1章6話/いとも意志薄弱な笑われて然るべき女
「それで参謀本部は――」
なんて大仰な名前だろうか。たまに恥ずかしくもなってくるのだが、しかし、この名前の裏にはあるトリックが隠されている。高校生がやれ参謀本部だの何たら大隊長だの口にしていたらどう思われるか。精神か頭の病気かゴッコ遊びクレイジーかのどれかだ。E・SPORTS連盟とブラスペのチーム(これは学閥と呼ばれる)の各親会社はそこまで計算している。そう、これはゴッコ遊びなのです。実物の殺し合いではない。ね? 批判するほどのものではないでしょ。
「――なんと?」
「来週、対ダイキリ戦争に関する作戦会議が連合生徒会館で開かれるそうです」
花村君の滑舌は微妙だった。「我が連隊にも参加するようにと」
「ですか。でも、我が連隊なんてもうありませんよ。解散待ちなんだから。それでも参加しろと。流石は高学歴ですね。やることがえげつない。のこのこ出てきた私を笑いものにしようって魂胆ですか」
花村君は黙ってしまった。困らせるつもりはなかった。しかし、釈明するのも極まりが悪い。私はカクテルを飲んだ。不味かった。密造酒はただ刺激が強いだけだし、コーラは甘いばかりで他に能がない、言うなれば安物のポルノに似ている味だった。(美味しいものに美味しいものを足しても美味しくはなりませんよね? 不味いものに不味いものを足すと不味さが増します)
「さて」頂が手をはたきあわせながら言った。彼女の足元には満杯になったゴミ袋が横たわっている。いつの間にやら部室内はかなり綺麗になっていた。
「私はコレを出しに行ってきます。それにしてもこの部屋、何度も片付けては散らかされた部屋も、もう、汚くなることはないのですね。寂しくなるものです」
いきなり気分が落ち込んできた。胃も腎臓も肝臓まで痛い。お酒なんて飲むものではない。やはりそろそろ辞めるべきだろう。
ゲームだって辞めるべきだ。家庭にもクラスにも居場所のない私がようやく見付けた無二の居場所――第一競技ゲーム部だってもう終わりなのである。
私は決意した。何もかも辞めてしまおう。なぜ、今までこんな辛くて不潔なことを好んでやっていたのか。いいことなどなにもないゲームだ。自分も対戦相手も不幸にする。それだけのゲームだ。
手始めに酒瓶を投げ捨てることにする。密造酒の瓶は、瓶だけでも立派にしようと、昔、部員たちでお金を持ち寄って買った三鞭酒のそれを使いまわしていた。
懐かしいな。三鞭酒は口当たりが良かった。飲みやすかった。独特な苦味と白葡萄を思わせる甘みとがあった。皆んなが『美味かったなあ』と満足していた。『何時もの安酒のがいいぜ』と強がる先輩もいた。その強がる先輩たちに『お前に何がわかるんだ』と食って掛かる先輩たちもいた。喧嘩になった。殴り合いが起きた。誰が生き残るかで賭けをした。全てが終わると何事も無かったかのように先輩たちは仲直りした。みんなで歌など歌いながら飲み直した。
……室内では駄目だ。目が届くとまた拾って飲みだす。外だな。窓の外がいい。
まだ葛藤があった。学費はどうするのか。ゲームを辞めれば払えなくなるぞ。知ったことか。どうせこのままゲームを続けてもわけのわからない部署へ転属になるだけだ。いまより酷い毎日が待っている。クオリティ・オブ・ライフはどうした。なら先輩はどうだ。お前をあの酒浸りの中学生活から救ってくれた先輩たちはなんと言って部を去ったのか。『後を頼む』ではなかったのか。それも知らない。私は私が可愛いのだ。自己嫌悪はもうウンザリだ。
瓶を振りかざした。大昔、我が校に蔓延っていた不良グループ内で私的制裁――ある生徒を屋上から投げ落としたのだ――があった為に、かなで先生の後ろには飛び降り防止ネットが張られている。そのまた向こうにはクスノキが聳えており、その木陰では、ええい、不純な奴らめ、何人かの男女がチンチンカモカモしているようだった。
構うものか。投げよう。投げちまおう。不条理にサヨナラを。無職生活にコンニチワと行こうじゃないか。
よし、やるぞ。――最後にあと一杯だけ飲んでから。いやいや、それではよくない。
二杯にしよう。二杯だけ飲んだらやめるぞ。ガチで。