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銃剣突撃する怒れる低学歴と悩める高学歴のファンタジア  作者: K@e:Dё
4章『人間は人生の三分の一を笑われて過ごす』
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4章6話/少しぐらいなら損をしてもいいからアイツが得をするのを邪魔したい


 心配してやって、己は馬鹿みたいだ。妹は料金も態度もお高く止まっている私立病院の個室で悠々自適にしていた。頭と脚とに包帯を巻いているがそれだけだ。


「突き飛ばされた直後に頂が飛び込んで来ましてね」


 妹はベッドの上から早くも来ている見舞いの品に手を伸ばした。フルーツの盛り合わせだった。キレイなバスケットに差出人の名前の書かれた紙が添えられていた。神々廻と読めた。妹は形の良いバナナを手にすると、その皮をゆっくりと剥きながら、


「彼女に抱き竦められて、私、あのホームの下の空間に避難しまして。頭を打ったので一日、検査入院することにはなりましたが。それにしても面白かったですよ。人が落ちたというのに、周りに居た人々の多くは助けを呼ぶとか非常停止ボタンを押すとかよりも先にスマホを取り出しましたからね。都市伝説か迷信の類だと思ってたんですが、あああいうのって。実在するんですね」


「……。……。……。その頂というのは?」


「名前は知っているでしょう。友人です。いまは下で警察と話していますよ」


 ああ、アイツか。「後で礼を言っておく。――お前、ここの病院の費用は会社が出してくれるそうだ。よかったな、国民皆保険が崩壊してて」


「重畳です」妹はバナナの皮をポイとゴミ箱へ投げ捨てた。ナイスなコントロールだった。「ま、普段、リンゴ三つ分ぐらいの時給でいいようにコキ使われてますからね。それぐらいはして貰わないと」


「犯人が捕まったのは?」己は妹がバナナを噛み千切るのを何となく落ち着かない気持ちで見守った。


「知ってます。私が殺した高学歴の親族だそうですね」


「忘れろ」己は言った。舌打ちをした。「下らない」


 己は病院へ向かう道を、一度、妹から電話の掛かってきたために引き返して家へ戻っていた。そこで作った荷を妹に渡した。


「お前、火炎瓶の使用などの処罰に関する法律にそのうち違反しかねないぞ。お前の部屋だけは己が立ち入らない約束だ。退院したらちゃんと掃除をしろ」


 己は言い含めた。妹の八畳間は万年床を中心に本、本、本、本、本、本、本――の山で構成される。婆様から相続した本だけでも二万冊あるのだ。本の山の周囲には酒の瓶、缶、それにペットボトルなどが転がっており、それらには丸めたルーズ・リーフだのノートの欠片だかが詰め込んであった。


 要するにゴミ箱の代わりにしている訳だが、それらカンビンペットの中に詰め込まれたゴミは底に残った僅かばかりのアルコールを吸収して肥え太っている。この状態で、もし、ウチが放火でもされた日には隣近所を巻き込んだトンデモ事件になりかねない。(そして、放火されるぐらいのリスクは考慮せねばならないのが只今の状況である)


「気をつけましょう」


 妹は風呂敷で包んだ荷物を待ってましたとばかりに開封した。過不足が無いかを検める。


 荷物は文庫本が数冊にノート類、全てのプレイヤーが会戦後に課されたレポートの紙(例えば妹の場合は“旅団指揮中、作戦参謀が二名、行方不明になった場合の対処法について論じよ“とか“行軍時、温かい食事を兵に与えることが齎すプラスとマイナスの効果について実地で得た経験を述べよ“などである)、着替えと少数の基礎化粧品、それにみみっちい寄木細工の秘密箱だった。表面にカラクリのパズルが施されている。そのパズルを一定の手順で解かねば開かない仕様だった。


「そんなものをまだ持っていたんだな」己はバツが悪かった。「物持ちが良い」


「兄さんだって、お祖母様から貰ったんじゃありませんでしたか」


「とっくに捨てたよ。己が婆様から貰ったものを大事にすると?」


 その割には庭と家の手入れはしっかりしていますよねと妹は生意気なことを言った。


 婆様の遺言は『本は右京にやる。食事と家計管理も右京がやるように。左京には家と庭をやるから手入れさせなさい。お互いのことは絶対に手伝ったりしないように。したのがあの世で分かったら祟りがあるよ。人間はやることがないと直ぐにダメになっちまうんだ』であったらしい。


