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銃剣突撃する怒れる低学歴と悩める高学歴のファンタジア  作者: K@e:Dё
4章『人間は人生の三分の一を笑われて過ごす』
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4章3話/傾向と対策


 朝食の席、習慣的に付けたテレビは侘しい上に憂鬱だった。


 ニュースに出ていたある学者は『ネット上では開放的な気分になる。相手の顔が見せないからナンセンスになればなるだけ面白いと思う人たちがでてくる。ネット上での意見は気にするだけ無駄だ』と主張していた。それに対する別の学者の反論は『ってことはさ、普段からさ、人はさ、色々なことを思ってるけど口に出さないってことでしょ。嫌だよね。人間の本質は――』であった。


 下らない。そんなことは分かり切っている。

 

 他人なんてものは何時だって阿呆で馬鹿で間抜けの能無し粗大ゴミに見えるが――しかも手数料を払っても回収しては貰えない――、実際、能がない連中ですら脳はある。大抵の他人は自分が思っているほど愚劣ではない。彼らがストレートな意見をそのまま口にせず、さも、いま話されていることが理解できないとばかりに振る舞ったり、若しくは周りの意見にウンウンと頷いてばかりいるのは、本音を漏らせば何らかの問題が生じるのを承知しているからに他ならない。


 否、本当にグズなのは己かもしれない。テレビの討論にケチをつけるなどと。


 討論とは、本来、討論の相手、聞き手、その両方に自らの言い分を理解させるために行う。『こういう意見もあるんだな』と他者に提示するために行われるのであって、間違っても、誰かを自分の意見に鞍替えさせるべく行うのではない。ヒノモト人はディベートを論破合戦と勘違いしている節がある。


 で、自分の意見を相手にとくと飲み込めせるためには、分かり切っているはずの前提から丹念に解説することがどうしても必要になる。“分かり切っている前提“などというものは人によって大きく違って来るからだ。(そして、テレビで行われる議論は年齢、立場、思想、職業を問わない広い層に聴かれる)


 チャンネルを変えるとある大御所芸能人が言っていた。


『受験戦争もここまで来たんだね。本当に戦争をするんだからねえ。ウチの息子に、でも、訊いたけどね? 息子のクラスではあんなゲームなんか一人もやってないってよ。っていうかさ、そんなに大学って行きたいかね。俺なんか大学を出てませんよ。若いんだろうね。みんな考えが未熟なんだね。それにゲームで負けて職を失うっていうけどね、それって、沢山あった道の中から自分で選んだ道なわけでさ――』


更にチャンネルを変える。かつてブラスペ内で将軍だったというプレイヤーが、


『すみません、すみません、すみません……』


 あるドラッグ・ストアの制服を着て客にペコペコとしていた。場面が変わる。店の控室らしいところで廃棄になった弁当を食べながら彼は言った。


『昔は王様でしたよ。でも最後のあの失敗が痛かった。怖かったな。たった一度の失敗でこうなるのか、と。それまでボクをチヤホヤしてくれてた人たちが一斉に敵になった。おもえば、ボクが活躍し始めたとき、それまで見向きもしてくれなかった人たちがワッとやってきたんですよ。同じだったな。あの失敗の後、ボクは進学にも就職にも失敗しましてね。ずっと物理とゲームに夢中だったから、他には何も出来なくて』


 彼はすっかり得意になってしまったらしい愛想笑いで後の何もかもを誤魔化してしまった。


 つくづく人生には。己は思った。分数などない。割り切るしかないことが多い。ああ、だから学校では割り算の先に引き算を教えるんだな。まず、自分の人生に何が必要でないかを整理してからでないと割り切ることはできないから。――などということを、そうするつもりはなかったはずが、己は妹に話した。


「兄さんから話しかけてくるとは珍しい」妹は己の話に不服そうであった。キチンと正座して、キチンと箸を使って、キチンと鮭の切り身をほぐしてから食べる。己は強い劣等感を覚えた。


