表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銃剣突撃する怒れる低学歴と悩める高学歴のファンタジア  作者: K@e:Dё
5章『残る三分のニ、人は他人を笑って生きる』
51/239

5章10話/夜、そして深夜へ


 アズ・スーン・アズ・ポッシブル、参謀長と副参謀長、それに各部長から構成される特別対応班(SRT)は一〇分で揃った。連中は眠たげな様子をおくびにも出さず、己の説明に耳を傾けた。


「あり得る話ですぜ」剣橋は熊みたいな腕を組んだ。「問題はそれをどう確認するかですな。不安材料を残したまま戦闘に突入することはできない。戦争はやはり情報です。情報を制したものが勝つ」


「情報部長?」極々、自然な流れで黒歌は話を振った。


「もういちど斥候を出しましょう。腕利きを集めます。敵陣に潜入させてというのは無理でも、砲が贋物かどうかぐらいは確認させます」


 シュラーバッハで負傷した前・情報部長に代わり、新たにやってきたという三年生は篤実だった。妹を尊敬しているわけではなさそうだが、職務に個人的感情を持ち込むことのない男なのであった。(というよりも、もとから他人に攻撃的感情を抱くタイプでないのかもしれない。やや小太りの、高校生の割に後退した額を持つ彼はそもそもがのんびりした性格らしくあった)


「他に偵察しておくべき対象、捜索しておくべき地域についての意見は?」黒歌が列席者全員に尋ねた。


「敵別働隊の位置を把握したいものです」冬景色だった。


「兵站幕僚の仰るように、敵が砲と騎馬を有しているのであれば、その大体の位置は我が作戦部で幾つかまで絞り込めるはずです。それだけの戦力を秘匿した上で、夜明け前に移動を開始してココを狙える位置というのは少ないはずです。ザッと五隊、軽歩兵で捜索部隊を編成してください。コチラが敵の別働隊に気が付いたということを悟られないように、規模は出来るだけ小さくして。小隊でどうですか」


「五隊」情報部長が怯んだ。「五隊は無理です。四までが限界です。兵の疲労と指揮官の問題がある」


「軽歩兵がダメなら捜索騎兵を下馬させてというのはどうですか」


「いやそれは」情報部長は冬景色の提案を遠回しに却下した。


「分隊規模というわけには?」素早く黒歌が二人の間に割って入った。それだと捜索可能な地域が極端に狭くなる。子供でもわかる愚問である。そんなことは彼女にも分かっている。この時間のないときに作戦部と情報部が押し問答を始めることを避けるために、敢えて彼女はそのように提起したのであった。


「それだと捜索地域が極端に狭くなります。敵を発見できない恐れが」情報部長はホッとしていた。


「作戦部長、逆に四以下にまで敵の潜伏位置を絞り込むことはできませんか?」


「現時点では見積もりなのでなんとも言えませんが、増えることはあっても減ることはまずないと予想します、副参謀長」


「よろしいですか?」衛生部長が手を挙げた。黒歌はどうぞと頷いた。


「ここのところの雨で周辺の衛生状態が悪化しています。道路状態も悪いと」


 衛生部長はその職名から彷彿させられる白衣の天使そのもの、美人だった。ただし、目鼻立ちがキツすぎるという意見もある。彼女は宵待にそうですよねと尋ねた。


「そうですね」宵待は欠伸を噛み殺していた。ほんのりと涙ぐむ。施設次席参謀である彼女が部長会議に出席しているのは主席幕僚が怠惰だからであった。彼は親のコネだけで出世した二年生だった。妹はわざわざ彼を選んで施設主席に据えている。つまり、元は工兵部隊長だった宵待を主席参謀にまで昇進させることが流石に無理だったので、傀儡を置いているのだった。


「地図と、作戦部七課(気象課)に協力して貰えれば冠水している地域なんかは指摘できると思います。全体的に、なにしろ農地ですから、この辺り、水持ちがいいんですよね。冠水とまではいかなくても、ここ数日の雨で、割と泥濘んじゃってるところが多いんじゃないかなあ。畑そのものは暗渠があるので良いんですけど、森の中とかは酷いでしょうね」


