5章14話/画面の上下左右で広告がアレなやつ
『モヒート軍・仮説第一師団とダイキリ残党軍との戦いの模様を中継でお伝えしています。実況は私、渡辺でお送りしております。解説には元・ウェセダニ軍で師団長を務めていらっしゃった有爾谷さんをお招きしております。有爾谷さん、今日はよろしくお願い致します』
『有爾谷です。どうぞよろしくお願いします』
『有爾谷さんは現在、ブランク・スペース・オンラインの社会人チームでご活躍なされていまして――』
『いやいやいや(話を遮る)。もうね、ブラスペのゲーム規模って圧倒的に高校生ですからね』
『あ、そうですか(白々しい)』
『うん。あのね、だって、僕はね、昔はそう、さきほど紹介して貰えたように、師団を預かってたんですよ。でも、社会人チームにはそもそも師団がないんですよね。プレイヤー数が少ないから。国家も小さいの。普通は大隊、強い国家でようやく連隊を抱えてるぐらいなもので』
『その中でも有爾谷さんは、現在、大隊長をやられておられる』
『そう。元は歩兵だったんですけど、大学のときに騎兵へ転科しましてね。だからいまは騎兵大隊長です』
『それというのには、なにかご理由が?』
『騎兵って格好いいでしょ。モテそうじゃないですか(笑)』
『ああー……(反応に困る)』
『でも実際、そんなことはぜんぜん無くてね(笑)。嫁さんなんか、そもそも僕は騎兵向きの顔じゃないってさ(笑)。いや、でも現実にさ、歩兵に比べて騎兵って大変なことばかり多いんですけど、でも、やってみると面白い兵科ですよ。馬がね、まず、ヴァーチャルの存在だって言っても愛着が湧くんだよね。騎兵には育成ゲームに近い性質がありますからね。いい感じに馬が育ってくれて、一緒に活躍できれば嬉しいし、そうでないと悩んだり、悲しかったり。もちろん傷付くとか、死んでしまうことがあれば涙することまであるし。尤も、モヒートとか、特にダイキリなんかは、馬に乗る人と育てる人が別々にいるんだけどね』
『そうですか(無関心)』
『ええ(テンションがいきなり下がる)』
『さて、モヒート仮設師団とダイキリ軍残党のこの会戦は、えー、ラデンプール会戦と名付けられた訳ですが、有爾谷さん、これは?』
『いや、まあ、場所の名前が付くのが通――通例ですからね、はい(無愛想)』
『最近、会戦という言葉を聴くことが多くなってきましたね』
『そうですねぇ(唐突な上機嫌)。僕の時代、僕が現役の頃は、だから、あんまりなかったですよ、会戦。とりあえず僕は師団全力を動かしたことが一度しかありません。会戦は金ばかり掛かりますからね、だって。砲弾薬だけでも億の金が動くんですよ。ヒノモト円でね。そこに人件費だ何だが嵩む。誰だってあんまりやりたかないですよ』
『それが最近は増えてるという訳なんですが(やや怒気を孕んだ声)』
『まあ、シュラーバッハ会戦ね、あれの余波ですわね。ダイキリはモヒートの、事実上の支配下に置かれた訳で、それに従えない層ってのが出てきた。これを叩かないと、モヒート、やってられないから、叩く。そういうことで』
『今回は残党軍の側から打って出ました』
『兵站ですよね。兵站。食い物と弾薬の問題』
『食べ物とかが足りていないと言うか……』
『足りてないんですよ(嘲笑)。残党軍っていうか、ここに集まったのは要するに歩兵連隊とか、砲兵大隊とか、モヒート国内に散らばってた連中ね。あちこちの駐屯地にいたの。駐屯地っていうのは外から物品を手に入れないと自分たちでは何も生み出せないんですよ。軍隊はそれ自体では何も生産してませんからね。で、今回、生活必需品だの軍備を整えるルートってのは、モヒート側に封鎖されちゃってた。これ以上、立て籠もっていることもできないんで、じゃあ会戦だな、と』
『弾薬も足りなくなるんですか?』
『火薬がシケるんですよね。湿気ちゃうのよ。なんでも使用期限ってのがあるじゃないですか。多くの場合、砲弾薬は高いから、いや、ひとつひとつはまだしも安いけどたくさん買うから高くなるんですけど、とにかく高いから、各駐屯地にはあんまり配分されてない。使い切って、新しいのを要求しても、地域の兵站司令部が寄越すのは消費期限の差し迫ったものだったりね』
『なるほど。もう、…………(画面を確認)…………間もなく戦闘が始まるかと思いますが、有爾谷さん、あと三つほどよろしいでしょうか?』
『はいはい、いいですよ』
『仮設師団というのは、どういうものなんでしょうか。簡単に説明して貰ってもよろしいですか? 簡単にで結構ですよ』
『あのね、僕にもわからない(笑)。モヒートは、まあ、まあ、まあ、師団編制っていうのが前はなかったから、なんていうのかな、実験部隊的なものなんでしょうね。それにしてはド派手だけどね。額面戦力だけで見たらとんでもないものですよ。砲の数がね。軍団並。世帯も大きいけど。図体に対して頭が大きいのはあの軍の昔からの特徴なんだけどね』
『頭と言いますと』
『司令部ですよ。あ、ちなみに、旅団未満の部隊におけるね、あの、隊長とかが偉そうに居座ってる部隊、部隊のブレインなんですけど、これのことは本部と言います。一方、旅団以上の部隊だと司令部っていうの。で、その司令部がモヒート軍は伝統的に大所帯なんですね』