「兄さん、でも人は原則的には奇数ですよ。人間は善意も愛情も捨てられない」


「お前の考えはチョコレートのように甘い」


 己は味噌汁を啜った。具は豆腐だった。「大体な、愛情だろうが善意だろうが、それは、施した相手から自分に利益が返ってくることが前提になる。誰かを助けるのは自分が気持ちよくなれるときだけだ。そうでないのに自己犠牲の精神、そんなものを発揮する奴を、お前はまともに見たことがあるか?」


「私がチョコレートならば兄さんはガムですね」


 己は反論しかねた。理論の上で負けたとは思わなかった。ただ、妹の口と舌との方が己のそれよりもずっと滑らかに活動しうるのだと思い知らされた。口喧嘩では奴に勝つことはできない。己は捨て台詞として、


「今日もお前の味噌汁は塩辛い。飲めたもんじゃないな」


 このように妹を罵倒した。舌打ちをして口を拭いた。


 ――そして、己はいまも舌打ちをしながら汚れた口を拭いている。時は移ろい場所まで変わる。行為と気分だけが変わらない。己は、あるホテルの立食パーティ会場で飲めもしないドライ・シェリーをどういうわけか大きめのグラスで手にしていた。周囲では数百人の大人と高校生とが盛り上がっている。


 人波を掻き分けて向こうから会長がやってきた。それまで、己の傍で彼の悪口を言っていた集団が科を作った。それを軽く受け流した会長は「やあ」と己に微笑んできた。己もまた「この度は」と頭を下げた。その己の頭上には『戦勝記念パーティ』とかいう垂幕が架かっている。


「楽にしてくれたまえ、君。そもそも君は今度の勝利の立役者だよ。私が頭を下げたいぐらいだ。と、おや、酒ばかりかね? ホラ、食べないと、食べないと。飲んでばかりは身体に悪い。ほら、これも食べたまえ。あれもこれもみんな食べたまえ」


 この人、絶対に鍋奉行だろうな。己はお茶目を通り越してお節介な彼を持て余した。「ご用件は何です」


「雑談を楽しもうと思って来たのだよ、君。――ハハハ、そうだね、嘘だね、コレは。実は先前、ある決定をしたものでね。それを早いウチに君へ伝えようと思ったのだ。君は今度、新設されることになったダイキリ駐屯軍の総司令官ということになった。ダイキリ軍解体や政府組閣について大きな権限を持つ職だよ。表向き、アメリア大陸統一委員会という団体が組織されることになっていて、君はその命令を受けて行動することになっているが、実際には君の裁量で好きにやっていい」


「勘弁してくださいというわけにはいかないですか」


「いかんね。君もわかっているだろう?」


 わからなければニブチンだ。シュラーバッハは誰もが予想していなかった結果に終わった。モヒートの決定的勝利だ。これから何世代を重ねれば解決できるか、その見通しすら不透明だった対ダイキリ情勢が概ね決着してしまったのである。主に妹の功績で。


 妹はとみに妬まれて嫉まれている。それが飛び火して己の立場すら危うくなっていた。このまま参謀本部の中枢に身を置けば物理的にも社会的にも殺されかねない。


「会長はどうなさるのです。会長も最近はアレでしょう」


「アレだとも。だが程度問題だよ、君。悪いが私は君らよりずっと格上だ。ああ、そうそう、妹君も昇進させる」


「昇進?」己はドライ・シェリーに口を着けてみた。辛かった。唇が痺れた。「昇進って、旅団長以上に何があるんです。まさか参謀本部次長でもないでしょうし」


「うん、今度、駐屯軍の設置のついでに部隊編制に師団を新設することになってね。ま、大陸の問題が片付いた以上、今後は遠征も多くなるだろうしね、君、必要だと思ったのだ。アッチの大陸では未曾有の大戦が始まろうとしているし」