「それで、衛生部長のお話は?」黒歌は話を戻した。


「例えば兵のカカトに、靴ずれを防ぐために、我々はクリームを塗らせますが、敵軍ではそういったものも不足している可能性はありませんか? 他にも医薬品であるとか。栄養状況も、優先的に補給を受けているとはいえ万全ではないはずです。兵も馬も風邪を引けば簡単にこじらせるかと思います。潜伏しているのであれば火も使えませんし。この状況下、敵は余計な兵員の損失を出さないようにするべく、施設次席の指摘したように、森林であるとか、あるいは風通しの良すぎるところは潜伏場所に選ばないかと」


「ああ」黒歌に視線を投げられた己は認めた。「医薬品に関しては不足しているはずだ。連隊は小規模な衛生班しか持たない。野戦病院を設置できるのは旅団以上の戦略単位部隊のみ……というのは、君に言うことではなかったね」


「あのお」


 語尾が震え勝ちな声の主に全員の目線が突き刺さった。露骨に竦んだ彼は総務部長だった。総務部の仕事は各部の作った書類の整理、会議の場の設営や確保や管理、駐屯地や戦地における近隣住民との交流(宣撫を除く)などであり、部隊を人として見立てたときの、その副官に近い。


「その別働隊も近隣からですね、あの、徴発を、ええ、あの、えー、行っているはずですから」


 総務部長は市役所の受付にでもいそうな男だった。情報部長とは違う意味で高校生らしくない。「深夜ですが、近隣住民に対する問い合わせをもういちど行ってみてはいかがかと。金品を提供して。そうすれば捜索範囲を狭めることが可能ではないかと、あの」


「良いアイデアだ」己は賛成した。なんでそんな初歩的なことを専門家の己が思いつかなかったのだろうと自分の限界を悟ってもいた。詳しい人間ですら思いつかないことというのはある。「それなら、ある程度の経験のあるプレイヤーになら誰にでも出来る」


「法務と人事からご意見は?」黒歌は念を押した。


「現時点でもダイキリ国民はダイキリ国民、ダイキリの憲法も法律も停止していません」


 法務部長は法曹界志望の、まさにそれらしい、犀利な容姿の男だった。「要するに彼らはまだ我が国民ではありません。聞き込みの際にはその点だけ留意してください」


「人事からは?」


「特にないですねえ」なにごとも他人事なのだとばかりに人事部長は言った。いい加減というのを地でいく男だった。もちろん無能ではない。ただ、とりあえず適当なことを口にしてからでないと本題や意見に取り掛かりたくないという面倒な性癖を持つのだった。


「ふと頭を過ぎったのは、情報部から貰った資料ですねえ。相手の司令官は殿馬(とのま)でしたよねえ。殿馬寿臣(とのまとしおみ)。彼は有名な卑怯者でね。こういう手は如何にも使いそうだなとね。それに、相手の連隊指揮官はわりかし粒揃いでしてねえ。本隊と分かれて行動するのに、能力的な問題はないんじゃないかな。ああ、それと、偵察部隊の指揮官には、別に誰でもいいんだけどさあ、予め今関君を推しておきますよ。彼、元は独立第ニ連隊だから、こういうの得意なんですねえ」


「独立第ニ連隊は威力偵察を目的として編成された連隊です、ちなみに」情報部長が補足した。


 なお、訓練部長は前任者が栄転した後、空席となっている。次席訓練幕僚を次席副官から引き継いだのは二年生で、コレは自分の立場を弁えて、公的な場ではまともに発言しないのがポリシーらしかった。


「参謀長」意見が出尽くしたのを見て取った黒歌は彼女の幼馴染に座を譲った。「以上です。お願いします」 


 剣橋は男らしく頷いた。「では作戦部は一課(計画課)と四課(砲兵課)と五課(騎兵課)を中心としてまず敵位置の推定に総力をあげること。捜索部隊が情報を持ち帰ったとき、別働隊の存在が明らかになった際には、それをどう処理すべきか、師団長の構想を尋ねて計画しておくこと。兵站部は――」


 こういう次第で日付が変わる直前、我が陣地内ではドタバタ騒動が始まったのである。


 ……体感三〇秒で一時間半が経過した。いま他の部はこういう仕事をしている、その進捗はこんな程度だ、更に仕事を効率的に進めるためにこんな情報をくれないか、これをやってくれないか、黒歌はこのような連絡調整を行うためひっきりなしに兵站部を訪れた。


