5章1話/SFとは『少し不思議』の略である
炭水化物と糖分の摂取に重点を置いた軽食を済ませる。カロリー・フレンズなどが適当である。(己個人としては’すっごーい! フルーツ味’のほどよい甘みが好きだ)
それからトイレへ行く。出なくても出す。ちゃんと手を洗う。
で、――連合生徒会館の我が執務室、その窓際に用意されたベッドに横になる。カーテンの閉じ具合を神経質に気にした後、枕元に投げ出してあったヘッド・セット型のゲーム機を被った。首元の固定用ストラップを締める。ヘッド・セットの側面に設けられた電源スイッチを入れる。
すると、めのまえがまっくらになった。二秒とせず今度は真白に。そんな実感はないが、この間に、既に己の意識は現実からゲーム内世界へと移転しているそうだ。
理系は理系でも、己、脳科学の領域には毫も詳しくない。要するに完全VR・MMOというのはどういうものなのだろうか。
プロ試験対策講座で大雑把に受けた解説によれば、夢を見ているようなもの、であるらしい。
ゲーム機が作り出し、また、やはりオンライン状態のゲーム機によって他人と共有される仮想現実へとプレイヤー自身の意識を落とし込む。まさに『プレイヤーはあなた自身!』の極地、キャラは自分の思い通りに動く。思い通りにならないのは人生だけさ。
否、マジな話、最初にこのゲームをプレイしたときは驚いた。現実で右手を動かす感覚、それと全く同じ感覚でゲーム内の右手が動く。動かせる。物を食べれば味覚が作動する。ご丁寧なことに不味いものはゲームの中であっても不味い。ゲーム内だから平気だろうと思って生焼けの肉を食べて腹を下したときは、ああ、畜生、人間、お腹を壊したときに神様に祈るのは電脳世界でも変わらないのか――と、妙にやるせなくなった。(ちなみに己はお腹の痛いとき以外に神様に祈りを捧げることはない)
なお、ゲーム内ではゲーム・キャラの生理的欲求や反応が優先される。詰まる所、現実の肉体がどれだけトイレへ行きたかろうがそれを知覚することはできない。できてしまうと脳に混乱を――自分が二人も居ることになってしまうので――来すのだそうだ。故にブラスペを筆頭とするVR・MMOをプレイする前には準備を忘れてはならない。
限りなく白い空間に半透明のウィンドウがポップ・アップした。ウィンドウの中にはQWERTYのキーボード配列がある。パスワードの入力を求められていた。
パスワードの前半部分は己の誕生日を元素記号に置き換えたものだった。マグネシウムとガリウム、そのスペルを所々、無秩序に大文字にしてある。入力する度に失敗だったなと後悔せねばならない。己と妹は双子だからだ。早いウチにパスワードを変更しようと何時も思うだけは思う。
『おかえりなさいませ、左右来宮左京様』
無味乾燥な機械音声でなくてメイドさんを連れてこい。
『サーバーを選択してください』
高校生競技用を選択する。『一般回線のプレイヤーと一緒に遊ぶことは云々』という警告文が表示される。はいを選ぶ。新たな警告が出る。はいを選ぶ。次の警告文が出た。オタクのゲームはそんなに警告されるべきことがあるのか。そんなゲームはやめちまえ。っていうか、そもそも、一般回線で遊んでいるプレイヤーなんて実在するのか?
最後の警告文を読みもせずに『はい』した。機械音声がしばらくお待ち下さいと告げた。
視界がパッと暗くなった。時を置かずパッと明るくなる。明る過ぎた。己は右手で太陽光線を遮った。
平原である。騎乗していた。周辺には数騎の護衛の姿があった。並足で進む我が馬の毛並みは白かった。己たちはある丘へと向かっているのだった。
その丘の向こうには旧ダイキリ軍の某連隊が立て籠もり続けているレオ・レ・レール駐屯地があった。





