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1章4話/クアンタム


 密造酒(マウンテン・デュー)は洵に強烈である。何事も人生に絡めて考えがちな悪癖を持つ私は“密造酒は現代の子供である”と考えた。『あーあ、なんでこんなもの作っちゃったんだろ。不味いし酔えないし仕事には支障が出るし……。失敗だったな!』


「――なんてことを考えてるんだろ、右京ちゃん?」


 魔法使いのオバさんは言い当てた。我が部の顧問のかなで先生だった。自分の椅子ではなくて窓枠に腰掛けていた。この昼間から缶ビールなぞ呷っている。


 私は手にした紙コップを掲げてみせた。たったそれだけの動作で私の座るソファはギシギシと軋んだ。詰め物がそれだけヘタっているのだった。一部はスプリングが布を突き破って露出していた。


 部室は八畳である。過去、何百人かの荒くれ者たちによって、壁、天井、床、それにこういった備品の類に至るまで破壊されていないところがなかった。(私自身、酔って暴れた末、アチコチ破損させている。済まないとは思っている)


「右京に先生も!」


 掃除をしていた(いただき)が唸った。これは私の幼馴染である。女性にしては恵まれた体格を持つ彼女は一七五センチ、フィクションの中にしか存在しない母親のような容姿をしているものの、口を開けば現実的なオカンでしかない。


「部室でお酒を飲んではいけません!」と、こういう小言が特技であった。


「まあそう硬いことを言わずに」


 かなで先生は空になったビール缶を数十センチ先のゴミ箱めがけて放った。大きく外れる。頂は溜息を吐き、床に、無造作にぶちまけられている大量の雑誌の中からその缶を摘み上げた。先生は寝癖を放置したままのボブカットを揺らしながら目元の隈を掻いた。「寝不足でね。よく見えない。よく見えてたら入っていた」


「先生は」頂の唸り再びである。彼女の手の中、空き缶が音を立てて変形している。


「落ちないようにしてくださいね。そこから」


「私の運動神経をなめてはいけないよ。ここに座るの、一人じゃ出来なかったんだぜ? 一人で落ちられる訳がないさ」


「誰かが突き落とすという可能性について考慮されるべきでは」


「うん。最近、給料が少なくて困ってたんだ。殺害予告ってどれぐらいの罪で、どれぐらいの慰謝料をふんだくれるんだろうね? いまので私の心は相当に傷付いたんだがー」


 頂が虐待していた缶はついにペシャンコになってしまった。握力が強くて羨ましい限りです。


「残念ですが、先生、ウチの道場は法廷闘争で負けたことがないのです」


「駄目か。ま、考えてみれば警察だの裁判だのなんて面倒なだけだからなあ、経験上。――っていうか、君のとこ、訴えられたことがあるのかい? おったまげ。怖いね」


 部室の扉がガタピシ鳴りながら開いた。建て付けが悪く、しかも歴代の住人らがガサツに扱っていたものだから、未だに扉として機能しているのが不思議なぐらいの扉であった。


「花村君」入ってきた、オンボロ扉に対して遠慮も容赦もなかった後輩に私は尋ねた。身長さえ足りていればジョニーズ・ジュニアに入れそうな美少年である。「ありましたか?」


「すいません、サンセット・サルサパリラは売り切れみたいで」花村君は眉を八の字にしていた。


「ヌカ・コーラならあったんで買ってきたんですけれども」 


 ヌカ・コーラか。人生で何が嫌いってヌカ・コーラよりも嫌いなものも少ない。


 それでも私は受け取った。お釣りは取っておくように言い渡す。可愛い後輩の些細なミスは見逃してやるべきだ。たとえ同じミスを三三回も繰り返していたとしても。私のヌカ・コーラ嫌いを知っていたとしても。彼はわざとやるような人ではないのだから。


「あ」掃除を手伝おうとして頂に断られた花村君が急に思い出した。かなで先生がオオバヤシ製薬と呟いた。


「そういえば、部長代理、参謀本部からさっき連絡がありまして」


「参謀本部ですか」私はコーラで密造酒を割りながら苦笑した。密造酒の色は毒々しい緑だった。原料や製造法その他は秘密である。


「参謀本部ね」


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