『大所帯の方が有利なんですね?』
『なんですねってさ(呆れ)。もちろん、大体の場合においてはそうですよ。サトーはその辺り、凄く謙虚で、一人の指揮官、司令官、そういうのが下せる決断っていうのは大したことないって思ってたんだよね。連隊以上の部隊になると、処理すべき、判断すべき、吟味すべき、そういう情報も増えるんで、とてもではないけど隊長だけで何もかも決めることは難しいんですよね。その判断っていうか、決断を手助けする存在が必要になる。だからモヒート軍、サトーの遺志を継いだ軍では、人手不足を押して、無理にでも本部、司令部に幕僚を詰め込むの。幕僚ってのは参謀です。軍師みたいなもの。その職務とか業務も、他の国の軍隊に比べて随分と細分化されますよ』
『ダイキリ軍はそうではない?』
『そうですね(適当)。でもそっちの方が、指揮官が有能ならだけど、なにかにつけ決断が早くなるわけだから、有利なときもあるんですけどね。身軽っていうか』
『指揮官と言うと、これが二つ目の質問なんですが、双方の指揮官について一言ずつ(強調)簡単に(強調)頂けますか』
『司令官ね。指揮官は連隊までの隊長ね。そうですね、左右来宮は、僕、昔から推してたんですよ。誰にも言ってなかったけど。正直、大隊なんかね、任せると、優秀なんだけど不安なんですよね。つまり、血の気が多すぎて、おいおいってなることも多い。強いんだけど脆い。でも、旅団長以上をやらせるとまずまず堅実なんだよね。部下を使いこなしてます。前線から遠くに居るから冷静でもいられる。それでいて、シュラーバッハの最後みたように、奇策まで使いこなせる。戦術単位よりも戦略単位に向いてる娘なんだろうね、アレは』
『……。……。……。はい、ありがとうございます。殿馬についてはどうでしょうか?』
『殿馬君はイヤらしい戦いって言うと失礼なんだけど、それが得意なタイプなんですね。彼は逆に小部隊指揮官に向いてると思う。それか、大軍の司令部に附けるなら、もしも僕が人事を握っていたとすればですよ、参謀で使うなあ。作戦か情報。主席だろうな。次席はちょっと難しいかもしれない。うん』
『左右来宮が勝ちそうだと思われますか?(露骨な態度)』
『いや、――――――。わかんないですね。はい。戦いは水物ですから』
『世間ではちょっとした左右来宮ブームが起きてますが?』
『あー、そうみたいですよね』
『兄妹で活躍するっていうのは、珍しいですよね』
『そうでしょうね』
『……。最後の質問なんですが、さきほど、頭(クッキリ発音)という言葉も出ましたけれども、司令部っていうものの役割というと、どういうことになるんでしょうか』
『戦争ってのは結局、少なくともこのゲームの中の戦争は、ですよ? 戦列歩兵の戦争ね。は、司令部と本部の優劣で決まります。戦争じゃなくて戦闘なら下士官なんだけど、まあ、それは置いといて。とにかく戦争ってのは上から降りてくる命令を下が実行することで成り立ってるんですね。今回の場合、数字は何も根拠のないデタラメだから信じないで欲しいんだけど、例えば、モヒート駐屯軍司令部はダイキリ残党軍を倒すために、仮設師団に五万発の砲弾薬をくれてやり、ラデンプールで敵と戦いなさいよと命令した。もちろん命じただけじゃないよ。ラデンプールまでの地図を作ってあげたり、行軍中の注意を与えたり、五万発の砲弾をラデンプールまで運ぶ計画を立ててくれたりしたの。それで現地に到着した師団司令部は隷下連隊に、じゃあ君の連隊には一万発の砲弾薬をあげるから、コレをどこどこで何時に受け取ってから、ラデンプールの右翼にあるあの丘でホニャララっていう敵とこういう感じで戦ってね。もしも途中で弾が無くなったときは言ってくれれば手配するよ云々とか命ずる。連隊本部は連隊本部で、じゃあこの丘の麓を第一大隊が、丘の近くにある林を第ニ大隊がそれぞれこういうアレで守ってね。弾薬は五〇〇〇発ずつあげるよ。いや待った。やっぱり敵と戦う確率が丘の麓の方が高いから六〇〇〇発と四〇〇〇発かな――なんて感じでやってく。大隊なら、じゃあこの林の右半分は第一中隊が、みたいな風にさ。言っちゃえば、司令部とか本部の役割っていうのは、自分より下の部隊に大まかな方針や計画を与えてやること、上から来た命令をどう遂行するかを考えることに要約されるんですよね』
『たいへん詳しくありがとうございました(皮肉)。シュラーバッハでは、左右来宮がダイキリ軍の軍団司令部を倒しましたね』
『ねえ。それで敵の指揮系統が麻痺しちゃったんだね。軍団隷下の各師団が、どう動くべきかとか、どこに進むべきかとか、どこで弾丸を受け取るべきかとか、わかんなくなっちゃった。で、勝手に動いて、隣の師団とぶつかっちゃったりして』
『左右来宮のあのときの判断について、もう一言、頂いてもいいですか?』
『適切だったんじゃないですか(投げやり)』
『ありがとうございます(淡々)。――――おや、モヒート軍に動きがあったようです。さあ、左右来宮はこのラデンプールでどう戦うのか! 注目の一戦が始まろうとしています』





