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銃剣突撃する怒れる低学歴と悩める高学歴のファンタジア  作者: K@e:Dё
5章『残る三分のニ、人は他人を笑って生きる』
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5章2話/鉄と火


 まず、その不格好なのに驚かされた。


 ダイキリ製の騎馬榴弾砲であった。重量六〇〇キロ、全長一・九メートル、口径一ニニミリのそれは鋳造砲――予め砲の形に作られた型の中に青銅を流し込むことで作られる。(なお、ここで言う青銅とは真鍮のことであって、一般に想像される金属とは異なる。ちなみに鉄製の砲(鋳鉄砲)も存在しなくはないが、それは青銅で造られた砲に比べれば寿命が短く、且つ、騎馬で牽引するには重すぎるためにさして普及していない。無論、鋳鉄技術そのものがまだまだ低い水準に留まっていることも関係している)


 モヒート製のそれは砲身の内部、外部、砲口のフチに至るまで職人によって徹底的に研磨される。故に、バーで提供されるスコッチに入った氷のように全てが滑らかな形状をしている。


 コイツはどうだ? とりあえず戦場で使えればいい、量産さえできればいい、そういうコンセプトが透けて見えるようだ。百円ショップで買ったのではないかとすら疑われる低クオリティであった。こんなものから撃ち出される砲弾の軌道は砲身内部の歪に影響されてまともなものにはなるまい。或いは砲身内部での榴弾誤爆も考えられる。――


 その数にも圧倒された。丘の麓に布陣を終えつつある砲はニ〇〇門を超えているようだった。砲をココまで牽引してきた馬、それから砲弾を輸送するための前車もアチコチを行き交っているから、そこらじゅうで『ヒヒーン!』と喧しい嘶きが上がっている。なんとも言えない臭気が立ち籠めてもいた。胸がムカムカする。


「とんでもないことになっているな」砲群から少し離れたところで己は唸った。もう下馬していた。馬は馬丁に預けてある。


「正確にはニ一六門だそうです」資料を見ながら古が言った。


「ニ一六門? 軍砲兵レベルの砲数だな。要塞でも陥落させるつもりか。よくもまあそんなに掻き集めたもんだ。どこから集めた。倒した鬼さんから分捕ったか」


「それもあるようです」古はまんざら冗談でもない風である。「進撃路に捨てられていたもの、友軍が放棄したもの、制圧した駐屯地から押収したものなど砲の出処は多岐に渡ります。なお、ニ一六門のうち、師団砲兵が最初から保有していた砲数は四八門です」


「馬鹿め。だからあんな噂が立つんだ」


 古は案ずるような目線を、しかし射抜くように鋭く、己の横顔に向けた。己はそれに気が付かないフリをした。


「あら?」


 背後から女の声がした。振り向くと宵待が立っていた。彼女は数名の部下と共に丘を降りてきたところであった。


「あ、これはどうも」宵待は軍総司令官に対してそれはどうかと思われるほど気楽な挨拶をした。「どうなさいました? こんなところで」


「案内が来ないんだ」己はムカつきを隠さなかった。「総司令官だろうが何だろうが規則は規則、師団司令部へ入るには案内を待てと言われて早幾星霜、待てど暮らせど案内なんて来ないじゃないか。それとも己は試されてるのか? なら手の届く範囲に虐められてる亀さんでも配置したらどうだ。暑いんだぞ、コッチは」


「あー」宵待は己の話の半分を聞き流した。


「それでしたらもう私が案内しちゃいましょう。どうぞ。お連れ様もコチラへ。いえいえ、いいですよ、いいですよ、話は通しますから。身体検査だけ一応。――あ、貴方たちは予定通り砲座の確認に行ってください。よろしくお願いします。後で報告だけしっかりと」


 部下に仕事を預けた宵待は己と古と護衛らの先に立った。来た道を引き返す。微風が彼女のショート・ヘアを揺らした。別段、美少女であるわけでもなく、どちらかと言えばボーイッシュな出で立ちであるのに、どうして彼女はこう女らしいのだろうと己は無駄なことを考えた。


 師団司令部は大所帯だった。併せて一四〇人以上の司令部要員が複数のテントの下で慌ただしく働いている。その中心に師団長――妹がいた。


「師団長」宵待は直属の上官に対してそれはどうかと思われるほど気楽な呼びかけ方をした。「軍総司令官閣下、視察のためご到着されました」


「ゑ」日陰を選んで置かれた指揮卓、その上に片膝を突いて座っていた妹は合点が行かないという表情だった。


「花村君はどうしました? もう何分も前に案内に出したはずですが」


「ええと」妹の傍に控えていた吉永が辺りを見渡した。どこにもいない。ハッとした彼女は小走りで丘の麓を覗きに行った。俯きがちで帰ってきた。


「……。……。……。転んで落ちて頭、打ったみたい。しかも何故か反対方向に向かったっぽいわね、アレは」


 妹は額を抑えた。それから、ようやく自分の無作法に気が付いたらしい、指揮卓を飛び降りると己に向かって腰を折った。兄妹ではなく部下が上官に接する態度だった。その場に居合わせた全員が慌てて妹の(ひそみ)(なら)った。「申し訳ありません、閣下。お出迎えに不備があったようで」