 会長はいけしゃあしゃあと言った。「彼女はその初代の師団長となるのだ。で、その師団ごと君の下に実戦部隊として配置する」


「やりたい放題ですね」己は会長から押し付けられた皿の上でどや顔の唐揚げにフォークを突き刺した。


「そうしても構わない立場にいまの私はあるのだよ、君。それに私はずっと由々しい問題だと思ってきたのだ」


「妹が不遇に扱われている?」己は何度も唐揚げにフォークを突き立てながら尋ねた。


「正確には低学歴諸君が不遇に扱われていることについて。能力がある低学歴もいる。大体、勉強が出来ないことはそのまま戦争指揮が下手であることを意味しない。意味しがちではあるがね。だから私は君の妹君を旅団長に指名したのだ。これで前例ができた」


 己は溜息を吐いた。「それが最初からの狙いでしたか」


「そうさ。低学歴でも旅団を指揮できる。低学歴でも戦争の帰趨を左右できる。そういう前例さえあればね、君。前例! 前例さえあれば、我が国では何とでもなるのだ。『この前は、アイツらは、あれでうまくいったのだし』とね。見ていたまえ、君。今後、あのゲーム内ではね、低学歴諸君が幅を利かせるようになるだろう。それに伴ってゲームの幅も広がる」


 己は見るも無残となった唐揚げをついに頬張った。にんにくが効いていた。咀嚼しながら肩を竦めた。


「美味しいかね」と会長が尋ねた。


「美味しいです」と己は目一杯、微笑んで言った。


「君、君、君」会長はペットの犬かなにかを呼ぶように連呼した。「私は別に嫌がらせをしているのではないのだよ。むしろ君たち兄妹が――おや、すまない、君、少し待っていてくれたまえ。電話だ」


 会長は品のある、だが趣味の悪いスマホ・ケースをズボンの後ろポケットから取り出した。絶賛ヴァイブレーション中のそれを耳に押し当てる。「もしもし。ああ、私だよ。甘木君か。随分と慌てているがどうしたのかね」


 権力者はこれだから。『待っていてくれたまえ』ではない。己は肩を落とした。仕方なく、五年ぶりぐらいで国産米を噛んだ。その、噛めば噛むほど強まる甘みに感動していると声を掛けられた。


 三白眼の女だった。西洋人形のように整った顔をしている。よくできたマネキンだと言われれば信じるかもしれない。彼女は頭を下げて、


「夏川です」名乗った。


「ああ、君がか」喋ってから思い出した。口の中に物が詰まっていた。己は大量の炭水化物と脂質を強引に飲み下した。詰まった。死ぬかと思った。噎せた。ドライ・シェリーで胃まで流し込もうとした。死ぬかと思った。


「――――妹が世話になったようだ」己は何事も無かったかのように言った。「ありがとう」


「はい」合わせて何もなかったかのように振る舞ってくれる彼女の声には抑揚がない。その抑揚を心電図で喩えるならば、彼女、心停止寸前である。


「今度、自分が第六旅団長に就任するという話が持ち上がっていまして」


「それはおめでとう」なんでそんな話を己にするのかなと思った。


「ありがとうございます」


「妹の今後については」己は探りを入れた。


「知っています」


「か」己は己たちの様子をやたら見ている馬鹿どもを目で追い払いながら相槌を打った。


「急な転出ですのでもう妹さんとお会いすることもないかと存じます」


「ああ、そういうことか。伝言なら承ろう」


「願います」夏川は目を閉じた。そのとき、己は彼女のグラスを握る手が小刻みに震えているのにようやく気が付いた。「なんであれ、あんな行為を笑って楽しめるアンタにはもう二度と逢いたくないから、例の約束は忘れて頂戴――です。失礼します」


 おいと呼び止める暇もなく彼女は去った。当惑している己の肩を会長が揺さぶった。その力が尋常ではない。


「君、大変だ」会長もこんな顔をするのか。


「君の妹さんが駅のホームから突き落とされた」



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