂との話をココで打ち切るためにも「どうぞ」と言った。頂は不満げであった。


 席に着いたお婆さんは息子自慢を始めた。私は苦笑しながら応対した。


「この辺りの学生さん? 七導館々々? へええ、そうなのねえ……。――――ホラ、この、花を見てくださいよ。コレはね、育て方によって色の変わる花なのよ。温度とか湿度とか水をやる量とかね。咲き分け? 枝分かれ? そういう品種なのかしら。私は詳しくないんだけどね。でね、本当はこの花、赤く咲かせたかったらしいのよ。それがどういうわけか、丁寧に愛情も注いでたはずなのに、何かをひとつ間違っちゃったんでしょうねえ。些細なことだと思うのよ。ほんの些細なことでこんな風に黒く咲いてしまったって、息子、嘆いていてね。いいのにねえ。黒でもいいのにねえ。アタシは満足ですよ、ええ」


 なんとなく、私たちはその話に聞き入った。私の悪癖が久々に首を擡げた。その花はまるで――と同じだ。


 私はその花の名前を訊いてみようとしたが出来なかった。店のオバサンの声に驚かされてのことである。オバサンは病気になった子供を看病するよりも責める親の口調だった。「だからおばあちゃん、お客さんに迷惑かけたら駄目でしょ!」


「あ……」私の喉から微妙な笑いが漏れた。


「あの、いいですよ。いいんです。別に。ええ、楽しくお話させて頂いてますし。このままで」


 頂と吉永さんの加勢を得て、私はオバサンを説得しおおせた。我々は空虚な雑談を続けた。食事は鉛のような味がした。


 剣橋さんたちから連絡があったので店を出ることにした。会計のとき私はオバサンに尋ねた。「あのお婆さんはご親戚ですか」


 そこでオバサンの目が妖しい光を帯びた。オバサンは鬼の首を取ったようにあのお婆さんについて話しだした。


「あの花だって」オバサンは話の締め括りにせせら笑った。「自分で買ってきたんですよ。いまさら、過ぎたこととか起きてしまったことなんて取り返しがつかないのに。馬鹿なんだから」


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