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銃剣突撃する怒れる低学歴と悩める高学歴のファンタジア  作者: K@e:Dё
6章『本当は赤く咲くはずだった黒い花』
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6章6話/サマー・サマー・サマー


 左右来宮右京子とかいうJKが、最近、有名になってきているらしい。天文学的確率(しんじられないこと)だが、彼女と私は同姓同名であり、同じ年齢であり、同じ身長であり、同じ外見的特徴を備えていて、しかも同じ学校に通っているそうだ。ドッペルゲンガーかな?


 私と彼女は別人である。なにしろ私は“いま、抱きたいゲーム・プロ総選挙八位!“ではないし、“清楚で控え目“でもなければ、“モヒート開闢以来の天才“でもない。というか、抱きたいゲーム・プロって、それってセクハラに該当しないんですかね。(コレってトリビアの種になりませんか)


「あの、左右来宮右京子さんですよね」


 我が校の正門を潜ったところでそう呼び止められた。ちなみに、便宜上、正門と呼ばれている小さなそれを跨いだ先には傾斜のどエラい坂道が延々と続いている。道の両脇は並木になっているので、夏に特有の、あのムワッとした風に横殴りにされるようなことだけはない。私を呼び止めた数人の生徒団体はその並木の下からやってきた。


「私たち、ファンなんです!」


「ありがとうございます」私はキチンと頭を下げた。同行していた吉永さんもペコリとやった。世評と私の実態にどれだけの落差があろうとも、禄を食む身、ファンが減っては商売にならない。こういうときは割り切って、出来るだけではあるが、私のイメージとやらに自分を近付ける努力をすることにしていた。


 四名の彼女と七名の彼から構成されるファンの皆様――ひとりでもサークル・クラッシャーがいたらとんでもないことになる男女比ですね――は文芸研究会だそうで、


「左右来宮さん、夏休みなのに学校に来てるんですね」


「サインくださいっ!」


「部活ですか? でも、あれ、オフラインで集まることってあるんですか?」


「サインくださいっ!」


「よければこれ飲んでください。あ、これも食べちゃってください」


「サインくださいっ!」


「本当に身長、一四三センチなんですか?」


「サインくださいっ!」


「お兄さん、凄くイケメンですよね」


「サインくださいっ!」


「左右来宮さんって本がお好きなんですよね? 今度、ウチに遊びに来ませんか」


「サインくださいっ!」


「サインばっかりねだらないの!」


 私をもみくちゃにした。ありがたい。ありがたいです。ありがたい。はい。


 手厚いオモテナシを切り抜けた私は、後日、彼女たちの部室を訪れる旨の約束をして坂道を登り始めた。吉永さんが大変ねと言った。私はいいえと否定した。そうじゃなくてこの通学路がねと吉永さんは汗で身体に張り付いたシャツの裾を引っ張った。通っていると慣れるものですと私もシャツの裾を引っ張った。貰ったジュース缶の表面に大粒の水滴が幾つも浮かんでいた。その水滴がどれも太陽のギラ付いた光を吸い込んで無性にピカピカとしていた。


 坂を登り切ると登り切るで今度はボス・キャラクターとエンカウントした。生徒指導の高橋であった。彼は生徒のための広場の中央に設置された噴水に腰掛けていた。見慣れない若い教師を伴っていた。この教師は三五度もヘッチャラとばかりに卸したてのリクルート・スーツを着ていた。


 高橋は座ったまま、左右来宮と私を呼びつけて、指でチョイチョイ、こちらへ来いと示した。私は吉永さんと連れ立って彼の傍へ歩み寄った。噴水とは名ばかり、水の入れ替えがされていないそれには緑色に濁った雨水が淀んでおり、少しは涼しいかもという期待はあえなく打ち砕かれた。


「久しぶりだな」高橋は膝の上に置いた竹刀に手を掛けた。「今日はどうした? あン? 最近の学生は贅沢なことに九月一杯までお休みだってのに、お前は、何か、勉強がしたいという訳か? させてやろうというときにはしない癖にな」


「用事がありましてね。少々」私はニタニタした。


 高橋はフンと鼻を鳴らした。「何が用事か。どうせまた誰かを殺す算段だろう。さっきな、お前、見ていたぞ。えらく人気が出ているな。わからんよ。もう高校生じゃないか。子供ではない年齢だ。それなのにこんなゲームのプロだかを持て囃すとはな。ゲームを悪いと言っとるんじゃない。あのゲームが悪趣味だと言っとるんだ。近頃の奴には良識とかモラルとか道徳とか気骨とか、足りないものが多過ぎんかね?」


「全くです」


 高橋はまたフンと鼻を鳴らした。


「他校の生徒か?」顎をしゃくって吉永さんを示した。


「初めまして。あ、入校許可は貰いました」吉永さんは引き攣った愛想笑いを浮かべた。


「君もゲーム・プロとかいう奴か」


「まあ……」


「けしからん。けしからん。けしからん。青春はもっと有意義なことに使えというのがなぜわからんのか。先人が言うことなんぞ、君等にはもう、みんな若さを妬む老人の戯言にしか聞こえんのだろうな。我々もまた同じ経験をしとるからこそ親切にしてやっとるというのに」


「アハハハ」吉永さんは録音でもしてあったかのような声色で笑った。


「笑っとる場合か。いいか、教えてやる。親切に教えてやるのだ。青春を無駄にしたらなぜいかんのかをな」


 高橋の憂さ晴らし――もとい、親切な教訓話は、まず彼の高校時代に遡るところから始まった。コレは極めて有益な、それはもう、早急に人類全体で共有しなければ文明社会に対する冒涜でも言うべき素晴らしい内容であったが、いやいや、本当に、洵に残念なんですが、あんまり長いので割愛します。


「いいか、左右来宮」


 高橋は貧乏人に小銭を恵んでやった貧乏人の表情で言った。「あんなゲームはやめろ。お前は自分の未来をそろそろ切り開くべきときだぞ。人殺しに依らない方法でな。では私はもう行く。こんなところで油を売っている暇はないのでな。お前と同じで説教してやらんといかん若者で、我が校は満ちとるのだ」


 彼は竹刀を杖にして立ち上がった。腰をニ、三度、竹刀で叩いてからスタスタと歩き出す。その後に付いていこうとして踏み止まった例のリクルート・スーツが、


「ごめんな」誤魔化すように笑った。


「でも、ああいう先生も必要なんだよ、実際。悪く思わないでやってくれ」


「いえいえ」私は会釈した。「悪くは思っていませんよ。先生は?」


「あ、俺は先生じゃないんだ。大学生だよ。教育学部。後期から教育実習なんで、挨拶にさ」


「それは。お世話になります」


「世話されるのは俺だろうけどな。ああ、ちなみに俺は、その、この高校出身でな」


「失礼ですが、それで教育学部?」


「高橋が俺の面倒を見てくれなきゃ、いまごろはまだバイクだけが本当の友達とか言ってたさ」


「どうもお世話になるのはやはり私の方では」


「ま、そういえば経験だけは豊富にあるしな」


 遠くで高橋が「鈴木田!」と怒鳴った。リクルート・スーツはおっかないと苦笑しながら肩を竦めた。彼は高橋の後を小走りで追いかけた。


「なんていうか」吉永さんが摘んだシャツの襟元をパタパタやりながら呟いた。「やっぱり大変そうね、この学校」


「通っているうちに慣れますよ」


「そーかしら?」


「そうですよ。好きでないものでも慣れることができるのが、人間のいいとこです」


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