「閣下はやめろ。そんな尊称はゲーム規定にない」己は手を振った。宵待が用意した可搬式の椅子へ腰を下ろす。軍服の襟元を緩めたい欲求に駆られる。兵站部長時代ならばそれでも良かった。いまはそうも行かない。己は古たちの分も椅子を運んで来るよう手近な兵に申し付けた。


「出迎えは別に良かった。いまから参謀どもを集めて挨拶させるなんていうのもやめろ。そんなことより状況はどうだ?」


「芳しくあります」妹は小さく頷いた。些かコスプレ風ではあるが赤と白の軍服が嫌になるほど似合っていた。「砲撃開始は四五分後を想定しています」


 己はポッケットから葉巻の袋を取り出した。咥える。横から手が伸びてきた。古かと思ったが違った。宵待だった。礼を言う。彼女は己たちにお茶まで運んできた。他人にしてもらえることは何でもしてもらえ主義な己もコレには恐縮、


「助かる。だが、君はもう職務に復していい」己は宵待に申し付けた。


「失礼しました」宵待はペコリとした。


 己は古の様子を伺った。彼女は気にしていませんと言うように目だけで頷いた。(自分の仕事を他人に取られるのは余り面白いことではない)


「今度の作戦概要と目的について教えてくれ」己は高カカオのチョコレートのような味がする煙を吐き出しながら尋ねた。


「レオ・レ・レール駐屯地は交通の要衝にあります」


 妹は指揮卓の上にある周辺地図を指差した。「内部には武装解除に応じなかった一個連隊が立て籠もり続けています。彼らはその気になりさえすれば我が駐屯軍の兵站路の幾つかを扼することが可能です。よって、今回、撃滅することにしました。過去、三度に渡って説得を試みましたが、どれも捗々しい成果は挙げられませんでしたので」


「説得」己はティー・カップの縁を指で撫でながら混ぜ返した。「母親でも呼んだか」


「実は一度だけそうしました」妹は表情を消している。


「本気で言っているのか」己は煙草の灰を地面に叩き落とした。


「はい、――総司令官。その他、旧ダイキリ軍務省幹部、連隊長の小学校時代の恩師なども呼びましたが、無意味でした」


「君の判断か、師団長」


「いえ、親会社からの指示でありました。“絵になる“と」


 己は頭を振った。「戦闘計画はどのように?」


「まず徹底的な砲撃を行います。準備砲撃ではなく、それで敵を殲滅するつもりで。榴弾をふんだんに使います。弾着観測には気球でなくこの丘の上に配置した観測班を使います。気球はコストが高いですから、こんな程度の戦に投入すると対費用効果が問題になります」


「敵は駐屯地から兵を出して来ていないな」己の啜った紅茶は少しだけ渋かった。


「事前偵察によれば駐屯地内に築城を施しているようです。持久戦の構えですね。一個連隊で師団と正面から殴り合うことは出来ませんから」


 妹の師団はその編制内に四個歩兵連隊、一個騎兵連隊、(事実はどうであれ)一個砲兵連隊を備える(この他に衛生、給食、それに工兵部隊の各種支援部隊を完備している)。


 妹はこの丘の正面に、敵駐屯地と向かい合うようにして二個歩兵連隊を横列で配置していた。残る二個歩兵連隊は首都近辺で異変があったときに備えてそれぞれの駐屯地に残してある、と言った。


「充分なのか? 二倍の歩兵だけで。陣地化された拠点を落とすのには敵の五倍か六倍の兵力が必要だと聞く。シュラーバッハのときの君の旅団のように」


「これだけの砲がありますから。ああ、対砲迫射撃を受ける可能性はほぼありません。敵砲はどれだけ多く見積もっても六門です。しかもカノン砲。射程距離は八〇〇メートルが関の山です。コチラが撃っても撃ち返すことすらままならない。もちろん、強引に仰角をつければ、如何にカノン砲と言っても二キロでも三キロでも砲弾を飛ばすことはできます。できますが、明後日の方向に落ちた砲弾など我々の知ったことではありません。砲撃計画に関しては、――施設次席参謀」


「はいはい」妹に指名された宵待が返事をした。はいは一回にしろ。


 宵待はレオ・レ・レール駐屯地の詳細な地図を持ち出した。ダイキリ軍の施設から押収されたものであるから、内容の正確性に疑いはない。地図にはアレコレと朱線で書き込みがしてあった。


 駐屯地は南北にニキロ、東西に〇・八キロ、外周は五キロほどの大きさであった。広く肥沃な土地を持つダイキリ軍らしい、一個連隊に与えるには過ぎた駐屯地である。


「作戦部と情報部と連帯して」宵待は手に持った地図を己へ見せつけながら教えた。


「敵の野戦築城の推定を行っています。敵がどれだけの補強を各施設に施したかも。この辺りで手に入る補強材は主に土、粘土、それに木材ですが、それらを集めて、工事をして、さあ砲撃に耐えられる完璧な陣地が出来上がったぞ……とするためには、最低でも三週間が必要です。で、彼らがここに立て籠もってからは二週間しか経過していません。また、工事の規模から言って、その遂行には一個土木工兵大隊が必要になります。ちなみにお相手さんはその編制内に工兵を持っていません」


