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銃剣突撃する怒れる低学歴と悩める高学歴のファンタジア  作者: K@e:Dё
4章『人間は人生の三分の一を笑われて過ごす』
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4章4話/青春の尽くを戦争に費やす世代

「ポイントカードはお持ちですか?」と問われて私は参った。私はポイントカードが嫌いだった。おつくりできますよ、と、キヨモトマツシの外国人店員は朗らかに笑った。こんなことならセルフ・レジを使えば良かったかなと思わなくもなかった。


 コンビニエンス・ストアはもう古い。スーパーですら。いま、街中、三〇〇メートル置きに目にするのはドラッグ・ストアだ。


 ドラッグ・ストアでは薬が買える。医者へ行く余裕も時間もない社会人たちは仕事帰り、こういう、漏れなくニ四時間営業のドラッグ・ストアで湿布や胃薬や各種弁当を仕入れて帰路に着く。(ドラッグ・ストアの出店料は驚くほど安い。かつて栄華を誇ったコンビニの居抜き物件を使うことが多いからである。だから『大学は出たけれど』とか、そういう層でも銀行から融資を受けて気軽に新規開店できる。量的緩和様様だ。無論、ドミナント戦略の構造的欠陥も手伝って、新規開店した店の三割は五年以内に消滅するが、だからどうしたというのだ)


「それでポイントカードは作ったんですか? ああ、荷物、持ちますよ」

 

 剣橋さんは私が答えるよりも早く私の鞄を手にしていた。彼のドデカい手の中には他にも黒歌さんの鞄がある。その黒歌さんは私たちの後ろで冬景色氏と何やら話し込んでいた。何でも今年の夏は原色がアツいらしい。なるほどね。そうですか。よくわからないけれども。


 我々はある居酒屋の上がり框を踏んだところだった。愛想の悪い外国人店員に案内されるがまま廊下を歩く。よく磨かれた木材の床はツヤツヤと光っていた。純ヒノモト風で統一された調度類が嬉しい。


「作りましたよ」私はドラッグ・ストアで貰った紙製の円いウチワで胸元を扇ごうとした。やめた。無意識に左手でウチワを持っていたからである。右手に持ち変える。今度こそ涼しくなった。外は輻射熱の容赦なく攻め立てるコンクリート・ジャングル、駅からこの店までの僅か五分間とはいえ、三八度の炎天下を歩いているうちに私の身体は熱っぽくなっていた。


「ただし、後から出てきました。ポイントカード。三枚も」


「無駄ですなあ。無駄。無駄。そういうのは賢く使いこなさないといけませんぜ。塵も積もれば山となるっていうようにね、日々の積み重ねがそのうち大きなものになるんです。悪いことは言いませんから、せめて家電量販店とか、金額の大きなものを買うときはポイント・カードを作りなさい。いまはアプリで済むところが殆どなんですから。――ああ、ところで旅団長、貴方ってどっち利きでした?」


「手? 左ですよ」唐突な話題変更に私は面食らった。


「でも右で持ちますよね。何もかも。いまも左で持っては『あっ』ってなって持ち替えている。もしや野球をされてませんでしたか、昔」


「はあ。していましたよ」私は生返事をした。


「やはり」見掛け(ゴリラ)によらず頭脳派な我が参謀長は口元を綻ばせた。「いや、実は俺も元はピッチャーでしてね?」


「へえ。体格からして説得力がありますね。貴方は撫で肩だし、エースだったんじゃないですか? なんなら二刀流かな」


「どうですかね。ま、今度、キャッチボールでもしましょう。ちなみに贔屓はどこですか」


「星の煌きを感じてはポジりまくってますよ、日々」


「ああ、感じですな。わかる気がする」


「ケンブリッジさんは?」額を滴る汗をハンカチで拭いながら私は尋ねた。


「青年たるもの紳士を志すものです」剣橋さんはぶ厚い胸板を誇らしげに叩いた。


 私は苦笑した。「なんだか、もう何ヶ月かは一緒にいるはずなんですが、こういう話で盛り上がるのは初めてですね。貴方の趣味だの来歴だのもよく考えれば知らない」


「そういえばそうですなあ」剣橋さんも苦笑した。「アオハル真盛りの高校生が一生に一度しか来ない高校二年生の夏を戦争の準備だ、計画だ、その修正だ、殺し合いだで潰すってんのは、偶に冷静になって考えると異常なもんですな」


「ですか。ですね。でも、楽しかったですよ、私は。貴方たちと仕事をするのは楽しかった。何かとありがとうございました」


 素直に、私は感謝の意を表明した。いまを逃せば二度とこういう機会がないかもしれないからだった。尤も、言った直後には恥ずかしくなって、


「もちろん殺してやろうかと思うことも多々、ありましたが」


「ふん」私の知る限り右に出る者のいない秀才参謀は人差し指で鼻の下を擦った。彼は私の照れ隠しを見抜いていた。見抜いた上で彼自身も妙に恥ずかしい気分になっているらしい。この辺り、なんだかんだ我々も一〇歳代半ばのハイスクール・スチューデントでしかない。そしてハイスクール・スチューデントが恥ずかしい気分に陥ったときにすることと言えば、それは、大人に聴かれれば鼻で笑われるような恥ずかしい話をおいて他にない。


「そういう意味でなら自分も楽しかったですよ、勿論。ええ。それはね。貴方相手に嫌気が差すことも多かったが、割合的に見れば、なんですな、楽しいことの方が多かった。そんな気はしています。結局のところコレなんでしょうね。人間関係なんてのは。相手の全てを好きになれるなんてことはない。だが、好きなところが嫌いなところより多ければ一緒にいられる。我慢と呼ばれるものをしてでも」


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