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銃剣突撃する怒れる低学歴と悩める高学歴のファンタジア  作者: K@e:Dё
4章『人間は人生の三分の一を笑われて過ごす』
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4章1話/寒いときってコーンクリームスープとか飲みたくなるよね


 この雨は何時まで降るのか。私は軍服の上から腕を擦った。私の目前を車体のアチコチにランプを括り付けた馬車が泥を跳ね上げながら走り抜けて行った。シュラーバッハまでは後三日の予定だが、はて、間に合うか。


 軍隊は一丸となって突き進むわけではない。もし、七個旅団がひとつの集団として機動すればどのようなことになるか。最後尾が目的地に到着するのは先頭が到着してから数日後ということになりかねない。(この場合、敵は分散した我々を待ち受けて各個撃破するだけでよい)


 分進合撃だ。七個旅団はシュラーバッハまでのありとあらゆる道を旅団ごとに進んでいる。その旅団ですらひとつの縦隊にするには大き過ぎるから、大隊か中隊単位で、相互に支援し合える距離を保って個別に機動していた。第ニ旅団司令部は護衛大隊と共に旅団全体の中程に位置している。


「旅団長」剣橋さんがやってきた。私は旅団司令部が今夜を過ごすある貧しい村の入口に立っていた。隣の頂が傘を差してくれている。


 剣橋さんは周囲に人気がないのを確認してから続けた。「捜索に出した連中が帰ってきました。やはり何も見つからん、と。ンマー、なにせココですからなあ。糧秣を無駄にしましたよ」


 空気が澄んでいるからだろう、月も星も眩いココはウファツェア山脈の谷間であった。


 嫌がらせである。


 我々の進撃路は参謀本部作戦部が予め設定していた。正確には『第二旅団はこの日のこの時刻までにここからここまでの道路を用いるべし。遅くともこの期限迄にシュラーバッハに到着するように』などと命令されている。で、指定された道路の内、どれをどの大隊が進めば効率的かを旅団作戦部が算定していた。


 ダイキリ領に分け入ってからは――なにしろ事前情報と実際の道路状況が異なるとか事故が起きたりもするので――、適宜、軍作戦部から進撃路設定の修正を受けている。良い方にではない。悪い方へばかり修正されている。


 兵站状況は万全ではない。戦地において、旅団は砲弾薬をこそ後方から受け取ることができるが、糧秣はその限りでない。我が国の食糧事情がアレであること、糧秣を輸送する後備部隊そのものが大量の糧秣を消費してしまうこと、敵の妨害を受けて各種兵站拠点の建設や運営に遅れが出ていること――などがその理由となる。


 故に各旅団は可能な限り自活すべし。


『軍隊は兵站のためのアメーバのような触手を持つ』と言われるが如く、各旅団は進撃する先々でありとあらゆる方向へ後備部隊を派遣、町だの村だのからあるだけの物資を徴発している。(正確には可能な限り買い上げている。将来、自分たちのものになるかもしれない国民に反感を持たれては不味い。尚、買い上げには現金ではなく軍票と呼ばれる、軍隊の信頼力が裏書きとなる一種の手形を用いる)


 だが、プレイヤー不足から地方の管理の滞るこのゲームでは、このような辺境には大きな集落や穀物庫が乏しい。しかもその、数少ない集落や穀物庫からは、この道を先に通った第一旅団が必要以上に徴発していた。どうにかして後方から取り寄せようとしても、この、舗装もされていない田舎道が邪魔をする。おりからの雨に加え、大量の人馬が通過したことによって、あちこちで冠水だ陥没だが起きているのだった。(舗装を行っていない道はこのように簡単に壊れる)


 兵は飢えている。疲れてもいる。行軍速度にも支障が出るぐらいには。脱走兵もちらほらと。


 不足の最も深刻なものは塩であった。人間はまだいい。問題は馬だった。幼少時代、私は牧場で、馬の厩舎の壁に塩の塊が据え付けてあるのを見たことがある。馬は人の何倍も大きい。だから何倍もの塩を必要とする。


 我が旅団はアホみたいに大量の砲が配備された関係上、砲牽引騎馬中隊(一〇〇騎)を連隊規模(八〇〇騎)にまで増強していた。否、その彼らですら足元の悪いこの環境下ではパフォーマンスを発揮できず、騎兵連隊から人材と馬匹を引き抜いて支援させていた。


 勿論、突撃に用いられる馬と牽引に用いられる馬では体格も教育も違う為、引き抜いた連中は短時間の労働で疲労してしまう。彼らを回復させるには従来の何倍にもなる糧秣と休憩時間を与えるしかない。しかないけれども、現状では、難しい。


 我が旅団の騎兵は、どうだろうか、シュラーバッハに到着する頃には戦力として期待できないほど疲労してしまうのではなかろうか? 


 恨まれるな。そういう自信があった。ただでさえ馬は扱いが難しく、であるからこそ高学歴の兵科であった。『低学歴如きに馬を任せたら何が起こるかわからない』という理屈からである。一頭を育てきるのにヒノモト円で言えば何千万、ときに何億をも要する馬を無駄に潰すのは浪費であるのは分かるが、高学歴ならばそれが絶対にないのだろうか? 


 まあいい。物事は何だって相対的に考えるべきだ。確かに高学歴は低学歴よりも頭がいい。だからこそ高学歴なのである。


 高学歴のお馬さんたちに荷物運びをやらせまくった――。シュラーバッハが終わった後が楽しみだ。私は第ニ旅団長としての立場を保てるだろうか。まず無理だろう。我が騎兵連隊は、いまでこそ状況が状況、私に従わねばならないから従っているまでで、戦いが終われば上層部へ泣きつくに決まっている。『アイツは悪魔だ。鬼だ。俺たちは何もしてないのにアイツを俺たちを酷使して。なんとかしてくれ!』


 そういうことならば。私は思う。どうせ後で解任されるならば、この戦いの間ぐらいは楽しませてもらおう。やりたいことをやりたいだけやってしまえばいい。


 ……唯一、我が旅団において不足していないもの燃料(薪)のみである。ダイキリの国土、その六割は高価値で高品質な森林であるからだ。おかげで兵も馬も、このような気象でも凍えることだけは免れている。


 モヒートの人口がニ〇〇万を超えられないのはなにも農業生産力が低いからというだけではない。文明の営みには火が不可欠だからというのが大きい。石炭が限定的に使われ始めたばかりのこのゲーム内において、使える燃料と言えば薪とある種の草木だけだった


「前方に梅園があると言って誤魔化すわけにはいかないでしょうね」


 私は足元の轍、そこに蟠る泥を見ながら言った。私の立つ粗末な門の傍でも幾つかの薪が轟々と燃やされていた。「この先、大きな河川があるそうですから、そこまで無理をしてでも進むしかないでしょう。各連隊と大隊に、明日の朝にも、その当面の方針と諸注意を伝えねばなりません。申し訳ないんですが、今日も今日で徹夜してもらいますよ、参謀長」


 望むところですと彼は胸板を叩いた。洵に、戦争の大半は計画と準備と輸送と移動である。実際に殺し合う時間などそれらの時間の何百分の一でしかない。


 兵を飢えさせない。ひいては隊列から離脱させない。駐屯地から出発したときの兵力を可能な限り保ったまま戦場に到着する。それも遅延なく。


 鮮やかに戦いに勝つのではなく、そのような手管に長けている指揮官をこそ、本来は名将と呼ぶのだろう。私にはどうも無理そうだ。兄が居てくれたらまた話は違うのだろうけれども。


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