 どの部署も無茶振りを乱発した。ウチも例外ではない。ンなことは出来ない。でもコッチとしてはこれをやって欲しい。あ、ついでにコレも。アレも。


 それを適当なところで妥協させ、部署間に喧嘩を起こさせないように干渉しつつ、黒歌は剣橋の立案した業務内容を進めていく。連絡調整とはかくも疲れる仕事だが、黒歌のタフネスはそこらのスポーツ青年三人分、笑顔を絶やさないのが凄い。(こういうことから考えると、副参謀長というのは総司令部における下士官のようなものだった)


 だが四度目、彼女が兵站部テントを訪れたときはその様子が違った。彼女は滅多に見せない剣呑な表情で、


「兵站部長、もういちど部長会議を開くそうです」


 この時点で敵に別働隊がいることは判明していた。ほらな、と、己は思っていた。やはり恋愛を有利に進めるには自分に都合のいい嘘を吐きまくるに限る。己の両親は――否、そんなことはいまはどうだっていい。


 部長会議では捜索隊の一隊が行方不明になったことが告げられた。議題はその代わりがどうしても用意できないことをどう解決するべきかだった。


「まさか今関君がねえ」人事部長は彼なりのやり方で嘆いていた。


「敵の大まかな潜伏位置まではわかったのですが」情報部長は助けを求めるようにキョロキョロしていた。


「その正確な戦力を偵察すべく派遣した臨時第三小隊(今関隊)が時間になっても戻らないのです。行軍途中にあった森林辺りで迷子になったか、事故があったか。戦闘状態に入って殲滅された訳でないことは、銃砲の音がないことからも明らかです。代わりに戻ってきた捜索部隊を再編成しましたが、これだけデリケートな隠密行動を任せられる指揮官に不足がありまして、偵察を行わせた場合、敵に部隊を発見される恐れが……」


 情報部長の視線を正面から受け止める者はいなかった。己も含めて。場を重苦しい沈黙が包んだ。情報部長は困ったように笑いながら供されていた水を飲んだ。


 不意に、己は天啓を得た。実際、それは天啓としか言い様がなかった。己は黒歌に発言の許可を求めた。許可は降りた。


「敵戦力を把握できればいいんだね?」


「は」情報部長のその“は“はどちらかというと意味がわからないときの“は“だった。「そうです。敵戦力規模がわからないことには対処方針を纏められませんので」


「なら兵站部で何とかできるかもしれない。敵の部隊の大まかな位置がわかっているなら、敵部隊の移動してきた経路も想定できるはずだろ? 雨で地面が泥濘んでいるから、その経路上に兵の足跡、それに馬車の轍もまだ残っているはずだ。それらの深さから敵戦力が推定できる」


「それは」情報部長の声が上ずった。「それは余りに危険では? つまり敵後方に潜り込もうということでしょう?」


「兵站部長」基本、会議の場では成り行きを傍観しているだけの妹が呼んだ。


「なんでしょうか」


「それをやるとして、その任には誰を充てるつもりですか?」


「当然、自分です。知識量的に自分以外には出来ない。自分が死んだら大事ではあるでしょうが、しかし、業務を代行できる人間はいる」


 会議の場がザワつきかけた。しかし流石に部長クラス、日頃から黒歌の薫陶(『会議の場では静粛に』)を受けていることもあって、列席者は精々、生唾を飲む程度で驚きを我慢した。


「モノよりもカネよりもヒト。これを育てるのが一番、大変なんだけどねえ」


 人事部長が妹を見やった。「まあ、でも、彼以外だと知識に偏りのある連中ばかりなのは確かですわな」


「ですか」妹はあっけなく決断した。「なら決まりです。事実、これ以上、やるやらないで揉めていて時間をムダにすることはできませんしね。人事部長、情報部長、現状でで用意できるいちばん良い指揮官を第三小隊につけてください。兵站部長は第三小隊に帯同。敵潜伏地域を迂回してその後方、彼らが進撃してきた経路を調査すること。迂回経路については作戦部に聞いてください。いいですか」


 よくないはずもない。己は請け負った。妹は黒歌に「手順を無視してすみませんでした」と謝ると会議を解散した。


 こうして、己は望んで面倒を背負い込んだ。こうまでするのには何か、勝たねばならないから以上の理由がある気もしたが、それを考える余裕はなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