5章3話/シュガー。メルティング・シュガー
彼の第一印象は『兄に似ている』であった。ただし、いまの兄ではない。一〇年前の兄に、である。
一日、私は甘木さんを私のオフィスに招いた。そこはロホーヒルヒの中心地に程近い、煉瓦と大理石で組み上げられた五階建ての最上階だった。元は商館だったとか聞いている。広さは手頃、内装も質素だが、それが却って私の趣味に合致していた。
窓の外を往来する馬車の量はモヒート首都・ライダーテーレの比ではない。その抜群の輸送能力のために町の規模もライダーテーレの三倍にはなる。街角に植えられた常緑種がここまで薫ってくるほど繁っていた。
「この前はどうもありがとうございました」私は応接机で甘木さんと向かい合っていた。両手でティー・カップを包むように持っている。恵まれた自然のため、良質の釉薬を作ることができるこの国の陶器は上等だった。これで中身が花村君の淹れたお茶でなければと思わなくもない。私は彼の淹れたアレなお茶を甘木さんに飲ませるのが苦でなくもなかった。
「今日は正式にお礼を言わせて貰おうかと思って」
「気にしないで欲しいな」甘木さんは名前通りの甘いマスクを綻ばせた。「僕はお礼を言われるようなことは何もしていない。実際、そうじゃないか? 謹慎を食らった幕僚にお礼を言うのはおかしい気がするな。ま、言われて悪い気はしないけどね」
紅茶に口をつけた彼は「ウッ」と唸った。だが、天性の性格であろう、何事もなかったかのようにそのまま飲み干した。部屋の隅で花村君がガッツポーズをした。彼は、気を利かせてくれたつもりなのだろう、甘木さんのカップに紅茶を注ぎ直した。なみなみと。
「兵站部の仕事には慣れましたか」私はニタニタしている。
「慣れたよ」清涼飲料水のような声だ。甘木さんは花村君が背中を見ている間に、バレないようにコッソリと、大量の砂糖を紅茶の中へぶちこんだ。苦笑する。
「みんなが良い人だからね。那須城崎さんにはビックリしたけど」
「容姿ですか。それとも性格ですか。まあ彼女、食事に行くと一円単位で割り勘にするような人ですからね」
「そうなの? いや、まさか容姿ではないよ。性格さ。なんというか――」
「遠慮がない?」私はオブラートに包まない形容詞を提示した。
「遠慮がない。まさに」彼はカップの縁を撫でながら苦笑した。「でも知識量と能力は凄いものがある。経験さえ積めば、彼女、経理課を任せてもいいだろうね」
「その他の、例えば他部署の幕僚らについてはどうです」
「部長会議で逢う限り他の部長たちも軒並み外れて優秀だと思うよ。人柄もいい」
「同じようなことを参謀長も言っていました。『甘木は使えそうです』と」
「お世辞じゃないだろうね」
「違うでしょう。彼はそういうことを言うタイプではありませんしね」
私はお茶を啜った。この味に慣れている自分が怖い。「私としても今後は貴方におんぶにだっこ、盛大に頼らせてもらおうと思っています」
「そうかい」甘木さんは一瞥、花村君にくれてから笑った。席に戻った花村君は何故かドギマギしているようだった。
「僕も出来るだけ君の力になりたいと思っている。やれるだけはやろう。僕も君に頼って欲しいからね」
彼のカップの中は綺麗に空だった。あれだけ入れた砂糖は底で澱むこともなく溶け切ったらしい。





