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銃剣突撃する怒れる低学歴と悩める高学歴のファンタジア  作者: K@e:Dё
5章『残る三分のニ、人は他人を笑って生きる』
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5章11話/時計の針が朝を示すまでは呼吸を止めて

 

 低学歴は嫌いだ。


 己がまだ研修生だった時代である。実習のために渡り歩いた前線部隊において、連中は己をトコトンまでイビり抜いた。


 低学歴と高学歴の対立、差別意識、それらのことは知っていた。世間で噂されている以上のことは知っていたと思う。前線部隊に派遣される前の初期教育で、己の教官は典型的高学歴だった。


 だが、知っていることと、いざ自分がその立場に立たされることは違った。実のところ低学歴に対する傲慢な驕り、同情とも呼ばれる感情を、それまでは己も抱いていた。(特にあの教官らの態度に接してからは。教官らは低学歴と言えばサンドバッグ、物理的にも精神的にも殴り飛ばすためにあり、それでいて反撃されない安全設計の玩具だと豪語していた。その様子は奇妙なまでに楽しげだった。彼らは差別を一種の娯楽としていた)


 現実が己に意見の変更を強要した。というよりも、まず生き延びるためには偏見を持たねばならなかった。最低でも持っているフリをしなければならなかった。仲間意識という奴で、低学歴に好意を示す高学歴がどれだけ苦しんでいたところで他の高学歴は助けない。何時の時代も異端は理解されないということだ。オーケー、回っているのは天の方だ。地球ではない。オーケー。低学歴の側でもこの辺りの事情は一緒なのではあるまいか? 全員がやりたくて差別遊びだの報復遊びだのをしている訳ではない。


 だとしても、大元を理解することは遂にできなかった。例えば兵站将校や兵站部員をボコボコにして何が得られるというのだろう。スカッとはするかもしれない。しかし、それで所属する部隊への食料供給が意図的に絶やされるようなことになればどうか。理解できないものほど恐ろしいものはない。


 コレに比べれば。己は事実を捻じ曲げて解釈することで理解してしまうことにした。高学歴のやっていることは低学歴のアクションに対するリアクションなのだ。理解できる。この論理なら理解できる。悪いのは全て低学歴だ。――アクションに対するリアクション? 卵か先か鶏が先か。わかってはいた。わかってはいる。なんでもわかってだけはいるのだ。しかし、他にどうすれば、じゃあ良かったってんだ。潔くボコられろってか。お前が代わりに殴られろ。己の代わりに殴られろ。それから言え。


 最初、模倣に過ぎなかった高学歴の態度が次第次第に真に迫った。どこかでまともな低学歴に一人でも会えれば、或いは違う結果に辿り着いたのかもしれない。


 ……その嫌いな低学歴を、己は三人も引き連れて雑木林の中を歩いていた。敵別働隊の潜伏している地域は既に迂回し終えている。己たちを先導する集成捜索小隊長の話が正しいとすれば、あと十数分で目的地に到着するはずだった。


「ブック・メーカーてあるやんか。この戦いもかなりの人気がでとるんやろなあ。ちゃうかな」


 那須城崎が低い声で言った。周囲は数メートル先を見通すこともできないような闇だった。隊列(縦列)の、前を歩く者の背中を見失えば迷子になること請け合いである。


 日頃、都市部の、街灯の多い地域で暮らす人間にとっては親しみが薄いが、スッピンの夜はこれほどまでに暗いのだった。(だから夜はモテない)


「おれ、あれ嫌い」須藤が唸った。彼はこのところゲームにログインする頻度が右肩上がりになっている。怪しい。


「有り金をスッちまったことがあってさ。レートは良かったのよ? まず勝てるっていうアレよ? それで負けるとさ。嫌よね、ああいうの」


「ブック・メーカーってなんですか?」


 その声もその顔も清楚だった。腹の中まで清楚なのではないかと疑われた。それほどまでに毒気が無かった。


 彼女の名は玉田(たまだ)とかいった。どこにでも間違いはあるもので、低学歴の割に計数に強い彼女は師団兵站部で平参謀をやっている。部長と平参謀だから今日に至るまで面識はなかった。それがこうしてなかよしこよし、靴に草を巻き、頭の天辺から爪先まで炭だの泥だの火薬だのでまっくろくろすけでておいで状態、歩くの大好きとばかりにやっているのには訳がある。


 先般、師団司令部を出発するとき、己は数名の同行者を志願募集した。己がもしくたばったときに業務を引き継ぐため、また己の補佐のためである。それに応募してきたのが那須城崎と玉田なのだった。(那須城崎はともかく玉田はどうしてこんな危険な任務に志願したのか?)


