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銃剣突撃する怒れる低学歴と悩める高学歴のファンタジア  作者: K@e:Dё
5章『残る三分のニ、人は他人を笑って生きる』
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5章8話/モテない性格

 師団司令部に直属する部隊として“捜索騎兵大隊“がある。名の通りその主戦力は騎兵、特に身軽な驃騎兵である。(砲に種類があるように各兵科にも幾つかの種類と役割分担とがある)


 捜索とは偵察行動の一環、或いは一種であり、初めて降りる駅の周辺にどんな店があるのかログタベ(飲食店の口コミサイト)で検索することに近い。――この先は地図が不確かでどんな道があるのかわからない。地形情報も不足している。敵はいるのか。いないのか。燃料として利用できる木々は豊富だろうか。水源はあるのか。どこで野営ができそうか。そういう不確かなことを調べてくるのが捜索だ。


 偵察とは、広義にはその捜索を含む敵情、並びに地理情報の収集活動全般を意味する語であり、狭義では存在の判明している敵の正確な位置、或いは戦力を調査することになる。『ログタベだと星五だけど、これ、なんかサクラっぽいからもっとよく調べてみようかな』


 ……その捜索騎兵大隊が持ち帰った情報によると、我が軍を先駆ける敵残党軍の進軍速度は日速ニ〇キロとのことだった。部分的には一五キロを割っていた。行軍速度としては及第点すら満たしていない。


 この情報が何を意味しているのか? 吟味するべく、妹は師団司令部会議を催した。なお、師団司令部会議という字面は少年少女の心を掴んで離さないクールな印象を見るものに与えるが、師団は既に敵を追って出撃中、円卓や長机を囲むような真似はできない。会議の席は行軍路の中途にあった森林の一角にテントを張って設けられた。


「えー、おほん」座長を務める黒歌はわざとらしい咳払いから会議を始めた。


「今回の討議内容は通達した通りです。順に意見を伺います。主席作戦参謀、意見は」


「兵站状況の不備が原因だと推定します」冬気色は全くの常識論を唱えた。


「兵站部長は」黒歌は指名した。


「兵站部としてもその意見に同意する」


 その時点で、己は何か引っ掛かるものを覚えながらも同意した。反論材料がなかった。あったところで、何がどう引っかかっているのかを言語化するのは困難だった。そして、かもしれないを並べ立てた論理的でない推論は会議の場をいたずらに混乱させる。己は自らの懸念を気の所為だろうと揉み消すことにした。実戦を前に緊張しているのだろうと。


「兵站部長?」


 黒歌のその発音と表情とは、一様に『なにか言いたいことがあるなら言っていいですよ』と促していた。素晴らしい洞察力だった。己は普段となにひとつ変わるところがないように振る舞っていたはずだった。(普段よりも浮ついたところがあったとして、それを付き合いの短い彼女が見破ったのは誠に驚くべきことである)


「現時点では」煙草が吸いたかった。無理だった。甘木としての己は酒も煙草も苦手だという設定(プロフィール)だった。列席していた宵待が意味ありげに笑っていた。彼女も己の胸中にモヤモヤしていたことがあるのに気が付いているのだろうか。だろうな。


「本当に同意している。何か思い付いたことがあれば言うよ」


「そのときはお気軽にどうぞ。三人寄れば文殊の知恵、思いつきが思わない発見を生むこともありますわ。ね」


 同じ気が付く人間であっても、こういうところが黒歌と宵待の違いかなと己は考察した。だからこそ黒歌は副参謀長、参謀長と選ぶところがないほどに重要な師団の屋台骨、その職を任せられているのである。


 はっきり言えば誘惑に駆られた。根拠が不確かなことでも、なるほど、ここにいるメンバーならば何か決定的なことに変えてしまうのではないか。彼らはそれほどまでに才能人揃いだ。或いは己の勘違いであったとしても、それが勘違いであるかどうか、ひとりで考えていても答えが出ないその結論を導き出してくれるのではないか?


 なればこそであった。


 彼彼女らは極上の、()()()()なのであった。


 プライドがあった。打算があった。遠慮もあった。どれだけアチラが己を歓迎してくれたところで、己自身は彼らから距離を置いて生活していた。その意識をこの場でいきなり改めるのは不可能だった。(ああ、つくづく己は組織人に向いていない。少なくとも前線の参謀には向いていない。要らない感情が合理性を阻む。どこか山奥で世捨て人でもやればいいんだ。脳内を婆様の枯れた声が蹂躙した。黙ってろ。意気地なしなのは己がいちばんよくわかっているんだ)


 続けて意見を求められた情報部、施設部、総務部も作戦部に同意した。暫定的な結論がコレで出た。


「諸般の事情から我が軍の脚も鈍い」


 剣橋が話をまとめにかかった。「後ろから追い付いて各個に撃破というわけにはいきませんな。このままラデンプールまでは、とにかく捜索、偵察、それに索敵を徹底して進軍を続ける他にありません。より具体的には、そうですね、分進合撃中の各連隊に命令文を出しましょう。各連隊本部が有する偵察部隊を連隊縦列(行軍隊形)の先頭に位置させること。また、それら偵察部隊の指揮は必ず士官級PCによって行うこと。ああ、そういえば、捜索騎兵によると、敵は我が進撃路に障害物を、とりわけ鉄条網を設置しているとのことでした。偵察部隊の構成員は軽歩兵ですので、そうですなあ、師団工兵に連絡を取って、各連隊に土木工兵を臨時編成した小隊規模で貸し付けようと思います。となると、部隊の指揮系統に他者が入ることにもなりますし、各連隊長は隷下部隊、及び連隊間で緊密に連絡を取り合い、必要であれば面会を行って、それぞれの位置と情報を通知しあうことを忘れないように……と、言いつけておくということで、どうですか?」


「結構です」問われた妹はあなたの決めたことならそれでとばかりに答えた。


「ありがとうございます。では、せっかくなのでこの場を借りて、いまの件について、俺の方から各部署へ当面の業務を割り当てる。副参謀長、それでもいいか? よし。なら、まず施設部だが、いま言ったような部隊編成と状況に合致した工兵士官をリスト・アップすることから始めてくれ。副参謀長、人事部と施設部の橋渡しは任せる。土木工兵そのものの数を揃える作業は現場に投げていい。うんむ、それと、施設部さん、ここのところ敵が、まあそれも不足しているんだろうが、やたら木を切り倒してるってんで――」


 会議はそれで終わった。テントの外ではシトシト、雨が降り始めつつあった。行軍が面倒なものになるだろうなと思った午後四時半だった。


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