 らしいというのを厳密に説明するならば、己は婆様の遺言を又聞きでしか知らない。婆様は遺書を書かなかった。病院のベッドの上、息を引き取る間際、妹に口頭でのみその遺志を伝えた。――二年前、婆様が癌に冒されたとき、己はついに一度も彼女を見舞わなかった。


 煙草を吸おうとしたが病院内であった。もう帰ることにする。耳を澄まさなくとも蝉が鳴いていた。


「そうだ」己は病室の引き戸に手を掛けたところで思い出した。「今朝の議論はやはり己の勝ちだったな。世の中、怒りでストレスを発散したり、他人の不幸でマスターベーションするヤツばかりなのがコレでわかっただろう」


「巧みな比喩ですね」妹は手慣れた動作で秘密箱のパズルを解いていた。「確かに、誰も他人の不幸とセックスはしたがらない」


 秘密箱の中には婆様や両親の写真が入っていた。おい、と、己は思った。己とお前と二人で撮った写真もガキの頃のならあるだろう。それがなんで入ってないんだ。


 己はわざと乱暴に病室の戸を立て切った。己は物凄く面倒な男だなと自己分析をする。


 廊下では爺様と婆様とその付き添いの爺様と婆が小集団ごとに別れて雑談していた。もちろん、どんな場所にも例外や少数派がいる。小中学生どもは己に気が付くとサインを求めて列を作った。色々な意味で驚いた。


「兵站なんて地味な分野、お前ら、興味があるのか?」


「素人は戦略を語って」あるハナタレ小僧が言った。


「玄人は兵站を語るんでしょ」ハナタレ小僧の後を別のハナタレ小僧が引き取った。


「よくわかってるじゃないか」


「だってファンだもん!」小僧どもは二人揃って微笑んだ。幼い笑みは春と夏の境目に咲く花に似ていた。


 己は営業スマイルを返した。さて、どうしたものかと悩みもした。まさにいま、そのゲームが原因で大変な目に遭った妹と面会してきたばかりなのである。あのゲームは見ている側、とりわけ子供にとっては随分とカッチョイーものかもしれないが、その実態はこれまで散々、見てきた通りのものだ。


 とはいえ、ココで夢見る子供相手に現実を叩きつけることをしていいものかどうか。『あんなゲームを見るのはやめなさい。憧れるのもダメだ。何故ならばカクカクシカジカだから』などと解説しだすのは、そもそもあのゲームで学費だの生活費だのの大部分を稼いでいる人間として、立場上、していいものなのか。


 考えるのが嫌になった。結局、己だってチヤホヤされるのが嫌いな訳ではない。何時だってそうされたい訳ではないが、こういう、直前まで気分の落ち込んでいたときは誰かと話しているだけで気が紛れる。楽になる。自分を肯定的に見てくれる誰か相手ならば特に。(己は俗物である)


 それに。己は自己弁護を積み重ねた。ここでガキンチョどもを満足させてやらねば、彼らは直ぐそこにある病室に掛けられている名札が左右来宮であることに気が付くかも知れない。せっかくの入院、せめて一日ぐらいは妹を休ませてやるべきだろう。


 己はそれぞれ腕と足を骨折しているガキンチョどものギプスにサインを書いた。――多分、サインだ。なにしろ練習したことがなかったから、つまり、だから、なんていうべきなのか、格好良く書こうとすればするだけ不格好なものが完成した。それでもガキンチョどもは喜び勇み、友達に自慢できるとか、ケガが治っても大事に取っておくとか、将来は自分もゲーム・プロになるとか語り始めた。己はその話をとりあえず聴いて、それから、ことさらに常識人ぶった。