「ギャンブルの一種の通称とまあ考えてえやろ。そういうギャンブルを提供してた会社の通称がそのままギャンブルの通称になりはりましたよ、と」


 那須城崎は身振り手振りを交えたらしい。よく見えない。「野球とかサッカーとか、別に首絞め柔道の試合でもええ。なんでも勝ち負けがつくスポーツを対象にして行われるんや。わかるやろ? どっちが勝つかを当てるだけのシンプルでわかりやっすいようにできとるギャンブルや。だから人気がある。ま、ヒノモト国内には、法的問題等などのためにやな、外国にある大手ブック・メーカーも進出できておらへんねんけども、そこは情報化社会、いまどきはネットで参加できるからな。このゲーム内でやっとる、この、なんや、会戦とかな、戦闘とかな、そういうのも賭けの対象になっとんねん。――面白いとこやと旧エウロペ連合がまだあった頃、ジョンブルがそこから離脱するかせえへんかも賭けの対象になっとったな」


「へえー」玉田は気の抜ける声を出した。「那須城崎さん、本当はお幾つなんですか? 色んなこと知ってますよね」


「三五歳や」


「え、本当ですか?」


「……。……。……。一七」


「あ、私もなんですよ」


「君、天然とか言われるやろ」


「あれ、なんでわかったんですか?」


「君、可愛いね」須藤もまた見えない身振り手振りを交えた。「奢るからさ? この後でデートしようよ」 


「本当ですか?」


「本当本当。だから今は集中! 那須城崎ちゃんもよ」


 須藤は戦地慣れしている。自然な流れで、且つ、二人の感情を害することもなく、彼女らの無駄口を終わらせた。流石は元・独立第一三連隊“キラー・エリート“、モヒート軍最強を謳われたこともある殺し屋集団の出身であった。(なお、敵の警戒圏内を超えて制圧圏内に入ったいま、声を出すことは禁止されていない。精神の均衡を保つための短い私語や命令、復唱、誰何などに関してならば制限付きで許される。あくまでも制限付きであって推奨されているわけではない。だから須藤は許容できるまでは付き合った。許容できる範囲を超えた時点で彼一流のやり方で窘めた。柔軟な思考が出来る証だ。畜生め)


 待てよと思った。精神の均衡を保つための短い私語だと。話を始めたのは誰だ。那須城崎か。現状で、暇だから話をしようと考えるほどコイツは馬鹿か。そうでもない。ああ。だから。畜生め。そうだ。畜生め。馬鹿ではない。ならばコイツも緊張しているのか。だからわざとヘラヘラしているのか。そんなことがあるのか。


 嫌いな相手が人間的な感情を示すとき、嫌っている側としては複雑な心境になる。コイツも人間なのだな、と、思い知らされた相手を嫌う自分を嫌うことになるからだ。少なくとも己はそうなってしまう人間だった。


 目的地に到着した。そこはこの周囲に張り巡らされている街道とその支道、どちらにも属さない、地域住民が長い時間を掛けて完成させた農道だった。舗装はされていなかった。獣道よりマシであればという水準で整地と手入れがされているのだった。それで充分だった。なまじ完璧に作られていないだけあって、農道には轍や足跡が消えずに残っていた。(降雪時などの例外を除き、こういった部隊の痕跡を一々、消して回るのには多大な労力と時間とを必要とする。そもそも後方に潜り込まれたということは自分たちの存在を隠匿できていないということであるから、よほど神経質な指揮官に預けられていない限り、奇襲部隊でも自分たちの足跡などはあまり気にしない)