「そんなにか?」己は懲りずにカップの縁を指で撫でながら尋ねた


 宵待は己の意地汚い指先を見詰めて苦笑した。己はムッツリとした。失礼しました、と、宵待は謝罪にしては気持ちの込もっていない謝罪をしてから質問に答えた。


「歩兵は穴を掘る訓練しか受けませんからね。少しばかり、歩兵に林業出身者がいるかもしれませんが、それだけでは。やはり専門技術者が居ないことには何も出来ません。それに歩兵を工事に充てると疲れちゃいますからね。ローテーションで仕事をさせるしかありませんけど、そうすると、作業の進行速度はおそーくなってしまいます。要するに、敵の陣地化は万全では決してありません。榴弾をたらふく叩き込めば塹壕、掩体、そういったものの大部分は破壊できるはずです。実際、それを証拠付けるような資料が偵察で得られてもいます。推定ですが、二時間の砲撃で敵の陣地の六割が破壊できるはずです」


「敵が耐えきれなくなって飛び出してくれば応戦します」妹は淡々と述べた。


「白旗を振るなら受け入れます。まだ立て籠もるなら包囲を三日ほど続けます。立て籠もるなら戦闘は必要ありません。ただ相手が飢えるのを待てばそれで決着が着きます。勿論、そのために、敵の食料庫と水路に対して特に砲撃を集中する計画です。一部は土中に埋め込まれているようですから、それらを仕留め損なうことがないように砲撃そのものは三時間、行います」


「兵站は」己は専門家風を吹かした。実は聞くまでもないことであった。だが、その点だけ省くと不審感を抱かれかねない。「三時間、ニ一六門を砲撃させるとなると、砲弾総数は三六〇〇〇発だ。それも、少なく見積もって。しかもその後、戦闘に突入することを考えれば所要数は一・五倍にはなる。輸送力だって同じだ。敵が飢えるのを待つならば兵に与える食料や飲料の問題もある。貴師団はそれだけの兵站計画を整えてあるのか。本来、軍兵站部並の人数と能力がなければこなしきれない計画立案だと思うが」


「現在、兵站主席参謀(師団兵站部長)は謹慎中で、本人を呼んでお応えするわけにはいきませんが」妹は破顔しかけた。「彼はこの戦闘開始前にキッチリとした計画を作っておりました。現在は参謀長が適宜、修正を入れていますし、計画遂行の指導にあたってもいます。参謀長は有能です。ご心配なく。必要であれば計画書をお見せしますが」


 己は見せろと挑むように言った。吉永が運んできたそれは文句のつけようもない内容だった。当然だ。


 修正を入れている――ということではあったが、その形跡は殆ど無かった。そういう意味でも剣橋はたしかに有能だと己は再確認した。他人の仕事を引き継いだのが並の参謀だった場合、彼らは自分の存在をPRすべく無駄に張り切る。


「では観戦させてもらうとしよう」己は脚を組んだ。


「ごゆっくり」妹は最後までまともな表情を見せなかった。


 妹はそれから四人を呼んだ。妹と同じ学校の音楽科に在籍していたという二人、那須城崎、それと投木原だった。妹は彼女らと彼にここで観戦するようにと命じた。実戦の空気を感じるだけでいいのです。


 やがて砲撃が始まった。妹のところへ参謀長、副参謀長などが続々と集まってきた。彼らは己に慇懃な礼をした。己は不思議な気分になった。


 最初、数門で以て始まった砲撃、その初弾は駐屯地から遠く離れたところへ落ちた。


 数分置いてニ度目の砲撃があった。今度の砲弾は駐屯地の直ぐ傍に落ちた。三度目で命中、四度目で狙いが完全に合うと、――ニ一六門が一斉に火を吹いた。


 敵駐屯地は全力砲撃開始から数分で大炎上した。砲撃はそれでも止まない。駐屯地はそのうち噴火する火山、その火口内部のような有様を呈した。音楽科の二人のうち壱式とかいう方がウッと喉の奥で唸った。大八分咲というのは額に汗を浮かべながらも努めて表情を殺した。那須城崎はあの砲弾は全部で幾らになるのかとか軽口を叩いた。投木原は、さすがの胆力、動じる気色もない。妹はその投木原の様子に痛く感心したらしく、彼の耳元に何かを囁いた。投木原は静かに司令部から出ていった。


 敵は二時間、砲撃を受けたところで駐屯地から飛び出してきた。隊列もまともに形成できない彼らは二個歩兵連隊によって順当に殺戮された。


 その戦闘は丘の上から望遠鏡で仔細に観察できる位置で行われた。壱式は吐き気を催した。大八分咲は僚友を慰めてやることで正気を保った。那須崎は相変わらずだ。投木原はある中隊を率いて戦闘とは呼べなさそうな、それでも立派な戦闘(ひとごろし)を経験した。彼の指揮ぶりは凡そ初心者とは思えないほど達者だった。


 己は愉快でなかった。



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