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銃剣突撃する怒れる低学歴と悩める高学歴のファンタジア  作者: K@e:Dё
5章『残る三分のニ、人は他人を笑って生きる』
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5章15話/ラデンプール会戦


 山積(さんせき)する書類を捌きながら、己は特等席で戦いの成り行きを見守った。


 ――当初、ラデンプール会戦は極めて凡庸な、要するに親會社の望むのとは真逆の展開を兆した。


 この会戦に参加した両軍の戦力は次のようになる。モヒート軍仮設第一師団は、


■第三ニマスケット銃兵連隊……定数ニ四〇〇名。軽歩兵と戦列歩兵で構成される歩兵大隊三つに加えて後備大隊で編制。カノン砲四門を臨時で貸与。なお、“マスケット銃兵”とは優れた実績や能力を持つ戦列歩兵連隊に与えられる名誉称号であり、編制などは通常の連隊と変わらない。


■第ニ八戦列歩兵連隊……〃


■第三五戦列歩兵連隊……〃


■第七戦列歩兵連隊……〃。ただし行軍中、事故により兵力の一割近くを損耗。


■集成砲兵旅団……稼働可能砲数一ニ〇門。編成内の砲牽引連隊と後備を併せて兵員数三〇〇〇名。


■第六騎兵連隊……定数一五〇〇名。騎馬三〇〇頭から構成される騎兵大隊三つと後備部隊で編成。


■この他、野戦病院(衛生大隊)、工兵連隊、給食中隊、捜索騎兵、師団後備など各種支援部隊


■計、一九八五四名(プレイヤー総数・五八九名)


 これに対してダイキリ残党軍は、


■独立第一四歩兵連隊……定数一八〇〇名。ただし兵員数は八割ほどまで落ち込んでいる。独立の意味するところがモヒートと異なるため、三兵編制ではない。


■第一〇ニ歩兵連隊……定数ニ四〇〇名。ただし兵員数の一割強を失っており、しかも正規の指揮官が率いていない。


■第一ニニ歩兵連隊……〃


■第一一七歩兵連隊……指揮官健在で定数をほぼほぼ満たす。


■独立第六砲兵大隊を基幹とした集成砲兵大隊


■集成騎兵大隊


■この他、各種支援部隊の寄せ集め


■計、九〇ニ六名(プレイヤー総数・推定で一八〇名前後。なお、九〇ニ六名のうち九〇〇名は別働隊)


 であった。


 こうして比較してみると、残党軍が奇策に打って出た背景がよくわかる。


 彼我の戦力比はニ対一以上、装備でも兵站でもコチラが上回っており、ダイキリ軍の指揮系統が正規のものでないからには、有名な法則――Ao×Ao-At×At=E(Bo×Bo-Bt×Bt)――を用いた場合、我が方は殆ど損害を受けずに勝利できるはずなのである。


 八時五分、敵が我が師団に対しての前進を開始する。


 呼応して八時九分、我が師団も前進を開始した。


 戦線は大きく左右に分けられる。敵はどちらの翼においても連隊横列を縦に二つ繋げた陣形を構築していた。対する我が軍は右翼側にこそ敵と同じ陣形を構築していたが、左翼側は単一戦列、要するにひとつの連隊横列のみを配置していた。左翼を守る第ニ八連隊が最初にぶつかる相手が損耗激しい第一〇ニ歩兵連隊である上、そちら側には優先的に砲撃支援が行われるからというのがその理由だった。


 余った連隊、第七戦列歩兵連隊は縦列で司令部のそばに待機している。いざというときのための予備戦力だった。この予備は、味方戦列が崩れればその支援を、敵戦列が崩れればトドメを――このように臨機応変に運用される。


 この他、両軍の部隊配置と展開は全てオーソドックス、連隊横列の両脇にカノン砲を、後方に騎馬群と榴弾砲群を置いてあるのも共通している。(今回は敵砲数の関係上、後方に配置されているものの、騎馬は戦列の左右を占める場合も多い)


 このまま行けば数の勝負になる。数の勝負になれば敵は必敗、それでもその勝負を挑むのは、言うまでもなく別働隊の存在を隠すためであった。敵は滅びの美学に殉ずる者を演じた。


 演技力では我が方に軍配が上がった。我が方は敵に別働隊があること、それを既に知り得ていることを悟られないようにするべく、敢えて敵の平押しを平押しで返したのである。ラデンプール会戦の幕が凡庸な形で上がったのには、両軍、それぞれにこのような裏事情があってのことだった。


 八時四〇分、両軍の先頭が互いの火砲の射程に入った。双方の榴弾砲射撃が開始されたのは四三分に至ってのことである。使用弾種は、我が方は榴散弾、ダイキリ残党軍は円弾で、既に武器性能の格差が著しい。