 集成探索小隊を任されている二年生は慎重だった。彼女は農道に面した樹木線からまず農道内を、次にその周辺ニ〇〇メートルを丁寧に捜索した上で、ようやく己にゴー・サインを出した。「甘木さん、どうぞ。私たちはこの辺りに警戒線を張りますので。気を付けてくださいね。人数的に完璧な警戒線は張れません。不意遭遇もあると念頭に置いてください。万が一の場合には須藤二年生を頼ってください」


「感謝する。行こうか、諸君」


 己は持ち込んだ巻き尺を使って轍の深さを調べた。那須城崎と玉田にもやらせる。その己たちの四方に須藤が気を配る。調べていくうちに轍そのものが三種類あることに気が付いた。


 深さの平均値がそれとなくでもわかればいい。この深さはこの轍の刻まれたときの圧力と比例する。圧力を求めるには? 自白すると求めるまでもない。ダイキリ軍で使われている馬車の接地圧とタイヤの規格は、先に、土木工兵と兵站部輸送課に問い合わせてあった。(コレは己が暗記している)


 三つの情報が揃えば後は算数だ。ここを通った馬車の重量を割り出せる。割り出せれば何を運んでいたかの想像がつく。(轍の幅や形状から推定することも不可能ではない。ただ、馬車も人間も常に一定の道を通るとは限らない。まして、いま、地面は泥濘んでいるし、輸送で壊れてもいた。目の前にある轍の形状が本来の形状と全く同じであるとは断言できない。検証している時間もない)


 月明かりにすら愛想を尽かされているこの界隈ではノートすら満足に使えない。必然、暗算となる。己だけでは脳味噌の要領が足りない。誠に不本意ながら、背に腹は代えられない、那須城崎と分担した。奴の暗算スキルはチート級だった。


 結論から述べると、ここを通った物体の重量はダイキリ軍正式採用の騎馬榴弾砲、その砲弾を満載した馬車、それに人員輸送馬車とほぼ一致する。後は施設部から仕込まれた知識――何台の馬車や砲車が通れば地面はこれだけ壊れる――と現実の道の様相を照らし合わせるだけだ。(コレは玉田が暗記している)


 俄にゾッとした。敵は三〇門近い砲を保有しているのだった。相手陣地にある砲も全てがダミーではあるまい。どこからこんな数を? 


 答えの出ない疑問を弄んでも意味はない。とにかく、敵の規模は一個増強大隊から連隊程度、砲三〇門、牽引大隊が一つ、それに騎兵中隊が一個以上三個以下であるという目安は得た。己たちは農道脇の樹木線にトンボ返りした。探索小隊長こと吉田は、


「もう終わられましたか?」驚いていた。


「私はてっきり何十分か掛かるものだと思っていました。手落ちでしたね。先に聴いておくべきでした」


「それは僕の側でも言わなかったからアイコだよ」己は僅かに焦れていた。この情報を早く妹に伝えなければ。妹にだと。ええい。師団にだ。いまから帰ると夜明けまで幾ばくもない。「でもそれで不都合が?」


「いえ、早めに終わる想定もしていなかった訳ではないのです。誤解を招く言い方でしたね。謝罪します。いますぐ部隊に集合を掛けますので。――あ、そうそう、お二方。須藤さんとデートに行かれるならばぜひ私も連れて行ってください。ちなみに、奢ってくれるタイプの男性を長くキープするコツはあまり喋り過ぎないことです。いまから練習しておくといいですよ」


 夜間視力を得ている己たちには吉田の表情が詳らかに観察できた。彼女はムフ、と、一昔前の少年漫画によく見られたドヤ顔を浮かべていた。那須城崎が苦笑した。玉田はジッと己を見詰めていた。視線でなんだと問い返した。微笑まれた。わからない。


 比較的、広範囲に散らばって敵の接近を警戒していた小隊は、それでも五分ばかりで集結を終えた。素早かった。小隊は師団司令部への道を辿り始めた。


 その行程が折返しに差し掛かる頃に事件は起きた。


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