「まあ、なんでもいいが、お前ら、あのゲームは未成年は見ちゃいけないんだぞ。程々にしろよ。ゲームもいいが勉強するのも忘れるな。約束だ」


 ガキンチョどもはハーイと威勢のいい返事をした。これが己に出来る精一杯だった。


 恐らく、彼らは長じてゲーム・プロになって、いまここでこうした己のことを呪うことになるのではなかろうか。


 穿ち過ぎかもしれない。もっと人間というものを素直に評価してもいいのかもしれない。成長した彼らは己がなぜそうしたのかを正確に洞察するかもしれない。その上で己を許すかもしれない。だが、真実がどうであれ、『~かもしれない』というのを期待するのは情けなく、喩えその予想の通りになったとして、己の無責任がチャラになるわけでもない。こんなことを後から考えるぐらいなら最初から軽率な行動を起こさねばよかった、それだけだ。


 己は並み居る他のガキどもにもサインを書いて回った。彼らは一様に無邪気だった。可愛げがあった。そして、無邪気で可愛げがあるからこそ残酷なことを口にもしていた。彼らのうちのある一人は、


「おい、順番を抜かすなよ! 先にサインしてもらうのはオレだぞ! お前、頭が狗飼(いぬかい)なんじゃないのか?」


 このように言っていた。他の何人かも友人知人が阿呆なことをやらかすと必ず狗飼という名を出した。


 狗飼はシュラーバッハ会戦で大敗北を喫したダイキリ軍総司令官の名前であった。己は釈然としないような、慄然とするような、そんな心地を懐きながらも、口先番長、笑顔のまま何も聴かなかったことにした。


「なにかのスポーツのプロなの?」


 ようやくガキンチョどもから解放されたところである婆様が話しかけてきた。相手をするのは億劫だったが、六秒前まで営業スマイル全開だったからにはいきなり態度を切り替えるわけにはいかない。


「ええ」己はサイン・ペンの使い過ぎで痺れたようになっている右手を揉みほぐしながら答えた。「ゲームなんですが」


「ああ」婆様は何かを察した風だった。彼女は自分の体面を守るためだけにそこで会話を打ち切らなかった。


「あの、あれよね。わかりますよ。そうかい。それにしても、あれですわね、さっきの、聴いてたけど、子供特有の怖さっていうか、無意識の虐めよね。狗飼っていうの、ゲームで負けちゃったとかそういう人なんでしょ、多分。嫌よねえ。でも、子供ですからねえ。あんなに小さいんだから言っていいことと悪いことの分別がつかなくても仕方ないわよね。そう思うしかないのよねえ」


 己は追従的に笑った。気不味い。そこでタイミング良く婆様の知り合いらしい爺様がやってきた。婆様は己に「身体に気をつけてね」と含みのある別れを告げると、


「田中さんじゃないのよォー。ね、ね、あのねえ、聴いてよ。また五号室の鈴木さんがね、笑っちゃうのよね、ボケてるから仕方ないとはいえさ、とんでもないことをやらかしたのよ。夜中にね――」


 渡る世間は鬼ばかりってか。己は疲れ果てた。嘘っぽく白い病院の廊下を出口まで歩いた。病院を出ると直ぐの喫煙所に立ち寄った。


 いつの間にやらスマホに着信が入っていた。会長からだった。折り返す。すると会長は己にとんでもないことを依頼した。――


 ――後日、妹を突き飛ばした犯人についてネット上は盛り上がりに盛り上がった。相も変わらず彼らは口さがなく、犯人はおろか、その家族のプライバシーまで侵害して喜んだ。のみならず、彼らは妹が突き飛ばされた理由をそれらしく(つまり妹が悪人だから殺されそうになったのだと)脚色してその出来を競い合った。


 その中の傑作(シナリオ)を信じ込んだある人の発言、それは大抵の人にとって数日間だけ記憶されるものだったろうが、己は今後とも絶対に忘れない。


『左右来宮って、他人にそんな酷いことをしてなんでまだ自殺しないの? 生きてて恥ずかしくないの? 殺されて当然じゃん』


 せめてコレが、ネット上の、匿名性が強い空間だからこそ発された際どいジョークであることを願いたい。まさか現実でこんなことを触れ回っている輩はいないだろうと。


 



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