 敵に対して数倍する我が軍の榴弾砲は、射撃開始からの僅か数分間で、敵主力戦列に多大なダメージを与えた。もし発砲可能砲数が編成額面通りのニ一六門であったと仮定した場合、敵戦列は我が戦列と接敵する前に壊滅したであろう――とは、戦後の研究会で発表された所見である。実際にその場に居合わせた人間としては、『まあそうだろうな』と、半ば呆れに近い感想しか浮かばない。


 火砲(せんじょうのめがみ)の有用性なるものが史実よりも遥かに認知されているこのゲーム内、“火砲の進化がその他の進化に比べて速過ぎるのではないか”という指摘は前々から存在していた。榴弾砲、榴散弾、それらを大量に保有する敵に戦列歩兵をぶつけることは集団自殺を意味するのではないか? と。


 だが、モヒートとダイキリ間で大規模な会戦が行われなくなって十数年、海を隔てた向こうの大陸ですらこれだけの火砲を一極投入するような戦いはなかった。だから火砲の進化速度云々の指摘はそれほど取り沙汰されることもなくなおざりにされてきた。


 これからは違う。己は一度に小隊単位で抹殺される敵を遠く眺めながら思った。これからは戦列歩兵とはまた異なる戦闘教義が必要になるのではないか。史実で言えば、それは散兵戦であり、塹壕戦であった。妹には何か将来が見ているのだろうか?


 九時一九分、敵味方がマスケット銃の決戦射程距離にまで近付く。榴弾砲撃は敵味方共に五分前から終了している。今は我が砲のカノン砲が散発的に敵を叩き続けていた。敵のカノン砲はその全てが我が榴弾砲攻撃によって大破か移動不能に追いやられていた。


 無論、散発的とは言うものの、一撃が放たれる度に何十人かは確実に葬られている。その中には少なからぬプレイヤーも含まれていた。


 右翼の先鋒を務める第三ニマスケット連隊の射撃開始はニニ分だった。


「第三ニ連隊の部隊長は照月(てりつき)さんでしたね?」


 妹が吉永に尋ねていた。


「ええと」吉永は抱えていたノートに目を通した。「そう。照月観月(てりつきかんげつ)さん。二年生。一回見たら忘れられないあの娘ね」


 正確、果敢、そして効果的に、照月は敵戦列を切り崩していった。それでも敵は挫けない。一列が倒されても次の列が前に出る。その彼らが倒されればまた次の。その次の。そのまた次の。別働隊の成功を信じて。砲で散々に叩かれた敵右翼ですら戦意に溢れている。


 だが一〇時〇二分、敵軍の一部で動揺が目立ち始める。別働隊の攻撃が始まっていても、否、それどころか終わっていてすらおかしくない時刻だ。それだのに、なぜ、別働隊は来ない? 逃げたのか。そんなはずがない。とすれば敗れたのか。敵は別働隊に気が付いていたというのか。


 実際に敵別働隊が殲滅されたのは八時四七分のことだった。それは捜索騎兵に、あれやこれやと後付した臨時編成の快速連隊によって実施されている。移動中で無防備だった別働隊はろくな反撃もできぬまま物のニ〇分で粉砕されたという。(この計画を立てた冬景色がボヤいていたのが耳に残っていた。『計画立案にはせめて半日は頂きたいものです。なぜ、師団長、貴方と戦争をすると、何時も一時間か二時間で計画を練らなければならなくなるのか。私にはわかりません。この精神的で肉体的な苦痛に対する慰謝料はいかほど頂戴できるのでしょうか。私は本気です』)


 敵戦列が乱れ始めた。妹は予備兵力を動員した。第七歩兵連隊は縦列で移動を開始した。隣と歩幅を合わせねばならない横列に比べ、ただ前の者に着いていけば良いだけのそれは足が速く、些かであれば無理な機動にも耐えられる強度があった。


 第七戦列歩兵連隊は敵右翼戦列の側面を占めた。彼らは回れ右で隊形を変更、射撃を開始して敵の心理の圧迫を試みた。その効果は直ぐに現れた。敵全体で上官の命令を無視する者が続出したのだった。


 この機会を見逃す妹ではない。妹は師団騎兵に突撃を下命した。師団騎兵は敵騎兵の対抗突撃(カウンター・チャージ)を数の差で打ち破ると、既に潰走しつつあった敵戦列に突入、それを蹂躙した。


 敵全軍が算を乱して逃げ始めた。師団騎兵がその後を追う。更に敵の行く先には、別働隊を打ち破り、そのままぐるりと敵後方へ出ていた捜索騎兵が現れた。


 ラデンプール会戦は三時間半で決着した。師団の損害は全て併せても三〇〇名に届かなかった。対する敵は戦力の六割を喪失、残る四割が降伏か自決を選ぶか選ばされるかした。



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